アニメ版 蒼天航路 感想

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2009年4月7日(火)
第一話 少年 曹操

魏将の勢ぞろい

 絶倫三国志アニメ『蒼天航路』がついにはじまったッ!
 悪名をおそれず、戦い抜いた三国志の英雄・曹操を主人公とした物語だ。

 まずは、オープニング。
 イチバン手前にいるのが主人公の曹操(青年時)である。
 ここに出ている人は曹操の部下となる武官たちだ。
 前にいたり、大きく写っている人が重要人物ではないのがミソ。
 親戚×4、元敵将×2、在野・兵からの抜擢×2となっている。
 人材育成と度量の深さがうかがえる陣容だ。

 そして、ハゲがほとんど隠れてしまっている。
 ああ、そうですか。ネタ要員ですか。
 はやくも お笑い担当の烙印を押されてしまった。

 それと、曹操の武官でもっとも強いと言われている許チョの姿がない。
 なぜだろう。
 大きすぎて入らなかったのか?


郭嘉
 まちがって荀イクと書いちゃいましたが、文官代表の郭嘉です。(訂正 2009/4/9)
 メールと掲示板(穿さん、ラリーさん、琥珀の正敏さん)で情報いただきました。ありがとうございます。
 詳しい話をするとネタバレになってしまうんで省略しますが、未来予測に優れた参謀だ。


荀イク

 アイヤー! こちらが本当の荀イクだ。(訂正 2009/4/9)
 若いころのキレイな荀イクです。
 曹操を知恵でささえる参謀である。
 そういう肩書きと、この映像を見ているとマジメそうな人に見えるなー。
 いや、根はマジメだと思いますが。
 やや変人なだけで。


水晶

 オープニング唯一の女性キャラです。
 せっかくなので、大きいサイズにしてみました。
 登場は第二話からのようだ。


劉備関羽張飛

 曹操のライバル(?)となる、劉備・関羽・張飛の義兄弟たちだ。
 泣きの劉備と、激しく戦う関羽と、仮面をつけたナゾの武将と戦う張飛です。
 原作ファンはシーンのチョイスがおかしくね? と首をひねるのだった。
 ちょっと関羽をヒイキしすぎじゃないか?

 小説の『三国志演義』では劉備を主人公にして話がすすむ。
 とうぜん、活躍場面も水増しされる。
 蒼天航路でも、きっと大活躍だ!


諸葛亮趙雲

 劉備陣営のメンバーがつづく。
 参謀の諸葛亮と、勇将の趙雲だ。
 諸葛亮(孔明)は、たぶん三国志でイチバン有名な人だろう。
 それと、作家の北方謙三が中国で取材したとき、女性人気No.1だった趙雲だ(三国志読本)。
 美形になっております。


許チョ

 最後のほうに許チョが登場する。
 馬を持ちあげております。さすが怪力自慢だ。
 単独での登場で、ちょっとかわいそう。

 他にも呉の孫堅・孫策・周瑜・孫堅や、董卓と呂布も登場しているのだが、エフェクトがかかっていて見づらいので省略する。
 曹操にとって最大の敵となる袁紹も普通に出ているけど、人気なさそうなので省略。
 オープニングの映像を見るかぎり、官渡の戦いまでの話となりそうだ。
 ただ、その後に後期オープニングにかわるのかもしれない。



阿瞞曹騰曹仁

 第一話の前半は「曹操はじめてのおつかい」だ。
 曹操は、祖父の曹騰に届け物をしてくれと頼まれる。
 一億銭の価値があるモノらしい。
 右の美少年は護衛をしてくれる いとこの曹仁だ。
 額の広さに、将来性を感じさせてくれる。

 曹操の父曹嵩は一億銭をだして太尉(国防大臣みたいなもの。最高級の役職)を買った。
 その時の手続きに関する書類だろうか?
 ちなみに この時代、すでに紙は発明されているが、まだ値段が高くあまり普及していない。
 木や竹の板をまとめて、そこに文字を書いた。

