今月のシグルイ覚書(61景〜70景)

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2008年8月19日(10号)
第六十二(六十一)景 俄か雨(にわかあめ)

 藤木と三重は伊良子と再戦の調印をするため駿府にむかう。
 当時の移動手段は、たいてい徒歩だ。
 身分ある人は馬とか駕籠とかにのりますが。
 まあ、大多数の人は徒歩で移動すると思っていいでしょう。

 三重さんはもともと三百石のお嬢さまだった。
 世が世ならベンツに乗って学校に登校するような身分なのだ。
 その場合、学園長が虎眼先生だな。
 で、「種ぇ」と言い出して、終業式に出席した娘を犯すよう首席生徒に指示をだしちゃう。(2巻 九景)
 そりゃ、舌を噛み切りたくもなるよな。

 三百石だと毎日駕籠にのれるほど裕福じゃない。
 しかし普段から長距離を あるくような生活はしていないだろう。
 買い物は基本的に下女がするのだろうし。
 もっとも、最近は落ちぶれたうえに、物を売ってくれる人が少ないので遠くまで歩いているみたいですが。
 なんにしても、まだ三重は旅なれていない。

『これまでの人生で』
『女人と連れ立った経験の無い源之助の歩みは』
『乙女にとって苛酷であった』


 これだから未経験はこまる。
 思わず『覚悟のススメ』のセリフを引用したんだが、コミックスだとセリフ変わってンのな。
 まあ、なんにせよ無骨者の藤木に繊細な気づかいはできないらしい。
 伊良子なら、うまくやるのだろう。むしろ、うますぎるぐらいに。

 ちなみに、藤木は『無双許し虎参り』で歩きまわるコトが多い。(シグルイ5巻 27景)
 まちがいなく、早歩きだ。
 足腰を鍛えるためにも普段から重いものを持って走り回っていそうだし。
 乙女でなくとも苛酷な旅である。
 私なら、二時間で泣きはいる自信があるね。

 ほとんど大江戸競歩大会(男子の部)に参加しているような状態の三重さんに天が同情したのか、雨がふる。
 二人はとりあえず街道筋にある閻魔堂へ逃げこむ。
 お色気マンガなら確実に雨にぬれてスケスケ状態になるところだ。
 おっぱい本でも、そういうシチュエーションが紹介されていたし。
 シグルイも妙にサービスシーンの多い作品だけど、今回は透けません。
 藤木だから カタイ展開ですかい。天は藤木を見放すのか?
 伊良子清玄なら「透けぬなら脱がしてみようホトトギス」なんだろうな。


 堂の奥には、鬼の気配をもつ修行僧がいた。
 耳はいわゆるギョウザ状態になっている。
 寝技を相当やりこんだ証だ。

 そして、拳もふくれあがっている。
 拳ダコである。
 組み技も打撃もやりこんでいる男のようだ。

 戦国時代の組討は、相手を動けなくして刃物でトドメを刺すことを目的としている。
 つまり、素手で戦うことに特化した流派はめずらしい。
 僧の姿をしているし、なにか理由があるのかも。
 武田信玄上杉謙信斎藤道三などは出家しても戦場に行っているし「僧=不殺」ってコトもないハズ。
 そうなると、女関係で失敗したのだろうか。

 僧は藤木と三重に気をつかったのか、雨がやむ前に外に出ていく。
 立つと六尺(約180cm)をゆうに越える大男であった。
 江戸時代の男は身長155〜158cmぐらい(参考)なので、とびきり大きい。
 男の持つ常人ならざる気配を感じ、藤木は僧の背中をみおくるのだった。

 鬼っぽい巨漢に、牛股師範の面影を感じたのだろうか。
 これで牛だったら完璧に牛股師範なんだけどな。
 藤木は頼る相手もなく、未来に希望もない。
 兄ともいえる牛股師範を思い出して、湿っぽい気分になりそうだ。


 そのころ伊良子清玄は無明逆流れの改良をしていた。
 逆流れに使用する八関節を同時加速しつつ、イメージの力で関節を増やして、音速を超える練習ではない。
 ワシの無明逆流れは108式まであるぞぐらいは言いそうだけど。

 伊良子は足の指で木刀の先をつかむことで、巨大デコピン状態にして力をためる。
 星流れと同じ原理だ。
 技を"見た"のは一回だけだが、伊良子の天才が技の本質を見抜いたのだろう。

 伊良子が技を試す対手はなぜか女性剣士だった。
 なぜだ?
 枯れたんじゃなかったのか?
 最近、またたぎってきたのだろうか?

 なんにせよ、伊良子は足指に木刀をはさんで力をためる。
 そして、そのまま足を持ち上げた。
 こ、この構えはッッ!
 ベスト・キッド』(AA)のダニエル立ちか!?参考

 水鳥の構え!
 ホームラン王の構えだ!
 一本足強打法!
 彼奴も極限の溜めを…!
 そして、溜めに溜めた一撃を、放つッッッ!

 だが、技は空打ちだった。
 殺気のみで女性剣士を昏倒させる。
 そして、倒れたところで胸元がはだけてサービスシーンだ。
 さすが伊良子清玄、やりおる……
 この分野で戦ったら、藤木に勝ち目は無い。

 さらに言えば、技を開発する伊良子も全裸で挑んでいた。
 どこまでサービス精神旺盛なヤロウなんだ。
 足を上げると「見える。見えちゃうよ、股間がッ」という感じになって、女性剣士ウケもイイのだろうか?

 伊良子はますます怪物になっていくようだ。
 藤木は勝てるのだろうか?
 現状では ほとんど勝ち目ないんですけど。


 藤木と三重は駿河藩城代家老 三枝伊豆守高昌の屋敷にいく。
 身分が低いためもつけない安サムライっぷりだ。
 地味に屈辱を受けている。
 この時点で、けっこうな罰ゲームですよ。

「完敗を喫しておきながら」
「腹も切らず」「のうのうと再戦を申し出るとは」


 なんか、いきなり怒られた。
 勝手に死ぬなと言われていたのに、なに言うだァ!(11巻 54景)
 しかも、藤木な死ぬな宣告をした馬渕刑部介は「知らぬ!」と言い出す。
 このダメサムライは眼も合わさねェ……

 なんか知らんが、とにかくハメられたらしい。
 今までの生き恥は、なんだったのだ。
 わざわざ、死んで更なる恥をかくため、恩人の息子まで斬殺したというのに。
 藤木の右腕は脇差に伸びていく。
 認識する世界に色が欠けたのか、藤木の服は白くなっていた。
 死を覚悟した白装束だ。

 ここで腹を切るのか?
 その前に、三枝たちを斬殺するのか?
 どちらにしても鮮血の花が咲き乱れる展開になりそうだ。

 異例の出世をしたため同僚たちの嫉妬をかい嫌がらせを受けた松平外記は、ある日ブチ切れて四人を斬殺し、腹に脇差を突き立て土間へ下りて箱段の下で咽(のど)を突いてそのまま果てたという。(参考:12)
 人間は切腹だけではなかなか死なない事実の一例でもあるが、武士社会の暴力性を感じさせるエピソードだ。

 武士にとって喧嘩は、身分に関係なく相手を破滅させることのできる自爆テロだ。
 殺すのに失敗しても、喧嘩と判定されると喧嘩両成敗で調査しないで両者処罰される。
 調査すると、どっちが悪いとか判定になるので、あえて調査はしないのだ。
 相手は知らないと思うが自分には恨みがある。だから喧嘩を売った、で通じちゃう。
 その気になれば三枝も破滅させることができる。

「藤木!」

 だが、三重の声で藤木の指は止まった。
 二人は形式上の夫婦だったはず。
 名字で呼ぶのは本来ならおかしい。
 あえて名字で呼んだのは、虎眼の娘として命じたのだろう。

 三枝にはなにかの思惑がある。
 だから、裃も着ていないような男を屋敷に入れたのだ。
 ブッた斬るのは、話を聞いたあとでもできるという冷静な判断なのだろうか。
 でも、話を聞くのは三枝の思惑にのることだ。
 なんか、更なる不幸への幕開けという気がしてならない。

 隻腕でも強いことを証明しないと、伊良子と戦う権利はない。
 それが三枝の出した条件だった。
 意外と普通の条件だ。
 かえって拍子抜けした。

 三枝屋敷の別室には先刻登場した巨漢の僧が待機している。
 ワケありっぽい巨漢が藤木の対手なのか?
 藤木はリハビリはしていたけど、全盛期の強さに比べるとそうとう落ちているハズ。
 ちゃんと戦えるのだろうか?
 そして、三枝の真なる狙いは!?
 次回へつづく。


 思ったとおり不幸なんだけど、そのうえ迷子になった気分だ。
 藤木たちは、どうなるのだろう。
 伊良子が着実にベストキット化しているというのに、藤木には用意がなにもない。
 このままでは、リベンジどころか伊良子との再戦すらできなさそうだ。

 前回は六十景で、今回が六十二景だ。
 六十一景が欠けているのは、なにかの伏線だろうか?
 最新刊の11巻に、追加エピソードが入っていたりして。

 とりあえず、藤木の対手が"がま剣法"屈木頑之助じゃなかったことは不幸中の幸いだ。
 藤木も逆境である隻腕をあえて利点にかえる新必殺技を考えろッ!
by とら


2008年9月19日(11号)
第六十二景 黒髪(くろかみ)

 今回は伊良子清玄・誕生秘話です。
 秘話の秘は、エロっぽい響きで。
 なにしろ伊良子ですから。エロぬきには語れません。

『元来"伊良子"姓は』
『医師の家系である』

 医者かよ!
 たしかに伊良子はお医者さんごっこの達人かもしれない。
 村娘はたいがい相手をさせられていますよ、たぶん。

 医者の息子伊良子清白をはじめ、伊良子光順伊良子光顕伊良子道牛といった伊良子医師が実在している。
 やはり、医者の家系なのだろうか。
 だからこそ、伊良子清玄のお医者さんごっこはすごかったのだろう。
 段位があれば八段ぐらいの実力がありそうだ。

