餓狼伝(VOL.141〜150)


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2005年2月22日(6号)
餓狼伝 Vol.141

 二話にして、表紙の人 誰なんだ? 状態である。
 前回は出番があったが、この表紙にしか出てこない状態が正しいポジションだ。
 板垣漫画・主人公のストロングスタイルをつらぬいている。
 主人公であっても容赦ないところが餓狼伝だ。闘う男は飢えた狼なのさ〜。
 とうぶん丹波も別の意味で飢えた主人公さ。出番をください。

 控え室で勝ち残った戦士十五人が大集合だ。
 ほとんどの人が長袖の服を着ている。
 まだ戦いのさなかだ。体を冷やすわけに行かない。
 試合場の上だけではなく、控え室でも彼らは彼らの闘いをしている。

 ところが、肩もあらわなランニングシャツを着てあくびをしているバカがひとりいる。
 バカといったら、この男を外せない。
 携帯圏外で驚きやがれ、鞍馬彦一だァ!

 ある意味では規格外だ。常識を超えている。まさに紙一重の天才だ。
 すごい男だという事はわかる。しかし、どうも紙一重踏み外しているように見えるんだよなぁ。

 壁のほうを見ている、態度の悪いヤツもいる。
 キックの安原健次だ。
 大会最軽量でありながら大会最重量を倒してのけた反逆のカリスマだ。天性の反逆児かもしれない。

 安原の対戦相手は鞍馬彦一だ。
 今大会における、態度の悪い選手の頂上決戦となる
 どちらがより ふてぶてしいのか? これは因縁の対決となりそうだ。


 驚愕の肉密度をほこり、酸素消費量の多そうな部屋にトドメを刺すべく松尾象山が入ってくる。
 肉の厚みと存在感は他の連中の数段上をいっている。
 それぞれに一流である十五人が松尾象山の存在に意識を向けざるを得ない。
 それでいて、圧倒的な陽の気配が不思議と人をなごませている。

「い〜〜い面構えだ みんな」

 じゃあ、喧嘩はじめっか、と続きそうな怖さがあるのが松尾象山だ。
 実のところ、北辰会館の大会としては、かなり問題がある。
 北辰会館の選手が二回戦に五人しか残っていないのだ。
 選手層の低下を疑われる状態だ。

 しかし、松尾象山の笑顔は消えない。
 目先の大会より、もっと目先の試合が面白ければいいのだろうか。
 松尾象山は、細かいことにこだわらず、純粋に楽しんでいそうだ。

「約束した通り―――――」
「この中のたった一人が―――――」
「このわたしと闘うワケだ」


 そう、今大会の主催者にして最高責任者であり、同時に松尾象山は優勝商品なのだッ!
 これなら空手百年分に匹敵する。一生分の空手を満喫できるぞ。

 と、言うわけで、優勝者には松尾象山と闘う権利が与えられる。
 生きた伝説にして、現役の最強戦士が松尾象山なのだ。

 松尾象山は、牛を素手で殺したといわれる。
 そして、その牛は剥製になって館長室に置いてある。
 プロレスラーを何人もブッ倒したとか、ボクサーの拳を正拳でクラッシュさせて勝ったとも言われている。
 漫画や雑誌に取り上げられ、伝説となった男が目の前にいる。

「自らが伝説になり替わってみろい!!」

 あえて、自分を倒してみよと松尾象山がハッパをかける。
 松尾象山のように、伝説になってみろ!
 本気の松尾象山と闘ってみろ!
 そのためには、勝て。勝ち抜いてみせろ。己の意を通せッ!

 控え室に怒声が響き渡る。
 だれもが松尾象山の首を狙っているかのようだ。
 北辰会館の門下生であっても例外ではない。


『2回戦ッッ』
『第二試合を開始します!!!』

 君川京一 (空手・北辰会館 173cm 89Kg)

 工藤建介 (空手・北辰会館 193cm 120Kg)


 第二試合は北辰会館同士の同門対決だ。
 選手の中では小柄な部類に入るが、君川京一はテコンドーをローキック一発で沈める破壊力を秘めている。
 超重量級の体格を活かし、工藤建介は真正面からムエタイ戦士を吹っ飛ばした。
 ともに一撃必殺同士の対戦だ。

 そしてこの試合は、テコンドーとムエタイの代理戦争でもある。
 板垣作品において、決して勝てえぬ格闘技といわれるのが、テコンドーとムエタイだ。
 主人公と闘う前に、主人公の友(親友ではない。ヤムチャ以上クリリン未満)を倒すことすら許されない 呪われた格闘技である。
 逆に、主人公のライバルの引き立て役として倒されることが多い。
 まさに、噛ませ犬の噛ませ犬だ。

 そんなテコンドーとムエタイから闘魂注入された二人が闘うのだ。
 無事に試合が終わるわけが無い。
 次回、勝者のいない試合を我々は目撃することになるか!?


 連載第二回もじらしまくりだ。
 いい感じに期待感をあおりやがってコンチクショウ。

 やはり、初見の読者向けにキャラクターの顔を見せているようだ。
 前回と今回で、間違いなくかなりの読者が松尾象山を主人公とカン違いしただろう。
 もう、松尾象山以外の人はかすんでいる。
 尿を漏らしていた人のことなんて忘れましたよ。(注:丹波は漏らしていません)

 そして、イブニング初登場から態度が悪い鞍馬彦一である。
 Web上で鞍馬の評判はすこぶる悪い。それも、こういうナメた態度ばかりだからだ。
 ただ、今後の展開で一皮むけて正統派プロレスラーとして覚醒するかもしれない。
 そして、一撃で屠られる。
 もう、その瞬間の楽しみのために鞍馬の暴言・暴挙を許容するようなものです。
 悪役(ヒール)の暴虐なくして解放のカタルシスはありえねェ。

 次回は、まっこうからぶつかり合うフルコンタクト空手対決となるのだろうか。
 速さで攻める君川と、パワーでつぶそうとする工藤の駆け引きが楽しみだ。
 テコンドーを斬って捨てたローキックと、ムエタイを舞わせた拳の対決でもある。
 二大噛ませ犬大戦の行方はいかにッ!?
by とら


2005年3月8日(7号)
餓狼伝 Vol.142

 よいよ本格始動、本戦開始だ。
 闘うは、ツリ眼の君川京一とタレ眼の工藤建介である。
 ふたりは共に北辰会館の空手選手だ。
 勝ち残りの北辰会館は少ないのに、つぶし合わなくてはならない。
 北辰会館側にとっては苦々しい展開だろう。

 こういう時には、より勝ち残れそうな選手に便宜をはかる事がある。
 お互いまともにぶつかって消耗するより、どちらか一方が勝ちを譲ることで、無傷の勝利を得る。
 早い話、八百長である。

 だが、北辰会館は違う。
 ガッチガチの真剣勝負(セメント マッチ)だ。
 館長みずからおっしゃっております。強さとは我が意を通すことだと。
 おまえは実績が無いから今回は勝ちを譲ってくれといわれる選手だって、闘って勝ちたいのだ。
 ならば、力で意志を貫きとおせ!
 同門どうしだからこそ負けられない。

 同門対決でありながら、真っ向勝負をするのが北辰会館の体質だ。
 そして、それは松尾象山の思想なのだろう。こういう組織でもまれた選手だから強い。
 ただ、今大会はもっと凄い怪物が多数参戦していますけど。

『君川はテコンドーをッッ』
『工藤はムエタイをッッッ』
『文字通り一撃ッ』


 そして、この試合のもつ重要性をアナウンサーはよく理解していた。
 そう、テコンドーとムエタイの代理戦争なのだ。

 実際に強いから引き立て役として成り立つんだと言われても慰めにならない、戦争の噛ませ犬たちだ。
 ブラジリアン柔術だって、ボクサーの腕を折ったことがある。
 ボクサーだって、刃牙をKOしたりする。
 柔道だって一回戦を突破した。
 それに比べると、ムエタイとテコンドーは勝ったことが無い。
 闘う、即負ける。二度と出てこない。ジャンプの十週打ち切り漫画家のような人生だ。

 この大会では試合前から名前が判明していた選手が何人かいる。とうぜん優勝候補の選手だ。そこには、ムエタイとテコンドーもいた。
 彼らの中で、無名の選手に倒されたのはムエタイとテコンドーだけだった。
 何のための事前紹介だと言うのかッ!