 はじめてのおつかいは、悪人に狙われる。
 高価な箱をよこせと曹操と曹仁はフルボッコにされてしまう。


血まみれ曹操

 だが、曹操は血まみれになりながらも、きっちり倍返しをするのだった。
 脱・童貞(※ バキ用語で「初めて人を殺すこと」)だ。



許チョ馬投げ

 後半は数年後の話だ。
 成長した曹操は、盗賊に絡まれる。
 ピンチの曹操を救ったのは、怪力の許チョであった。
 こやつ、馬も人もボールみたいに高く投げやがる。


夏侯惇曹仁・曹洪夏侯淵

 曹操は、いとこたちの危機を知り駆けつけるところだった。
 夏侯惇・曹仁・曹洪・夏侯淵、のちに四天王と呼ばれる猛将たちだ。
 暗いのでよくわかりませんが、みなさんオープニングとは姿がまだ違っています。
 このあと、急激に老けて貫禄が出てくるのだろう。


舌戦
舌戦

 敵の爆烈団頭目と曹操が舌戦をくりひろげる。
 中国では文を重視するので、名演説とかが重要なのだ。
 曹操が口で相手を凹ませ、混乱しているスキに許チョに攻撃させる。
 なんか、いきあたりバッタリな作戦だったが成功した。
 天が曹操に味方したと言うべき場面だ。

 まあ、ラッキーもあるけど相手を言い負かして混乱に乗じるという基本の作戦はあった。
 敵の本質を見抜き、一撃で打ち砕く。
 のちに曹操は兵法書『孫子』の研究家としても有名になる。
 その兵法の片鱗を見せるエピソードであった。



◆ 蒼天雑学 その1
・ 登場人物
・曹操 (その1)
 一名を吉利、幼名を阿瞞という。(三国志 武帝紀注の『曹瞞伝』による)
 曹騰の養子になった曹嵩の子である。
 若年より機智があり、権謀に富み、男立て気取りでかって放題、品行を整えることはしなかった。

・曹騰
 は季興。曹節の子であり、曹操の祖父である。
 幼年時に去勢され、皇太子(のちの順帝)つきの宦官となった。
 温厚謹厳な人柄であり順帝に重用され、四人の皇帝(順帝、冲帝、質帝、桓帝)につかえた三十余年で一度も落ち度がなかった。
 すぐれた人物をひきたて、悪口を言わず、恩きせがましい態度をとらなかった。
 弘農の張奐などは、曹騰に推挙され高官に出世した。(三国志 武帝紀注の『続漢書』による)

・曹仁 (その1)
 字は子孝といい、曹操の従弟である。父は曹熾。祖父は曹褒。
 若いときから、弓術・馬術・狩猟を好んだ。(三国志 曹仁伝
 ちなみに、曹操より13歳年下(!)である。

・許チョ (その1)
 字を仲康という。身長八尺余、腰まわりは十囲(囲は五寸)、武勇・力量は人並み外れていた。(三国志 許チョ伝
 だいたい身長184cm以上、腰まわりが115cmというところだ。(後漢の1尺は約23cm)

・夏侯惇 (その1)
 字を元譲という。
 十四歳のとき、師を侮辱した男を殺害した。(三国志 夏侯惇伝
 当時は数え年なので、現代風に言うと12〜13歳のころだ。
 作中では、その殺害した男が爆烈団の男ということになっている。
 つまり、夏侯惇って12〜13歳なんだよな。

・ 歴史書『三国志』について
 『三国志』というのは、古代中国の歴史書だ。
 『志』は歴史書の意味があり、三つの国の歴史書という意味になる。
 もともとは『魏国志』『蜀国志』『呉国志』という三つの歴史書に分かれていたのだが、いつの頃からかまとめて『三国志』と呼ばれるようになる。
 『三国志』の『魏国志』などと言うとややこしいので、それぞれ『魏書』『蜀書』『呉書』と呼ぶようになった。

 邪馬台国の話がのっていることで有名な『魏志倭人伝』が、この『魏国志(魏書)』のことだ。
 自分たちの起源にかんする話なので、日本人は古くから三国志に興味を持っていたらしい。
 日本最古の歴史書のひとつ日本書紀にも、三国志と邪馬台国の話はのっている。(三国志と日本人
 おかげで書の呼称が孤島のガラパゴス状態で世間の流行から取り残されてしまった。