 町医・伊良子清玄は大名の侍医にこわれる腕をもちながら、市井で献身する立派な人物だった。
 もちろん読者おなじみの"伊良子清玄"ではない。
 口ヒゲをはやしたオッサンだ。
 われらの知る"伊良子清玄"は、町医・伊良子のもとで働いていた。
 輝く眼と、流れる黒髪をもつ不治の美形だ。
 若いから魅力もプラス補正がかかっている。

 黒髪の美少年は道をたずねに来て、そのまま居ついてしまったらしい。
 もう青年の年齢かもしれないが、妖しげな雰囲気をつたえるため、ここでは美少年と言い切る。
 美少年の怪しげな魅力に医者もメロメロだ。
 性欲のこもった目線を美少年に向けてしまう。

 掛川では、情婦(おんな)を指で搦めて目で墜としていた伊良子だが、昔は男も墜としていたらしい。
 ちなみに江戸初期のころまで、男同士の恋愛は普通のコトだった。(シグルイ奥義秘伝書武士道とエロス
 だから、美少年に医者がトキメクのはおかしくない。
 ないんだけど、ダラダラ流れる汗の量が尋常じゃないので、別の意味で異常事態だ。
 伊良子清玄は美少年ではない。もっとおぞましいな何かだ。

 ちなみに美少年な伊良子は名前が公表されていない。
 町医には京都の裕福な油屋の倅といっている。
 虎眼流には『江戸の裕福な染物屋の倅』といっていた。(シグルイ4巻 十八景)
 あいかわらず謎の多い男である。本名がいまだに不明だ。

 とりあえず、経歴が遠方の裕福な商人の倅という点で共通している。
 身元が割れにくいように、遠い土地の出身を語っているようだ。
 そして、裕福コンプレックスが昔から健在です。
 士農工商の、低い身分を選んでいるのは伊良子の遠慮だろうか。

 本当は、夜鷹の子だ。父親がだれかもワカらない。
 だから這いあがるため、強さと権力を欲していたのだろう。
 ちなみに夜鷹が流行るのは、江戸の中期ぐらいから。
 貧乏な武士は妻に夜鷹をさせて、客が金を払わず逃げないように見張っていたらしい。
 武士もタイヘンだ。(参考:サラリーマン武士道

 方言の問題はどうクリアしているのだろうか?
 京都弁は江戸では目立ちそうだけど。
 まあ、京都の人が東京にくると標準語で話すようになることが多いそうですが。
 現代の身近な例(わが両親)をみるかぎり、関東に溶けこんでいる。


 町医・伊良子清玄の按摩は"骨子術"が元となっている。
 経絡を刺激することで、生かすも殺すも自由自在だ。
 まるで北斗神拳ッッッ!
 伊良子は、この恐ろしい活殺術にみせられより深く学ぼうとするのだった。

 こういう術は流派の財産なので、簡単に教えない。
 だが、美少年の魔眼に魅入られた町医は秘術を教えてしまうのだった。
 伊良子の体に墨で経絡の位置を書きこむのが、骨子術の習得方法だ。
 修行方法までエロスッ!
 そういえば、小説の『後宮小説』(AA)でも似たようなことをやっていた。
 アレは美少女同士だから萌えるのであって、男同士だと……

 肉体に直接きざむエロスな修行が実をむすび、美少年は骨子術をマスターする。
 相手の皮がすけ、筋肉繊維が確認できるほど見えている。
 そして、死兆星つきで輝く北斗七星のように、経絡が輝いて見えた!
 人中や秘中など、あきらかに打っちゃいけない部分が光っている。
 こいつ、ヤる気だ!?

 美少年の魔眼に魅せられすべてを伝えた町医・伊良子清玄は、美少年に抱きしめられる。
 同時に指が首のうしろに食いこんでいた。
 恍惚の中で医師は息絶えたのだろうか?
 彼が育てたのは美しき青年医師ではなかった。バケモノだ。
 この日、江戸から二人の姿が消えた。


 町医・伊良子には弟子がもう一人いた。名を峻安という。
 師を失い、客寄せパンダの美少年を失い、孤独に医業をつづけていた。
 お客さんは激減だ。しかし、峻安は清貧に医者をつづける。
 世のため人のために働くえらい人だ。
 峻安は、ある日 気になるウワサを聞いた。

『掛川に伊良子清玄という名の』
『黒髪の美剣士がいて』
『"師匠殺し"をやって剣名を上げたと』


 死んだと思っていた、美少年が師を殺し名を奪っている。
 峻安は怒りに震えた。
 うっかりお客さんの経絡を突かないで良かったと読者に心配されるぐらい、怒っている。
 峻安は清玄を討つべく駿府へ向かうのだった。

 前回、藤木が出会った巨漢の修行僧こそが、峻安である。
 峻安は師の敵討ちをしたいワケではない。
 伊良子を魔の物と認識し、滅さんと決意する。
 その決意が峻安に鬼の気配を与えていたようだ。

 ともに伊良子を倒そうとする者同士が、伊良子への挑戦権をかけて咬みあおうとしている。
 無益な戦いだが、不可避だ。
 隻腕となった藤木源之助は刀を振るえるのか!?
 医師である峻安は戦えるのか!?
 血戦の予感がする。
by とら


2008年10月19日(12号)
第六十三景 透視(すかし)

 伊良子清玄と因縁のある藤木源之助と峻安が激突する!
 と思ったら、主君徳川忠長に呼びだされ家老の三枝高昌はガッカリするのだった。
 本当に、この上司には苦労させられる。
 まじめに仕えても、出世の見込みが少ないのも悩ましい部分だ。

 三枝の屋敷には馬渕刑部介が待機していた。
 忠長の命令は、一粒で二度おいしく二人の人間に迷惑をかけている。
 さすがシグルイ最狂の男だ。
 上司にしたくないレベルで言ったら、虎眼先生より上だよ。

 馬渕の拳はかたく握られ、量の汗を流していた。
 おぞましい何かを見たのだろうか?
 藤木と峻安の闘いは、それほどまでに壮絶だったのかもしれない。
 虎眼流の闘いに臓物はつきものだ。牛丼に紅ショウガぐらいの定番である。
 臓物なれしていない馬渕は、ビジュアル面でのダメージを受けたのだろうか。

 三枝が忠長に呼ばれたのは、武芸上覧試合についてだった。
 木剣ではなく真剣でやれと言い出したのだ。
 夜に言いだしたから、突然思いついたんだろうな。
 シグルイ1巻で鳥居土佐守成次が切腹してまで止めようとした暴挙は思いつきだった!
 報われないなー。鳥居も、選手たちも。

 木剣でも当たり所によって死ぬことがある。
 だが、真剣なら死亡率がずっと上がる!
 臓物も山盛りだぜ〜。腸盛るぜぇぇぇぇ〜。
 三枝と馬渕は頭を抱えるのだった。


 時間をもどして、藤木と峻安の試合だ。
 二人の立ち合いは馬渕が検分することとなった。
 相変わらず藤木への態度が冷たい。オマケに超上から物言う態度だ。
 藤木と三重はガン無視する。メチャ態度悪い。
 いざとなったら、馬渕を斬りすてて切腹すると決めたんだろうか。

 このシーンで藤木の左腕が生えているコマがある。
 平常心のでたたずむ藤木が常と変わらないように(馬渕には)見えたという事だろうか。
 藤木は、試合の前に このウザイ男を斬ると思っていそうだ。
 なにも気がつかない馬渕の寿命は短いぞ。

 審判として戸田流の星川生之助が呼ばれた。
 初登場のときは月岡雪之介と名乗っていた伊良子とも縁のある男だ。(シグルイ9巻 47景
 こんなところで再登場するとは。
 腕はいい人なので、イロイロ流れているうちに拾われたのだろう。
 忠長の支配圏に落ちつくのは剣士として死亡フラグという気もしますが。
 就職難の時代とはいえ、仕える人は選んだほうがいいぞ。

 骨子術の達人である峻安は素手で戦う。
 峻安ほどの達人になると木剣の先をつかんだだけで、相手に術をかけられるらしい。
 合気も極めると、相手に触れなくても動きを封じることができるとか、なんとか。(参考:『武道vs.物理学』)
 まあ、とにかく峻安は素手でも強い。

 藤木は相手が徒手と知ると、自分も木剣を置く。
 峻安の体重は藤木の約三倍だ。
 星川も体格がちがいすぎて勝負にならないという。
 オマケに藤木は片腕だ。
 常識なら試すまでもなく、峻安の勝ちである。

『藤木源之助はゆるりと歩み』

 虎拳ッ!
 峻安のアゴを打ち抜いた。
 戸田流印可の星川だけが見えた高速の一撃だ。
 この一撃で峻安は脳震盪をおこし、ダウン寸前となる。

 藤木の虎拳はロシアンフックに似たフォームと軌道になっていた。
 ロシアンフックは腕を伸ばした状態のフックで、背の高い敵にも有効だと『格闘太陽伝ガチ』(AA)で言われている。
 って、この人ギェンブルフィッシュの原作者かよ。
 K-1などでも巨漢ファイターに攻撃するときは、ロシアンフック気味な攻撃になりがちなので、わりと本当のことなのだろう。

 ロシアンフックは拳の甲を当てる(当ててもいい)フォームだ。(参考:Yahoo!知恵袋
 つまり、虎拳と腕の向きが同じである。
 虎拳とロシアンフックには似た特徴があるのだろう。
 藤木が体格差を克服できた秘密がこの技だ。
 巨漢の牛股師範と練習をしているうちに、身長差をハネかえせる技として虎眼流に組みこまれたのかもしれない。

 よたつく峻安は、骨子術で藤木の体を透視する。
 弱点はたしかに見えている。
 だが、藤木の表情が見えない。目鼻のないのっぺらぼうのようだ。
 恐怖を感じた峻安は激しく泣き、失禁する。
 そして、死んだ。

『人の奥底には"無明"と呼ばれる闇が潜んでいて
 その闇を覗いてしまった者は鬼の姿と化する』


 映画版『リング』の呪いで死んだ人みたいに恐怖にゆがんだ表情のまま死んでいる。
 脳がゆれて弱っているところに、最大級の恐怖を見たため、ショック死したのだろうか。
 夢枕獏の『キマイラ』みたいだな。禁断のチャクラを回すと、人間は怪物になる。

 伊良子が仕置きされたときに生まれた怪物は、藤木の中で着実に育っているようだ。(シグルイ3巻 15景)
 牛股師範すらビビらせた怪物が、今では人の命を奪えるほどになっている。
 藤木を襲った無残な仕打ちが怪物を育てる栄養となったのだろう。

 さすがに不気味だったのか、藤木は屋敷に留め置かず星川に預けられるのだった。
 そりゃ、家に置いときたい人じゃないよね。
 さっきまで悪い扱いしていたから、恨み買っていそうだし。
 近くに置いといたら、自分まで無明に取り込まれてしまいそうだ。

 帰り道、馬渕は落馬して死ぬ。
 恐怖が感染したのであろうか?
 気づかれない程度に腕を打っておいたと言うことは無いだろうけど。
 藤木の殺気は馬渕にも向けられていたかもしれないし、恐怖で体が萎縮していたのだろうか。

 そして、藤木と三重が向かう星川邸には、いくの姿が?
 まあ、いくと会ってもすごい波乱にはならないだろうけど。
 地味な修羅場を予感させつつ、次回につづく。


 藤木は精神面で怪物化しつつあるのだろうか?
 伊良子も骨子術を学んでいるので、藤木の怪物性に恐怖するかもしれない。
 もっとも伊良子だって充分に怪物だから、これで互角だろうか?

