今週のバキ221話〜230話

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2004年9月16日(42号)
第2部 第221話 勝利者 (601+4回)

 護身開眼した寂海王の視界が暗転した。
 打ちこまれたのは烈海王の左拳だ。
 やはり、なるべく寂に治療された右手は使わないつもりなのだろうか。

 四千年の重みがつまった一撃に、会場の時間がとまった。観客の声もきこえない。
 静止画像のように寂の顔もひしゃげたままだ。
 寂を見守っていた刃牙が、視線を落とした。もはや、望み無しということだろう。
 主役も認める勝負ありか。

 闇のなかで、寂の両手が烈の左腕をつかんだ。
 死中に活をもとめた最後の反撃かッ!?
 克巳戦のイスタスのように、一瞬で烈の関節をバラバラにするつもりだろうか。そして、また治療するのか?
 と、思っていたら寂はそのままズリ落ちた。
 完全に失神して両膝をついても、その手は烈をにぎったままだった。恐るべき男色への執念だ(違う)。

「勝 負ありッッッ」

 烈海王の大勝利だ。中国連合軍の初勝利だ。
 でも、なんか烈はきびしい表情のままだった。
 寂がぶらさがっている左腕が、セリフの「勝」と「負」のあいだに入ってしまい、失敗しちゃった感じだ。

「靴を脱ぎ足指(そくし)を使い」
「あまつさえ格下に使用すべきではない急所までも…」


 烈は寂を格下と見ていたようだ。そして、格下に対して全力を出すのは烈の美意識に反していたらしい。
 水たまりを容赦なく叱る黄河と形容できる烈海王だったが、方針が変わったようだ。
 それとも中国拳法をバカにするとブチ切れるのだろうか。
 実際、克巳やドイル相手にブチ切れていたけど。

 烈が寂の挑発にのっていたのは、たんなる負けず嫌いだけではないようだ。
 格下が卑怯にふるまうのは当然であり、格上なら正面から突破すべしと考えていそうだ。
 獅子には獅子の闘い方がある。そんな自負心を感じる。

 でも、烈は油断しすぎ。だから、腕をはずされたり頭突きを喰らったりする。
 今回勝利できたのは、寂が完全な悪人ではなかったからだ。
 そして、烈自身それがわかっているから、機嫌が悪いのかもしれない。
 相手がどんなに汚い手を使っても、勝利するのが完成された武術だ。そう思っていそうだ。
 魔拳・烈海王もいまだ道の途中らしい。

「なにが勝利なものか!」
「烈士 寂 海王ッッ」
「君は護り抜いた」
「君こそが勝利者だ」


 四千年の貯金を、一年分ものこさず出しきった感があるのだろう。
 最終的に寂を倒した。しかし、烈的には敗北した気分らしい。
 試合に勝って、勝負に負けた。
 自分の武術は寂の護身を正面からやぶれなかった
 武術性の違いはあるが、正攻法で届かなかったのだ。

 気絶している寂を引き起こし、烈は寂を肩にかつぐ。
 いろいろとセコイ事をやったが、最後に真の護身(?)をみせた寂海王の姿は観客をも魅了していた。
 対戦相手だけではなく、観客すら味方につけるとは恐ろしい。
 敵も魅了する人間力ならば、究極の護身といえるだろう。意識をなくしながらも護身開眼だ。

 観客の賞讃を、烈海王と寂海王が等分に受けながら運ばれる。
 向かう先は寂のセコンドをしている刃牙のもとだ。
 オリバや刃牙の闘いはみんな応援してくれていたが、寂の応援は刃牙一人だ。
 寂は仲間内の人気が無いのだろうか。

「この英雄に」
「早急に手当てを」


 卑怯攻撃をされたり、「たかが」扱いをされたり、勝利宣言をされたりした。
 しかし、烈の表情にはうらみはなかった。
 全力で攻め、全力で耐えた者同士でなにかが通じたのだろうか。
 勇次郎たちには見捨てられたが、寂は烈を獲得したかもしれない。
 さすがの刃牙も、友情ってイイね風の表情になっている。
 ごく最近に、刃牙に対し共有感(シンパシー)を持っていた郭春成くんを瞬殺した人とは思えない。

「ズルくて………」
「卑劣で……」
「この上なく…………」
「美しくて………」


 気絶している寂を受けとろうと、刃牙は手をのばす。
 ズルくて卑怯なのに異論はないが、「美しい」のか?
 さすが松本梢江の彼氏はモノがちがう。
 それとも強いことは美しい主義で強さにつながるものは美しいと思っているのだろうか。
 花山を投石で痛がらせた松本梢江ならば、強さも十分だ。

 それともシェークスピアのマクベスに出てくる「きれいは汚い。汚いはきれい」というセリフを意識したものだろうか。
「きれいは汚い。汚いはきれい」は、今週の仮面ライダーブレイドにも出てきたのでシンクロニシティーだ。
 敵が勧誘しているのも、ちょっとシンクロニシティーだ。

 普通に考えれば、手段は汚かったけど行動を支える意志力は美しかったということだろうか。
 圧倒的に強い相手と闘っても引かず、己を護る。
 護身術なら相手をたおすより、自分を護るほうが重要だろう。
 寂海王は、試合に負けたが護身術の真髄を見せた。

 勇者をむかえるため刃牙は両手をだす。
 その目前で勇者・寂が反転した。そして烈に抱きつく。
 このタヌキ、いつから目覚めていやがったんだ。
 ヤバい烈がまさぐられているッ!
 烈よ股間を護るんだ。股間の銀河短小(ギャラクティカ・ミニマム)が狙われている。

 ちょっと、わき道にそれる。
 スペックのニュースを見ていたときの勇次郎は、ビキニパンツを装備しながら股間がスマートだった
 そこから地上最強の生物は、人体の急所が小さいのではないかという疑惑が盛り上がった。
 急所中の急所を中国武術が四千年も放置しているとは思えない。烈も股間がスマートな可能性がある。
 最低でもコッカケは使えるだろう。最大トーナメントでコッカケが使用されれば「ほう、日本にもあの技を使えるものがいたとは」と言っていたはずだ。
 むしろ、彼らの稽古はコッカケを日常化することを伝統にしていそうだ。
 金玉が体内に入りっぱなし。ゆえにスキは皆無!

「頼む」
「ワシと日本に渡ってくれ」
「なッ」
「なッ」


 シモの事情はさておき、覚醒と同時に寂は勧誘開始だ。
 烈を抱いたり握ったりで大ハシャギしている。
 この攻勢にさすがの烈も刃牙も汗を流して動揺するしかない。
 というか、主役を無視だ。コマの隙間に押しやっている。恐るべき人間力だ。

 ねちっこい勧誘をつづける寂を、烈は押しのけた。
 そして、そのまま背を向ける。
 ちょっと尊敬しちゃって損した気分だったりして。

「あきらめんからなァッッ」

 背後から寂の声が聞こえる。
 烈は、めっちゃ渋い顔だった。
 タチの悪い男に引っかかってしまった気分だろう。
 刃牙も寂に無視されちゃったので、黙って背をむけている。
 太陽のような人間力は、近づきすぎた人間を溶かしてしまうものなのだろうか。
 離れてみているぐらいが、ちょうどいいのかも。


 寂海王は卑怯と誠実のあいだを揺れ動いていた。
 多面的な行動と思想は、寂海王の人格を奥深いものにしている。
 猪狩や柴千春のような戦闘力ではなく、人間力で闘う人なのだろう。
 たぶん、好き嫌いがわかれる人物という点でも似ていると思う。

 寂海王をどう解釈するのかは、人によって違うだろう。
 私にとって、寂海王は武術家であり教育者という二面性を抱えた人物だ。
 武術家としては、手段を選ばない(自分にとっても危険な手段だ)究極の護身を完成させた。
 教育者としては、烈の勧誘に失敗(?)した。
 試合に負けて、護身開眼し、勧誘失敗だ。
 烈は、試合に勝った。だが、正攻法では勝てず、勧誘に耐えきった。
 総合的にみれば、やっぱり烈の勝ちだろう。


 最後にお茶目な面をみせて、場の雰囲気をなごませちゃうあたり、寂がタダ者ではない証拠だ。
 この人はああやって二万四千人の弟子を集めたのだろう。
 烈に対しては失敗しているみたいだけど。

 ところで、一度はスカウトした陳海王や刃牙のことは忘れているんだろうな。
 すでに刃牙でさえ視界に入っていない感じだ。
 次の試合は、マホメッド・アライJr.と範海王だ。
 そして、寂は烈のことも忘れ二人を勧誘する。かもしれない。
by とら


2004年9月22日(43号)
第2部 第222話 舞踊 (602+4回)

 寂海王が不祥事を起こした人のように謝罪している。
 日米軍 初の敗北なので責任を感じているようだ。
 でも、中国拳法をかなり虚仮にすることはできた。四千年の歴史も不条理喜劇あつかいだ。
 烈の心には、メガドライブ・サターン・ドリキャスをそろえているセガファンのような無念さが残っていることだろう。
 烈の姿が見えないが、廊下のスミで一人勝利宣言して気を紛らわせているのかもしれない。

 頭を下げる寂を、仲間はあたたかく迎えてくれる。
 ただし、一人だけそっぽ向いて、すごく不機嫌そうな人がいます。
 範馬勇次郎だ。
 一人で十人分の不機嫌を放射して、残り三人に押し勝とうとしている。
 この人がいるから、寂は頭をさげて汗を流しているわけだ。責任とってヒゲをそるといい出しそうだ。

「私が不覚をとったばかりに……………」
「我がチーム全勝の夢がついえてしまった」


 ここで、「私の力量がたりないばかりに烈くんをスカウトしそこねた」などと言うとボコられます。試合より個人の欲望を優先するのはよくない。
 勇次郎と刃牙とオリバは殴ってくると思う。Jrも三回ぐらい殴るかもしれない。
 つまり、全員にボコられる。

 それはそうと、試合内容に関しては反省していない。
 卑怯も武の内だ。止めの合図があったなどという言い訳は通用しない。
 勝利宣言をした寂を、背後から殴ろうとした烈は悪くない!(そっちかよ)
 結局、寂の本質は武術家であって、教育者ではなかったようだ。
 もっも、変人という肩書きがイチバン似合っているかもしれないけど。

「寂さんにはワルいけど 正直オドろいてます」

「烈 海王に勝てる人間など―――――」
「地球上を探し巡ったとしても見つかるかどうか」


 刃牙は相手が悪かったとなぐさめる。
 そして、俺はその烈海王に勝ったとひそかに主張したいのか。
 人をほめながら自分も持ちあげる高度な話術だ。

 勇次郎は、基本的に刃牙を普段は小僧っ子あつかいしている。
 だが、ときどき刃牙に絶大な信頼をみせる時がある。
 それも刃牙をほめることで、自分の評価を上げる話術だろうか。
 範馬流話術は奥がふかい。