 『三国志』は陳寿という人が編纂した。
 歴史書はいろいろな人が、いろいろに書いている。
 正史のような大掛かりなものは、それら歴史書をコピー&ペーストして編集する。
 陳寿はマジメな人だったらしく、大げさな話やウソ(と思われる)の話は容赦なく切りすて簡素な文体の歴史書を作りあげた。
 たまに変な話も入っていますが。

 内容があまりに簡単なので、百年ぐらいあとに裴松之が注として異なる文献の記述を付け加える。
 捨てられた文献だけにハデで面白い話が多い。おかげで三国志は読み物として面白くなった。
 小説『三国志演義』は、この注が無ければ生まれなかったかもしれない。

 小説『三国志演義』の主人公は劉備で、歴史書『三国志』の主人公は曹操だと、言われることがある。
 歴史の教科書の主人公は誰ですかと聞くような妄言なので、気にしなくてもいい。
 『三国志』には主人公などいない。
 ただし、最重要かつ もっとも多く記述されている人物がいる。
 それが曹操だ。

 物語の主人公は、重要性と出番がなくとも主人公でいられる。
 だが、曹操は重要性と出番によって歴史の中心に居座っているのだ。

2009年4月14日(火)
第二話 アモーレ

街中を疾走する爆烈団曹操17歳

 建寧四年(西暦171年)、今日も侠(おとこだて)気取りで街を暴走する曹操(そうそう)17歳であった。
 盗んだ馬(バイク)で走り出しそうじゃ。
 アニメ版戦国BASARAだと、伊達政宗の乗っているヤツは「馬の顔と足の生えたバイク」らしいぞ。(参考:アニメ版戦国BASARAの驚くべき公式見解

 平和がつづきすぎると耕地面積の適正人数よりも人が多くなってしまい、職にありつけなくなる。
 そういう健康で無職の男子を閑民と言うそうだ。(中国の大盗賊
 元気をもてあましている人間が増えると、犯罪も増える。
 こうして法の外に生きる男たちが生まれてしまうのだ。
 現在でもアフリカなんかでは、同じように社会からこぼれる若者がいる。
 日本だとニートになるんだけど、暴徒にならないからマシなんだろうか。


袁紹張譲

 街中で馬を乗りまわす曹操に、おとなしくしたほうが良いと友人の袁紹(えんしょう)は忠告する。
 しかし、曹操は話を聞きながす。
 黙っていてもみんなが敬意を払ってくれる名門の子息である袁紹と、宦官の孫では立場がちがう。
 曹操は自分をハデにアピールしたい立場なのだ。

 街中で暴走行為をする曹操は中常侍・張譲(ちょうじょう)の車にぶつかりそうになる。
 疾走する青春ですね。
 さすがに街中での暴走は問題ありそうだ。
 ちなみに、街中暴走と張譲遭遇のシーンはアニメオリジナルです。


水晶水晶水晶

 自分が宦官の孫という偏見で見られているせいか、曹操に偏見はないらしい。
 人種差別カッコわるい。ということで胡人の娘・水晶をナンパする。
 曹操は肌の色や 身分の差など気にせず、水晶そのものに惹かれるのだ。
 建前を気にしないところが曹操らしい。
 で、即デートに連れて行っちゃう即断っぷりも、曹操らしさですね。

 情熱的に「アモーレ」を連発しあう二人はなかなかロマンチックだ。
 声が入るとずいぶん印象が変わりますね。
 ロマンチックすぎて、変人っぽい印象になっていますが。君ら、なにやってんの?
 まあ、情念レベルが高すぎるのも曹操らしい。……かも。
 なんか『源氏物語千年紀 Genji』みたいな感じになってきた。源氏物語もそうとう変な作品でしたけど。
 馬上キスは落馬しそうで心配になった。(え〜