 あとはサポートの三重vs.いく なんだが……
 宿泊先に、いくがいるのは三重との前哨戦だろうか。
 なんにしても、巻きこまれる星川がかわいそう。
 藤木とか押し付けられるし。

 関係ないですが、大塚愛の『クラゲ、流れ星』(AA)はてっきりシグルイのテーマソングかと思った。
 虎眼流・流れ星の変形で『クラゲ流れ星』かと。
 まあ、シグルイなら『ガマ流れ星』のほうが似合っていますけど。

 今の藤木に足りないのは新必殺技だ。
 片腕では『流れ星』は使えない。
 試合までに新たな技を思いつくことができるのか?
 藤木の未来は、いまだ無明である。
by とら


2008年11月19日(1号)
第六十四景 消失(しょうしつ)

 藤木たちが案内される一夜の宿には、いく も滞在している。
 これが他のチャンピオンRED作品なら、お風呂でドッキーンというサービスシーンに雪崩れこむハズだ。
 しかし、シグルイの場合は臓物が雪崩れでるサービスシーンになりかねない。
 と、いうのが前回のラストでした。

 今回は、いきなり回想シーンからはじまる。
 毎度のことだが、とうとつに回想がはじまるよな。
 というか、現時点(?)が御前試合中の回想シーンなんですけど。
 アキレスと亀」状態で、いつまでたっても現在にたどりつけない。

 入門して間もない藤木源之助は、虎眼先生の命をうけ、いくを呼びに走っていた。
 激しい修行をしたためか、顔がはれている。
 腰にさした二本の刀は武士の証だ。
 顔が腫れていても、士分になれたことで心は晴れやかだろう。

 幼い藤木に声をかけられた いくは、まず藤木の世話をやく。
 口をゆすがせ、骨折が無いか確かめ、すりむけた左手を治療する。
 さらに手料理をふるまう。
 ご飯にお味噌汁という定番料理だ。おかずは無いけど。

 虎眼流の食事は基本的に麦飯なので、白米というだけで贅沢なのだろう。5巻 21景)
 白黒だからワカらんだけで、いくが出したご飯も麦飯かもしれませんが。
 まあ、源之助が農家の三男をしていた時は、ナゾのイモ類(まだサツマイモは栽培していないハズ)を食べていた。
 藤木としては、麦飯でもじゅうぶんゴチソウなんだろうけど。(7巻 33景

 藤木が食事をしている間に、いくは稽古着をつくろう。
 いくが藤木に脱ぐようにいったとき、てっきり少年趣味があるのかと思って身構えてしまった。
 そういうロボットを操縦する少年への偏愛は、ジャイアントロボが担当しているので、そっちに行こう。
 まあ、ジャイアントロボだと、少年ではなく小さい漢(おとこ)って感じだが。

 虎眼先生に呼ばれているのに、かなりのんびりしている。
 つまり、いくの行為は虎眼先生に黙認されているのだろう。
 入門したての内弟子にたいする使いっぱしりのようでありながら、栄養と愛情を補充できるシステムなのだ。
 好意的に解釈すると、虎眼先生の密かなフォローなのかもしれない。

 内弟子(住みこみの弟子)は、基本的に給料がない。
 たまに おかみさんからお小遣いをもらう程度だ。
 相撲部屋と同じく、おかみさんには精神的なケアを期待している。
 しかし、虎眼先生の奥さん(三重の母)は座敷牢で自害したぐらいだし期待できないんだろな。(シグルイ3巻 15景)
 だから、いくが活躍するのだろうか。

 無口な少年・藤木源之助は感受性に欠落があると言われていた。
 だが、いくの見るところ確かに心はある。
 見えにくいだけで、確かにあるのだ。
 虎眼流の跡目になれるだろうと声をかけると、少年の首筋は紅葉する。
 食事よりも、美人よりも、剣の道こそが藤木の心を高ぶらせた。


『虎眼の正妻が死去して』
『三回忌を終えて間もない』


 月日は流れ、藤木もりっぱな体格を持つようになる。
 さすがに、もう いくの前で裸にはならない。
 また、このころの虎眼先生は事情がすこし違っていた。
 曖昧になっているのだ。
 こうなると藤木も時間に厳しくなる。いくに急ぐよう うながす。

 曖昧な虎眼先生の相手をするのだから、いくも生命の危険を冒すことになる。
 女の覚悟完了をするのに、ちょっと時間がかかるのだった。
 もっとも、虎眼先生が危険なのは正気にもどった時なんですけど。
 ……いくは、ソレをおそれているのか?
 「後生ですから、正気にもどらないで」と祈っているのかも。

 虎眼先生の正妻が亡くなったとき、三重は11歳であった。(シグルイ3巻 15景)
 その三年以内に、虎眼先生が牛股師範の口を切りさいている。
 つまり、現在の回想は『小夜中山鎌鼬事件』直後の盛夏なのだろう。(参考:シグルイ年表

 すると、三重さんは14歳で器完成なんだろうか。
 当時は数え年なので、現代風にいえば12〜13歳だ。
 生々しい年齢だな。
 そういえば、三国志の張飛が夏侯淵の姪をさらったのと同じぐらいの年齢だったりする。(血縁図の※5を参照

 藤木は身を清めるいくの姿をのぞき見したりしない。
 きっちりと目を閉じるのだった。
 いや、家から出たほうが良くねぇか?
 現在のいくは目をはなすと逃げだしかねないほど怯えているのかもしれない。
 どちらにしろ、エロスは控えめにするのが藤木の流儀であった。

 だが、藤木はまぶたに『甘く馨(かぐわ)しき温もりを感じていた』
 親に冷たく扱われた藤木にとって、いくは唯一の母親的存在なのかもしれない。
 伊良子も目を斬られてから、いくに母性をもとめてすがっていた。
 いくは超母性的な存在なのかもしれない。
 山口先生も、いくについて『母親のような強さを持った女性』と書いている。(シグルイ奥義秘伝書


 舞台は現在にもどる。(というか、ここも回想中で、前回のつづきの時間にもどった)
 星川生之助に案内されて、長谷寺町の戸田流道場へむかう途中だ。
 行く先には いくがいる。ヘタをすると修羅場になるかもしれない。
 星川は、藤木に刀を抜くなと念押しするのだった。
 なんか、前フリっぽいな。これは刀を抜くフラグだ。

 藤木は返事をしない。やっぱり、抜く気だろうか。
 なにしろ城中で抜いて斬った前科がある。(7巻 35景
 普通なら切腹すら許されない罪だと思うのだが、藤木は許された。
 奇跡が二度つづくとも思えんが……

 そして、いくは提灯をもって外にでる。
 星川をむかえに出たのだろうか。
 江戸時代は油代もバカにならないので、用もなく夜間外出をしない。
 気配を感じて外にでたのだろう。
 伊良子清玄の目となった いくは、心眼に目覚めたのかも。
 当然、藤木たちと出くわす。

『思いもよらぬ再会』
『しかし』
『かつて いくが手当てした左手は根元から消失し』
『源之助の目を眩ませた白き背中もまた然り』


 運命の皮肉だ。
 でも、藤木はなんで いくの背中に彫り物があることを知っているのだろうか。
 これはナレーターの暴走だな。
 盛りあがっちゃって、口がすべったのだろう。
 別に藤木が知っているとは書いていないし。
 それにしてもこのナレーター、ノリノリである。

 藤木も いくもショックを受けた。
 それでも二人の間には暖かな感情が残っているのだろう。
 思い出にかかわる肉体は失われても、心にぬくもりが残っている。
 だが、日和った展開を許さぬ烈女が背後にいた!

 血染めの白無垢を着こんだ三重さまでございます。

 白無垢なんて着ていないハズなのにッ!
 いくと星川の目には狂気の衣装がしかと見えた。
 新手のリアルシャドーかッ!?
 そして、三重は懐剣を抜く。
 藤木より先に抜いた。これは予想外だ。
 三重をかばうように、藤木も抜いたッ!

『源之助が抜いたのか』
『乙女が抜かせたのか』


 見ると三重は抜いていない。
 とうぜん白無垢も着ていなかった。
 三重が周囲の人間にリアルシャドーを見せたのだろうか。
 原因はともかく藤木は抜いた。いや、抜かされたッ!

 陽炎でゆらめくように背景がゆがむ。
 藤木の殺気があたりに満ちていそうだ。
 無言で刀を肩にかついでいく。
 虎眼流、必殺の構え。

 星川生之助も一流の剣士である。
 汗を流して事態の収拾させようと嘆願していたが、藤木の構えを見て態度がかわった。
 星川も抜いた。もはや汗も流れていない。
 剣士二人が月下に白刃を構える。
 藤木源之助 vs. 星川生之助
 次回、まさかのドリームマッチなのか!?