 ところで、刃牙の話しぶりからすると、烈に勝てるのは地球外生物といえる。
 やっぱり範馬一族は宇宙生命体なのか?
 そして、烈海王はドラゴンボールでいえばクリリンと確定した。

「自分ノ土俵ニ 引キズリ込ンデノ心理戦――――」
「ファンタスティック ダッタゼ」


 超頭脳の持ち主オリバさんも大絶賛だ。
 相手の土俵であるスピード勝負につきあって苦戦した人の言うことだから、重みがちがう。
 たしかに、おそろしい心理戦だった。読者だって煙にまかれた。
 そして、ちょっぴり男色家っぽいところもオリバさんのお気に入りなのだろうか。


 一方、中国連合軍では、範海王がウォームアップをしている。
 型を確認するかのように、ボッ ボッと拳足をつきだす。
 それを見守るのは弟の李海王であった。
 なんで兄弟なのに姓がちがうのか、いまだに謎だ。

 李海王は範海王が背を向けた瞬間を狙い、リンゴをほうる。
 背後のわずかな気配を感じたのか、範海王はふり返りもしないで飛び蹴りを放つ。
 ほうられたリンゴよりも高い打点から、蹴りおろすように、だ。
 研ぎ澄まされたカンと、鋭い反射神経、そして強力な跳躍力を持っていないとできない行動だ。

 蹴られたリンゴは真っ二つになる。
 吹っ飛ばず、砕けず、きれいに斬れた。鎬昂昇に匹敵する斬撃技か。
 そして、二つにわかれたリンゴを片手で二つともつかむ。
 手のすばやさも相当なもののようだ。

「M(マホメド).アライJr. …………」
「かつて兄さんが立ち合った」
「いかなるタイプとも異なる拳技の使い手」


 弟が投げ、兄が割ったリンゴを二人でわけて食べる。
 なんか仲のいい兄弟だ。
 でも、毒手使いが素手でさわったリンゴを靴で蹴って、それをそのまま食べるのは問題があるぞ。
 試合前なんだし、ヘンなものは口に入れるな。腹をくだすぞ。

 ところで、範馬兄弟がこれをやるとどうなるだろうか。
 ジャックが黙々と クスリ 骨延長をしている背後で、刃牙がTボーン・ステーキを投げる。
 サクッとジャックが噛みつき、Tボーン・ステーキが真っ二つになる。と同時に一口分減っていた。
 一口喰ったことも原因だが、サーロインとフィレ肉のどっちを取るかでケンカが始まる。
 最高の兄弟喧嘩だッ! 満足そうに見ている勇次郎だった。
 たぶん、範馬兄弟なら流血だ。

「けれど不完全」
「しょせんは格闘スポーツ」
「立ち合えばイヤでもワカる」


 ともかく一頭が奔(はし)り出した。
 ものすごく不吉な郭春成に、似た感じで範海王がはしる。
 ちょっと自信過剰気味なところもキケン度が高い。
 烈に一撃で負けた前科を忘れたのか。
 いや、それは愚地克巳だ。

 ところで、李海王の右手は刃牙に破壊されたはずだが、もう回復しているようだ。
 おそらく漢方の秘薬だろう。死亡確認だった右手も超回復してしまう。


 Jrもウォームアップをしていた。
 範海王は静動を強調した動きだった。
 だが、Jrはまったく逆だ。常に動く。
 烈の動きにも負けないような分身高速で両拳を動かし、両足はスケートしているように滑らかに移動する。

「まるで……」
「舞踊……」
「舞踏……」


 寂も見とれるような華麗な動きだった。
 蝶のような舞いと、かろやかなステップで、マホメド・アライ Jr.は擂台に登る。
 最も偉大なる拳闘家の後継者が、中国拳法に挑む!

『開始(はじ)めいッッ』

 開始直後だった。
 Jrの拳が伸びる。左のジャブだ。リーチが長そうだ。
 有効射程距離を見誤ったのか、範海王の反応がおくれた。

 ヂャッ

 鼻先をかすっただけ………
 

 斬れているッ!
 水平の斬りあとが真一文字に走っている。
 いきなりの出血だ。範海王大ピンチ。ボクシングならTKOモノのキズを負ってしまった。

「おッ」
「踊りじゃないッッッ」


 護身開眼したばかりの寂海王が驚愕する。
 寂は自分の姿は棚に上げて、Jrの動きを実戦向きではない踊りだと見くびっていたのだろうか。
 だからJrの動きを見ても勧誘しなかったんだ。

 ヘビー級ボクサーのジャブは、それだけで必殺パンチという展開だ。
 41号の作者コメントで板垣先生は『地球上でたった1人の、サインが欲しい人物。M(モハメド).アリのサインを入手。感謝。』と書いていた。
 今週のアッパーズの裏を見れば映画「モハメド・アリ ザ・グレーテスト 1964-74」のデジタルリマスター版の広告が載っている。
 もう、全世界がJrの勝利にシンクロニシティーを起こしているような状態だ。
 宇宙人の不条理でもないかぎり、範海王の逆転はむずかしい。

 ちなみに「モハメド・アリ ザ・グレーテスト」には163話の元ネタと思われるロードワークについて来れずにパートナーが脱落していくシーンがある。
 もちろん、次郎に襲われているのではない。


 登場してから最初の戦いで、範海王はいきなり負傷してしまった。
 このまま終わることはないと思うが、この先がかなり心配だ。
 やはり、(手がさわった)リンゴを喰ったのがマズかったか。
 今の範海王の脳内は、トイレにかけこんで、便器にしゃがむことしか考えられない状態だろうか。
 ズボンとパンツをおろすワンアクションすら忘れていそうで致命的だ。

 ただ、いい事もある。
 アレだけの傷がついたら、克巳と間違えることはなくなるだろう。
 寂海王はヒゲを抜かれ独歩に近づきキケンだった。それに対する逆転の発想だ。
 傷を負うことで、範海王は己の自己同一性を獲得していく。顔中傷だらけになったときが、範海王が自立するときだ。
 傷とハレで、花山顔になったら困るけど。
by とら


2004年9月30日(44号)
第2部 第223話 蹴る (603+4回)

 そういえば範海王が闘うところを見たことがなかった。
 範海王は保護されていた!?
 パンダのように絶滅の危険がある海王だったのか。
 どうりでピンチをむかえるワケだ。

 顔を真一文に斬られてしまった範海王だったが、悲鳴もあげなければ汗もかいていない。
 痛みにたいする耐性は高いらしい。
 でも、血がボタボタ流れている。出血多量ですぐにでも絶滅しそうだ。
 闘いが長引くとますます不利になるかもしれない。

「一見優雅に見えようとも」
「中身はリッパな拳技というワケだ」
「しかし」
「闘争という」
「高密度な状況下で」
「手技のみに限定した技術体系は」
「いかにも不自然…」


 流血の下で範海王が笑っている。
 これだけの負傷をしながら笑えるのは普通じゃない。
 幼年編に出てきたレンジャーの双子や、花山の同類だ。つまり暴力世界の住人だ。
 肉体的な能力はともかく、精神面での異常性は巨凶な芳香(かおり)がする。

 範海王は、自分のキズは無視して客観的にJrの技術を分析している。
 しかし、分析はもっと前にやっておくべきだった。
 範海王はJrと除海王の試合を見ていた。
 せっかく見ていたんだから、ちゃんとした対策をたてよう。
 除海王のことなんて、もう忘れちゃったのか?

「たとえば」
「蹴り技ッ」
「当たらぬまでも―――― 射程距離の差は明白」


 そういいながら、左右の蹴りを連発する。
 それをJrは得意のスウェーで上段蹴りをかわし、ステップバックで下段蹴りをよける。
 組みつかれないために接近戦をさけるアライ流にとって、長距離(ロングレンジ)での防御は重要技術だ。
 範海王は自慢気にしゃべっているが、この間合いはJrにとっても安全距離だ。
 そして、不用意な上段蹴りはもぐりこまれて金的を打たれるおそれがある。
 除海王を思い出せッ!

 だが、範海王はさらに蹴りを続ける。
 射程距離だけではなく、脚力と腕力の差から生じる攻撃力の差も指摘する。
 射程も短く威力も弱い拳銃と、射程も長く威力も高いライフルとの戦いのようなものだ。

 一般的に脚力は腕力の三倍といわれる。
 吉福康郎の「最強格闘技の科学」によれば、両腕の重さは全身の10.1%にあたり、両脚は34.5%だ。
 つまり脚は腕の三倍以上重い。
 重さの差は、ほぼ筋肉量の差であり、筋肉量の差はそのまま力の差になる。
 大雑把にいって、「脚力は腕力の三倍」と言うのはほぼ正しいそうだ。

「ワカるかな」
「不完全なんだよ 君は」


 範海王が、ボクシングの弱点その一を指摘する。
 これで顔面血だらけじゃなきゃ説得力があったのに。
 そんなにカッコつけても、アンタ血まみれだし。

「バキさん」
「彼の説を支持するかね」


 試合をみている寂海王が、となりの刃牙に質問をする。
 バキにおける闘争は拳を交えることだけではない。
 もう一つの戦いは、ひそやかに、闇で行われる。
 肉体に対する、頭脳の戦い。表に対する、裏の戦い。

 それは驚愕と解説の闘争だッ!
 範海王 vs アライJrの裏で、刃牙 vs 寂の驚愕・解説対決が勃発した。
 まずは、年長者の寂を差し置き範馬刃牙が先制の解説を狙う。
 成長した現在の刃牙に、死角はない。果たして刃牙の解説は読者をうならせるのかッ!

「ボクシングには蹴り技が存在します」

 いきなり結論から入ってきたッ!
 ボクシングで蹴りは反則だろうという固定概念をゆさぶる一撃だ。
 だが、その先が続かない。
 解説しきれていない。この解説は不発か。

 刃牙の次弾を待たずに範海王が蹴りを出す。出す、出す、出す!
 横蹴りの連打から、まわし蹴り、そのまま回転して後ろ廻し蹴りを下段に決める。
 上段に注意を向けたところで、下段に蹴りこむ見事なコンビネーションだった。
 足を打たれ、Jrの体勢がくずれる。Jrの足が止まった。
 好機だッ!