水晶水晶水晶

 だが、水晶は宦官・張譲に売られていくのだった。ドナドナ展開ですね。
 ちなみに この時代は普通に奴隷がいます。
 歴史書には日常生活のことなんてほとんど書いていないので、どんな扱いをされていたのか私の知識ではわかりかねますが。

 なかには奴隷を畜産(≒畜生:動物のこと)と罵る人もいるらしい。(後漢書の劉ェ伝)
 畜産ってのは、自殺を考えるぐらいヒドい言葉だそうだ。
 異民族である水晶もほとんど動物のように売り買いされたのだろう。

 そして、宦官のゆがんだ性欲の餌食となる。
 漫画に出てきた張譲の秘密兵器は公開せず。
 お子様が見ている時間じゃないだろうけど、ありゃ放送できませんか。
 水晶の乳首が今回最大のサービスでした。


激怒する曹操水晶修羅の曹操

 水晶を連れさられたと知った曹操は激怒して単身 張譲の屋敷にのりこむ。
 早ッ! 早すぎる! もう乗りこんだよ。
 アニメの曹操はすさまじく即断即決の人らしい。
 気がついたら、四月中に黄巾族を倒しちゃうかもしれないぞ。(それは無いか)

 水晶は曹操に迷惑をかけたくない。だから、ツン状態になって曹操を拒絶する。
 しかし、曹操が発する「アモーレ」の言葉に心がゆらぐ。
 アモーレ! 我愛你!

「私に生きる力をくれた」
「ほんのつかの間 生きるだけの」


 水晶は奴隷の生より、自由な死を選んだ。
 張譲に斬りつけた水晶は、張譲の護衛が投げた槍に貫かれ死ぬ。
 曹操は戦って死ぬよりも、逃げて生きることを選ぶ。
 逃げるにしても、護衛をぶった斬っていく必要があるワケですが。

 張譲は「水晶を殺したのは曹操だ」と言う。
 それは一面では正しい。我を通せば、どこかにひずみが生じる。
 だが権力者に抑圧されて生きていくコトも間違いだ。
 矛盾に満ちた世の中にたいし、どう向かい合うのか?
 現時点で曹操が出した答えは「生きる」だった。

 では、生きてなにをなすのか?
 曹操という人間が、人生の目的を見つける時は近い。


曹操の両親、曹嵩と白蓮

 家では両親が心配しているのですが、曹操はあっさりと部尉(≒警察)につかまる。
 ここで抵抗したら公務執行妨害で確実にアウトだ。
 法により裁かれる曹操の運命やいかに?
 という所で次回につづく。


袁紹

 前回感想で、袁紹は人気なさそうと書いたら、そんなことないという人がけっこう居た。
 なので、オープニングの袁紹をのせてみます。
 ヒゲが生えて大人になった袁紹ですね。
 正史での袁紹は公孫瓚(こうそんさん)と戦っていたころ輝いているんですけど、あまり話題にならない。
 まあ、蒼天航路の袁紹は意外な活躍をするので、今後に期待だ!


賈詡

 ついでに、極めつけの死地がにあう軍師・賈詡(カク)も居たことに気がつく。
 個人的にかなり好きな軍師です。
 いかにも性格悪そうな表情がイイですね。



◆ 蒼天雑学 その2
・ 登場人物
 曹操(その2)
 三国志武帝紀注の『異同雑語』によると『太祖はあるとき中常侍張譲の邸宅にこっそり侵入した。張譲はそれに気がついた。そこで[太祖は]庭の中で手にもった戟(ほこ)をふりまわし、土塀をのり越えて逃げ出した。人並みはずれた武技で、誰も彼を殺害できなかった。』とある。
 これが漫画で引用されている元ネタだ。

 袁紹(その1)
 字を本初という。
 高祖(祖父の祖父)である袁安から袁敞・袁湯・袁逢・袁瑰と三公(大臣のトップ3)になる人間が続出する名門・袁家の子である。(袁紹伝注『漢書』)
 堂々として威厳のある風貌と、身分にこだわらず士人に対して下手に出たため人望があった。
 曹操も若いころ袁紹と交際があった。(三国志袁紹伝