 唐突に回想がはじまったと思ったら、悲劇がはじまりそうだ。
 さすがシグルイです。話がやっかいな方向へと、常にころがる。
 今回は三重が全面的に悪い気がするんですけど。
 もうちょっと、呪いの眼力を控えめにしてもらえないだろうか。

 こうなると、星川生之助がかわいそうだ。
 なんか星川以外の全員が仕掛け人でドッキリにハメていそうなほど不幸な目にあっている。
 星川は原作『駿河城御前試合』(AA)第三試合の主役なのだ。
 戦いたくないのに、戦わざるをえない状況に追いこまれるコトに関して天才である。
 今回も、そういう運命だと思うしかないんだろうな。

 ところで伊良子清玄は何をしておる?
 重要人物なのに姿を見せない。
 いくは伊良子にとって目となる存在だ。
 万が一、いくを失えば伊良子もまた破滅する。
 本人の知らないところで大ピンチ。

 抜く抜かないはともかく、女性を斬るのは武士としてあるまじき行為だ。
 大道寺友山は、勇敢な武士は、手向かいできない相手だと見越して暴力をふるったりしない、と言っている。(図解 武士道
 妻が浮気をしている現場を見たら、夫は妻と浮気相手を斬ってもいいことになっている。
 だが、実際に斬ってしまうと世間から白い目で見られる。(サラリーマン武士道
 弱いものイジメをするのは、武士にあらず。なのだ。

 というわけで、藤木が星川を押さえているうちに、三重がいくを刺せば完璧だ!
 三重さまの狂気がもとではじまった死闘なんだから、三重さまが幕を引いてくれるとありがたい。
 いままで、三重といくが そろうコトはあまりなかった。
 二人はどんな会話をするのだろうか。
 見たいような、怖いような。
by とら


2008年12月19日(2号)
第六十五景 死人(しびと)

 藤木源之助 vs. 月岡雪之介!
 原作『駿河城御前試合』(AA)の主役同士が激突する。
 これは範馬刃牙 vs. 丹波文七なみのドリームマッチだ。
 どっちが死んでも今後の展開にさしさわる。
 天はこの試練をどう乗りきるのかッ!?

 藤木の強さはいまさら説明不要だ。
 たいする月岡だが、……すでに5人の人間を斬っている。
 虐殺集団である虎眼流にはかなわないものの、かなりの殺人履歴だ。
 でも、月岡本人は殺したくて斬っているワケじゃない。
 不幸を引きよせる才能があるのだ。

(手強い…)
(間に合うか"峰打ち不殺")


 今日も月岡は「斬りたくねェ〜」と思いつつ刀をかまえるのだった。
 もう、なんでこんな状態になっちゃったんだろうか。
 徳川忠長につかえたのがマチガイだと思うぞ。
 現時点では手遅れなんだろうけど。
 5人斬ったと聞いて、忠長が強引に採用したんだろうな。

 遠い間合いから、必殺・神速の虎眼流"流れ"が疾るッ!
 知らない人間なら、予想外の距離から伸びてくる斬撃だ。
 正面から斬りかかっても、相手にとって奇襲になる一刀である。
 だが、月岡はよけたッ!

 刃がとどくより早く、月岡は刀の軌道を感じていた。
 このままだと、首がとぶッ!
 月岡は、思いっきり左足を踏み込んで、足を広げる。
 足幅が広がり腰がしずむ。
 さらに上体を折りまげる。
 土下座するような低い姿勢で、死線をかいくぐった。

 しかも、ただ よけただけではない。
 踏みこんだため、月岡が攻撃できる間合いになった。
 今度は月岡のターンだ。

『振り切った"流れ"の握りは』
『二の太刀を生み出せない』


 限界の握りをしているから、連続技が出せないらしい。
 相手より遠い間合いから攻撃することで、反撃をうける可能性は低いハズ。
 今まではそれでも良かった。
 だが、今回は月岡に間合いを詰められている。
 藤木は絶体絶命だ。
 月岡の刀が上段から唐竹割りに振りおとされた。

 刀が藤木の編み笠を割る。
 だが、藤木は新たに抜いた小刀による"茎受け"で刀を止めていた。
 伊良子清玄の『流れ星』すら防いだ最後の防御技だ。(シグルイ8巻 41景
 とっさに刀をすて、小刀も使い捨てにした。
 藤木は命拾いしたけど、もう弾切れですよ。

 月岡は刀をひねり半回転させた。
 回転にまきこまれ、藤木の小刀ははじき飛ばされる。
 この回転が月岡の秘技"峰打ち不殺"を可能にするのだ。
 インパクトの瞬間、ヘッドが回転する
 すると、刃による斬撃が峰打ちによる打撃にかわるのだ。
 これなら鉄パイプで思いっきり殴りつけるようなものだから、全殺しにならない。

 あとは、二本の刀を失った無防備な藤木に、峰打ちをするだけだ。
 月岡の勝利は必定であるハズだった。
 だが、藤木は月岡の喉元に刀を当てている。月岡の小刀を抜きとり使用したのだ。
 死中に活を見出した、非常の手段だった。

 人の持ち物を奪い取るのは伊良子の得意技だ。
 敵の研究をするうちに、藤木にも同じクセがついたのだろうか?
 怪物を倒すため、藤木はさらなる怪物化をとげようとしている。


 勝利者である伊良子が藤木を狙うことはない。
 いくの説明で、ひとまず場はおさまった。
 だが、月岡から尋常ではない藤木の様子を聞いた いくは不安を感じたようだ。
 最初の攻防で、月岡は"峰打ち不殺"をつかう余裕がなかった。

 いくの見立てでは、藤木はすでに"ぬけがら"となっている。
 動かしているのは三重だ。
 つまり藤木がジャイアントロボで、三重が大作少年のポジションである。
 三重しだいで藤木は正義にも悪にもなる。

 つまり、三重さえ排除すれば、伊良子は安泰じゃね?
 いく がそう思ったとしても不思議はない。
 さっそく、火縄銃をもって いくは藤木と三重の寝室にはいるのだった。
 そこで、いくは虎眼先生の幻影を見る。

 死後であっても威厳は消えない。
 虎眼先生の幻影におびえ、いくは発砲して逃げさる。
 弾はさいわい藤木の左そでを貫通しただけだった。
 三重は他人にも見えるリアルシャドーを完成させたのだろうか?

 そのころ、伊良子は両手に全裸女をふたりかかえて眠りをむさぼっていたのだった。
 人にばかり苦労を押しつけて、バチがあたりますよ。

 女同士の戦いは、狂気の差で三重の勝ちだったようだ。
 そして、女が尽くしている男の戦いはこれからはじまる。
 リアルに充実している伊良子清玄と、ぬけがらとなった藤木源之助は、どちらが強いのだろうか?
 これは、やはり藤木を応援したくなる。
by とら


2009年1月19日(3号)
第六十六景 大御所(おおごしょ)

 シグルイ(駿河城御前試合)世界における裏主人公は、駿府城の主・徳川忠長である。
 ほとんど喋らない忠長であるが、彼こそがシグルイ世界の中心なのだ。
 精神テンションが今! 江戸時代にもどっているッ!
 家臣が主のきまぐれに殺されたあの当時にだッ!
 残酷! 無残! その忠長がきさまを倒すぜッ!

 藤木たちが残酷な目にあうのは、忠長のせいだ。
 忠長は武士社会の不条理を体現している。
 つまり、生きた主題(テーマ)なワケです。
 そんな忠長でさえ第一景(AA) で切腹している。
 残酷なシグルイ世界は、さらに大きく無残な世界に包まれているのだ。


 駿府城の本丸裏手には石牢がある。
 本丸は城主の政務や寝食をする場所だ。
 社長室の裏に牢屋があると思っておけばいいのだろうか。
 雇用問題のおきている現在ですが、間違いなく就職したくない職場です。
 なお、懲罰用ではなく趣味用の牢らしい。

『奥御殿の部屋方』『"八重"は』
『自分がなぜかかる仕置を受けるのかわからぬまま』『凍えていた』


 上半身は裸だ。手は縄に縛られ、吊られている。
 最低でも拷問をうけそうな状態だ。
 この状況下で、八重はブキミなうめき声を聞く。
 今すぐ胃潰瘍になりそうな恐怖であろう。

 壁のかくしトビラが開き、出てきたのは屈木頑之助だった。
 駿河藩によって捕獲され、阿芙蓉(阿片)によって認識を狂わされている。
 朽木は八重を千加と思いこみ、襲いかかるのだった。

 そういえば、大地丙太郎監督アニメの『今、そこにいる僕』(AA)で、同じようなシーンがあったな。
 少女のレイプシーンにへこんで、それ以上見れなくなったものです。
 そんな、むごい風景を高みから眺めているのは、徳川忠長である。
 やはり、忠長の精神性は異常だ。

 忠長は三つ葉葵を贅沢にあしらった服を粋に着こなしている。
 これで諸国漫遊すれば、みんな ひれふす。
 水戸黄門は8:46ぐらいがクライマックスだが、俺は最初からクライマックスだぜッ!
 のこり時間は、ひたすら平伏する人の頭をふむ!