 もう、彼らの不幸についてこれるのはサンボぐらいだ。
 え、サンボも一回戦を突破したって。
 カ、カポエラとかありますけど。まあ、一回しか出てこなかった上、会場にも行けなかったカポエラよりはましだよね。たぶん。

 なぜか大会最高の技術を持つ相手に当たったりと、ムエタイには運も無い。
 毎回一回戦でやっかいな人に当たるヤムチャみたいな存在だ。
 おまえなら感染して病気になっても惜しくないから、悟空を運べって感じだ。

 テコンドーの無念を受け取った足と、ムエタイの憤慨を引き継いだ拳が、向かい合う。
 ただならぬ殺気に試合開始前から審判も汗を流している。
 この勝負、どちらが負けようが、無事にはすまない雰囲気が漂っている。
 両者ノックダウンの予感だ。だって、ムエタイとテコンドーだもん。

「開始(はじ)めいッ」

『君川が仕掛けたッッ』


 合図と同時に、君川が飛び出し、右のローキックを放つ。
 テコンドーを沈めた必殺の一撃だ。
 続けて左のロー! 二発ともクリーンヒット、肉を打つ音が会場に響く。

 君川は30キロの体重差をものともせず、真正面からぶつかる。
 両足を打って動きを止め、胸に右拳を叩き込んだ。
 これは心臓への一撃だろうか。顔に血管を浮かせて、工藤の動きが一瞬止まった。
 そこへ、打ち下ろしの廻し蹴りが炸裂する。

『工藤の巨体が大ォ〜〜きく傾いたァァッ』

 とっさに片手でガードしていた。していなければ、決まっていただろう。
 一発も攻撃を出さないうちから工藤は口で呼吸をして、汗をかいている。
 かなりダメージを受けたようだ。

『これが空手の連撃だァ―――ッッ』

 チャンスを逃さず君川が連打を放つ。
 だが、一方的に打たれながらも工藤は逆転のチャンスを狙っていた。
 防御に使用するのは左手のみ。右手は反撃のため、いつでも攻撃でき体勢にある。
 見る眼のある観客(この人は いちおう主人公)は、この逆転への布陣に気がついているようだ。
 そして、闘っている君川も気がついていた。

(そろそろ出させてやろう……)
(先刻から温存していた――――)
(右拳ッッ)


 君川はかなりの戦術家のようだ。
 開始直後にみせたローからの組み立ては見事な作戦だった。
 そして、今度は敵の奇襲を逆手に取ろうとしている。
 反撃の一撃を狙っている敵は、攻撃のチャンスという誘惑に勝てない。
 罠を仕掛けた人は、罠に相手がはまって欲しいという願望を持ってしまい、冷静な判断ができなくなるのだ。
 そして、そこにスキが生まれる。
 好きな漫画がアニメ化するといわれると、つい信じてしまう心情も同じだ。好きな雑誌が休刊するといわれても信じたくない心情も同じだった。

 一撃で逆転できる攻撃力を持つ工藤は、スキをみつけて右を打ち込みたいはずだ。
 現に右手は防御に使わず温存している。

 そこまで読んだ君川は、あえて左にスキを作る。
 吸い寄せられるように、工藤の右拳が動く。
 そこで、両腕を組み合わせた万全の防御に転じる。重量級の一撃でも完璧に受け止める構えだ。
 そして、切り札を失った瞬間に生じる心の空白に蹴りこむつもりだろう。
 アゴをウメボシ状にして、君川は力を込める。
 ……………。

(こない?)
(こない!?)
(こないッッ)


(フェイント!!!)


 来たのは、右ではなく左だった!
 策士、策におぼれる。
 敵を罠にはめたいと言う願望を持っていたのは、君川のほうだった。
 右を警戒するあまり、左に対する防御はがら空きだった。

 構えにスキがあるだけではない。
 フェイントと気がついていても、体が対応していない。
 心のスキをつかれたため、体が動いていないのだ。
 表情も、驚愕すらできていない。

 工藤の左掌底が君川のこめかみを打った。
 脳がパンチングボールのように左右にゆれまくる。
 これぞ、まさしく

(脳――――――――)
(震―――――)
(盪!)


 脳が震(ふる)えて、意識が盪(とろ)ける。
 最後の「脳震盪(のうしんとう)は消え行く君川の意識だろうか。
 技名だと誤解しそうな表現だった。
 どちらにしても、ここまで脳をかき混ぜられて立っていられる人間はいない。

「一本ッッ」

 主審が、工藤の勝利をつげる。
 重厚なる工藤建介が無言の一撃勝利だ。
 敵の攻撃を受けきる頑丈さと、敵の誘いにのらない慎重さをもった超重量級選手だった。

 防御に使用していた左手の攻撃だから、それほど勢いをつけることは無かっただろう。
 しかし、それでも一撃で相手を倒した。
 左でこの威力だ。恐るべき破壊力を持っている。

 この男が、長田の対戦相手となる。
 お互いに重量級で、タフさが売りだ。
 そして、投げと打撃の違いはあるが、一撃勝利と言う共通点もある。
 プロレスラー・長田弘 vs. 北辰会館・工藤健介は似た者同士の戦いとなりそうだ。

 互いの攻撃力と防御力を競い合う、ノーガード殴り合いの戦いになるかもしれない。
 そうなると、筋肉だけでは防御できない関節技を持つ長田が有利だろうか。


 次の試合は、志誠館・片岡輝夫 vs. 北辰会館・門田賢次となる。
 またもや空手対決だが、今度は他流対決だ。
 身体を極限まで鍛え、全身を凶器に変える志誠館の片岡輝夫は、注目度が高い。
 一回戦は、相手の蹴りを額で受けて逆に破壊した。
 今度こそ、攻撃が出るのだろうか?
 出すとしたら、防御した腕が折れるような攻撃になりそうだ。

 そして、今のところ沈黙を守っている松尾象山の存在も気になる。
 あの人は、ひどいケガの出る試合ほど介入しそうな感じがする。
 嵐の前の静けさが逆にこわい。
 そして、今回もセリフが無かった丹波の静けさはいつまで続くのだろう。
by とら


2005年3月22日(8号)
餓狼伝 Vol.143

 二回戦は期待の試合が目白押しだ!
 二回戦の第三試合は、他流の空手対決になる。
 大会主催者側である北辰会館空手と、外部参加の志誠館空手が拳を交える。

 餓狼伝の世界では、北辰会館が世界でもっとも有名な空手の流派だ。門下生もイチバン多い。
 そのため門下生はバラエティーに富んでいる。一撃にかける選手や、多彩なコンビネーションを得意とする選手、柔道出身の選手もいる。
 今回は国内大会なのだが、外国支部の選手も二人参加しているぐらいだ。
 これから試合をする門田は、一回戦を一撃で終わらせた。つまり、速攻の一撃必殺タイプだろう。
 開始と同時に、フルスロットをかけそうな感じだ。

 対する志誠館は、知名度はあまり高くないらしい。
 ただ、常軌をいっした荒行で同じ空手家たちには恐れられている。
 砂袋を叩き、土管を破壊する。全身を凶器とする狂気の集団だ。
 こういう団体だから、選手は全体的に一撃必殺の使い手になるだろう。

 つまり、この試合は両者の闘い方が似ている。
 共に一撃を狙う者どうしだ。短期決戦になる可能性が高い。

 ヒゲ&メガネのジャーナリスト引木が、北辰会館の門田にたずねる。
 志誠館ほどの荒行をしてきたのか? と。
 答えは、否。砂袋などを叩いたりはしない。

「逆にボクのほうから」
「片岡選手に問いたい」
「朝 ボクほどの距離を走っているのか?
 ボクほどのダッシュをこなしているのか
 ボクほどの人数とスパーリングしているのか?」
「ボクほどの栄養管理は?」


 鍛錬の方向性が違うだけで、質と量は同じぐらいのようだ。
 門田は徹底的に近代的なトレーニングを取り入れている。
 走りこみやスパーリングはボクシングなどと同じく、スポーツ的な練習方法だ。
 対して、ひたすら打ち込みをする片岡の練習方法は、どちらかというと古流の武術だろうか。

 流派や練習方法にも、人それぞれに向き不向きがある。
 門田は近代的なトレーニングが合っていて、片岡は古流の鍛錬が合っていたのだろう。
 練習熱心と言う共通点をはさんで、ふたりは対極にいる。

 門田は古豪と呼ばれる。
 つまり、経験を豊かなベテランだ。見た目よりも若くないのだろう。
 年をとると体力が落ちる。これは仕方がない。原作の丹波も悩む。
 そういう衰えとも戦いながら、体を鍛え、技術を磨き、食事にも気をつける。

 涙ぐましい努力だ。地味なだけに、持続させるのは大変だろう。
 同年代の友人がビール飲んでいる中で、プロテイン入りの低脂肪牛乳を飲んでいたりしていそうだ。
 しかし、門田はそういう苦労をことさら表には出さない。

「この大会はくぐり抜けてきた苦痛を競うものではありません―――――」
「ひょっとしたら………………」
「どれほど空手を楽しんでいるかを競っているのかも……」


 うおおおおっ、めッちゃイイこと言いますな。
 そうだね、苦しいだけだったら続かない。楽しまなくちゃ。サイト運営だって楽しくないと続きません。
 トレーニングするのも空手が楽しいから。栄養管理をするのも、長く空手を楽しみたいから。
 さりげなく、空手バカ一代だ。


 自分のほうが空手を楽しんでいるから。
 自分のほうが空手が好きだから。
 だから、自分が勝つ。
 門田には必勝の自信があった。自分を信じ、空手を愛する男の揺るぎのない自信だ。


 片岡は試合前だと言うのに拳を壁に打ちつけていた。
 困ったことに、打ちつけていないと不安らしい。
 絶え間なく様々なものに打ちつけている拳は、手の甲全体が角質化する。
 たぶんカニの甲羅のような感じだ。

 指は太く丸くなり、膨れ上がった甲とあわせて赤ン坊の手のように見える。
 まるで140話に登場した松尾象山の拳のようだ。
 尋常ならざる鍛えかたをして造られた赤ン坊の手だ。

「こんなのは普通じゃない」
「この不自然な拳を維持するためには」
「数時間おきに叩かなければいけない」


 数時間おきと言うことは、寝る直前に叩いて、起きた直後に叩くのか。
 おはようから、おやすみまで暮らしを見つめる拳だ。
 食事の間隔よりも多く叩き続けなくては、拳を維持できない。
 門田に負けずとも劣らない執念だ。

 マラソンの高橋尚子選手は、上腕の太さで自分のベスト体重を確認するらしい。
 片岡にとって自分のベストを確認する部位が拳なのだ。
 異形の拳を保つのは大変だ。大変なだけに、保てていることは自分がベストである証拠になる。
 自分の拳を確認することが、片岡に安心を与える。同時に自信も与えているのだろう。

「どちらが空手を楽しんでいるのかという門田選手のお言葉………」
「仰る通りだと―――
 実感します」
「叩き続ける限り わたしは楽しい!!!」

 ここにも空手バカ一代が存在した!
 片岡も苦痛に耐えるだけの空手をしているのではなかった。
 先にある喜びを知っているから、苦痛に耐えられる。

 この二人は強い。絶対に強い。
 どこまで強くなっても満足しない連中だ。楽しいから空手がやめられないのだ。
 脳が空手脳になっているに違いない。
 空手バカが二人。どっちが空手を楽しんでいるのか。それを競うのだ。


 片岡輝夫(志誠館 182cm 95kg)

 門田賢次(北辰会館 186cm 94kg)



 体格もほぼ互角だ。
 あとは二人の空手に対する思いの量で決まる。

 二人とも空手を楽しみ、練習を続けていた。
 方法は異なっているが、目的と目指す先は同じかもしれない。
 二人の空手バカが、ここで雌雄を決するのだ。

 試合開始、……直後に門田のハイキックが片岡の顔にメリ込む。
 これは門田が一回戦で勝ちを得たパターンと同じだ。
 今度も一撃勝利か!?