 張譲(その1)
 宦官。いわゆる十常侍のひとり。
 時の皇帝霊帝に「張常侍(張譲)は私の父、趙常侍(趙忠)は私の母だ」と言われるほど信任があつかった。
 賄賂をしこたま取り、宮殿なみの大邸宅を建てたらしい。

・ 宦官について (その1)
 閹人(えんじん)とも言う。
 宦官の養子の子が曹操だ。その宦官とは、どんな存在なのだろう?
 外的特徴を簡単に言ってしまうと、去勢された男子と言うことになる。

 皇帝などの貴人は、奥さんをたくさん持っている。
 人にもよるが、毎晩の相手を取り替えても1年でひとまわりしない数はいる。
 晋の司馬炎(しばえん)には一万人もの奥さんがいたらしい。
 毎日ちがう人に通っても一回りするのに27年以上かかります。

 これだけの人がいると、それは立派な社会集団となる。
 衣食住のメンテナンスにかなりの労力が必要だ。
 だが、仮にも皇帝の奥さんたちである。
 こっそり浮気をされてはたまらない。皇帝の子供である以上いずれ皇帝になる可能性を秘めているのだ。
 そんなワケで、浮気相手にならない宦官は男子禁制の場に欠かせない存在となった。

 馬は去勢されると性格がおとなしくなると言われる。
 人間の場合、ヒゲが生えなくなり声が高くなり、気持ちも繊細になるらしい。
 シッポの切れた犬などと言うと傷ついて恨むので、「鹿の尾」のような犬と婉曲に言うのが、たしなみだ。
 また、去勢手術をするため傷口が膿み、失禁しやすくなる。
 いやなニオイを「老公(ラオクン)(宦官)のようになま臭い」とも表現する。宦官は半里(300m)先からでもにおうらしい。

 三国志での宦官は嫌われ者だ。
 まあ、だいたいどの時代でも宦官は嫌われているんですけど。
 なんで嫌われているかと言うと、政治的な理由と精神(宗教)的な理由の二つがある。

 政治的な理由は、宦官が政治に関わってきたため発生した。
 上の説明で書いたとおり、宦官は皇帝の私生活を支えるための存在だ。
 その宦官が政治にも関わるのは公私混同になる。
 もっとも、皇帝には私生活など無い。
 現代の政治家だって不用意にしゃべれば責任を追及される。もっと権限の大きな皇帝が、私的にできる時間はほとんど無いだろう。

 宦官は皇帝の日常を把握しているため、政治に介入できる。
 皇帝への連絡や文章の提出、助言などそばにいるため、できることがおおい。
 たとえば、曹騰は多くの人間を役職に推薦している。

 普通の役人はそれなりの努力をして出世していく。
 だが宦官は皇帝の身近な人間と言うだけで、出世する。
 これは面白くない。
 大企業のトップが自分の愛人を子会社の社長に抜擢したら、普通の社員は面白くないのと同じだ。
 仕事の評価は私生活と切り離して欲しい。

 普通の役人は国家のために働く。すくなくとも建前上は。
 皇帝個人の幸せと国家の幸せは必ずしも一致しない。
 だから、役人と皇帝は時に対立する。
 皇帝が自分の意見を通すため、宦官を側近として重用しはじめると国家の屋台骨がゆらぐ。

 などと言っても、役人だって私利私欲に走るヤツは多い。
 出世するのは頭がイイからではなく、家柄・外見・世間の評判が基準だったりする。
 家柄が悪く・外見もダメで・評判も良くない人はどうすればいいのかと。
 ちなみに曹操は全部ダメです。悪いのは俺じゃない世界のほうだ!
 歴史書を書くのはたいてい役人なので、宦官には厳しく身内には甘いのだ。

 精神(宗教)的な理由については、儒教の宗教的部分がおおきく関わっている。(その2につづく)

・参考
 本:井波律子「酒池肉林」、三田村泰助「宦官」、加地伸行「儒教とは何か」、高島俊男「三国志きらめく群像
 Wikipedia:宦官司馬炎祖霊信仰

(更新2009/4/15)