『この おぞましい光景を眺むる』『城主 忠長の表情は』
『庭園の錦鯉に餌を蒔く時と』『全く同じである』


 興奮していれば、救いもある。(いや、無いか)
 だが、忠長は表情をかえることなく惨事を見るのだった。
 忠長の精神は鬱屈し、すでに壊れているのかもしれない。彼もまた不幸な人間なのだ。
 そして、くさった主をもつ家臣たちはさらに悲惨だ。
 狂った羅針盤で航海する船のごとし。そのうち、遭難する。

 忠長は、たびたび女を召した。
 過去の例を考えると、使い捨てにくびり殺すことが多そうだ。(4巻 16景)
 だから、何人も用意しないといけないのだろう。

『忠長が女人(にょにん)の名を訊ねたなら』
『それが家臣の妻であろうと』『娘であろうと』
『御殿の奥女中であろうと』
『風呂番の下碑であろうと』
『早速に閨房に奉仕させるべく 手続きしなければならない』


 忠長は立場を利用してエロ方面に贅沢な生活をしていた。
 でも、武家ってのは子孫を残すことが重要である。
 松平定信などは、セックスは子供を作るためだけにするものだといったぐらいだ。(旗本たちの昇進競争
 だから、相手を殺してしまう忠長に子供ができるわけもなく。ほめられたものでは無い。

 今宵の獲物は、船木道場の一粒種"千加"であった。
 な、なんだって〜〜〜〜〜ッッ!?
 みんなのアイドル、"タケノコ姫"千加が忠長の犠牲になるのか。
 忠長の顔面を引きちぎって逆襲しろ!(武家社会ではムリです)

 ちなみにコ川家康は後家フェチで、人妻にも手をだす。
 家康の側室お梶の方は、一度松平正綱の嫁にされたが、召しもどされて側室にもどっている。
 「お前の嫁は俺の嫁」という精神が徳川家にはあるのかもしれない。
 天下とる人は、これぐらいの貪欲さが必要なのだろう。

 忠長は竹製の打撃武器を持参して寝所にはいった。なぜ、武器を?
 そして、無言で千加を打つ。
 千加はあらかじめプレイ内容を聞かされていたのか、動揺せず声もあげない。
 背中に三打うけて血がにじむ。

 そして、忠長は後ろからいきなり挿入する。
 サディスティックな行為だ。
 千加の顔を見ようともしない。
 呼んでおきながら、千加という個人への興味が無いかのようだ。
 プロファイリング風にいうと無秩序型の行動か。(FBI心理分析官

『千加の一部位が男子と化したが』
『忠長にとっては何の問題も無い』


 むしろ、フタナリ好きなのか!?
 と、思ったがたんたんと続けているので、女体の差にまったく興味がないらしい。
 やはり人格を気にしない無秩序型犯罪者の傾向があるのだろうか。
 まったく楽しそうに見えないエロシーンだ。
 タケノコも生きぐされですよ。

 父の命で、門弟たちに手足を押さえられて初夜をむかえそうになった三重は不幸だった。(2巻 9景)
 だが、千加は上を行ったかもしれない。
 ヒドい初体験だ。しかも、忠長に必要とされていない。本当は誰でも良かったのだろう。
 名前は聞いても、関心をちゃんと持っていない。

 大奥なんかだと、殿様が通うと「お手つき」になって格がすこしあがる。
 中国の後宮では、皇帝がかよってくると めでたいとして侍女たちに御祝儀をあげるらしい。
 アニメの『彩雲国物語』だと、逆に侍女からお祝いの言葉をかけられていた(王さまホモ疑惑があったため)。
 NHKアニメは朝から攻めの姿勢だ。地上波だと、放送時間が深夜になったけどな。
 まあ、いちおう世間的にはめでたいんですよ。父の船木一伝斎も感涙する。
 千加の安否は不明のまま、次回へつづく。


 駿河大納言 徳川忠長の心に闇がすみついたのは いつか?
 いちどは徳川家のあとつぎと思われていたのに、家康の一言で夢が破れた時だろう。
 ゆえに忠長は家康を憎む。
 なお、あとつぎの座を追われそうになった忠長の兄・家光は、父である秀忠を憎んだともいわれる。
 憎しみの連鎖はなかなか消えないのだ。

 この辺の話はちょこ ちょこと過去にもした。
 シグルイでも本格的に語られることとなる。
 やはり、映像の説得力は強い。
 忠長の憎悪が紙面からニジミ出てくるようだ。

『驕児は憎悪していた』
『将軍職を奪われた自分の境遇と』
『神君 家康が最も愛した』
『この駿府城を』


 自分の境遇と住処すら憎悪する。
 忠長の行動は破滅に向かっているが、それこそ彼ののぞみなのだろう。
 部下たちには、いい迷惑ですが。
 武家社会では、下のほうから責任を取らされていく。
 責任が忠長に届くまでに、何人の犠牲がでるのだろうか。

 また、忠長の行動自体が犠牲をだしている。
 屈木"ガマ"頑之助への生餌とされた八重はむざんな遺体となった。
 八重の兄・秋山佐次郎は城内で脇差をぬき、忠長にヤイバをむける。
 だが、忠長の背後をまもっていた老職の内藤仁兵衛が取り押さえた。

 城内で刀を抜いてはいけない。
 斬りかかられても、抜いてしまうと罰せられることがある。
 忠臣蔵でも、吉良が応戦せず刀を抜かなかったことを評価されているぐらいだ。
 だから、内藤仁兵衛は素手で押さえようと必死になる。

「隠密(いぬ)め…」

 この城で唯一抜いても許される(のか?)忠長が、刀をかまえた。
 白刃の光が蘇らせた忌まわしき幕府と家康への憎悪は鮮烈であったが、
 目の前の秋山が幕府隠密とは無関係であることは明確だろうか?

 怒りにくらんだ忠長は、部下を気づかうことなど、無い。
 内藤の右手ごと、秋山を斬る。
 一刀で致命となる、すさまじい斬撃であった。
 もちろん良い刀を使っているのだろうが、腕も確かだ。

『駿河藩剣術師範 日向半兵衛正久より』
『免許を得ている忠長の一刀流の業前は』
『"義理許し"の域にあらず』


 みょうなところで文武に優れていた素質をのこしている忠長であった。
 優秀なだけに、くされた境遇の自分に腹が立つのだろう。
 無能な兄に頭をさげるのが屈辱なのだろう。
 だから、すべてを破壊してしまいたいのか?

 怨念を剣にこめて、殿様剣法をはるかに超える魔剣使いとなるやもしれぬ。
 ちなみに、江戸時代に剣術がはやったのは、家康が剣術好きだったという部分もある。
 将軍も最初のころは、ちゃんと柳生流に入門するという形をとっていたらしい。
 家光もそこそこの腕前だったとか。
 徳川家は剣術一族でもある。

 破滅を目指してつきすすむ忠長は、血を見ると けっこう積極的になる。
 必要なさそうだけど、秋山にとどめも刺す。
 狂った船長が動かす船は、どこへ向かうのだろうか?
 忠長ののぞみは、血で血を洗う真剣勝負だ。
 駿河城御前試合の開催が近い……
by とら


2009年2月19日(4号)
第六十七景 石牢(せきろう)

 藤木源之助と三重をあずかったその日のうちに、死闘と発砲事件がおきた。65景
 星川生之助こと月岡雪之介は、家老・三枝伊豆守が登城する途中をつかまえて、あずかるの無理ッ!と訴えるのだった。
 夜にあずかって、翌朝に断る。この早さからも問題の大きさがワカります。
 手榴弾を投げたつもりが、投げかえされて、三枝は登城前から脂汗を流すのだった。
 まだ寒さののこる春・一月某日のことである。

 武士というのは自負心がつよい人が多い。(男の嫉妬 武士道の論理と心理
 己こそ最高、己こそ最強を目指す勇次郎イズムにあふれる人ばかりだ。
 いい方向にはたらくと向上心・功名心・意欲になる。
 だから、与えられた任務を自分の手にあまるという月岡は、武士としてはめずらしく控えめな性格なのだ。
 たぶん出世よりも、よき家庭を築くといった小さな幸せを大切にする人なのだろう。

『二日後』『戸田流道場の前に"乗物"が配された』
『乗物とは高級な駕籠の呼び名であり』
『下級武士の源之助には初体験である』


 現代風にいえばリムジンでおでむかえだろうか。
 三重は三百石の娘なので経験済みっぽい。
 初体験の"乗物"であっても動揺しないのが藤木である。
  ドイツ軍人 虎眼門下生はうろたえないッ!

 無理を訴えてから、救いがくるまで二日かかった。
 その間、月岡は苦労したのだろう。
 藤木に問題があるというより、同じ家に伊良子側のいくがいるのがマズい。
 肉食魚を同じ水槽で飼うようなものだ。そりゃ、食いあいます。
 宿泊先を決めた家老が悪い。

 さりゆく藤木たちをひそかに いくがみおくる。
 いくは、なにを思っているのだろうか?
 藤木や三重に直接的なうらみは少ない。藤木も仕置きには加わっていたが、焼きゴテ班にいなかったし。
 いくと藤木は、あたたかな関係だった時もあった。(64景
 過去の恨みは忘れて、お互い別々に暮らしていけないものだろうかと思っているのかもしれない。

 武士としては異端である月岡は、いくの気持ちに気がついているのだろうか?
 月岡だけがふりかえる。
 過去の恨みで苦労しているのは月岡もおなじだ。
 最後に殴った人間が、これで終わりにしようとは言いにくい。
 不幸なめぐりあわせがあり、月岡も最後に殴った側の人間である。


 藤木たちは駿河藩槍術師範・笹原修三郎の屋敷に案内された。
 笹原は駿河藩への士官をのぞむ牢人たちを審査している。
 就職難民の牢人者だけに荒れた人間もいるだろう。
 藤木を収監するにはうってつけの場所だ。

 笹原修三郎は『がま剣法編』に登場した槍使いだ。11巻 58景
 初登場時には前髪の美少年だったが、いまでは凛凛しい青年になっている。
 月代もそっているので就職しているようだ。
 ちなみに、藤木は月代をそっていません。現役バリバリの無職である。
 捨扶持をもらっているから、現代風にいうと生活保護者だ。

『白い蛇のように長い腕は驚くほど遠間からの刺突を可能たらしめる筈だ』

 成長した笹原は腕の長い武士となったようだ。
 弓の達人・源為朝は左腕が右より長い異能者だった。
 笹原もまた異形の達人らしい。
 屈木頑之助も異形だけど、状況が全然ちがう。

 庭先で藤木たちとあいさつするなど、気さくな人柄らしい。
 シグルイ世界にも、まだ常識人がのこっていたのか!
 月岡と笹原は駿河の良心でござる。
 良心をもっているのは圧倒的に少数派だろうけど。

「この屋敷には腕に覚えのある浪士が大勢暮らしておる」
「仲良く」
「万事仲良く」

「心得ました」

『返事は乙女のみである』


 ナレーターがオチをつけたッ!
 今、惨殺フラグたちましたよ。
 藤木さん、仲良くする気まるでなし。
 ケンカ売られたら、言い値で買うつもりだよ。

 笹原はこんな人間ばかり あずかっているのだろう。
 本当にたいへんな仕事だ。
 強さをかわれて就職する牢人だから、つねに強さをアピールしたい。
 屋敷ではしょっちゅう流血沙汰がおきていそうだ。