 だが、片岡は相手の蹴りを額で受けて粉砕した男だ。
 当たっている場所が頬から鼻にかけてなので、ダメージは受けているだろう。
 しかし、蹴り一発で倒れるとも思えない。

 試合開始時、片岡のガードは低かった。
 サウスポースタイルで右手を前に伸ばしている。左手はヘソふきんに置いている。
 右手がジャマで、懐に入りにくい。
 しかし、蹴りなら届きそうだ。オマケに顔面がガラ空きになっている。
 左のハイキックを打ってくれといわんばかりの構えだ。

 そして、実際に左ハイキックがとんでいる。
 この展開は片岡の狙い通りなのではないだろうか。
 と、なると蹴りが当たったのも罠だ。
 下馬評どおり、片岡の有利は揺るがなさそうだ。

 本格始動になってから、熱い攻防がつづく。
 今度の試合も白熱している。短期決戦の二人だけに、次回には決着だろう。
 次回こそ、鍛え抜かれた"普通ではない"片岡の拳が炸裂か!?
by とら


2005年4月12日(9号)
餓狼伝 Vol.144

 どっちがより空手バカか勝負じゃぁ〜〜〜!
 古流空手バカ片岡と近代空手バカ門田が、空手ラブ度をかけて勝負する。
 練習の質と量には、ふたりとも自信がある。どちらも空手を愛し楽しむ者だ。
 高密度の空手が一気に燃え上がる。

 開始と同時に門田が突っ込む。
 一飛びで間合いにはいり、すでに蹴りの体勢だ。
 軌道は下段か。ローキックを警戒した片岡だったが、攻撃は上段回し蹴りだった。

 前回ラストで、片岡は鼻面に蹴りを受けていた。
 あまりに簡単に打たれたので、逆に罠ではないかと疑っていた。
 しかし、これは門田の巧妙なフェイントによる有効打だったのだ。

 門田の闘い方は、トレーニング方法から考えて近代空手の物だろう。
 近代空手には、地味だけどこわい技術・ローキックがある。
 バットもへし折る威力をもつ有効な打撃だ。

 相手の足にダメージを与えるローキックは、近代的な技だと夢枕獏先生の著書にある(たしか「本朝無双格闘家列伝」より)。
 これは試合で有効な技術だったので、近代まで発達しなかったのだろう。
 私が極真空手を習っていたころ、昔の人は下段なんて蹴らずに金的を蹴って相手を止めたと指導員の先生に教わった。
 試合では金的が蹴れなくなったから、足を蹴るのだ。
 空手の歴史は金的と共にあるのかもしれない。もしかすると。

 近代空手と闘うにあたり、片岡には「ローキックに注意」という意識があったのだろう。
 その警戒を逆手にとり、下段から変化させて上段を打つ。
 速戦の門田らしい、思い切った奇襲だ。

(不覚……!!!)

 だが、片岡は倒れなかった。
 まともに鼻に蹴りを受けてボタボタ鼻血を出しながらも、踏みとどまる。
 これは痛いだろう。ものすごく痛いはずだ。痛みになれていたって、痛いものは痛い。
 顔中に血管浮かせて片岡が歯を食いしばっている。

 フェイントを使った相手を責めずに、自分を責める。
 痛みを耐えながら、油断した己を恥じるところが武士っぽい。
 不覚という言葉づかいも武士っぽい。普通、こういう場面で出てこないぞ。
 さすが現代の武士(もののふ)だ。

(スピード……
 タイミング……
 パワー………
 共に申し分のない
 会心の一撃だった……ッッ)


 蹴った門田も相手のタフネスに驚愕していた。
 不吉な一筋の汗がほほを流れる。
 片岡は肉体にダメージを受けたが、門田の精神にダメージを与えたようだ。

 試合中に自信を失うのは危険だ。
 ジョジョ二部でいえば神砂嵐をやぶられたワムウ状態だ。
 はやく心のスイッチを切りかえねばならない。

 一方、不気味な打たれ強さをみせた片岡に、記者・引木の記憶がよみがえる。
 なに――――、知っておるのか引木!?
 イブニングに移籍してから、解説王の座は梶原から引木へ移ってしまったようだ。

 今週のトリビア――――――
 志誠館では、巨大なスイカほどもあるコテコテに固まった砂袋を顔面に叩きつけている!!

 ハヒィ、ハヒィ、ハヒィ、ハヒィ、ハヒィ、ハヒィ、ハヒィ、ハヒィ、ハヒィ、ハヒィ…
 痛い。

 それはおかしい、絶対に練習方法を間違っている、気がする。だって、普通に重傷負うよ、それ。
 だがしかし、これで重傷を負わないようになれば、不死身の肉体になるのか?

「当たる瞬間に……… 当たる部分へ………
 全神経を集中するなら 決して倒れない」
「それが志誠館の主張だ………」


 ようするに、攻撃を受ける瞬間に覚悟をきめて衝撃に耐えるということなのだろう。
 アゴを引いて首の筋肉をかためれば、脳への衝撃も吸収できるというウワサだ。
 プロレスラーのような鍛えかたをしている。
 でも、プロレスラーにはお客さんがいなければ、痛くて耐えられないという選手もいる。まさにプロ根性だ。
 しかし、志誠館の人は誰に見てもらうわけでもないだろう。
 彼らは、なんのために痛みに耐えるのか?

 普通の武術であれば、打撃を受けないように工夫するものだ。
 しかし、志誠館はちょっと違うらしい。

 負けるときは闘わない。それは人間として、間違っていない。理性的な行動だ。
 でも、負けるとわかっていても闘わなくてはならないときもある。
 現代日本じゃそういうことは無いかもしれないが、江戸時代なんかには時々あっただろう。
「シグルイ」とか隆慶一郎「柳生非情剣」とかの世界だ。
 武士たるもの、死してなお勝つ方法を探さねばならぬ。

 人質をとられて無抵抗に殴られなくてはならない時がある、かもしれない。
 もし、そうなった時にどうするのか?
 自分は手を出さずに勝つことができるのか?
 そういう万が一まで考えて狂気の修行をしていそうだ。

「戦場で銃を持った相手に、素手でどう立ち向かいますか?」
「どうにもできません」
「それは拳が弱いんだッ!」
(板垣恵介「激闘 達人烈伝」より抜粋)
 そういう世界なのだ。

 片岡は空手好きだ。
 しかし、それ以外にも片岡が苦痛に耐える何かがあるのかもしれない。
 簡単に人には言えない、守るべきものがあるのかもしれない。
 いつか来るかもしれない、その時のために片岡は狂気の修行を続けているのだろうか?


 ちょっと、志誠館の狂気に魅入られているうちに、門田が立ち直っていた。
 どうやって折れかけた心を戻したのだろう。
 ホームラン打たれた直後の野球少年なんかの参考になるので、教えて欲しかった。
 仕事でポカしたサラリーマンの参考にもなるし。

 こういう気持ちの切り替えは、ベテランの経験が物をいうのだろう。
 スポーツの優勝争いでも優勝経験者がいると、精神的に落ちつくという。
 古豪の呼び名はダテではない。

 長き空手への思いをこめ、門田が必殺の蹴りを放つ。
 天をつく右足、カカト落としだ!

 もとはテコンドーの技であり、アンディ・フグ選手が得意とした必殺技だ。
 おそらく門田の隠し技なのだろう。
 ローキックやカカト落としなど、多彩な技を持っている。門田の空手に傾けた情熱が感じられる

 だが、門田のカカト落としなどお構いなく、片岡は突進する。
 片岡が攻撃に使用する部位は左手の親指だ
 そして、目標は喉仏ッ!
 少林寺拳法ならば「刃牙」で三崎健吾が使った仏骨だ。
 容赦のない攻撃で、親指の根元までノドにめりこんでいる。
 これだけで、じゅうぶん必殺だ。

 だが、メインディッシュはこれからだった。
 休み無く叩きつづけ鍛えつづけた"普通ではない"拳がついに解禁された。

 ドコッ
 ザキッ


 ただひたすら まっすぐな、片岡の中段正拳突きがきまった。
 喰らった門田の胸が陥没している。なんという威力だ。

「ほう……」
「今どきまっすぐな空手を……」


 グローブをつけた顔面アリの試合でありながら、中段を狙う。
 観客席の老人も感心する空手らしい空手だった。
 キックもどきの空手が横行する昨今 気持ちのいいくらい正統派(クラシック)な空手じゃな。
 ところで、この老人は誰だ?