(この…ッッ)
(スポーツマンが……ッッ)


 このチャンスを逃すまじと憤怒の形相で範海王が拳を振りおとす。
 って、拳かよ。
 勝ちをあせったか、範海王。みずからJrの間合いに入ってしまう。

 グンッ

 しゃがみこんでいたJrの足に力がこもる。
 地を踏みしめ、腿に力を込める。
 跳ねおきる勢いを利用したJrのアッパーが範海王を打ち抜いた。
 この一発で範海王の目が泳いだ。

(そっかァ〜〜〜……)
(ボクシングって……)
(大地を蹴る格闘技なんだ…………)


 フェイントだけで終わった刃牙の解説を、寂海王が驚愕で受け止めた。
 ずいぶんと若い反応だ。「そっかァ〜〜」って、あなた本当に弟子が二万八千人もいるんですか。威厳がないなぁ。
 なんにしても、解説・驚愕対決は、驚愕しつつ解説する高度な技で寂海王の勝ちといえるだろう。
 勇次郎なら、ここで威厳を見せてなんかワカったような事をいうのだろう。
 才能はあっても、まだまだ刃牙は若いということか。

 Jrがギャッと大地を蹴った。
 その勢いを利用した左フックが範海王の頬にメリこんだ。
 そのまま、範海王はヒザをつく。
 この落ちかたは意識を失っていそうだ。
 範海王はいいところなく敗北してしまうのか。
 次号へ続く。


 マホメド・アライ流拳法をスポーツとなめきっていたのが範海王の敗因だろう。
 いや、まだ負けていないけど。
 それにしても、除海王の試合をどう見ていたのだろう。
 あの巨人が体格差をイカせずに負けているのだ。
 間合いを制して勝つ困難をもっと考えておくべきだった。

 やっぱりボクサーと戦うときは、脚を攻めるのが定石だろう。
 脚をつぶして動きを止めてから、好きに料理すればいい。
 しかし、格下相手にエゲツナイ攻撃はしたくなかったのだろうか。
 烈と同じで、四千年の誇りが足かせになっているのかもしれない。

 とりあえずピンチになっている範海王だが、彼はまだ汗を流していない。
 汗を流す間もなく倒される人も多いが、二週以上闘う人は負ける前にたいてい汗を流す。
 まだ汗を流していない範海王にはチャンスがある。

 勇次郎が姿を見せていないのも重要だ。
 ヤツはきっと、なにか意味ありげで 意味のわからない事をいうチャンスを狙っているだろう。
「いい子だ……… 起きてこい」などと言い出したら要注意だ。
 範馬の血は生半可なことでは目覚めないらしい。
 本当に範海王が、血を引いているのなら、死ぬほどドーピングしたり、四千年分殴られたりするのに匹敵するダメージが必要だ。
 つまり範海王のピンチは目覚めるための通過儀礼なのだ。

 それにしても、弟の李海王は何をしているのだろう。
 やっぱり前回喰ったリンゴが当たって、今ごろトイレで独闘しているのだろうか。
by とら


2004年10月7日(45号)
第2部 第224話 大地を…蹴る (604+4回)

 ボクシングには蹴り技が存在していたッ!
 いや、それは詭弁だろ。相手を直接蹴っていないのに、「蹴りがある」とは言いすぎだ。
 最終的に、倒れた相手をおどるように踏んだりして。

 よく考えたら刃牙は「ボクシングには蹴り技が存在します」と言っただけで、具体的な技について話していない。寂海王がかってにおどろいて、一人で納得しただけだ。
 思わせぶりな事をいい、相手を納得させる。まさに、範馬流話術だッ!
 そして、話をすぐ大げさにしちゃうのが、寂海王の特徴だ。
 そのうちにボクシングの蹴りを日本の若者のためにイカしはじめるぞ。

 アライ流の拳術は範海王を圧倒していた。
 まずは、起きあがる勢いを利用してのアッパーカットが決まる。
 範海王の体が宙に舞った。
 次に、横へステップし体重を拳にのせたフックを喰らわす。
 両足のキック力に、腰のひねりも加え、ねじりにねじった必殺の一撃だ。
 脳を縦にゆらし、横にもゆらす。刃牙ほどではないが、Jrもダメ押し好きらしい。

 打撃力というのは運動エネルギーだ。質量×速度の二乗に比例する。握力のことは しばし忘れてください。
 前回に引き続き「最強格闘技の科学(吉福康郎)」によれば、パンチは腕の力だけで打つのではなく、足の力も利用しているそうだ。
 一流になればなるほど、脚力をパンチ力に変えている。
 161話でも書いたが、胴体の重さを脚力で動かすことで生じる運動エネルギーを有効に使うと強力な打撃になる。

 話はかわるが、寸勁は腕の力を使わない打撃だ。
 板垣先生の「激闘! 達人烈伝」で、中国拳法の蘇東成 老師が寸勁について説明している。
 そこで、「一歩でもいいから動いていないと、人は飛ばない」とおっしゃっているので、寸勁も脚力で胴体を動かしエネルギーを生んでいるようだ。
 ここからはシロウトの推測になる。
 寸勁は、腕力以外で打撃を生むための鍛錬から発生した技術なのかもしれない。

 話をもどして、近代的な打撃理論を実践するアライ流拳法の前に範海王が撃沈した。
 もっとも本人が「ボクシングには蹴り技が存在する」と思っているのか、不明だが。
 寂海王が「みごとな蹴りでした」と、Jrをむかえたら「Why? ナニ言ってんの、この逆モヒカンヒゲ?」みたいな顔をするかもしれない。

「待ってくれ」
「まだ…」
「やれるッ」


 範海王が立ちあがった。
 全身が震え、目は血走っているが、立ちあがった。
 しかし、立つのが精一杯という感じがする。
 負けの前兆である冷や汗も流しているし、よだれもたれている。かなりヤバい。

「OK…」

 Jrの目つきが変わった。
 相手が立ちあがってくる限り、殴りつづける気だ。
 Jrはボクサーではなく戦士なのだ。
 戦士としての最大の礼儀は、手を抜かずに相手を叩きのめすことだ。
 一気に突っ込むかのように、Jrが低い重心でかまえる。

(もう…ミスれないッッ)

 さすがに範海王もあせっている。
 というか、ミスっていたことを自覚していたのか。
 いままでの苦戦は、アライ流拳法をスポーツだとなめていたのが原因だ。
 これからは油断せずに…………、どうするんだろう。やっぱり、蹴るのか?
 射程距離は勝っているかもしれないが、フラフラ状態では当たらないだろう。
 立ったのはいいが、ちょっと無策っぽい範海王であった。

 Jrが止まった。
 そして、範海王に背を向けた。
 完全に無視された形になった範海王はあわててあとを追おうとする。
 この展開は、寂海王流の不意打ち護身術か!?

 だが、異変は範海王に発生していた。
 精一杯に走っているはずなのだが、フォームがおかしい。
 背骨が抜けたように、なんかグネグネしている。

(あれ……??)
(床が……)
(なんで……)
(起き上が――――――)
(る……!!?)

 ドッシャアァッ

 刃牙にアゴへの集中砲火をあびせられたマウント斗羽のように、床が迫ってくる感覚で範海王がダウンした。
 完全に平衡感覚を失っている。体の傾きを知覚できていない。
 深刻な状態で範海王が地面に倒れる。しかも顔から落ちた。
 両手を突き上げ、Jrが静かに勝利宣言をしている。

「勝負ありッッ」

 うわぁぁぁッ!
 勝負あっちゃったよッ!


 これで範海王も終わりなのかッ!?
 今ごろ姿を見せた李海王も渋い表情だ。
 やっぱり試合前の毒リンゴが効いてしまったのか? 李海王が遅れたのもそのせいか?


 名前が判明した時から、範馬一族とのうわさが流れた範海王が敗北してしまった。
 185話で勇次郎が親しげに話しかけたのを見て、範海王の血筋はほぼ確定と思っていた。しかし、敗北してしまった。

 そりゃ、作中では勇次郎の息子だなんて一言も言っていない。
 しかし、ここまで引っ張ってなにも無しなのかッッ!
 このいきどおりを、どこにぶつけろというのだ!
 チャンピオンを引き裂けとでもいうのかッッ!(もう、やりません)

 なんか、オレオレ詐欺に引っかかった気分だ。先入観にヤラれた。
 今の場合は範馬詐欺だ。範とつく者が全て範馬に見える。
 俳優の長谷川 初とか、女優の小川 子も範馬一族だと思い込みかねない。


 ただ、これで本当に終わったのだろうか。
 死刑囚は、死んだと思ったところからが長い。範海王は死刑囚ではないけど。
 今ごろあらわれた弟をきっかけに、範海王の回想がはじまるかもしれない。

 範海王と李海王の兄弟は、なぜ姓がちがうのか?
 大擂台賽に対する因縁めいた会話はなんだったのか?
 この兄弟には謎が多い。
 その謎が解明されないうちは、範海王の完全敗北は無い、と思う。
 いま、シベリアブリザードよりも恐ろしい格闘地獄の秘密があかされるッ!(いつの話だ)

 そして、死刑囚編で投げっぱなしになっていた、FBIには百年たってもわからない理由なども解明されるかもしれない。
 本当に解明されたら、めちゃめちゃ感動しますよ。
 次のコミックスを勢いで三十冊買っちゃうぐらいに。いや、三十冊は、さすがにムリだ。

 いずれにしても、アライ流の突きを二度まで喰らい立ちあがったタフネスだけは賞讃しよう。
 なんか克巳みたいな敗北のしかただった。

 結局、範海王はどれだけ強かったのだろう。
 今となっては毛海王が排除されたのは、先に口をはさんだからだという気がしてならない。
 郭海皇にとっては、範だろうが毛だろうが、どっちでも良かったんだろう。

 範海王の相手が寂海王だったら、もう少しいい試合になっていたかもしれない。
 寂海王は、範海王もスカウトするのだろうか?
 キメ台詞は「範くん、弱いだけだと情けないぞ」だな。
by とら


2004年10月14日(46号)
第2部 第225話 海皇 (605+4回)

 範海王に足りないものは、馬だった。
 重騎兵の装甲は二十〜三十キロにもなり、落馬すると一人では起き上がれないという。
 つまり、馬がいないと装填されていない銃よりも役に立たない。
 どうしても、馬が必要なのだ。
 もっとも、範海王は重騎兵ではありませんが。
 でも、馬さえついていれば、もっと動けたのに。

 倒れていた範海王は、すでに片付けられていた。死体の痕跡すら残っていない。
 いや、死んではいないんだけど。キャラクター的には死んだも同然かもしれないが。
 この時点で日米軍vs中国連合は、3対1!