 二刻後(約一時間後)に笹原門下の猪又晋五が、手合わせを願いにくる。
 死亡者候補が向こうからやってきた!
 しかも、笹原門下かよ。
 なんという監督不行き届きか。

 猪又はまだ前髪ののこる少年だった。
 向こう見ずな少年だ。
 体は大きいので、同年代に負けたことがないのかもしれない。
 痛みを知らないまま事故にあうと大ケガをすることになる。むしろ、死ぬ。

 藤木は軒先に腰掛けたまま、目もあわせず無視する。
 部屋の中から出てきた三重が藤木のかわりに、拒絶の意思をつたえた。
 最近の藤木は意思の疎通ができないほどの無口になっているようだ。
 というか、三重が箸の上げ下げまで指示しているのかもしれない。
 すっかり傀儡と化しています。

 猪又は虎眼流が伊良子に負けたことを口にする。
 それは禁句だ。
 さっそく藤木と三重はヤル気をだしてしまう。
 覚悟完了。当方に惨殺の用意あり。

「虎眼流 藤木源之助」
「指南つかまつる」


 木剣を手に、藤木が立ちあがった。
 いきなり、木剣を肩に担いでいる。
 虎眼流・流れのかまえだ。
 容赦なく必殺するつもりらしい。必ず殺す。

 猪又は後方にとび、距離をとる。
 槍の間合いをいかすつもりだろう。
 この動きを見るかぎり、口だけではなく実力もちゃんとしていそうだ。
 そもそも、の戦闘力は格段にちがう。
 藤木であっても苦戦は必至だ。

(木剣とは笑止)
(槍の間合は剣の四倍!)
(まして右腕のみでは)
(両手(もろて)の突きを払うことも出来まい)


 江戸初期の武術は総合技術であり、剣・槍・弓矢だけではなく馬術やときには泳ぎまでカバーする。
 虎眼流も槍をつかうと猪又は思っていたのだろう。
 だから、木剣で挑まれなめられたと思った。

 しかし、猪又は油断せずに渾身の刺突を放った。
 藤木は頭部への攻撃をかわしつつ、一閃する。
 猪又の左手を打ち、親指以外の指を全部フッ飛ばした。
 流れの握りをつかうまでもない。
 これが虎眼流の実力だ。

『"伊達"にするべく源之助の二の太刀が閃く』

 が、止められた。
 藤木の木剣を笹原がにぎっている。
 何という長い腕だ。
 オマケに藤木の攻撃を止めることができる速度をもっている。
 成長した笹原修三郎は、腕に磨きがかかっているようだ。

「加減しろ莫迦!」
「前髪だぞ」元服前の若い武士の意。)

『源之助も三重も一切詫びなかった』


 虎眼流は手加減不能だ。
 伊良子だって、前髪の涼を惨殺したし。
 それに、喧嘩をうってきたのは猪又のほうだ。
 他流試合を挑むのは殺される可能性もあるキケンな行為でもある。
 だから、笹原は怒っても藤木に手を出さないのだろう。


 夜、笹原と月岡は一室で話をする。
 おなじ城勤めであり、二人とも武芸者だ。
 以前から親交があるのだろう。
 二人とも常識人だから、狂人ばかりの世界では肩身がせまいんだろうな。

「藤木源之助に城勤めは」
「無理にござるな」

「立身などは考えておりますまい」
「あの男の胸にあるのはただ」
「上覧試合で伊良子清玄を討つ」
「それのみ」

「伊良子か」
「あれは殿の"お気に入り"ゆえ」
「御前試合の日まで無事でいられるかどうか…」


 牢人の人格を見てきた笹原からすると、藤木はダメな人だ。
 城勤めをしたら、その日のうちに殺人を行いかねない。
 常識で言うなら社会人失格だ。
 就職以前に警察のお世話になるだろう。

 でも、徳川忠長なら大喜びする。
 殿は面接官の質問にブチ切れて、面接官を殺害するような人間をお好みでございます。
 藤木の活躍を聞いたら、すぐにでも召しだすだろう。
 殿様の狂気についていけないのが、常識人の不幸であった。

 ただ、藤木にだって常識的な部分はある。……たぶん。
 あえてムチャをしているのは、伊良子と戦うことに全てをかけているからだろう。
 しかし、伊良子に勝つ算段はついていないはず。
 藤木は今後どうするつもりなのだろうか?

 そして、殿に気に入られて立身したはずの伊良子も大変らしい。
 伊良子は例の石牢で狒狒らしき怪物と立ち合っているようだ。
 もしかして、江戸時代の夜叉猿なのか?
 次回の伊良子は狒狒退治を行うらしい。

 藤木も不幸がなければ素直で腕の立つ良きサムライであったろう。
 常識人の笹原と月岡は、藤木にも同情しているのかもしれない。
 駿河では、殿に好かれても嫌われても死ぬようだ。
 なるべくなら住みたくない土地である。
 笹原と月岡の最大の不幸は狂気の国にいながら、常識を保っていることであった。
更新(2009/2/21)
by とら


2009年3月19日(5号)
第六十八景 狒々(ひひ)

 盲目跛足の剣士・伊良子清玄が立ち合う。
 天才剣士でありながら、女漁りまで天才すぎて師匠の愛人に手を出し、目を斬られ追放処分となった。
 以後、かつての師と仲間に復讐をとげる異能の達人となる。
 現在の雇い主は駿河大納言・徳川忠長だ。
 主が残虐趣味なので、今宵も無残な殺戮をおこなう。
 でも、伊良子清玄としては充実した日々なんだろうな。

 伊良子清玄もなれたもので、石牢に案内された時点で
『"科人(とがびと)の成敗"が』『役目と心得ている』
 言いがかりをつけられた不幸な藩士の体を切り裂いて、臓物をブチまけるだけの簡単な仕事です。
 伊良子はちゃんとワカっています。

『人肉の味を覚えた大猿を』『"狒狒(ひひ)"と呼ぶ』
『寛永五年十月 駿河大納言忠長が賤機山にて猿狩りを行った際』
『発見されたこの大猿は』


 忠長のペットとなった。
 危険すぎる生物なので、剣士と立ち合わせてみるのが残虐君主のたしなみだ。
 岡倉門下の桃井圭介が狒狒退治を命じられる。

 野生動物が危険だというのは刃牙読者であれば自明のこと。
 人は刀をもって、はじめて猫と互角なのだ。範馬刃牙146話
 じゃあ、相手が猿の場合だと、ナニをもてばいいのだろう?

 桃井は上段から刀を振りおろす。
 だが、大猿の跳躍力はそれを上まわった。
 そして、つかまれ噛みつくッ!
 圧倒的な力で桃井はたちまちバラバラにされた。
 大猿、おそるべし。刀じゃ足りない。槍か弓矢が欲しいところだ。


 そして、伊良子の番である。
 伊良子は相手が何者か知らされていない。
 未知の技術と戦うのは不利だ。と、アニメ版10話の感想でも書いた。
 だから、牛股師範は奥義を目撃した人間を全員殺害したいと思ったのだ。(8巻 41景
 相手の正体も技術も知らずに戦う。伊良子は、けっこうヒドい扱いをされている。
 前回、笹原修三郎に殿のお気に入りだから無事でいられるかどうかと心配されていたのは、正しいようだ。

 大猿は壁をのぼり、伊良子の背後へ。
 そのまま上空から襲いかかる。
 盲目の伊良子に認識するすべはない。

 だが、伊良子は『無明逆流れ』で上空をなぎはらった。
 防御の刀も問題にせず、敵を真っ二つにできる必殺剣だ。藤木もこれで斬られた。(9巻 43景
 大猿もたやすく両断する。

 伊良子の『無明逆流れ』は進化した。
 巨大デコピンの原理で、足の指で刀をはさんで力をためる。
 地面を突く反動が不要となり、応用性が広まった。
 威力もさらに大きくなっていそうだ。
 伊良子はさらなる難敵になっている。


 その晩、集まりがあった。
 伊良子が猿をどう認識していたのか楽しむ場だ。
 なんか道化者のように扱われている。
 あつまった面子は、三枝伊豆守高昌・笹原修三郎・内藤仁兵衛・野方久佐衛門、そして徳川忠長だ。
 家老、槍術師範、老職と重職の人間ばかり。
 ここで心証を良くしておけば出世まちがいなし。伊良子なら、そこまで計算できるだろう。

 伊良子は相手を「忍の者…?」などと答えて笑いをとる。
 ねらって笑いを取ったのだろうか?
 ならば、伊良子清玄おそるべし。

 場の空気に浮かれたのか野方が軽口をたたく。
 伊良子が掛川で倒した虎(=藤木)より手ごわかっただろうと。
 野方はたぶん初登場の男であり、役職がわからない。
 うかつな喋りかたをするので、それなりの役職かもしれない。

「掛川で討ちたるは"虎の中の虎"」
「"猿回しの猿"とは比べものになりませぬ」


 万事にそつなき伊良子が反駁した。
 伊良子にとって藤木との戦いはそれほどの苦戦だったのだろう。
 同時に、藤木にたいしても深く重い感情をもっている。
 良きライバルとして技を競い合い、もしかしたら親友になれたかもしれない男だ。(7巻 36景

 だが、伊良子の隠れた友情(?)は高くついた。
 忠長の可愛いペットをバカにしたのだ。
 オマケに"猿回しの猿"って言いかただと飼っている忠長は"猿回しの人"か?
 つうか、伊良子は猿って気がついているよね?

 こういうときの忠長は行動が早い。
 小姓から刀をとり、即座に抜刀。
 刀を伊良子の首筋に当てた。

『"詰み"である』
『城内で抜刀すれば死罪』
『主君の刃を避けても死罪』
『清玄に一切の打つ手は無い』


 すがすがしいほどに絶体絶命だ。
 この危機を伊良子はどう切り抜ける!?
 ちなみに、藤木は昔城内で抜刀しているんですが、特に怒られているようすがない。(7巻 35景
 藤木の場合は師を侮辱された。
 そのまま黙っていると臆病者として処罰される恐れがある。
 だからって、斬って良いワケじゃないんだろうけど。

 さて、伊良子はどう切り抜けるのか?
 のこされた道はほめ殺し作戦だった。
 征夷大将軍は江戸の家光よりも、忠長のほうがふさわしいっスよ。的なことを言う。
 これは、ナイスフォローなのか?