「いっぽんッ」

 普通じゃない拳で放った初歩の技・中段突き。その一撃で片岡が激勝した。
 あまりにまっとうすぎる空手に涼二も興奮している。
 そして、丹波は今回も動かずしゃべらない。置物のように動かない。
 それでいいのか、丹波? このままじゃ、あんた尿だけの人だ。


 片岡の正拳もすごかったけど、直前の親指による秘中突きもすごい。
 なにがすごいって気管がつぶれるような危険な攻撃をしても反則にならないルールがすごい。
 この大会って、本当になんでもアリなのか?
 噛みついても、そのまま試合続行しそうでこわい。

 でも、開始前に攻撃したドルゴスは注意を受けていた。
 目潰しをした安原は、反則とナレータに言われていた。
 やっぱり反則はちゃんとあるのだ。
 つまりノドヘの攻撃はちゃんと許されているらしい。
 ムチャな大会だなー。

 相手をつかむためのオープンフィンガーグローブだと思っていたが、それを指技に応用する発想がすごい。
 142話では掌底を使っていたし、手首と足首から先の使用法に特色がある空手に向いている。
 こうなると、今後も特殊な握りが登場しそうだ。


 片岡と門田の「どっちが空手を楽しんでいるか対決」は片岡の勝ちだった。
 門田は「空手」そのものというより、試合が好きだったのかも知れない。
 カカト落としなど空手以外の技も取り入れている。
 新しい技術を導入するのは、技の発展に欠かせないものだ。
 しかし、ちょっと空手に対して浮気をしてしまったのかもしれない。

 片岡は狂おしいほどに空手一筋だ。
 空手そのものに対する思いの深さが、勝利を呼び込んだのだろうか。

 片岡の次の対戦相手は、鞍馬か安原だ。
 このふたりは片岡にとって天敵だろう。
 クセ者で、フェイントもよく使う。
 鞍馬なんてはじめてリングに上がった柔道家にすらフェイントつかうぐらい容赦がない。

 今回、片岡はフェイントを入れた蹴りに不覚をとった。
 やはり、お武家さんには相手の裏の裏を読む商売ごとは向いていないのかもしれない。
 まっすぐすぎる性格ゆえの弱点だ。

 次回からは、クセ物の鞍馬と安原がぶつかる。
 おそらく今大会でもっともハデな闘いだ。
 試合やスタイル言動もハデだが、女性関係もハデだ。

 携帯ごしでしか彼女の姿が確認できないバーチャル鞍馬と、リングサイドにまで女連れ込むリアル安原の直接対決だ。
 真のモテモテはどっちだ!?
 どちらが空手を楽しんでいるか対決から、どっちがモテモテか対決へ!?
 空手モテモテ伝説がはじまる!
by とら


2005年4月26日(10号)
餓狼伝 Vol.145

 本当に餓狼モテモテ伝がはじまっちゃった〜〜〜!
バキ」の影響がこんなところにまで及んだのか?

 そして、餓狼伝PS2でゲーム化!
 グラップラー刃牙に加藤は呼ばれなかったが、梶原はどうか!?(人数少ないから、たぶん大丈夫)
 とりあえず、話を最初にもどす。

 安原は試合前のウォームアップをしていた。
 はげしくパンチやキックを繰り出していく。
 ちょっとハリキリすぎかと心配だが、汗はかいていない。安原には準備運動にすぎないようだ。
 アスリートの体力は常人とは比較にならないらしい。

「なんか…」
「修学旅行の前夜ってカオだよ」


 安原の彼女はそう評した。
 いつも身近にいる彼女がいうのだから、はしゃいでいるのだろう。
 さらに安原は加速する。天をつくようなヒザ蹴りを出し、左拳を出す。
 やうやく体があたたまったのか汗も出てきた。

「一回やってみたかったンだよな」
「プロレスと」
「デカくて」
「カッコよくて」
「インチキで」


 どうも安原はプロレスラーは弱い説を信じているようだ。
 プロレスラーといってもいろいろな人がいる。強い人もいれば、弱い人もいる。
 だが、この大会に出場している長田や鞍馬は、まちがいなく強い。
 いままでの試合を見ていればわかるはずだ。安原は相手をなめているのだろうか?

 安原が試合を見ていなかったり、相手をなめて油断しているとは思えない。
 この発言には、それなりの理由がありそうだ。
 自分の鼓舞するために、こういう発言をしているのだろうか?

「でもさ……」
「カッコイイよね」
「あのヒト……」


 来たッ! 餓狼モテモテ伝説の始まりだッ!
 今年七月、PS2にて恋愛格闘シミュレーションゲーム「餓狼伝」も発売決定だ!
 ここから餓狼伝はラブラブモードで特攻するのであった。

 彼女の発言を聞いても、安原は怒らなかった。
 むしろ、自分が負けたら鞍馬に紹介するとまでいう。
 それを聞いて素で彼女はよろこぶ。
 よろこんじゃうのか? かなり困った人を彼女にしているようで。
 ここまでされたら、安原だって怒る。

「ちゃんと―――――」
「アイツに抱かれるように……」
「ダンドってやる」


 段取るのかよ、紳士かよ。
 セリフだけは、そういう事をいいながら、安原はハイキックの寸止めで彼女をビビらせたりする。
 さらに足指でほほを引っ張ったり、鼻をつまんだりもする。
 驚愕の足技だ!
 そういえば安原って黒いし、すぐ怒るし、烈海王の遠い親戚なのかもしれない。

 プロレスに対する発言などをみていると、安原は自分を追い込んでいるように見える。
 負けたら最悪という状況をつくって、精神的な背水の陣をとっているのかもしれない。

 闘うときは不安があるものだ。緊張して萎縮すと実力が発揮できなくなる。
 だから自分が勝つ姿をイメージしたり、練習を重ねて自信をつけたりして、精神面の動揺を抑える。
 安原は逆に自分を追い込むことで、開き直ろうとしているのだろうか。

 安原はタイでランキング入りしている選手だ。
 異国の地でさまざまなプレッシャーをはねのけ勝利するために、この集中法を編み出したのかもしれない。
 自分を追いこみ、勝つしかないところまで行く。
 絶対に負けられない状況で、勝利をつかむ。それが安原流か。
 でも、あの彼女は負けたくない要素としてはどうか?
 賞品「松本梢江」よりはマシかもしれないけど。


 そして知らないうちに餓狼モテモテ王国の住人になっていた、オンナスキー鞍馬彦一が登場する。
 鞍馬彦一は、あれでモテモテらしい。餓狼伝の七不思議だ。
 モテモテはともかく、前回優勝者である立脇如水をぶちのめし勝利した実力者だ。
 餓狼伝・二大巨頭のひとりであるグレート巽の秘蔵っ子であり、偉大なる空手のシロウトだ。
 白帯をテキトーに締めているのは、巽の指示だろうか。北辰会館をコケにしろと言われていそうだ。
 もちろん恨みを買うのは鞍馬本人というところに巽の恐ろしさがある。

 試合場の下から一瞬も眼をそらさず、安原は鞍馬をにらんでいた。
 視線を外したのは、彼女にキスマークを催促する一瞬のみだ。
 例によって、ほほにキスマークをつけ安原がリングへ上がる。
 この行為も己を追い込むためのものかもしれない。

「あそこにいる」
「あのオンナ」
「オレに勝ったらくれてやるよ」


 安原がさらに自分を追いこむ。
 弓矢を限界まで引きしぼるように、自分への負荷を高めていく。
 もしかしたら、安原のトランクスは敗北した瞬間に自爆するように細工されているのかもしれない。
 自分を限界まで追いこむ。ある意味では安原もプロレスラーだ。

 ナオンを紹介すると言われちゃ、オンナスキーは黙っちゃいない。
 あわてて、安原の背後を確認する。
 で、すごくいい笑顔になった。
 光こぼれるような、満面の笑みじゃのう。
 よっぽどうれしいようじゃ。

「べつにさァ……」
「俺が勝たんでも」
「あの娘 君のモノじゃないみたい」


 不遜なセリフをはかせたら餓狼伝随一といわれる鞍馬だけに、さっそくの暴言だ。
 安原のひたいがシワだらけに歪んでいく。
 噴火寸前の怒りマックス状態だ。尻に火がついたような状態ともいえる。パンツが爆ぜるのも時間の問題か?
 これは開始と同時に炎の連打が飛び出すだろう。
 待て、次号ッ!


 そして、「急報! 今年7月、PS2にてリアル格闘ゲーム「餓狼伝」発売! 詳細は次号より続々お伝えします。(編集部)」だそうだ。
 グラップラー刃牙のゲームを考えるに、メーカーは大事だよね。
 原作に対する愛があっても、なんか違うものができることもあるのだ。

 路上と試合で闘いの機微が変わったりするといいなぁ。
 あと、真っ暗な中で闘う泣き虫(クライベイビー)サクラ方式も再現して欲しい。
 いろいろあるけど、かなり楽しみらしい。


 少し、次回の展開予想を書く。
 安原は正面から攻めつつ、奇襲を混ぜる男だ。
 鞍馬は奇襲をして一気に優位をとる男だ。
 つまり、奇襲を制したものが試合を制す。
 どちらが、より相手の不意をつけるかがポイントとなる。

 序盤は安原がラッシュで押すだろう。
 だが、鞍馬は黒の空手家・久我重明の攻撃で壊れなかった実績がある。
 軽量の安原は、正面から攻めるだけでは鞍馬をしとめることができないだろう。
 やはり、勝利の鍵は奇襲にある。

 気になるポイントはもうひとつある。
 思いもよらぬところからモテモテ対決へと変化している点だ。
 モテモテなら、姫川勉の独壇場といえる。
 闘っている最中に、安原の彼女は姫川と肩をくんで去っていく展開もあるかもしれない。
 そう、安原はふられて、そのスキをつかれて奇襲に倒れるのだ。
 やはり、安原のほうに不安要素が多い気がする。
 鞍馬のスキを作るのなら、ヤツの携帯電話を人質にとるぐらいしか無いのだろうか。
by とら