『中国連合チームの勝ちはなくなったのです!!!!』

 敗北決定となり観客はみなうなだれる。涙を流し落胆する。鼻水だって流してしまう。
 ちょっと落ちこみすぎだと思うが、自国の誇りを踏みにじられたのだ。
 徳川さんも白格闘家が負けたときは泣いていた。たぶん、同じような気持ちなのだろう。

 しかし、すっかり海皇決定トーナメントから日米 vs 中国の対抗戦になっている。
 中国チームが勝ったら、どうだというのだ?
 試合には負けたが、「海皇の名を」「外に出してはならぬ」という目的は達成しているかもしれない。
 郭海皇の老獪な作戦勝ちだ。

 夜の海底のように静まりかえっている会場に範馬勇次郎が入ってきた。
 勇次郎の髪がまとまっている。これは彼が安定期に入っている証拠だろう。
 今の勇次郎ならそばに近づいてもあまりキケンは無い。
 会場の左右をみわたす。観客は罵声をあびせる元気もなく、勇次郎の行動にとまどっている。

「中国武術4000年の威信は」
「海王改め海皇の称号は」
「それでも なお」
「地に堕ちぬッッッ」


 中国連合軍の負けを指摘した上で、中国武術4000年を再評価する。
 最初に悪い印象を与えて次に良い印象を与えると、最初から良い印象を与え続けたときよりも、好感があがるという心理学の実験結果がある。
 最初はツンケンした態度なのに、あとでメロメロになってくれると、萌え度が上がる法則に同じだ。
 それなら、750ccぐらいイケます。
 逆に毎朝起こしにきてくれたりする子が、実はとんでもない正体だったりすると、地雷と呼ばれる。

「幾万 幾十万もの武術家が」
「己の思い描く功夫(クンフー)の完成を見ず消えていった」
「ある者は病に敗れ」
「ある者は怪我に泣き」
「ある者は修行の苦痛に耐えきれず抜けてゆく」
「そして――――」
「寿命……」


 中国拳法にかぎらず、スポーツ全般にいえる言葉だろう。
 最大トーナメント決勝直前に徳川さんが演説した内容とほぼ同じだ。

 ちがう所もある。自分より上の人間に敗北し、あきらめるという点がない。
 ケガや病気や苦痛よりも、実力不足に悩んでやめる人の方が一般では多いと思う。
 勇次郎がそれに触れなかったのは、彼にはそういう概念が理解できないからだろう。

 生まれ落ちた瞬間から強者だった彼には、越えられぬ壁とか実らない努力には縁がないのだ。
 虎はもとから強いから、弱いものの悩みが理解できない。
 逆にこっちも虎の悩みはわからんだろう。
 尻尾の中ほどにあるモニョモニョした感じがイヤでしょうがないと相談されても、こまる。
 そんなワケで、勇次郎には「弱者のための武」という言葉を真に理解することができないと思う。

「過去ッ国手達人と呼ばれた誰もが到達できなかった頂へ」
「生まれ落ちて百と数十余年」
「片時も武を忘れず離れず」
「道を歩みきった漢(おとこ)が存在するッッッ」
「おまえたちは誇っていい」
「郭 海皇は」
「中国拳法そのものだ」


 白黒反転フキダシも駆使して熱弁をふるう。
 頭髪も元気に逆立っている。強さに自信の無い人は距離を取らないとキケンだ。
 刃牙を応援した時いらいの大演説であった。
 思いもよらぬ贈り物で、観客は再び元気を取りもどす。

「ここで俺が敗れたなら――――」
「先に挙げた3勝など」
「なんの意味も持たぬッッッ」


 そして、さりげなく先の三勝よりも自分の勝利のほうに価値があると主張する。
 相手をほめながら、自分の価値も高める。みごとに完成された範馬流話術だ。
 しかも、観客も味方にした感すらある。寂海王とは大違いだ。
 単純な話術においても、刃牙と勇次郎の差は大きい。

 会場の期待が高まったところで、郭海皇が車椅子で登場する。
 はやくも地鳴りのような歓声が沸きあがる。
 郭海皇が立ち上がり片手をあげただけで、大熱狂の大興奮だ。

 郭海皇が車椅子をつかんで投げた。
 勇次郎が笑う。
 同時に「開始めいッッッ」の合図がかかる。
 投げられた車椅子はどこへ飛ぶのか。
 全ては次回へッ!


 勇次郎がわざわざ観客を元気にさせている。
 一度おだて上げておいて、思いっきり叩きつけるつもりだろうか。
 中国武術をコケにし、観客をふたたび凌虐するための、地雷作戦だ。
 重要キャラの血縁者と思わせる人物を登場させて、なにごともなく潰すような作戦といえよう。
 さらに、郭海皇を「中国拳法そのもの」と定義することで、「中国拳法そのもの」を破壊する気だろうか。

 ただ、範馬勇次郎の性格を考えると別の解釈もなりたつ。
 範馬勇次郎は美味い料理を喰らうがごとく、闘う。
 沈んでいる観客と、勝利に意味がなくなった郭海皇では、冷めた料理にひとしい。
 つまり、勇次郎が檄を飛ばしたのはレンジでチンするように、冷めかけの料理を温めたのかもしれない。
 範馬勇次郎はなによりも闘争を求めているのだ。
 つまり、敗残のサムワンだって、けっこう美味なんだ。ムエタイは強いんですよ。OK?


 サムワン海王や毛海王を、郭海皇は一撃で沈めた。
 攻撃力は文句なしに高い。勇次郎に匹敵するかもしれない。
 問題は防御力とスピードだ。
 車椅子を利用している老人が、機関銃を相手に闘えてしまう勇次郎のスピードについていけるのだろうか。
 全ての攻撃をかわすことは不可能に近い。勇次郎の攻撃を受けても耐えられるのだろうか。
 老人の体力を考えても、長期戦はきびしいだろう。

 老いて肉体的に弱っている武の体現者と、弱さを知らない具現化した暴力という両極端な二人の闘いは想像を絶している。
 とりあえず、郭海皇が投げた車椅子が落下して自分自身に当たり、勝負ありッ! と言うのは避けてもらいたい。

 車椅子がどこに飛んでいくのか、ちょっと気になる。勇次郎に投げつけたのかもしれない。
 実はあの車椅子は三百キロぐらいあって座っているだけで鍛えられる器具だったりして。
 帰るための車椅子を捨てるのは、真剣勝負で鞘をすてるにひとしい行為だ。
 必ず勝てる相手ではないと敬意を表した行動かもしれない。

 そして、範馬勇次郎の背中に眠る"鬼"は目覚めるのだろうか。
 長い連載中で、勇次郎の鬼が画面に出たのは独歩戦とその直後ぐらいだ。
 今回、ひさしぶりに勇次郎の安全装置が解除されるかもしれない。

 そして、フォローなしの範海王も気になる。
 勇次郎の鬼の気配に触発されて、裏返るかもしれない。
 もちろん、時期を逸しているので、復活しても話にからめません。

 完全に団体戦になってしまった現状だが、今後どうなるのだろうか。
 勇次郎が勝つと、生き残った唯一の海王・烈海王が海皇を襲名するのだろうか。
 他の人たちは『海皇』の称号なんていらなさそうだし。

 とにかく、収拾のつかない事態になりかかっている。
 オチが見えてこない。
 ひょっとして、現在の出来事は、郭春成の崩拳をくらってダウンした刃牙が見ている夢だったりして……
by とら


2004年10月21日(47号)
第2部 第226話 力 (606+4回)

 最強の武と 最凶の暴力が激突だ。
 卑怯も武のうち、まずは郭海皇がのっていた車椅子を勇次郎に投げつける。
 へッ、ズッルい爺ィだぜ。
 中国武術は身近にあるものを武器とする。
 イスやホウキだって武器にするし、路上駐輪している自転車も有効利用する。
 つまり、たまたま座っていた車椅子を武器にするのは空手の美意識にも外れない武術なのだ!(詭弁)

 飛んできた車椅子を勇次郎は笑顔でむかえた。
 スポーク一本一本まで認識しているような脅威の動体視力で見切り、車椅子の取っ手に指をかけて軽く受け流した。
 オォ、これは車椅子に合気を敢行かッ!

 必要以上に車椅子をブンブンまわし、指の上で回転までさせてしまう。中国雑技団も真っ青だ。
 勇次郎は、中国武術をコケにすると同時に中国雑技団もコケにする気か。

 十分まわして気がすんだのか、勇次郎は車椅子をおろす。
 壊れないように丁寧に、図書館でイスを引くときほどの音を立てて着地させた。

「乗りな」

 さらに腰をかがめた慇懃な態度で車椅子を郭海皇にすすめる。
 な、なにをやっているんだ試合中ですよ。
 しかも、範馬勇次郎がこのような態度を取るなんて。
 座ろうとすると、イスを引いてコケさせるつもりか。

 真意がつかめない。ものすごく不気味だ。
 寂海王の握手よりもはるかにキケンな感じがする。
 たとえば寂海王が郭海皇に握手を求めたとしよう。
 郭海皇は差し出された手を容赦なく切り落とす。安全だ。

 しかし、範馬勇次郎の誘いはキケンだ。
 ウホッ! とかいってホイホイ座っちゃうとイスごとジャガられる可能性もある。
 これはワナだ。
 座ってはマズイ。否、マズすぎるッッ!

「謝謝(ありがと)………」

 座っちゃった〜〜〜〜ッッ!
 普通に座っちゃいましたよ。
 試合中ですよ? 電車の中じゃないんだからイスをゆずられて座るなよ。

 勇次郎も当たり前のように車椅子を押しはじめる。
 コイツら ワケわかんねー。
 行動パターンが想像の枠外はるかかなたに位置していやがる。
 脳のキケンな部位に針を十本刺しても、こんな行動思いつかねェ。

 退院したおじいちゃんを押して並木道を散歩するように、二人は歩む。
 え…………っと、試合放棄ですか。むしろ、試合放置か。
 観客はポカ〜〜ンとするしかなかった。
 もしかして、郭海皇を闘技場の外に運んでリングアウトにするつもりだろうか。

 だが、勇次郎は郭海皇を押しながら闘技場内をグルグルまわるだけだった。
 そして前代未聞ッ、試合中に雑談開始ィィィィ!!
 授業中だったら、アンタら追い出されるよ。

 歩きまわりながら勇次郎は問いかける。
 郭海皇は強くなるために、なにを捨てて、なにを得たのかと。
 闘争のみを人生の目的として生きてきた範馬勇次郎らしい質問だ。
 上等な料理を前にして、その調理方法を聞いてみたくなったのだろうか。

「力さえ手に入るなら」

「女も…… 朋友(とも)も…… 酒も……」
「地位も…… 名誉も……」
「親兄弟をも捨てることに迷いはない」


 このジイちゃん、たとえではなく本当に全部すてていそうだ。
 強さのために女色を断ち、朋友を手にかけ、酒をすて、地位や名誉に見向きもせず、強さのみを望んできた。
 でも、最終的に地位と名誉は手に入れている。
 ついでに春成もいるから、捨てたものも少し拾っている。

 しかしッ、213話で春成に「ほんとにワシの血引いとる?」と疑問をぶつけているので、身におぼえのない子供だったりして。
 郭海皇も、とんだところで敗北しているのか?