 たしかに、忠長は内心で自分のほうが将軍にふさわしいと思っていた。
 66景では、忠長の憎しみが描かれている。
 でも、それを口に出すのは危険だ。危険すぎる。

 日本だと例が思い浮かばないので、三国志の話になります。
 蜀の彭ヨウは主君の劉備を「老革(おいぼれ)」とよび謀反ともとれる発言をしたため処刑された。(三国志5
 謀反は口にしても駄目だ。
 そして、謀反の話を聞いてしまったら、ちゃんと報告しないとマズい。
 黙っていたら同調したととられかねないのだ。
 この場にいる全員が凍りついただろう。

 振り落とされた刀は床に刺さった。
 伊良子は危ないところで許されたのだ。
 同時に、忠長は将軍に対する反乱の意思を見せたことになる。
 なにしろ将軍を「家光」と呼び捨てにしているのだ。
 江戸時代の呼び捨ては、かなり失礼な行為だ。

 そして、この場にいた人間も、密告しなければ同罪になる。
 酒の席の冗談ではすまない。
 
 笹原修三郎は素朴な人柄ゆえか、伊良子は藤木とちがい口も上手いよな。と思いつつ 帰るのだった。
 死亡フラグのたった自分のことを心配したほうがいいよ。
 藤木たちの決戦が近づいている。
 同時に忠長と駿府藩の崩壊も迫っていているのだ。
 シグルイ世界は滅びの道を進みつづける。


 今回は伊良子だって大変なんだよという話だった。
 忠長がモンキーハントしたのは、いちおう記録にあるらしい。(静岡浅間神社
 1巻に『殺生禁断の神山で一千二百四十頭の猿を射殺したとか』『それらは俗説であり』『史実である事を証明できない』とありました。
 たぶん忠長が記録を抹消したんだろうな。

 伊良子は出世できてラッキーと思っていたかもしれない。
 でも、最近のあつかいを考えるに泣きたい気分ではなかろうか。
 猿と戦わせるなんて、俺は地下闘技場戦士じゃないんだぞ!
 刃牙世界の戦士なみに待遇わるい。

 伊良子は相手が猿とワカっていたようだ。
 いつ、気がついたのだろう?
 大猿の被害者となった桃井は岡倉門下だ。
 岡倉というと、駿府藩剣術師範・岡倉三巌のことだろう。
 伊良子は岡倉の家で暮らしていた時期がある。7巻 35景
 そのときに、大猿の話を聞いたのかもしれない。

 やはり伊良子は世渡り上手だ。
 まあ、取り入る相手を致命的に間違えているんですけど。
 教訓として、失業しても勤め先はちゃんと選べってことですか。
 まあ、現代には猿と死闘させる会社がないことが救いですけど。



・おまけ
シグルイ 12 (12) (チャンピオンREDコミックス) シグルイ 12巻 (3/19 発売)
 六十景から六十五景まで。
 藤木源之助はついに、激闘の地である駿府城下へやってくる。
 伊良子の過去もあきらかになり、因縁がさらに深まっていく。
 今回は臓物量が控えめで、食事中の方にも優しい内容となっています。

更新(2009/3/20)
by とら


2009年4月18日(6号)
第六十九景 槍鬼(そうき)

 虎眼流をともに学んだ藤木源之助と伊良子清玄の運命は不可避の戦いへ向かっている。
 左腕を斬られ隻腕となった藤木は戦闘力が激減した。
 両目を斬られ、片足を負傷した伊良子は、弱点を武器に変えた魔剣を身につける。
 戦えば、ほぼまちがいなく伊良子が勝利すると思われていたが……

 藤木の強さを誰よりも評価しているのが伊良子だった。
 虎の中の虎と戦うため、伊良子は いくを呼びもどす。
 いくは盲目の伊良子にとって目となる存在だ。
 ギリギリの戦いに欠かせない。
 なんで、目のかわりになるのかというナゾはまだ解決していませんけど。

 いく が伊良子とわかれ月岡雪之介の屋敷で暮らすのには理由がある。
 良い縁談は出世につながるのだ。
 だから、いくは伊良子のジャマにならぬようにしている。
 虎眼先生のときは妾(愛人)で、現在も妾だ。
 いくには、日陰暮らしの呪いでもかかっているんだろうか。

 丑満時(?)に いくを呼びだした伊良子は、「面白いもの」としてタヌキの餌付けを見せる。
 だが、闇の中であったため いくには黄金の羚羊(カモシカ)に見えていた。
 『もののけ姫』(AA)に出てきそうな感じだ。

 伊良子はいくがカモシカと誤認することを予想していたのだろうか?
 タヌキだったら、そんなに面白くないよな。
 視力を失ったあとに得た想像の世界がけっこう美しかったから、いくにも体験させたかったのだろうか。
 だとしたら、けっこう優しいところありますね。
 ちなみに、暗闇で食事をする暗闇レストランというのがあって、けっこう評判らしい。(参考
 伊良子のは暗闇餌付けですね。


 笹原邸で藤木は猪又晋吾と対面していた。
 67景で藤木に指を刎ねられた、前髪の少年である。
 彼は叔父の徳次郎をつれていた。
 家禄七百石の超セレブである。全盛期の虎眼先生ですら三百石だ。ハンパない財力ですよ。

 用件は以下のとおりだ。
 猪又晋吾の指については恨んでいない
 藤木の力量がすごいことはワカった。
 片手では槍は扱えないので、"隻腕の剣"を教えて欲しい。

 藩の剣術指南役だった三百石の虎眼流からすると、七百石の個人教師はかなり落ちる。
 落ちるけど、藩の生活保護者になってしまった藤木と三重にとっては、ありがたい話だろう。
 虎眼流以外の人たちはそう思っているらしい。
 槍の名手・笹原修三郎も晋吾が虎眼流になることを許可している。

「おことわり申す」
「"隻腕の剣術"などは覚え申さぬ」
「剣術は剣術」
「剣は腕で操るものではございませぬゆえ」

『源之助の言葉は』『あまりに"抜き身"すぎた』


 片腕になったからって、特殊な技に頼ろうとするのは心が弱いってことだろうか。
 武士たるもの、戦場において片腕が効かなくなることもある。
 だから、あわてて片手剣を学ぶのではなく、普段から鍛えて置けということだろうか。
 『葉隠』に描かれる藩主鍋島勝茂は毎晩、刀の切れ味を確かめた上で右腕を下にして刀をだいて寝たらしい。
 もし寝ているとき斬りつけられても、右腕が無事ならまだ戦えるというわけだ。

 シグルイ6巻の巻末掲載の『秘剣』でも、技を否定している。
『曲者の用いる術理は、ただの一通りなり。
 太刀を担ぎ、届くところまで近寄りて振り下ろすばかりなり。
 これには智慧業も入らざるなり。』
 技ではなく、死狂う気合で勝つのだ!

 だから、技に頼ろうとする晋吾はすくたれ者にござる。
 言外にそういう意味がこもった。
 武士であれば否定できぬ正論であろう。
 だが、正論でも侮辱されれば、腹がたつ。
 猪又は怒って帰る。

 やっぱり、発言をオブラートにつつむことのできない藤木だった。
 フォローできなかった笹原は頭を抱えてしまう。やっぱり、この人はいい人だ……
 藤木は切腹を許可されていないから、今も生きている。
 つまり、死を恐れていない。むしろ死に急いでいるのかも。
 だから必要以上に"抜き身"の発言をするのだろう。

 『葉隠』に描かれる戦国の武士たちもズケズケ物をいって、しょっちゅう切腹されられそうになる。
 ある意味、藤木の態度は非常に武士らしい。
 だから笹原も頭を抱えながらも放っておけないのだろう。
 ただ、『葉隠』の作者である山本常朝自身は殿様の機嫌を損ねないように発言しろといっている。
 ゆえに、山本常朝はダブルスタンダードだと批判されることもあるのだ。(『葉隠』の武士道
 まあ、江戸時代になったら武士だって、しょせんサラリーマンだしね。

 とてもサラリーマンになれそうもない藤木だ。
 根は悪い奴じゃない。
 武士としては尊敬できる。
 だが、世渡り下手すぎて、どうにもならん。
 悩んだ笹原は、藤木に練習試合をもちかける。

『鎌 宝蔵院流』『笹原修三郎』

 寶藏院流槍術は、『バガボンド』にも出てきた有名な流派だ。
 徳川家の槍術師範なので、最強クラスの使い手といえる。
 佐分利流槍術の師範が剣道の高段者と立ち合って圧勝したなど、槍が有利な話は多い。(刀と首取り
 はたして、藤木の虎眼流はどこまで通用するのか?