2005年5月10日(11号)
餓狼伝 Vol.146

 最強の白帯対決だ。
 キックの安原 vs. プロレスの鞍馬というイケメン対決がついにはじまる。
 いつの間にか、安原の彼女が賞品になっていて、両者とも負けられない。

 安原ばかりが賭けているのは不公平だから、鞍馬もなにか賭けたほうがいいと思う。
 たとえば、命の次に大事にしていているモノだ。
 そう、常にパンツの中に入れている携帯電話だ。
 もっとも、パンツの中に入っていたモノをもらってもイヤだろうな。

 マジメな話をすると、鞍馬は負けると師のグレート巽からお仕置きを受けるだろう。
 最低でも睾丸をひとつぐらいは失うはずだ。過去に梶原がつぶされた(5巻 29話)。
 そのとき、グレート巽は手応えから梶原のダメージを読みきっている。
 つまり、つぶし慣れているのだ。
 その道のプロというか、エキスパートだ。

 もしかしたら、これがFAWの公式制裁方法なのかも知れない。
 入門時の免責事項はちゃんと読まないとダメってことだ。

 きっと鞍馬のモノもやさしくメメタァっとやってくれるだろう。
 ちなみに「メメタァ」というのは打たれた右の睾丸は無事だが、そのとなりの左の睾丸がつぶれた音です。

 その後、松尾象山との約束が待っている。
 いわく「途中で負けてみやがれ‥‥」「コロす」だ。
 松尾象山のことだから、完璧すぎるぐらいに実行してくれるだろう。
 さりげなく、鞍馬ヒコイチ崖っぷちだ。

 なお、このセリフはコミックスでは「殺されたくなきゃよ」「上がってこい」と変更されている。
 前のままだと、鞍馬は負けたら即死なので変更したのだろう。
 鞍馬延命のために軽い恫喝に変更したのだと思う。


 ぶつかりうずまく二人の闘気で審判も背景もゆがんで見える。
 試合開始直前に、女をめぐる因縁の闘いになっているのだ。テンションも通常より高いのだろう。
 安原の彼女は、この展開にとまどっているようだ。
 私ってモテモテだし〜という態度を見せていたら高感度が下がるので(読者として)、これはこれで良し。

 ひとりの女を取りあうと、普通はこうなるよな。
 やっぱりバキが異常なんだろう。
 プロポーズをしたあとに、なんで全然関係のない人と闘うのか理解できない。
 ギャルゲーを発売日に買って、家に帰ったら封もあけずに途中で挫折したRPGを再開するようなものだ。
 カレーじゃないんだから、置いといても美味くならんぞ。

 安原健次 (キック 176cm・71kg)
 鞍馬彦一 (プロレスリング 185cm・105kg)


 この対決は、職業格闘士(プロ)同士の対決だ。
 ただ勝つだけではなく、魅せて勝つ。二人ともハデに闘い、ハデに勝つ。
 今までの闘いとは少しちがった展開になりそうだ。

「教えてやるよ」
「打撃のイロハ」


 開始前でありながら、安原が鞍馬の胸にパンチを軽く当てた。
 キックで鍛えた打撃技術だ。安原には自信があるのだろう。
 安原から見れば、鞍馬など打撃の素人だ。初歩の「いろは」も知らないだろうと高をくくっている。
 だが、鞍馬は暗黒空手の使い手である久我重明から教えを受けている(正確にはボコられた)。
「いろは」どころか、終わりの「ゑひもせすん」まで知ってしまった感じだ。
 もはや打撃では「酔ひもせず」(脳が揺れない)状態かもしれない。

 もっとも、安原は鞍馬の実力をワカった上で挑発しているのだろう。
 鞍馬は全大会王者に奇襲とはいえ打撃でKO寸前まで追いつめた実績がある(123話)。
 安原もこの試合を見ていただろうから、鞍馬をシロウトだ思っていないはずだ。

 これは鞍馬を自分のペースに巻き込み、乱打戦に持ち込もうという作戦かもしれない。
 体格差もあるし、不得意な組み技に持ち込まれたらすごく不利だ。
 なんとしても自分の得意分野である打撃戦に持ち込もうとしているのだろう。

 安原の挑発に対し、審判は注意をする。まあ当然だ。
 しかし、安原に反論されてしまう。

「館長怒ってるじゃないッスかァ」

 本当だ〜〜! ちょっと怒っているっぽいッ!
 ゴチャゴチャやってないで、さっさと試合をはじめたほうがいいのか?
 審判は全然悪くないのだけど、館長が怒っているならしょうがない。
 松尾象山が白といえば白だ。
 理不尽に思えるが、これが北辰会館のオキテなのだ。
 部外者の鞍馬だって逃れられないところが恐ろしい。
 審判は悪くないんだけど、大量に汗をながし、あわてて試合開始だ!

 安原はキックの構えで、両手を高く上げてアップライトに構える。
 対する鞍馬は半身に立つ。構えはとらない。
 半身になると敵にさらす体の面が減るので防御に適している。
 反面、後ろになる手は使いにくい。防御向きの体勢だ。
 それでも、構えていないのは相手をなめている。
 構えている安原より、構えていない鞍馬のほうが態度デカいようだ。

「技術とか…………」
「キャリア―――」

「それ以前に俺と君じゃ違うんだよ」
「数値が」


 余裕ぶっこきまくりの鞍馬彦一はノーガードで普通に歩きだした。
 まるで、「オマエ相手に構える必要なんて無い」と言わんばかりだ。
 数値が違うとは、体格の差だろうか。
 だいたいの格闘技は体重別になっている。体格の差は埋めがたい力の差になる。

 おそらく今大会で安原は最軽量だろう。
 相手の鞍馬は百キロを超える大型選手だ。体重は安原の約1.5倍ある。
 この体重差を跳ね返すのは並大抵ではない。

 しかし、安原は大会最重量のドルゴスを倒した男だ。
「その者、朝に青き龍をまといて金色のまわしをしめるべし」と予言されたモンゴル相撲の猛者を沈めた男なのだ。
 多少の体格差なんてものともしないッ!
 安原が渾身のローキックを放つ!

 だが、効いていない。止まらない。
 鞍馬のにやけた笑顔が変わらない。
 それどころか、鞍馬が逆襲の右拳を打ち込んだ。

 ものすごく、大雑把な攻撃だった。
 フックのようだが、ナナメ横から打ち下ろしているようにもみえる。
 子供が力まかせに殴っているような感じだ。技じゃなくて、力で攻撃している。

 安原は両手を使って必死のガードで耐える。
 だが、ガードしてもなおダメージがある。
 ガード不能の打撃力が、鞍馬の潜在能力なのか。
 安原の眼はゆれて、汗がふきだす。
 ヤバい。マジ ヤバい。視界がゆれていると、追撃をよけにくい。
 次の一撃、かわせるのか?

 鞍馬の上半身が動くのが見えた。
 体重ののった一撃がくる。
 瞬間、安原が左のジャブを三発打ちこんだ。
 この状況で、ものすごい反応だ。

 カエルのように動いている物に反射的に攻撃しているのかもしれない。
 キックの本場で鍛えた勝負カンだろう。
 過去に間違えて審判を殴ったこともありそうだ。
 なお、松尾象山にいつも振り回されているチョビヒゲの審判は、大会のどこかで選手に誤爆されると思う。
 板垣世界のヒゲ相学的に、あのヒゲは不幸を呼ぶヒゲだ。

 安原のジャブは鞍馬の顔面をとらえた。
 しかし、あばれ馬は止まらない。何事も無かったように、そのまま鞍馬がアッパーカットを打ちこむ。
 いや、アッパーじゃない。親指の付け根ふきんで打っている。
 これも、技じゃなくて、力の攻撃だ。
 打撃の「い」もワカっていない。
 もしかすると、安原にあてつけてメチャクチャな打撃をしているのか?

 想定の範囲外の攻撃だったが、安原はなんとかブロックする。
 だが、ブロックしていてもダメージがあった。棒立ちになって目はうつろだ。
 次の攻撃こそ、まともに喰らってしまうかもしれない。

「カラテなんか使っちゃダメ」

「肉体(カラダ)で勝負しなきゃ♥(はぁと)


 いうなり、鞍馬がドロップキックを仕掛けた。
 安原はこれもガードするが、力の差で思いっきり吹っ飛んでしまう。
 審判の目前を通りすぎ、場外へ。
 勝負アリが宣言されていないので、まだ安原に可能性は残っているが、これはきびしい。


 鞍馬のいう数値とは、身長や体重だけではなく、もっと単純な身体能力の数値だったようだ。
 鞍馬のパワーはモンゴル相撲よりもずっと上らしい。
 象を相手にしているようなものだ。こっちの攻撃はまるで効かないのに、向こうの攻撃は効きすぎる。
 技術を持ち出す以前の問題だ。なんか武器を持ってこないと。


 鞍馬からすると、この展開は持ち味をイカしたものだ。
 技術を競うとカウンターを取られたり、不意を突かれる可能性がある。
 技ではなく身体能力を競うことになれば、超一流の肉体を持つ鞍馬が圧倒的に有利だ。
 とぼけた顔しているが、鞍馬はは試合巧者だ。自分のペースで戦いを進めている。
 まあ、鞍馬も金玉とか命とかかかっているので必死にもなるさ。


 この試合の鍵は、安原の彼女が握っているかもしれない。
 彼女の心が動いたときこそ、試合が動くときだ。
 今のところ彼女は安原のことを心配しているようだ。
 彼女の応援が、安原に立ち上がる力を与えるかもしれない。
 逆に鞍馬の応援をしはじめたら、完全に終わりだ。