「むしろ日に日に己の内(なか)にたくわえられてゆく力に」
「我を忘れるほど酔いしれたものじゃ」


 郭海皇も勇次郎みたいな人だ。
 すっかりフォースの暗黒面にとらわれている。手から電撃だって出せそうだ。
 若い頃なんか、一日一殺を心がけていそうな感じもする。

「そんなわたしが何を手離すとき最も苦痛を感じたか」
「力…」
「身を焦がすほど欲した力」
「その力を捨て去った瞬間(とき)じゃよ」


 全てを捨てて手に入れた力を、けっきょく捨てたと。禅問答みたいだ。
 ここでいう「力」が筋力のことなら話が早い。老化で筋力が衰えたから「力」を失った。
 そして、「力」を失ったかわりに、「技」を鍛え今までとは違う強さを手に入れた。
 これだと、シンプルでわかりやすい。
 それだけにハズレかもしれない。

「捨て去った」という言いかたは、能動的なものだ。
 力を捨て去っても行いたいことがあったのだろう。
 郭海皇は力を捨て去った先になにを見たのか?
 それは次回以降のお楽しみだ。

 189話で郭海皇は勇次郎にイチャモンをつけている。
 力に焦がれ、力を捨てたのが郭海皇だ。
 だから、いまだに力に「飢え……渇き……焦がれ」ている勇次郎にひとこと言いたかったのだ。
 郭海皇は範馬勇次郎に、強さに焦がれていた過去の自分を見たのだろう。
 暴力と武というだけではなく、現在の立場も対照的だ。

 勇次郎は郭海皇のこたえに納得するのか。
 しない と思う。
 勇次郎も強さのために色々すてているだろう。
 しかし、勇次郎はタバコを吸ったり体に悪いこともやっている。
 刃牙を応援したときも「禁欲の果てにたどりつく境地など」「高が知れたものッッ」といった。
 これこそ、範馬勇次郎の哲学だろう。
 苦痛をともなって なにかを捨てた郭海皇は、しょせん弱者だ。
 勇次郎なら断言しそうだ。


 今回のラストで郭海皇は上着をすてて裸をみせた。
 まだまだ筋肉は衰えていないようだ。
 力を捨て去ったという発言の真意は不明だが、今後の闘い激戦になりそうだ。
 郭海皇に技術面での不安はないし、筋力面でも期待できる。

 そして、異なる主義と過去を持つ者がぶつかりあう。
 命だけではなく、人生そのものも賭けた戦いになりそうだ。
 郭海皇の回想百年分とか炸裂してエラいことになったり、息子の質自慢で勇次郎が刃牙をホメ殺したりしそうだ。

 アライさんの時も同じだったが、勇次郎は歩きながら話をするのが好きなようだ。
 199話で刃牙が勇次郎と話をしたときは立ち止まっていた。
 だから、会話はとぎれて壁をブチやぶるハメになったのかもしれない。
 刃牙も歩きながら話をすれば良かったのに。
by とら


2004年10月28日(48号)
第2部 第227話 理合 (607+4回)

 すべてを捨て 手に入れたのが力だった。
 ならば、力を捨て 手に入れたものは、なにか?
 刃牙なら「梢江ちゃん」というかもしれない。
 ゴメン、私ならまずそれを捨てたい。

「その力を捨て去る……」
「あの無念さに比べたら」
「肉親との死別すらが」
「取るに足らない」


 一般的にいって、肉親との死別はつらい出来事のトップだろう。
 郭海皇は長寿なので、孫だって老衰で亡くなっていそうだ。
 何人の子供がいて、何人の孫がいるのかわかりませんけど、かなりの別れを経験したはずだ。

 郭海皇が上着を脱いだ。筋肉はまだ残っているが、皮膚に老いがある。
 筋肉はあるといっても、怪力とは思えない。確かに筋力は捨てたようだ。
 なぜ、郭海皇は力を捨てたのか?

「100年前――――――」
「わたしの身体(からだ)は鋼に覆われていた」


 百年前の郭海皇は、鍛錬に鍛錬をかさね、超高密度の筋肉を身につけていた。
 その姿はアジアの パピヨン オリバのようだ
 背は低かったようだが、横に広がる筋肉のつきかたはハンパじゃない。
 孫海王を握力で屈服させながら、楊海王をジャガりそうな迫力がある。

 百年前ということは四十六歳なのだろう。しかし、もっと若そうに見える。
 おそらく百年前の大擂台賽を圧倒的な力で勝ちぬいたときの姿だ。
 体力がもっとも充実していた時期だろう。充実しているから若さも保てているのだろう。

 単純な腕力ならアジア一と郭海皇は豪語する。
 世界一といわないのは謙虚なのだろうか。
 ついさっき、オリバを見ちゃったので、世界一というのをやめたのかもしれない。
 でも、現在の外国人嫌いを考えると、世界に撃って出るつもりだったのだろう。

 剛力を誇示するため、時には牛を投げ飛ばしたりもした。
 なじみのある牛・ホルスタインだと体重が600〜1000kgぐらいある。
 とんでもない力だ。これぞ、中国拳法バカ一代だな。

 郭海皇は「海皇」の名を襲名したため、各地から技を見せて欲しいと頼まれているのかもしれない。
 呼ばれてチヤホヤされたら力を誇示したくなるというものだ。
 牛を投げ飛ばしたのは、馬鹿行動の中ではおとなしいほうと思われる。
 最高ランクは、クジラの投げ飛ばしだ。会場にクジラが入らず大失敗で、馬鹿丸出し。

 その一方で、拳の理合をとく連中を片っぱしからブン殴る。
 ちっぽけな技なんて、圧倒的な力の前では無力だと言わんばかりだ。
 そうやって、郭海皇は力による頂点を極めつつあった。

 辞書的に『理合』は『道理の程度。わけ。わけあい』という意味がある。
 武道・武術関係では『技の原理』という意味あいだ。
 隠れた名作・三倉佳境の「関節王」では『理合…その技のかかるしくみのこと』と説明されている。
 おおざっぱに言えば『技術』になる。

「理合」を否定し「力」を求めてきた郭海皇だった。
 だが、ある日……
 本物に出逢った。


 力では圧倒的におとる相手だった。
 しかし、打たれ、蹴られ、叩きつけられ、理合に敗れた。
 相手は、齢60を越える老人だった。
 本物の達人、本物の理合に完膚なきまでに叩きのめされた。

 この達人は、大擂台賽に出場していなかったようだ。
 海王と海皇の称号や大擂台賽も武術界ではあまり権威がないのだろうか。
 大擂台賽は、ストレス発散の見世物的大会ともいえる。
 称号に価値を求めるということは権威主義になりやすい。そうなると実用から遠ざかってしまうこともある。
 売名行為を好まない求道者タイプの武術家は参加しない大会なのかもしれない。

「最近の若い者は…」という言葉は古代エジプトからあったらしい(情報元を探したけど見つからなかった。ただのウワサかも)。
 大擂台賽における海王レベルの低下は昔からあったのかもしれない。

 現在の所有者である郭海皇は「海皇」の称号に、こだわりが ありそうだ。
 でも、他の武術家たちは、どうだろう。
 百年に一度しかチャンスがこない称号では、実力以上に運が必要だ。
 実力だけでは取れない称号だと、希少価値はあっても最強の称号と呼べるかどうかはあやしい。

 ついでに言っとくと、百年前は清王朝(1644〜1912)がまだ存在している。
 ただ、1900年前後の中国は、内乱と押しよせる外国によって、荒れまくっている。
 こういう状況だから、参加する選手も少なかったことだろう。

「理合」に敗れた郭海皇は「力」を捨てさった。
 涙も鼻水もよだれもたらし、無念の表情で鍛錬器具をすてる。
 肉との決別だ。
 そして、今までの人生を否定する行為だ。

 自分が信じていた主義をすて、別の主義にかわる。
 今まで頂点にいた人が、一番下っ端からやりなおすのだ。
 弱い人なら、屁理屈を並べて敗北を認めず、自分の主義にこり固まる。
 真の強さをもっているから、郭海皇は自分の敗北を認め、ふりだしに戻るのだ。
 生半可な意思ではできない。

 たとえ「力」をすてても、最初からやり直しでも、いかなる苦痛・困難が待とうとも、郭海皇は強くなりたいのだ。
 まさに中国史上もっとも力を欲した男だ。
 強さに対する渇望は、範馬勇次郎を超えているかもしれない。

「理合を手に入れる鍛錬」
「それは筋力鍛錬の速度に比べ」
「あまりにも永く」


 なにも考えずに鍛錬しても、筋肉ならそれなりに強化される。
 だが、技術というものは考え悩みながら鍛錬しないと身につかない。
 いっちゃ悪いが、郭海皇は「理合」に向いていないんじゃないのか?
 なにも考えずに形だけの修行をしていそうだ。

「日々 普通に戻ってゆく己の肉体に、わたしは―――」
「歯噛みした」


 普通(?)というからには、今までの自分が異常だと自覚していたようだ。
 でも、強くなるためには異常性も必要だと、喜びすら感じていたのだろう。

 鏡を見る郭海皇の表情は、めちゃめちゃ悔しそう……とはちょっと違う。
 あきらめにも似た表情だ。もう怒る元気もないのだろうか。
 かえって悲壮感がある。

 このころの郭海皇はかなり弱そうだ。
 成果の出てこない修行に不安を感じているだろうし、肉体はおとろえていく。
 鏡にうつるのは、そんな落ちぶれた拳法家の姿だった。
 それでも、時はながれる。

「齢90を越え」

「椀と箸に重量を感じた頃」
「わたしの手に 理が握られていた」


 九十歳を越えて、ようやく郭海皇は筋肉たっぷりの強者を軽々投げ飛ばす理合を手にした。
 郭海皇が理合を得るのに、約四十年の歳月が必要だった。
 四十年間、成果の思わしくない修行を続けているのだ。
 普通の人ならとっくにあきらめる年月だといえる。
 なんという執念だ。なんという努力だ。
 やっぱり、郭海皇はタダものじゃない。

 郭海皇が中国武術の頂点と言われているのは、この努力があるからではないだろうか。
 一度すべてを捨て、そこから努力で高みにのぼったのだ。
 中国武術の理合がその身につまっている。
 まさに、中国武術そのものと言っていい人だ。

 こういう郭海皇だから、速さだけを求めたサムワンにきついお灸をすえたのだろう。
 そして、力のみで生きる勇次郎に対抗心を燃やしているのだろう。
 勇次郎はともかく、サムワンは とばっちりという気もするけど。


 長い郭海皇の回想+解説が終わった。
 車椅子を押しながら聞いていた勇次郎は歯茎までムキ出した鬼笑いを浮かべる。
 百年物の老酒に匹敵する一品、飲みたいッ! という感じだろうか。

「ならばこの闘いは……」
「剛に……」
「理合が挑む闘いというワケだ」

「その逆じゃよ 勇次郎」


 車椅子に座っている郭海皇を、勇次郎が車椅子ごと持ちあげた。
 それも片手でだ。もう一方の手はハンドポケット状態で、スマート50%というところか。
 試合前から勇次郎の剛力が発動している。って、すでに試合は始まっているんだった。

 郭海皇の考えでは、今の試合は「理合に剛が挑む」ものらしい。
 過去の自分を思えば、力と理合の勝負はすでに決着済みなのだろう。
 力で頂点を極めた経験があるからこそ、理合のすごさもワカる。
 昔の経験があるから力の長所も短所も把握している。
 そういう意味でも、郭海皇の力を鍛える経験は無駄ではなかった。