 笹原は槍を低くかまえる。
 その型は伊良子の"無明逆流れ"そのものだ。
 前回、伊良子が狒狒と戦うのを見て覚えたらしい。

 仇敵と同じ構えを見て、藤木が反応する。
 体は自然に"無明逆流れ"対策にあみだした簾牙の構えとなった。(7巻 37景
 だが、今の藤木は片腕になっている。
 両腕をつかう簾牙はできないハズ……

 藤木は、簾牙のかまえで前進する。
 イメージ上だと はえているけど、現実に左腕はない。
 つまり、これは夢オチ?
 藤木はいつから、そんなメデタイ脳になった。
 エア打鮑のやりすぎで、左腕がはえた気になっているのか?(12巻 60景

 太刀を担ぎ、届くところまで近寄った藤木は、腹にたんぽ槍の一撃を喰らう。
 藤木の木刀は笹原の頬をかすめて切っていたが浅い。
 この勝負、藤木源之助の完敗だ。

「三重どのを連れて駿府より逐電いたせ!」
「清玄の剣には及ばぬ!」


 厳しい現実をつきつける笹原修三郎であった。
 不器用に死に急ぐ藤木を救済するため、あえて厳しく言うのだろうか?
 でも三重が逃亡をゆるすとは思えない。
 笹原の善意は、藤木をさらに追いつめるだけだ。

 だが、藤木も武士である。
 死を覚悟しているとはいえ、ただ負けるつもりも無いだろう。
 せめて相打ちに。
 片腕でもできる、無明逆流れ対策を考えなくてはならない。

 頼れる兄弟子・牛股師範はすでに亡くなっている。
 三重に剣術の知識はなさそうだ。
 つまり、完全に独力で打開策を考える必要がある。
 藤木源之助、生涯最大にして最後の難題だ!
 いや、まだ最後と決まったワケじゃないですが。
by とら


2009年5月19日(7号)
第七十景 更衣(ころもがえ)

 藤木源之助は笹原修三郎に敗北した。
 笹原に負けるようであれば、伊良子にも勝てまい。
 厳しい現実が藤木を打ちのめす。
 だが、武士は尻尾をまいて逃げるわけにいかない。

 藤木に逃げるようにうながした笹原も、また武士であった。
 笹原には笹原の地獄がある。
 武士道は死狂いなり。
 とくに、徳川忠長に仕えているかぎり、高確率で死ぬ。


 勤めをおえて城から出る笹原に声をかける男がいた。
 武芸師範・日向半兵衛正久である。
 シグルイ1巻 一景で藤木の体をあらためることになる男だ。
 日向は武芸者の鋭い目で、笹原の頬にできた傷を見抜いていた。
 藤木と試合をしたときにできた傷だ。

「一介の武芸者に稽古などつけるは控えるがよかろう」
「こちらは勝って当たり前 向こうは かすっただけで名誉ゆえ」


 笹原の実力を低くみているかのような発言だ。
 恥をかくから、他流との稽古なんておやめなさい。
 虎眼流だったら、即座に抜刀して大惨事に発展しかねないぞ。
 まあ、日向は先輩だし、笹原の性格を見越して忠告しているのだろうけど。

 ただ、日向は彼なりの心遣いで忠告したようだ。
 笹原は徳川家の槍術師範なので負けるわけには行かない。
 徳川家の看板をしょっているのだ。
 苦戦しただけでも、各方面に多大な迷惑をかけてしまう。
 幕府に雇われている人間は、行動に気をつけるように。
 武士道はかたくるしく、生きにくいでござる。


 そのころ、藤木は薪割りをしていた。
 洗濯も指の鍛錬に変える虎眼流(1巻 四景)では、薪割りも修行のうちだ。
 特別なことをしなくても、毎日が鍛錬になる。素晴らしい修行法だ。
 惨殺剣術じゃなければ、入門したいぐらいですよ。

 藤木は薪に鉈を当てたまま力を入れて、押し切っていた。
 って、それって物理的にできるのか?
 寸勁の刀版みたいな感じで、零距離 斬撃なんだろうか?
 薪みたいな硬いものを切ることができるのなら、柔らかい人体など楽勝だろうな。

 藤木の妙技を感心して見ている牢人(ろうにん)がいた。
 瓜田仁右衛門(うりたにえもん)である。
 薪を手に取り、断面図を見て驚く。
 吉川英治の『宮本武蔵』みたいな展開だ。(バガボンドでも可)

「貴殿とは鍔ぜり合いはしたくないのう」

 実に素直な言葉だ。
 武士 ――とくに武芸者―― は負けず嫌いな人が多く、素直に他人を誉めにくい。
 こういうとき、負けず嫌いな人なら「薪は動かぬゆえ、じっくり切ることができるでのう」などと言うだろう。
 つまり、瓜田さんはかなり貴重な「素直」という美点をもっている。
 死狂いの鬼と化した藤木に近づいて平気なのも人徳のおかげだろうか。
 だが、いい人はシグルイ世界だと早死にする。登場すると同時に死亡フラグだッ!

 瓜田さんは職を失ってから長すぎず短すぎずなのか、月代(さかやき)が毛に覆われる途中だ。
 現代だと失業保険が切れそうな頃ってところだろうか。
 江戸時代には失業保険なんてありませんけど。

 瓜田さんには茅(かや)という奥さんがいた。
 お腹には子供がいるらしい。
 三重と仲良く、四月の更衣(ころもがえ)に備えて洗い張りをしている。

 家族連れの牢人はめずらしい。
 もちろん、三重をつれている藤木もめずらしい部類にはいる。
 女性がすくないので、三重と茅は自然に親しくなったのだろう。
 そして、瓜田の人柄が無口すぎる藤木とも親しくなれたようだ。

「いつお生まれになるのでしょう」

「蜩(ひぐらし)の鳴く頃には」

 〜〜ッッッ!?
 なに、それギャグで言ってるの!?

 夫が死亡フラグをバリバリに立てているのに、トドメさしちゃったよ。
 ひぐらしのなく頃になどと言っちゃったら、死んでもしかたがないか。
 ぜんぶ忠長様のたたり、というか命令です。

 瓜田は奥さんのために、鯉釣りに行く。藤木と一緒に。
 え〜〜〜!?
 藤木って釣りができたのか?
 剣術と家事以外はほとんど何もできないのかと思っていたよ。
 藤木と一刻ほど雑談するのすら、無理っぽい気がするし。

 まあ、狩りは武術にもかかわりがある。
 釣りもけっこう重要なのだろう。
 虎眼先生も鯉を食していたことがあったし!
 手づかみ・生き食いだったけどな!(シグルイ4巻 17景)
 釣りは忍耐強い藤木に向いているかもしれない。

 シグルイ世界に似合わぬ なごやかな風景だった。
 瓜田夫婦は笑い、三重も笑う。
 藤木までもが、頬をゆるめた。
 いまの藤木には、これが精一杯。
 しかし、藤木が笑おうとするなんて、……不吉だ。


 笹原は、特殊な任務についていた。
 上役は家老・朝倉宣正(あさくら のぶまさ)の懐刀である曾根将曹(そね まさとも)だ。
 藩上層部からの指令は、牢人のなかに幕府の隠密がいるかどうか調べろというものだった。
 笹原は二十二名の牢人者はみなまともな人材であると報告する。
 藤木の暴れっぷりも見逃してくれたようだ。

 だが、ことはもっと重大だった。
 徳川忠長が隠密を探せと命じたのだ。
 命じられた以上、見つけなくてはならない。
 たとえ、隠密が居なかったとしても。
 居なかったと報告するのは、己の不忠と無能を報告するに等しい。
 死にます。斬られて死にます。

 曾根はなんとしても、隠密を見つけなくてはならない。
 見つからなければ、作るまで。
 非情な命令が下される。
 笹原は動揺するが、主君の命には逆らえない。
 それがサムライというものだ。

「槍は心を持ちませぬ」
「槍はただ鋭く」
「御殿(おんとの) 駿河大納言忠長公のお意思(こころ)に従い」
「働くばかりにございます」

 笹原の目が死んでいる。
 殿のお心のままに滅私奉公だ。
 笹原は、罪無き人間を隠密として処分する。
 誰が犠牲となるのだ?


 藤木は無事に鯉をつったようだ。
 江戸時代では貴重な動物性たんぱく質です。
 桶の中で泳ぐ鯉をながめていた藤木は、背後に人の気配を感じる。
 衣服は笹原のものだ。つまり、笹原だろう。
 藤木を一応の下手人として捕縛するつもりなのか?

 だが、藤木が振りかえると、気配は消えていた。
 狙われていたのは、藤木じゃない。
 と、なると……
 やっぱり、瓜田さんだった。

 瓜田さんは月代と無精ヒゲを剃り、正装に身をつつむ。
 徳川家に推挙されたと聞かされたのだ。
 超一流企業に就職が決まったようなものです。
 これでセレブの仲間入りだ。
 瓜田夫妻は感涙する。

 笹原は大喜びしている瓜田夫妻に、自慢の槍をみせる。
 かつて、笹原が大蛇の舌を貫いた"舌切り槍"だ。(11巻 58景
 しかし、本当に 小さな舌を 大きな槍の穂先で貫けると思いますか?
 笹原はいきなり妙な質問をする。

 恐ろしくデカい蛇だから舌もデカかった。
 そして、笹原の腕前は入神の域にたっしている。
 などということを、瓜田は知らない。

『無理と言えば礼を欠き
 出来ると言えば巧言になろう』

「笹原どのの槍は 余人の及ばぬ」
「精妙な働きをするものと…」


 うまく かわした!
 真っ向から打ちかかって、相手もろとも玉砕する藤木とは大違いだ。(前回参照
 こういう受け答えができるあたりも、瓜田さんの有能さがうかがえる。
 というか、藤木が落第すぎなんですけど。

 槍を手にとった笹原は、精妙な働きでしずかに瓜田仁右衛門の心臓をつらぬいた。
 瓜田の姿勢がくずれるよりも早く、さらに二閃し、茅と腹の子の心臓も刺す。
 床に血だまりができ、瓜田夫婦は沈んだ。

 罪無き人間を保身のために殺す。
 笹原の心情やいかに。
 常識人の笹原は、この残酷に耐えられるのだろうか?
 心が壊れてしまうのではないかと、心配だ。

 三重はなにもしらず、瓜田が姿を消し仕官がうまく言ったらしいという風評を聞く。
 仲の良かった茅から直接話を聞いていないという疑念は生じていないようだ。
 逆に、藤木はなにかを感じ取っているようだ。
 目の光がなくなっている。

 藤木も、師の命にしたがい無残を行ってきた。
 サムライの本質にある残酷を痛いほど感じているのかもしれない。
 だが、藤木源之助はサムライとして生きていくことを選んだ。
 もう引き返せる地点はすぎている。
 行く先に死が待っていようとも、藤木は進むしかない。


 読み終わってグッタリするほど重い話だった。
 家臣に隠密がいると疑うより、よそ者に罪を押しつけて成敗したほうが良いという考えなんだろうな。
 ある意味、派遣社員の雇用打ち切りにも似た非常の方針だ。
 やっぱり、シグルイの世界で善人は長生きできないのか。
 そうなると次は笹原がヤバいんですけど。

 そして、藤木は勝てる見込みが無いまま試合をむかえる気だろうか?
 はやくどこかで新技に開眼しないと本当に死ぬぞ。
 まずは形(名前)から考えよう。
 「ひぐらしのなく頃に」に対抗して「剣鬼が血涙ながす頃に」という名前でどうか。
by とら


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