 むしろ、鞍馬の応援にグレート巽が出てこないことが気になる。
 過度のプレッシャーを与えるとミスをしやすいから控えているのだろうか?
by とら


2005年5月24日(12号)
餓狼伝 Vol.147

 鞍馬のドロップキックで安原は場外にブッ飛んだ。
 試合場の外に出たため、判定は「一本」ではなく「場外」となった。
 軽量だから、ダメージを受けるよりも吹っ飛んだのだろう。
 安原の体重がもっと重ければ、飛ばないかわり肉体が破壊されたかもしれない。
 まだ安原にはツキがある。

 それでも かなりの速度でイスや床に激突した。ダメージは深刻だ。
 戦闘不能になっていてもおかしくない。
 試合場にもどってくるが、息も絶え絶えでつらそうだ。

 アナウンサーによれば、鞍馬が前回使用した技はすべてプロレスの打撃だったらしい。
 ドロップキック以外は技じゃない気もする。ドロップキックだけの事を言っているのだろうか?
 どちらにしても、「肉体(カラダ)で勝負しなきゃ♥(はぁと)発言はウソで、技も使っていたらしい。

 ハイスペックな肉体を持ちながら、こういうセコい所が鞍馬彦一なのだ。
 光ファイバー100Mbpsを導入しても重いファイルはダウンロードしない人間かもしれない。
 強いくせにセコい。そして、携帯電話が大好き。圏外と電池切れが最大の敵だ。

「つくづく……」
「嘘がうめェ……」
「誰が見たってインチキの試合しときながら」
「実のところ…」
「鍛えるところはキッチリ鍛えてやがる」


 安原もただ吹っ飛ばされたワケではない。
 鞍馬彦一のダマしのテクニックを見破っていた。
 見かけにダマされてはいけない。小さくても携帯電話には最新技術がギッチリつまっているのだ。

 鞍馬ははじめてやった十種競技で新記録を連発したことがある。素質は申し分ない。
 その上、グレート巽の後継者となるべく七年間トレーニングした。
 鞍馬が徹底的に肉体を鍛えているというのは闇の空手家・久我重明も認めている。
 素質と努力を兼ね備えた男だ。身体能力だけなら大会選手の中で一番かもしれない。

 他の連中が普通の車なのに、鞍馬だけは最高級スポーツカーに乗っているようなものだ。
 そして、スポーツカーに乗っていても、あえて抜け道を走る男が鞍馬ヒコイチだ。
 とうぜん正攻法で正面から闘ったりしない。
 まず、相手の体を指さす。
 さした場所を殴る。
 さす。さした場所を殴る。

『予報ですッッ』
『打撃予報ですッッ』


 どこに来るかワカっていても、圧倒的な体力差に押されてしまう。
 球種を教えてから投げて打者を打ち取るごとき、力技だ。
 安原はガードをするのだが、それでもダメージがある。
 クリーンヒットを受けていないのだが安原の体には確実にダメージがたまっている。
 このままではジリ貧だ。

 だが、鞍馬のペースに巻き込まれているほうが、もっとマズい。
 指をさしても、本当にそこへ打撃が来るのかわからない。
 攻撃指定は一種のフェイントだ。
 相手の指定を見ちゃっている時点で、気持ちが受けに回っている。
 だから、先制攻撃も反撃もできていない。
 ここでは、相手のやることを気にせず攻撃したほういい。

 こういうふざけた戦いは鞍馬の得意分野だと思われる。
 相手をおちょくってペースを乱すのが、鞍馬の手段だ。
 安原が流れを取りもどすためには、得意とする乱打戦に持ち込んだほうがいいだろう。
 しかし、持ち込むための打撃がなかなか出せない状況だ。
 そうなると、奇襲殺法『71kgのテロリズム』を出すしかないのか。

 安原は鞍馬にいいように遊ばれている。
 今度は 安原の足に指をむけた。下段への攻撃か!?
 ローキックのモーションで鞍馬が踏みこむ。
 安原は足を上げ、受けの体勢をとった。やはり、鞍馬のペースに巻き込まれている。

 バッ

 安原が飛んだッ!

 鞍馬の攻撃はカラ振ったッッ!

 外れた鞍馬の攻撃は、軌道が下段ではない。下から上に蹴り上げている!
 意識を下に向けさせて、頭を狙う。セコいけど、基本的で有効な戦術である。
 目線まで下に向けているあたり、実に演技達者だ。

 安原はだまし技を読んでジャンプしたのか?
 それとも、直感なのか?
 鞍馬のペースから抜けたっかだけなのか?
 なんにしても、いいカンをしている。
 見事に裏の裏をかいた。

 普通にガードしていれば、頭に飛んできた蹴りだ。
 しかし、高いジャンプで回避した。
 軽量だから、すばやい動きと高いジャンプは得意なのだろう。
 そして、空中から奇襲をかける。
 71kgのテロリズム Part2 !

 バカッ

 安原の蹴りが鞍馬の口に当たった。
 前歯が飛び散り、鞍馬がくずれ落ちる。

『大逆転の二連蹴りィィィッッ』

 安原が吼えたッ!
 劣勢からの大逆転だ。油断しまくった鞍馬からダウンをうばった。
 だが「一本」の判定は出ていない。戦いはまだつづく。油断は禁物だ。

 二連蹴りとアナウンスしているが、二回蹴った感じがあまり無い。
 速すぎて見えなかったのか? それとも数え方が違うのか。
 なんにしても、一瞬のスキをついて逆転の一撃を出す 安原のセンスがすごい。
 鞍馬のセコい攻撃も今回は不発だったようだ。


 ところで、歯を狙って蹴ったのだろうか。
 アゴを狙ったほうが脳震盪を狙えてよかったかもしれない。
 ジャンプしての反撃では、どこかを狙う余裕がなかったと思う。
 体力の差を考えると、ここで倒しきれなかったのは痛い。

 鞍馬の前歯は久我さんに折られた。折られた後で空手技を覚えている。
 そういう意味では、縁起のいいダメージかもしれない。
 このあたりで鞍馬の携帯電話が鳴ってパワーアップするかもしれない。
 鞍馬彦一という生物は、携帯電話の着信音がする限りなんどでも立ち上がるのだ。

 不死身のタフネスをほこる鞍馬に対して、安原は人間並みの耐久力しか持っていないようだ。
 最終的に体力の削り合いになると、やっぱり安原に不利だ。
 グレート巽に闘魂注入してもらった鞍馬に勝つのはむずかしい。

 裏の闘いである「安原の彼女争奪戦」も さりげなく進行中だ。
 彼女は、今のところ安原を心配しているようだ。
 圧倒的体力を持ちながら小技にたよる鞍馬より、かっこよさでは安原だろう
 彼女に関しては、ちゃんと防衛できそうだ。
by とら


2005年6月14日(13号)
餓狼伝 Vol.148

 鞍馬がフッ飛んだ!
 安原が執念の二段蹴りで逆転した。
 軽量級だから一発の威力は低い。しかし、スピードと空中技は得意なのだろう。
 この攻撃で鞍馬の前歯は砕け散った。

 どうせ二回蹴って砕くなら玉のほうがよかったのに。それなら完璧に勝負アリだ。
 でも、玉は反則になるか。
 …………目玉ですよ? 念のため。

 だが、相手は 淫獣 狂獣・鞍馬彦一である。
 反動をつけてすぐに跳ね起きた。居合いの完成形とまではいかないが、素早い反応をしている。
 携帯電話の助け無しに起きたのは、鞍馬が成長した証だ。
 それとも常人には聞こえないだけで着信音が鳴っていたのか。

『事もなげ……ッッ』
『それがどうしたとでも言わんばかりだ 怪童 鞍馬彦一』


 立ち上がり相手を見くだすのが鞍馬彦一だ。
 歯は折れているけど、汗もかいていないしダメージも無さそうだ。
 しかし、「童」って年齢なのか?
 ナマイキな感じはたしかに童かもしれない。しかし、このアナウンサーはそこまで見抜いているというのか?
 さすが北辰会館だ。アナウンサーも恐るべき観察眼を備えている。

 口にたまった血を折れた歯といっしょにはきすて、鞍馬が笑った。
 そこには歯が無い。月の無い夜のようなポッカリとした闇が唇の間からのぞいている。悪魔の笑いだ。
 ふだんの鞍馬はバカ陽気をよそおっている。
 だが、この笑顔は真の凶暴性が浮き出てきている。狂気の笑いだ。

「やってくれちゃったね安原くん」

 鞍馬がきゅうに安原を「くん」づけで呼んだ。
 雰囲気がいままでとは違う。鞍馬がキレたのか!
 電波状態が悪くて携帯電話が途中で切れても、たぶん鞍馬はこういう表情をするのだろう。
 流血の予感がする。いや、すでに鞍馬が口から血を流しているんだけど。

 もう、鞍馬と安原の脳には女のことなど無いだろう。
 ただ相手を倒すという思想に染まっている。

 試合続行と同時に鞍馬がつッかけたッ!
 迎え撃つ安原も飛び出す。
 両者が激突するッ!