 ただ範馬勇次郎は腕力が最強なだけではない。
「あらゆる格闘技を身につけている」と本部にいわしめた技巧者でもある。
 ジャック vs. 渋川でも、最後にジャックが意外なテクニシャンぶりをみせて決着した。
 今回も、そうなる可能性がわずかにある。

 今回の最後で郭海皇が「勇次郎」と名前でよんでいる。
 昔の価値観だと、人の名前は大切なものなので気安くよんでいいものではない。
 夏目漱石はもらった手紙の中で自分の名前が書かれたとき、怒って手紙の作法を書いて送ったことがあるそうだ。
 名前を呼ぶと失礼という習慣は、現代ではすたれている。
 だが、郭海皇は古い人なので、侮辱の意味をこめて「勇次郎」とよんで、挑発しているのかもしれない。


 理合という言葉はあまり一般的ではないので使用をさけていたが、思ったより有名だったようだ。
 読者にすらすら読んでもらうためにあまり難しい言葉は使わないようにしていますが、サジ加減が難しい。
 理合だって、けっきょく鞭打の時は使いましたし。
 前回のタイトルが「力」で、今回が「理合」だ。
 対蹠的なタイトルで、郭海皇の誕生秘話・前後編だったようだ。試しに晦渋な言葉を使用してみる。

 アライ流の理合は地面を蹴ることだ。
 郭海皇の駆使する理合はもっと深く広いだろう。
 攻撃・防御・移動なども理合にのっとり人知を超えていそうだ。

 だが、勇次郎の力も人間を超えている。
 勇次郎の場合は闘争の動きの中で鍛えられ淘汰された、天然の技術だ。

 人類最大の武器である頭脳をつかい考案された理合と、動物的に肉体の動きのなかで生まれた理合の対決だ。
 現時点での、バキ最大の闘いになりそうだ。
 でも、この状態で寸止め一週休載になる。
 このタイミングでの休載は、餓狼伝移転の準備だろう。
 餓狼伝復活の日も近い。

 郭海皇を持ちあげた勇次郎は、この後どうするのだろうか。
 地面に叩きつけるのか。客席に投げつけるのか。
 予想もつかない落としかたをしてきそうだ。
 投げようとした勇次郎のほうが地面に沈んじゃうとか。
 投げつけた先になぜか刃牙がいて、車椅子が当たってメコメコになっちゃうとか。
by とら


2004年11月4日(49号)
バキはお休みです

 地上最強の生物・範馬勇次郎 vs. 武術四千年の象徴・郭海皇!
 大擂台賽における頂上対決だッ!
 頂上だけに、登りはじめが遅い。まだ先が見えてこない。
 でも、その微妙なじらし感も、また楽しい。しかし、休載というじらしはカンベンねがいたい。

 範馬勇次郎の強さは才能という言葉では語りつくせない。
 その強さの根源は、突然変異としか思えない強靭な肉体にある。
 人間としての個体差からハミ出している筋力を持っている。三国志演技にでてくる兀突骨(ゴツトツコツ)の身長(二丈=460cmか480cm)なみに異常な数値だ。
 なお、中央研究院の漢籍電子文献『三國演義』に身長二丈とあったのだが、一丈ニ尺(276cmか288cm)の誤記かも。いくらなんでもデカすぎる。

 それはさておき、チンパンジーは自分より体重の重い人間と綱引きしてもあっさり勝つ力がある
 動物と素手で戦える勇次郎も、見た目以上の力を持っていそうだ。
 身長で言えば450cm超の規格破壊人間だ。

 対する郭海皇の強さは努力の強さだ。
 その強さの根源は、人間の脳髄が四千年以上かけて磨きあげた技術にある。
 郭海皇が力を極めたあと四十年も地味に修行したのは、強くなりたかったのと同時に、武術が好きだったからだろう。
 知識への欲求は人間独自のものだ。生活の役にたたなくたって、修行しちゃうのだ。

 頂上決戦は、肉体vs.頭脳だ。
 でも、勇次郎も頭脳明晰だし、郭海皇も筋力抜群かもしれない。
 結局のところ、この勝負は予想不能なのだ。
 範馬勇次郎の尻に"第二の鬼"が浮かび上がるとか、そういうオチが待っていても不思議ではない。むしろ自然だ。

 そんなワケで予想不能といいながらムリヤリ予想してみる。
 とりあえず、ありがちなイベントは以下の物が考えられる。

・序盤は郭海皇が強い
「ホッホ〜〜 弱いのォ〜」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ」
 そんな感じで勇次郎をこまらせて欲しい。
 勇次郎が困った顔をするのは最初の独歩戦と、刃牙が色に目覚めたときぐらいだ。
 となると、梢江ちゃんの破壊力は独歩と互角なのか!?

・勇次郎が数年ぶりに"鬼"を開放する
 これはお約束だ。水戸黄門が印籠を出さないワケにはいかないように、範馬勇次郎も鬼を出さねばならない。
 出すタイミングも四十五分あたりの絶妙な時間にお願いしたい。

 だが、背中に出現したソレは、以前見たときと形状が変わっていた。
 作者が形を忘れたのではないッ! 断じてちがうッッ! 進化したのだッ!
 せっかく追いついたと思ったのに、刃牙はすでに突き放されていた。
 ショックのあまり、バキは梢江をつれて刃牙ハウスに引きこもるのだった。

・郭海皇の帽子とサングラスが飛ぶ
 帽子とサングラスが両方飛んだら、次週敗北だろう。
 敗北を象徴する小道具として絵になりそうなので飛ぶと思う。
 サングラスはすでに外したことがあるので、インパクトがうすい。
 帽子のほうが新鮮味がある。
 はたして帽子の下はどうなっているのか。インパクトはうすく無いだろうが、毛はうすそうだ。

・刃牙がまたよくワカらんことをいう
 烈海王 vs. 寂海王で、意味不明のひとり言を炸裂させていた我らが主人公は、今回もやってくれるだろう。
 格闘家にとって見逃せない一戦だというのに、みんなはドコでナニをしているのやら。

・中国連合軍の解説は烈海王が引きうけたッ!
 というか、中国連合軍で生き残っているの烈しかいないし。
 もしかしたら郭春成がちょっとイイ昔話をしてくれるかもしれない。
 郭海皇が負けそうになったら、みんなが出てきて応援してくれるだろう。
 サムワン海王、毛海王、武術省の三人。みんな郭海皇にやられた人ばかりだ。
 もちろん、こっそり復讐を狙っている。

・ジャック範馬は?
 大擂台賽編の次に期待しましょう。
 しかし、デカいイベントをぶち上げたわりに新キャラが弱かった。
 大擂台賽鳴動して寂海王一匹というところか。

・範海王は?
 どっこい生きていたシコルスキーの前例があるので油断できない。


 いろいろ考えてみても、試合内容は想像できない。
 技と力のぶつかり合いになるのだろうか?
 回想と回想のぶつかり合いになって、いつまでたっても試合が始まらなかったりして。
by とら


2004年11月11日(50号)
第2部 第228話 究極の武 (608+4回)

 車イスごと持ちあげられている状態だが、郭海皇は自分のほうが格上だと言い張る。
 車に乗る人と車を動かす人では、後者が格下だ。
 普段はほこりをかぶっている敬老精神などを持ち出し車イス運転手となった時点で、勇次郎の席順は決定したのかもしれない。

「おまえが わしに挑むのじゃ」

 満を持して郭海皇が飛翔する。車イスを蹴って飛び立った。
 瞬間、車イスがバラバラに分解した。
 車イスに存在する必殺全壊の急所を突いたのか!?

 ねじれ切れている部分があるので、力も用いたようだ。
 しかし、ネジがはずれて分解している所もある。力だけではこうはならない。なんらかの技術・理合を使用したようだ。
 これぞ力と理による破壊劇だ。

 それにしても、車イスを投げつけたり、破壊したりと、ものを大事にしない爺さんだ。
 だから武術省三人の利き腕を切断しちゃうんだな。
 勇次郎と同じく、敵にしたくない男である。

 郭海皇が空中にて身をひるがえす。
 そして、勇次郎からやや離れた位置に着地した。
 間合いをとったのは、着地の瞬間に生じるスキを警戒したためか。
 車イスを破壊したのも、勇次郎の注意をそらすためのフェイントだったのかもしれない。

 郭海皇は相手に背を向けて座るというキケンな状況から脱した。よいよ、二人は向かい合う。
 範馬勇次郎と郭海皇、はじめて互角の対峙となった。

(知っているのか 郭 海皇)
(今 格下として扱っている その男が誰で)
(いったいどれほどのものなのか)


 勇次郎の背後で刃牙がうなる。
 今までどこにいたんだチャンピオン。みんな それなりに君を待っていた!
 美味な料理に美味な酒をそえるがごとく、極上の試合に極上の驚き役がやってきた。
 そして、あいかわらず父親の絶対無敵を信じているようだ。
 強さを信じているクセに「あなたよりほんの少しだけ強ければそれでいい」などと のたまう刃牙くんもかなり無謀だと思う。

 そして刃牙の背後に烈海王が立つ。
 いろいろ行きちがいがあって敵味方にわかれた二人だが、親友なのだ。
 いや、親友は言いすぎかもしれない。
 刃牙が毒におかされたときは治療のため中国まで連れてってくれた事もある。
 説明も無しに殴って、気絶したスキに拉致したという手段の是非はこのさい置く。

 外国人叩き潰すとか、中国武術をコケにしたいとか、いろいろあった。
 だが、二人はまたおなじ方向を見ながら立つことができたのだ。
 タクラマカン砂漠の熱風にも似たさわやかな友情ではないか。
 ちなみに「タクラマカン」はウイグル語で「入ったら二度と出られない」という意味だそうです。

 ところで、のこりの連中はなにをやっているのだろうか。
 中国連合のかたがたは全員治療中のはずだ。
 話し相手がいなくて、烈ションボリだ。だから、刃牙の所に来たのだな。
 オリバ、寂海王、Jrたちは、ナニをやっているのか謎だ。
 刃牙との会話に入ってこないように、烈が黙らせたのかもしれない。

「究極の力… 対 究極の理」
「究極の剛 対 究極の技」
「究極の暴力 対 究極の武」


 勇次郎と郭海皇の戦いの意義を刃牙が改めて確認する。
 花山薫と愚地克巳の戦いもおなじ意義を有していた。
 今回の戦いは、どうなるのか?
 勇次郎が背中の鬼で受けきって勝負アリか?

 勇次郎の双腕があがっていく。
 背中の筋肉が"鬼"の形相をとる、本気の構えだ。
 圧倒的な闘気をまとい背景はぐにゃりとゆがみ、身体は巨人のようにそびえ、ページは見開きになる。

 バオ

 勇次郎が素振りをする。
 腰や腿が消えて見えるほどの高速の素振りだ。
 動きの少ない体の中心なのに見えない。まさに人知を超えた動きだ。

 かつて愚地独歩の心臓を停止させた一撃も体が見えない動きをしていた。
 今回はいきなり最強の打撃を再現するのかッ!?