 バッ

『相


 両者がはげしく拳を打ちあう。
 鞍馬の変則的な攻撃に苦しんだ安原だが、まっとうな打撃戦では一枚上手だ。
 アゴにカウンターの一撃を決めていた。
 鞍馬の攻撃は安原の頭をかすめている。紙一重でかわして、一撃を決めたのだ。

 なんというカウンターだ。
 ほれぼれするような一撃であった。
 打たれた鞍馬も意識できないような切れる打撃だ。
 下アゴがいきなり消失したような意識の喪失がそこにある。

 そして、鞍馬のヒザがくずれる。
 脳からヒザに指令を伝えるべき神経が切れたような状態だ。意識はあっても、足がついていかない。
 鞍馬はなんとか踏みとどまるが、スキだらけだ。
 そこを逃さず安原の左ハイキックが決まった。

 このチャンスを逃さぬとばかりに、安原がたたみかける。
 炎のラッシュに会場から安原コールが沸きあがった。
 だが、その熱狂の中で静かに試合を見ている男がいた。
 広い肩幅につぶれた耳をもつ男―――――― グレート巽だ。

 餓狼伝における西の横綱である。松尾象山に対抗しうる唯一の男と目される男だ。
 実力も存在感も、間違いなく主人公より上に位置する。
 ちなみに、今週は主人公が一コマ出演しているので探して確認してあげましょう。

 ついにイブニングの誌面にグレート巽が登場した。
 知らない人が見たら、意味ありげなこの人を主人公だとカン違いするかもしれない。
 巽の弟子である鞍馬は現在進行形でピンチだ。
 しかし、巽が余裕をもって見ているということは、十分に勝機があるのだろう。

 鞍馬がピンチのときは違う表情を見せるはずだ。
 もちろん心配顔ではなく、「プロレスを代表しているのになにさらしとるんじゃ、ワレ」って感じで激怒する。
 グレート巽の頼もしい応援がある限り、鞍馬はあっさり負けたりしない。
 負けたらとても悲惨な罰ゲームが待っているはずだ。
 首相撲からくりだす怒涛のヒザラッシュを受けながら、鞍馬はチャンスを狙っていた。

 打撃戦は鞍馬よりも安原が得意とする分野だ。
 しかし、安原はヒザを叩きこむために鞍馬の首をつかんでしまった。
 この間合いなら打撃技から組み技にうつることが簡単にできる。
 鞍馬は一瞬のスキをついてヘッドロックをきめた。

「よォ〜〜〜…し」

 長いアゴを見せつけながらグレート巽が笑う。
 この体勢になれば、プロレスラーが圧倒的に優位だ。
 あとは、どうとでも料理ができる。

 顔を挟みこまれた安原は拳を鞍馬の顔面に叩きつけ、必死に抵抗する。
 だが、こんな状態で殴っても威力は無いだろう。
 単純な力の差もあり、安原には脱出不可能かもしれない。

「いくぜェ…」
「プロレス」


 かつて鞍馬は立脇をヘッドロックからブレンバスター(でも、垂直落下式DDTだよね。ゲームでもそういう技名だし)につないで倒している。
 安原も同じ運命をたどるのか?

 ギュウウウウウゥゥ

『フツウに締め上げたァァッッ』


 万力のような鞍馬のヘッドロックを喰らって、安原の顔がシワだらけになっている。
 頭蓋骨を砕かんばかりのパワーで、普通に締め上げている。
 これは「まいった」を言わせて心を折るつもりなのか!?

 立脇のときは、恥をさらして叩きつけた。
 安原にはじっくりとした拷問をする。
 鞍馬彦一という人間は天性のサドなのかもしれない。
 まあ、師匠がグレート巽だから、似ちゃったのかもしれないけど。


 やはり、鞍馬と安原では身体能力の差が大きいようだ。
 与えるダメージと受けるダメージが違いすぎる。
 安原は鞍馬の攻撃をガードしていてもダメージを受けていた。
 しかし、鞍馬は安原の攻撃をノーガードで受けてもさほどダメージがないように見える。
 ちょっと不公平な能力差だ。

 安原が勝つには、鞍馬のヒザをゆらしたカウンターをもう一度狙うしかないだろう。
 でも、現状のように組み付かれているとその可能性もゼロに近い。
 安原はこのまま敗北してしまうのか?

 ところで、鞍馬はまだヒザに力が入らないのだろうか。
 倒れないためにヘッドロックで必死にしがみついていたりして。
 余裕かまして逆襲された。本気を出すと見せてカウンターを受けた。
 なんか、今回の試合で鞍馬は細かいボロを出している。
 デビューして間もない経験不足ゆえの甘さだろうか。


 グレート巽が久しぶりに出てきた。
 この人は、いままでなにをしていたのだろう。そして、なんで出てきたのだろう。

 いままでナニをしていたのかはわからない。
 目立ちのが好きな人だから、リングサイドにいてもおかしく無いのに。
 松尾象山の大会だから(めずらしく)気を使って おとなしくしていたのだろうか。

 そして、鞍馬がピンチっぽいからあわてて出てきた。
 鞍馬はノーダメージで立ち上がったから試合続行だと主張している。
 でも「一本」をとられてもおかしくない状況だった。
 だいたい、歯が折れて出血しているのはダメージというのではないのか?

 立脇がほぼ同じ状況だったときは、鞍馬は一本だと思っていたみたいだし。
 己の意を通すのが格闘家だという。
 そういう意味では、鞍馬も立派なワガママ者だ。

 まあ、これで鞍馬が失格になったらこまるので、巽は出てきたのだろう。
 逆に敗北した鞍馬をあたたかくむかえようと考えていたのかもしれない。
 公衆の面前で鞍馬を張り飛ばして「プロレスラーの中では鞍馬は小物」とアピールしなくてはならない。
 労をねぎらったのちに、殴って会場の反対側までフッ飛ばすつもりだったのだろう。

 けっきょく、鞍馬ごときでは巽のワガママっぷりには勝てないと思う。
by とら


2005年6月28日(14号)
餓狼伝 Vol.149

 シンプルにしてディープッ!
 プロレス技の基本中の基本であるヘッドロックだ。
 単純な技ほど地味に痛いらしい。浦安鉄筋家族ではプロレス最痛の技は「つねり」だと言っていたが、ヘッドロックも痛いらしいぞ。

『プロレスラーのホントの本気ッッ』
『本気で締めるヘッドロックッッッ』
『痛くないハズがな〜〜いッッ』


 なにしろ安原の顔が変形している。
 もう少しがんばれば、エアコンの通風口から外に脱出できそうなぐらいだ。
 顔はゆがんでいるが、ほほのキスマークが崩れていないのはどういう奇跡だろう。
 安原の彼女をゲットしたいという鞍馬の執念が奇跡を起こしたのか!?
 今の鞍馬なら電池の切れた携帯電話でも着信することができるかもしれない。

 寝技をやりこんだ者の証であるつぶれた耳が写る。耳の持ち主はグレート巽だ。
 普通に座っていても背景にフェロモンを飛ばすあたりがカリスマたるゆえんだろう。
 なんか、イブニングに来てからアゴが今まで以上に伸びている気がする。
 気のせいだろうか。それとも角度のせいか?
 それとも巽はよろこぶとアゴが伸びる体質だったりして。

「フフ…」
「まるでアンドレじゃねェか……」

[ アンドレ・ザ・ジャイアント ]
[ 本名 ジーン・フェレ(仏)プロレスラー
 身長 2m20cm以上(一説に30cmに達していると言われている)
 体重 260kg以上 ]

[ アンドレが本気を出せば
 ヘッドロックだけで全レスラーからギブアップを奪えるとまで言われた ]

「大人が本気で締めるヘッドロック……」
「耐えられる小学生はいねェ」


 グレート巽が確信をもって断言する。
 独り言をつぶやいた瞬間に謎の空間からアンドレ解説が入るあたりダテじゃない。
 グレート巽クラスならセルフ解説が入ってくるのだ。
 おどろき役の涼二を必要とする主人公・丹波には、まだできない芸当だろう。

 鞍馬の体力と安原の体力には普通のプロレスラーとアンドレぐらいの差があるらしい。
 なんでもプロレスラーで説明しちゃうあたりが、グレート巽のくせなのだろうか。
 きっと重さも「1アンドレ」というように数えているのだろう。
 とにかく大会最軽量の安原は、単純な力くらべに持ち込まれると非常にマズい。

 ギリギリと安原は頭蓋骨を締めつけられる。しかし、ギブアップをしない。
 体力差は大人と小学生かもしれないが、心の強さは一般のプロレスラーよりも上だ。
 この状態からの脱出は不能に近い。どんなに痛みを耐えても希望は無いのだ。
 それでも安原は耐える。意地になって耐える。
 周囲よりも小さな体で、周囲の誰にも屈さなかったのが、安原なのだろう。

「一本ッッ」

 耐えに耐えて、安原は意識を失った。
 心は屈しなかったが、肉体には限界があるのだ。
 キックボクサーの意地を見せたが、安原は二回戦で脱落する。

 ギブアップを奪えなかったのがすこし悔しいのか、鞍馬が気絶した安原を投げすてた。
 勝利の表情も、あまり輝いていない。
 安原の攻撃をうけて危ない場面もあった。本当はもっと楽勝するつもりだったのだろう。

 鞍馬は、口内にたまった血を毒霧のように吹きだす。
 なんかパフォーマンスをやらないと気が晴れないのかもしれない。
 そんな鞍馬だったが、松尾象山は拍手を送るのだった。
 ちなみに鞍馬が負けた場合、負けたらコロすという約束を果たすんだろうな。

『シンプルにしてディープッッ』
『ディープゆえにリアルッ』
『リアルゆえにッ』
『ファンタスティックな決着でしたッッ』


 体格では圧倒的に不利だった安原が健闘した。
 なんとファンタスティックな 闘いだったのだろう。
 鞍馬の肉体が圧倒的なスペックを有しているのは前からわかっていた。
 だが、ちょっと油断気味な闘いかたをするのが今回判明したのだ。

 鞍馬の次の相手は、人間凶器の片岡だ。油断が即、死につながる相手だ。
 でも、片岡も油断した過去がある。
 うっかりすると、ドジっ子対決になってしまうかもしれない。
 そればかりは、カンベン願いたい。


 試合後の廊下で安原は彼女をつれて、鞍馬の前に立っていた。
 試合前の約束を果たすつもりだろう。かなり律儀な人だ。
 彼女の肩を押し、鞍馬の前に出す。
 鞍馬は試合終了時よりもはるかにうれしそうな表情をしていた。
 このバカチンがッ、本性を出しやがったッッッ!

「ひどい傷……………」

 安原の彼女が鞍馬の顔に触れる。
 口が半開きになっているうれしそうな鞍馬を、安原がものすごい表情でにらみつけている。
 勝者と敗者の悲しい図だ。

 ベチッ

「30キロも重いくせに」
「本気出してんじゃねェよッッ」


 鞍馬を殴ったァ〜〜〜〜〜〜ッッッ!
 しかも、安原に折られた前歯付近を狙って殴っているっぽい。
 それとも、狙いは人中(鼻と上唇の間の急所)かッ!?
 この女、なにげにスゲェ! プロか?

 狙った場所は人中なのか折れたばかりの歯なのかは不明だ。
 とりあえず結果として、鞍馬は口を押さえて悶絶している。
 この事実を評価しよう。

 予想外の事態に安原もびっくりして固まってしまった。
 彼女はふり返ると、今度は安原に拳を打ちこむ。
 下四十五度からアッパーっぽく頬を打つ。
 鞍馬とはちがい致命の一撃ではない。愛情の差だろうか。

「てめェのオンナ売ったり賭けたりしてンじゃねェよッッ」

 彼女が大激怒だ。
 まあ、当然といえば当然なんだけど。
 三ページにわたって苦しんでいた鞍馬も、安原も、この迫力の前にはひれ伏すしかなかった。

「「あの……」」
「「ゴメンナさいッ」」

「ウルセェッ」


 鞍馬がイイ奴だったら、なんかカッコつけた台詞で彼女を返すだろう。
 でも鞍馬はイイ奴じゃないし、この漫画も普通じゃない。
 ただ黙って左から右へと流れる彼女ではなかったのだ。
 拳を振るう景品だったのだ。

 最後の最後で、安原の彼女が烈女っぷりを発揮した。
 この勝負は彼女の勝ちだ!
 二人の戦士にふかぶかと頭を下げさせながら振り向きもしないところが雄度満点である。

 なお、この大会の裏・優勝商品は松尾象山との決闘権だ。
 このエピソードは、優勝商品に殴られるという伏線なのか?


 そして次の試合は北辰館の遠野晴行 vs. 古武道・拳心流の畑幸吉だ!
 情報が少ないため、どちらが勝つのか想像のつかない。
 原作にも登場している正統派の遠野と、オリジナルキャラの畑という異色の対決が実現した。

 空手勢がほとんど残らないというのも悲しいので、遠野にはがんばってもらいたい。
 一方で、最近はやっている古武道(古武術)を近代格闘技にどう応用しているのか興味がある。
 この戦いは近代格闘技と古流の闘いになるのだろうか?

 現実に戦えば、ルールの関係で近代格闘技のほうが圧倒的に有利になる。
 しかし、畑は一回戦で近代格闘技の猛攻をしのいで勝利した。
 それだけ、対応できているということなのだろう。
 逆に遠野は、古流の玄妙な技を知っているのだろうか?
 油断していたら、かなりヤバい。

 一回戦では、二人の試合を合わせても一話の半分以下の出番しか無かった。
 どちらか片方ならともかく、試合をする両者ともだ。
 せめて今度の試合は一話分をたっぷり使ってあげてください。
by とら


2005年7月12日(15号)
餓狼伝 Vol.150

『近代カラテ vs. 古武道』

 ヤボなツッコミだが、すでに一回戦で実現している組み合わせだったりする。
 関節技を得意とするサンボを撃破した遠野と、近代空手を倒した畑の二人が向かい合う。
 遠野は右手を前にして手を開いている。サウスポースタイルのようだ。
 手を開いているのは組み技を警戒しているのだろう。

 畑は両腕を伸ばして手を開いている。
 こちらはつかみかかる事を前提にした構えのようだ。
 ガードの位置が低い。ちょっと顔面の防御が心もとない。
 顔面アリのルールで戦った経験が少ないから、こういう構えなのかもしれない。

 ただし、伸ばした両手がジャマになって、間合いに入りにくそうだ。
 これはこれで打撃を警戒した構えのようだ。
 昔の話なんですっかり忘れていたけど、強いのは拳(フィスト)か関節技(ツイスト)か!?というテーマがある。
 遠野と畑の戦いも、拳と関節の闘いだ。


 遠野春行 (空手・北辰会館 190cm・92kg)
 畑幸吉 (古武道・拳心流 175cm・71kg)


 試合が始まった。
 二人の間には体格にかなりの差がある。
 純粋な体力勝負なら遠野が有利だろう。
 畑の古武道にはこの体格差をハネ返す秘策があるのだろうか?


 ここでヒゲ記者・引木が試合前にインタビューした内容を回想する。
 やたらと精力的にインタビューをしている引木氏であった。
 北辰会館の空手大会がとつぜん総合ルールに変化したのだ。
 格闘雑誌としては大特集をしなくてはならないのだろう。
 それにしても、話が進むにつれて やりたい放題になっていく。
 そのうち観客席の(または放尿中の)丹波に直撃インタビューをしそうだ。

「これが現実」
「全身アザだらけ」


 控え室の畑選手はボロボロだった。
 一回戦の相手である北辰会館の宮戸は猛波状攻撃をしかけてきた。
 顔面無しのフルコンタクト空手はもともと中間距離での打撃戦が得意なのだ。
 その猛打を受けたのだからダメージもけっこう大きい。
 一般的な古武道は直接当てる乱取りをしない。だから、あまり殴られなれてないと言う事情もあるのだろう。

「畑くん」
「今日ここに来ている観客の目はフシ穴じゃない」
「型稽古の中でしか存在しない古武道の技を 君は確かに実戦で使用したんだ」


 小手返しから裏固めという約束稽古のような完璧な技だった。
 見ている人は見ているのだ。
 ただ単に取材をするだけではなく、さりげなく励ましたりする。引木さんはけっこうイイ人だ。
 こういう人だから、ついポロっと本音を漏らしてしまうのだろう。
 はぐれ記者 純情派だ。

 古くから伝わる技術はすばらしいのだが、ちょっとダメージを受けすぎている。
 トーナメント方式での戦いは、畑にとって不利に働きそうだ。
 それとも、実戦の中で成長していくのだろうか。
 不安を残しつつ、場面は遠野の控え室にかわる。


「親が地上最強を謳っちまったんです」
「子は…」
「合わせるしかない」


 北辰会館戦士の遠野は、松尾象山がうたった「地上最強」を守るために戦う。
 139話で各選手が決意表明をしているが、北辰会館系の選手には松尾象山の影響が感じられる
 ほぼ名実共に地上最強を体現しちゃっている松尾象山が館長なのだ。
 その面子をつぶすわけには行くまい。

 ある意味、侍のような忠誠心で北辰会館を守ろうとする。
 負けられないという思いが北辰会館選手を強くするのだろう。
 もしかすると、侍っぽく負けたら切腹という可能性もある。


 回想が終わり、場面は会場にもどる。ジリジリと間合いを詰める両者だった。
 すると、遠野が右手をさしだす。

『捕ってみろとッッ』
『おまえの欲しいものはコレだろうと』
『畑の前に右手をさらしているッッ』


 遠野は畑が右手をつかんだ瞬間に左手で攻撃するつもりのようだ。
 腕を取ると、ガードがガラ空きになる。その瞬間を狙った肉を切らせて骨を断つ作戦のようだ。
 構えから判断すると、遠野は左利きだ。
 一般的に利き腕である右手を封じれば有利なのだ。その思い込みを逆利用しようと考えているのだろう。

 差しだされた右腕をあっさり取るほど畑はマヌケじゃない。
 なお、範馬勇次郎の右手をあっさり取った本部はマヌケかもしれない。

 遠野の右腕の下から左の中指一本拳を脇腹に刺す。
 ボディーでもっとも効くといわれる肝臓打ちだ。これはダメージがでかい。
 油断を狙うつもりだった遠野のほうが油断していた。

 一撃を喰らって一瞬動きが止まった遠野だが、すぐに怒りの反撃をはじめる。
 予定していた左の攻撃、アッパーを打ち込こんだ。
 だが、これは空振り。畑は後ろにさがって かわしている。
 そこへ追撃の中段回し蹴り。ガードされたが当たった。
 やはり、この距離で戦うとフルコンタクト系の選手は強い。
 自然と距離にあわせた攻撃が出ているようだ。

 だが、作戦失敗で遠野は冷静さを失っているかもしれない。
 やや攻撃が荒い気がする。こういうときは防御がおろそかになってしまうものだ。
 防戦一方の畑に怒涛の連打を打ち込んでいるが、大丈夫だろうか。
 スタミナ配分も気になる。

(それは―――)
(最低限急所だけは かろうじて守りつつも狙い続けた)
本来の意味での)
(差し出された右拳)

 ボクッ

 必死にガードを固めた畑が狙ったのは、この右拳だった。
 かわすと同時に状態をひねって遠野のヒジ関節を外したッ!
 攻撃で伸びきった腕を狙っていたようだ。
 立ち関節で一気に破壊するとは、なんという力量か。

 だが、まだ「勝負あり」が かかっていない。
 遠野が本当に左利きなら、まだ利き腕は生きている。
 腕を外したことで畑が油断しているなら、今度は遠野のチャンスだ。
 勝負の行方は、次週を見るまではっきりしない。


 敗北が確定していないものの、遠野は敗北寸前だ。
 これも一回戦で遠野がロシア人と関わったためだろうか。
 ロシア人に関わるとロクなことが無いのかもしれない。

 次の試合は日本拳法・椎野一重 vs. レスリング・畑中恒三だ。
 椎野はブラジル人を倒している。ブラジルには呪いって無いよね。
 バキのアライJr.はブラジル人と思われるデイヴを倒したけど、ちゃんと生きている。
 次回どうなっているかは知らないけど。
by とら


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