 範馬勇次郎が大きく踏みこみ、左拳を放つッ!
 当たれば即死、掛け値なしの必殺拳だ。
 音すら届かないような、超高速の拳が一閃する。
 同時に、足で刃牙と烈の顔を隠している。
 主人公たちの存在すら抹消するおそるべき攻撃だ。一撃三殺の拳がせまるッ!

 ベチィイッ

 激突の直前に郭海皇の足が浮いた。

 そして勇次郎の打撃は郭海皇の顔面に炸裂する。
 郭海皇の体が舞う。
 舞っている。まるで、羽かシャボン玉のように、宙をフワフワ舞っているッ!

(消力(シャオリー)!!?)


 すかさず烈海王が驚愕する。
 さすが唯一生き残った海王だけの事はある。自分が何のためにいるのか理解(わか)っている。
 その驚愕が欲しかったのだ。
 主役も学べ。「あの技、愚地独歩戦で見せたッッ」とか言うんだ。

 今回の烈はおどろいただけだが、そのうち解説の妙技も披露してくれるだろう。
 四千年の歴史をひもとき、シルクロードを走破するのは朝飯前だ。
 で、郭海皇の空中ワフワフ術は、相手の力を打ち消す技術のようだ。
 みずから宙に浮くことでダメージを受け流したのだろう。
 でも、空中で和紙をとらえる空掌には弱そうだ。

 殴った勇次郎の腕には郭海皇のサングラスが絡みついていた。
 侮辱を感じたのか勇次郎が悔しそうな表情を見せる。
 攻撃がはずれてサングラスを取るのが精一杯では、サムワンと同レベルではないかッ!
 勇次郎の表情が歪むのも当然だ。

 最初の接触は、郭海皇の「理合」が勝ったようだ。
 しかし、郭海皇も防御するのみで反撃するまでにはいたらなかった。
 これがサムワンなら、金的に三発は喰らっている。
 序盤にして最大奥義の炸裂となったが、ハッキリとした優劣はついていない。
 戦いのゆくえは、まだわからない。


 今回のタイトルは「究極の武」だ。
 前回「理合」で、前々回「力」だった。
 そうなると、次回のタイトルは「究極の力」だろうか。

 究極の力を見せるデモンストレーションであれば、オリバを潰すという手段がある。
 ジャガッタ・シャーマンとか楊海王などでは甘い。オリバを試し割ってこそ究極だろう。
 郭海皇のエピソードに対抗するにはそれぐらいが必要だ。

 そして、刃牙と烈が解説と驚愕を競い合う。
 寂海王と刃牙ではイマイチ噛みあわなかったが、今回の解説は噛みあいそうな予感がする。
 舞台裏の戦いも見逃せない。

 勇次郎の苦戦は、独歩との闘いいらいだ。
 久しぶりのピンチを向かえている。
 もっとも、Jrに逃げられたときのほうが、悔しそうだったけど。

 打撃技だと浮いてかわされるので、次は捕まえようとするのだろうか。
 さわったとたん、力を利用されて投げ飛ばされそうだけど。
 まあ、勇次郎ならそれをさらに投げ返す。
 そして、さらに投げ返されて、悔しい表情に。
 オリバに「持チ味ヲ、イカセッ!」とアドバイスされて、ますます悔しい。
 勇次郎がこまる姿がありありと想像できてしまう。今までに無い状況だ。

 たぶん、勇次郎が一番悔しがるのは本部に「子供同士の喧嘩……見らんでもわかる」と言われることだろう。
 試合を放りだしても、殴りに行く。郭海皇も殴りにいく。
by とら


2004年11月18日(51号)
第2部 第229話 消力(シャオリー) (609+4回)

 彼の拳は、多数の人を殺傷し、あまたの動物をほふってきた。
 絶滅が心配される野生動物の仇敵である範馬勇次郎の拳が、通用しないッ!
 野生の蛮勇を、人類の叡智が凌駕したのかッッ!

 勇次郎の拳の上に郭海皇のサングラスがのっている。
 夢枕獏の小説なら、この小道具をいかに利用するか説明が入るところだ。
 殴る動きをしながら眼鏡を投げつけるかもしれない。
 または、投げるというフェイントを攻防にいかすかもしれない。
 眼鏡一つで、戦術の幅がひろがるのだ。

 勇次郎は、眼鏡をすてた。
 えっ、すてるの? もったいない。
 そう思わせておいて、蹴りを出す。
 眼鏡をすてることをフェイントとしたのか。

 矢のように飛びだす勇次郎の蹴りをくらい、郭海皇の頭がうしろに跳ねた。
 首がすごい角度に曲がっている。
 と、そのまま体が後方へ回転する。
 ふわふわ浮いて一回転して、着地した。

「消力(シャオリー)…」
「それも凄いレベルだ」


 すごい汗をかきながら烈海王が解説する。
 試合でもめったに見せない驚愕の表情だ。
 中国武術の達人である烈がここまで言うのだ。きっと入神の域にたっする技術なのだろう。
 だって、ふわふわ浮いてるし。人間じゃねェ……。

 立ちあがった 妖怪爺 郭海皇のアゴが外れていた。
 勇次郎の打撃で破壊されたのか?

 ダメージは無い。ごく普通にアゴの骨をはめてしまう。
 ところで、郭海皇は歯が全部のこっているようだ。
 自前の歯だろうか? だとすれば、おそるべき健康体だ。やはり妖怪か。

「当たったときの衝撃を吸収するように」
「ワザと外していたんだ」


 またもや、烈がおどろく。
 郭海皇の技術もすごいが、烈も負けていない。一人でおどろき、一人で解説している。
 むむぅ、横にいる刃牙がどんどんいらない人になっていく。

 烈の言いかただと、アゴを外して打撃をやわらかく受け止めたようだ。
 そうなると、最大トーナメント準決勝で、烈海王が自ら首関節をはずしたのも消力なのかもしれない。
 また、バキ109話鎬昂昇がアゴをはずされたのも消力か。
 どちらもダメージが少ないので、可能性はある。

「洋の東西を問わず 武術 護身術の要諦は古来より
 かの剣豪 宮本武蔵の自画像にも表現される脱力にある」


 烈さん、なんでも知っとるなぁ。
 日本人の例をだしたのは、刃牙にわかりやすく説明するためだろう。
 とりあえず、武蔵+脱力で検索かけたら「武蔵とイチロー」という本がありました。
 レビューの評判はあまりよくないけれど、武蔵は脱力しているようです。

 脱力することで勇次郎の攻撃を無効化する。
 ある意味、全身鞭打状態だ。柳龍光が泣いて逃げだしそうなおそるべき技術だ。
 武道には脱力を有効につかう技術があるらしい。
 どういう理論がはたらいているのか詳細は不明だ。
 それはともかく、消力は究極の"柔"なのだろうか。

「究極とさえ言える範馬氏の打撃を目の当たりにしてさえ」
「あの脱力振り」


 烈はほめているのだろうが、なんか天然ボケな解説だ。
 裏返りを力技で解説した時を剛の解説とすれば、柔の解説だ。消力だッ!

 剛のギャグ漫画「元祖! 浦安鉄筋家族」と、おなじ剛の「無敵看板娘」が競演しても違和感は少ない。
 しかし、脱力系の「サナギさん」が入ってくると、ボケとツッコミが噛みあわない。
 消力とは、ギャグがすべって寒い状態に似ているッ!

「今のわたしが真似るには」
「若すぎる」


 首関節をはずした経験のある烈海王も脱帽する。
 でも、消力を使うのに年齢は関係ないと思う。必要なのは経験量だろう。
 長年の修行が必要なので、自分は若すぎると言う意味なのだろうか。
 どちらにしても劉海王は使えなかったようだ。やっぱり習得に百年ぐらいかかるのかも。

「オヤジは本気で打ったのかな…」

 誇りたくなるほど強いと信じている勇次郎の攻撃が効いていない。
 現実を否定したいのか、刃牙が「勇次郎は本気じゃない説」を持ちだす。
 自分が崇拝するものが絶対だという結論が先にあり、それにあわせて理屈を考える。
 トンデモ理論はこうやって生まれるのだ。
 今週の刃牙は、質・量ともに言動がヘッポコだ。かなり血迷っている。
 刃牙の珍説にたいし、烈は現実的な物証を提示する。
 勇次郎が蹴った眼鏡の現状を指摘したのだ。

「消しゴムほどの重さしかない眼鏡が壁にメリ込んでいる」

 普通の人なら本気になってもできません。
 どれぐらい本気かはワカらないが、怪物だ。
 この試合、怪物が妖怪にいどむ闘いなのか?

 郭海皇がうしろによけていれば、眼鏡が当たっていた。
 戦場格闘に精通する勇次郎だけに、小道具もちゃんと使っていたようだ。
 郭海皇は消力だからこそ無事だったのだ。横によけても平気だろうけど。

 郭海皇のつかう消力は、うしろに回転して攻撃を無効化しているようだ。
 ならば、逃げ場のない地面に向かって蹴りこめばどうか?
 範馬勇次郎の得意技であり、必殺技(※)でもあるカカト落しが発動する。
  (※ ただし、勇次郎の技は ほとんどが必殺だ。例外は刃牙専用の愛情張り手 など)

 断頭の斧に似た範馬勇次郎のカカト落しが、郭海皇の鼻にメリ込んだ。
 一気に振りおろす。
 郭海皇はその場で縦回転した。
 空中でブンブンまわり、ふわりと回転速度をおとし、足から着地する。
 ダメージは鼻血一筋のみだった。

「鼻血を出すなんて何十年振りかの」

 郭海皇はまだまだ余裕だ。流血するのもまた良し、という心境だろうか。
 何十年振りという言い方からすると、理を手に入れてからの五十数年はほとんど流血なしだったようだ。
 逆に完成直前まではけっこう流血していたのかもしれない。

(範馬勇次郎が通用しないのかッッッ)

 刃牙、大ショック!
 ちゃんとイイ反応できるじゃないですか。なさけない反応だけど。
 いろいろな思いがあっても、勇次郎の地上最強を信じているのだ。
 刃牙の価値観が崩壊しようとしている。
 もしかして、力を捨てて理合を学ぶのか?

 刃牙は、勇次郎のカカト落しに胴まわし回転蹴りでカウンターを狙い失敗した過去がある。
 それだけに、郭海皇の消力に驚いているのだろう。
 内面では郭海皇のことをバカにしていたのかもしれない。烈にばれたら殴られます。

「しょせんはお遊びだぜ 中国拳法なんてものはよォ」

 息子の心配をよそに父親は元気イッパイに爆笑するのだった。
 範馬勇次郎にとって、今までの攻防は遊びでしかなかったのかッ!?
 まあ、郭海皇にとっても遊びだった気がする。
 どちらも技の見せあいという感じだ。

 今のところ、郭海皇の宣言どおり理合に剛が挑んでいる展開だ。
 そうなると、勇次郎は力攻めで消力の攻略を狙うのだろうか。
 いちいち回転している消力は連続攻撃に弱そうだ。左右の連打や上下の打ちわけでゆさぶれば勝機はある。
 あと地味な手段として、手足をつかむとか。

 しかし、脱力していれば本当にダメージは無いのだろうか?
 やわらかに脱力したフクロに入りブラ下がっている玉はデコピンで深刻な被害を受けた。
 ただの脱力では効果はうすい。
 消力の理合は中国武術の機密なのだろうか。

 まあ、戦闘中のフクロはちぢみあがっているから脱力では無いかもしれない。
 風呂上りのゆでたて状態ならばあるいは……。

 今のところ一進一退の攻防となっている。
 この調子だと、郭海皇は勇次郎の右腕を奪って絶命したりするかもしれない。
 そうすれば、勇次郎も少し弱くなってみんなとの距離がちぢまる。

 大擂台賽のあと、どうなるのかわからない。
 個人的には末堂が強くなって帰ってくると思う。
 ジェットコースターからおちた末堂は、死に際の集中力を身につけたはずだ。
 そして、超速の戦士に生まれ変わるのだ!
 でも、それでやっと幼年編の刃牙と同レベルなんだよな……。
by とら


2004年11月25日(52号)
第2部 第230話 硬直 (610+4回)

 勇次郎はえらそうにしている。しかし、勇次郎の攻撃は効いていない。
 それでも、えらそうだ。効いていないのに、なんでこんなに えらそうなんだ?
 負ける要因が無いのに、敗北した気分だ。

 えらそうにしている範馬勇次郎は消力(シャオリー)の解説をはじめる。
 普通は技を仕掛けたほうが、自慢気に解説するものだ。そこに勝者の喜びがある。
 ところが勇次郎は、自分が消力を使ったかのように語りだす。
 まさに掟破りの逆解説だ。おそるべき傍若無人っぷりである。
 なお、郭海皇は解説をとられたせいか口をへの字にして、ムッとしている。

「危険が身に迫ると硬直する
 動物である限り必然の生体反応」
「しかしその本能こそが
 事態を悪化させる」


 痛みや恐怖心は動物が生き残るために必要な本能だ。
 しかし、それらが体をこわばらせて、かえって死を呼びこむことがあるのも事実だ。
 飛んでくる拳を目にして思わず硬直してしまうと、ダメージは増える。

 しなる葦が強風に倒れぬように。
 赤子のやわらかい体が衝撃を吸収するように。
 コブラにコブラツイストをかけても通用しないように(こち亀では通用していましたが)。
 本能を押さえて、やわらかな脱力だ。

「拳闘家(ボクサー)は永き訓練を経てやがては打たれる際にも瞬きをしなくなる」
「訓練とはすなわち本能を克服する行い」


 ボクシングにかぎらず、打撃系格闘技は攻撃されても目を閉じてはいけないと教わる。
 目を閉じては攻撃をよける可能性がさらに減るからだ。
 もっとも顔面を拳で打ち合うボクシングでは、これが徹底されているのだろう。

 動物は物が顔に飛んでくると反射で目を閉じてしまう。
 訓練を重ねることで、目を開いたままにする。
 治療のため傷口をぬうがごとく。体が嫌がり否定する苦痛や恐怖を、理性で押さえこむ行動だ。

 野獣の戦闘能力を持つ範馬勇次郎が、人間の叡智に屈している。
 勇次郎も理を使うなら、この状況は互角になるかもしれない。
 しかし、郭海皇の手にした理合は百四十年物の極上品だ。勇次郎の理が通用するのだろうか。

「キサマの本能を呼び戻す」

 勇次郎が宣言した。
 相手を自分の土俵に引きずりこむ。勝負事の基本だ。
 しかし、号泣して力を捨てた人間を野生に返せるのだろうか?
 郭海皇は不敵な笑みをうかべる。我が理合に絶対の自信あり、か。

「あの人は………」
「ハッタリを言わない」
「思いもよらぬやり方で――――――」
「消力(シャオリー)を破る!」


 あいかわらず刃牙は父を信じているようだ。
 というか、勇次郎って本当に「ハッタリ」を言わないのか?

(回想中)

『地上最強の生物』……、これはまあ周囲の人間が言いだしたことだし。
『一国の軍隊に匹敵する暴力』……、これも国連がお墨付きをだしている。
『拳で地震を止める』……、ハッタリといえばハッタリかもしれないが、本人は微塵も疑っていない。
『優勝者は決定(きま)ってるぜ光成 100パーセントな』……、これだッ! これハッタリだろッ!!
 あとで「刃牙め」「俺の予想を覆しやがった」と言っている。つまり、100%というのはウソだッ!

 いや、待て。誰が優勝するとは言っていない。
 親バカの勇次郎のことだ、けっきょく優勝は刃牙だと思っていたかもしれない。
 この時点ではジャックが自分の子だとは知らなかった。「聞いてみなきゃ ワカんねェものだ」と言っている。
 勇次郎にだってわからないことがあるのだ。
 えらそうにしているが、ちょっとヌケている。意外な一面だ。

 そうなると、「100%刃牙」→「もう一人の息子、ジャックかも」→「予想を覆しやがった」かもしれない。
 この場合では最初の予想が当たったことになる。
「ハッタリを言わない」を完全否定することはできない。
 さすが範馬勇次郎だ。シッポをつかませない。

(仕掛ける………)
(海皇から初めてッッ)


 読者約一名に敗北を与えながらも試合は続く。
 究極の武を破れるものなら破ってみろ。そんな具合に郭海皇が前進する。
 腕も上げず、無防備に散歩するような歩みだ。
 なんの恐れもせずに勇次郎の間合いに入り、ヒュラっと殴る。

 まるで力の入っていなさそうな、のろい突きだ。
 こんな攻撃では範馬勇次郎はおろか、毛海王だって倒せなさそうだ。
 あ、でも一撃で倒してんだよな、この人。

 郭海皇の体に電撃がはしった。
 目前の勇次郎が、なにかをつまんでいる。光の反射を受けてはじめて見える極細のものだ。
 郭海皇の髪の毛だった。
 髪、と認識した瞬間、プツと ぬかれた。

 コッ

 軽く突き出した勇次郎の拳で郭海皇がふっとんだ。
 それも、見開きページでふっとんだ。
 消力が働いていない。まともに喰らった。ゴロゴロ転がっている。

(そ……ッッ)
(そうきたかァ〜〜〜ッッッ 範馬勇次郎ッッッ)


 えっ、そう驚愕(おどろ)くのッッッ、烈海王ッッッ。
 それは、本部のリアクションだ。となりの刃牙に、この人なんでも知っとるわーと感心されかねない。
 たまには昔のように「ほう、あれに気がついたか日本人」などと言って欲しい。

「毛髪一本を抜くことにより計らずも起こってしまう
 あるかなしかの身体硬直!」
「文字通り毛ほどのタイミングを逃さず 打拳!」


 郭海皇であっても、髪の毛を引っ張る力を消力することはできなかったようだ。それが脱力の限界か。
 もっとも、前に引っ張られたらカウンターで殴られそうだ。
 髪の毛をつかまれた時点で、消力は破られていたのかもしれない。
 これはきっと、海王の呪いだ。

 微細な刺激で体が硬直した瞬間を狙う。
 0コンマの奪い合いをしてきた勇次郎だから、その一瞬を打てるのだろう。
 理をもって理を制す。頭脳戦の勝利だ。
 そして、髪の毛一本で崩れる消力など、遊戯に等しいと言わんばかりだ。
 あえて手加減をし、屈辱を味わせている。
 範馬勇次郎は、とことん中国武術をコケにしたいらしい。

「命拾いしたのォ…」
「のォ強き人よ」
「おぬし死ぬところだったぞ」


 消力が破られたと言うのに、郭海皇は自信満々だった。
 攻撃を喰らった側なのに、勇次郎が死ぬところだったと言い出す。
 まさか、脳まで脱力してボケちゃったのか?
 なんでもいいんですが、今週の郭海皇は目が白目ばっかりで怖い。ますます妖怪化している。

 不気味に微笑みながら、郭海皇がスタ… スタ…と近づいてくる。
 なぜか勇次郎が無表情になっていて、こちらも怖い。
 怪物と妖怪がふたたび近づこうとしている。
 試合の外にいる人類は見守るしかない。

「なにを言ってるんだ…………??」

「ワカらんが……………………」
「あの人は」
「ぜったいにハッタリを言わぬ人だッッ」


 刃牙が勇次郎を信頼したように、烈海王は中国武術の象徴である郭海皇を信頼する。
 二人とも、ダマされてないか?
 郭海皇も少々ハッタリ爺さんと言う感じがある。
 しかし、郭海皇も勇次郎と同じで、本人はハッタリを言っているつもりが無いのだろう。
 ちょっと誇大妄想かもしれんが、常に本気と思われる。
 大丈夫、絶対儲かるから! ウソでは無い! と迫られたりしたら、詐欺よりタチが悪いかもしれない。

 しかし、烈よ。ワカらんのなら、断言するなァッ!
 もしかして、オマエがハッタリ言ってるんじゃないのか?
 ドラゴン・ロードのころから怪しいと思っていた。
 烈海王の言葉を信じて良いものか。

 烈の真偽は置いといて。
 郭海皇のセリフは本気と思われる。
 勇次郎が軽く打ったから命拾いしたのか。それとも、勇次郎が先に反撃したから命拾いしたのか。
 その解答は次回あかされる。ハッタリじゃ無ければ。
 烈は挑発とかペテンに弱そうだ。
 ドラゴン・ロードだって劉海王に教えられたのかもしれない。
 次回は、烈海王の信用度も試される。


 掲示板でロシアの中心で「エビ」を叫ぶさんに教えていただいたきましたので、先週の訂正。
「勇次郎のカカト落しに胴まわし回転蹴りでカウンターを狙い失敗した」と書きましたが、カウンターを狙ったのは勇次郎の手刀でした。
 ちょっと勘違いしておりました。すっかり脳が脱力です。

 ちなみに刃牙のカウンターは、当たった瞬間に筋力爆発で動いている。
 脱力の消力とは対極の技術だと言う気がする。
 範馬の血と脱力は相性が悪いのかもしれない。

 今週は不発に終わった郭海皇のゆるい攻撃は脱力の攻撃だろうか。
 あの状況では勇次郎が反撃するかどうかわからない。
 勇次郎が無反応だった場合のことを考えると、あの突きが必殺の攻撃だった可能性が高い。
 あれだけゆるい突きでも、無言の勇次郎にはその威力がわかったのかもしれない。

 とりあえず、ズボン脱がしをねらった手ではないと思います。
 下だけ丸出しと言うマニアックな格好は、文明人的には死かもしれませんけど。
by とら


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