2009年4月21日(火)
第三話 北門の鬼

投獄された曹操 曹騰 vs. 張譲

 家宅侵入・警備兵殺害・水晶強奪未遂および殺害の罪に問われ投獄される曹操(そうそう)であった。
 すごい罪状だな。現在の日本なら、死罪は確実だ。
 ちなみに、昔は拷問がきつかったのか、環境が悪かったのか、けっこう獄中死する人が多かった。
 曹操、けっこうピンチだ。

 曹操の祖父・曹騰(そうとう)は直接的に曹操をたすけるコトはできない。
 だが、曹操をおとしいれた張譲(ちょうじょう)に釘をさすことで、正当な裁判をうけさせることには成功する。
 ところで曹騰は「閻魔」という言葉を使っていた。
 これは仏教用語なので、仏教伝来から間もない当時としては、けっこうハイカラな言葉なのだろう。
 洛陽の近くには、白馬寺という仏教の寺もある。
 流行に敏感な おじいちゃんだ。


橋玄 天が知る

 裁判官は、法に厳格といわれる橋玄だ。
 曹操は張譲の訴える罪状を否定していく。
 だが、証人がいない。いや、いる。

「天だ」
「天の眼はあざむけぬ」


 人や王朝には天命があるという。
 法は天命を運行していくための道具だ。
 だから、天命にしたがって行動することは、法を守るより尊い。
 そんな理論で曹操は説得する。
 ならば、曹操は天から どんな役割を与えられているのか?

「天が機会を与えるならば」
「我 天下を治むるに至る!」


 今の世界は乱れている。だが、自分がそれを治めてみせる。
 それが、曹操の主張だ。
 理不尽に命をうばわれた水晶のような者を出さない。
 前回の悲劇が、曹操に世を変える決意をさせたのだろう。
 だが、行く道は険しい。正義の行いだけでは、達成できない。

「きみは種になる人間だ」
「いかなるものに育つ種かは分からぬが」
「少なくとも治世(ちせい)においては姦賊(かんぞく)の類(たぐい)であろう」
「しかし きみの語るように この世はまさに乱世」
「君は英雄を志(こころざ)し」
「なお 英雄となり この乱世を治め得る人間か!?」
「人はきみを乱世においても なお姦雄(かんゆう)と呼ぶやもしれぬ」


 アニメだと省略があったので漫画版のセリフを拝借しました。
 曹操みたいな人間は型にハマらないから、落ち着いた世ならあぶれものになるだろう。
 だが、今は乱世だ。
 曹操は英雄となり、乱世を落ち着かせることができるのか?
 だが、破格の曹操を乱世であっても人は悪の英雄と呼ぶかもしれない。
 橋玄の言葉は、後世の歴史家に悪と断ぜられる覚悟を問うものだ。
 曹操は答えず、ただ見つめ返す。

 橋玄は曹操の裁きを天に預けるという。
 天命があるなら、曹操は生きのび世を治めるだろう。
 もし、天命がないのなら、獄卒が手を下さずとも、曹操の命は絶たれる。
 行動により、自らを裁いてみせよ。

 曹孟徳、これより飛躍の時にうつる。


新入社員・曹操

 四年後、熹平四年(西暦175年)、曹操二十歳の社会人デビューだ。
 新入社員・曹孟徳です。
 たぶん、サラリーマン金太郎を愛読していて、社会人はとりあえず殴ればOKとか思ってる。(それはない)
 あ、年齢が数え年じゃないですね。実は一年ぐらい下積みしていたとか。

 二十歳で孝廉(優秀な人を推薦する制度)にあげられるのは、かなり早いほうだ。
 官位が低いと言われていますが、洛陽北部尉は年齢とキャリアを考えれば、そんなに低くない。
 なにしろ、首都の警備官なんだし。自宅警備員とは雲泥の差ですよ。


初仕事・曹操 蹇碩(けんせき)の叔父 死んでしまいました

 新任隊長を経験不足の若造と、古参の部下たちはあなどる。
 厄介な部下たちを厳しさと才覚で手なずけるのは、新任隊長のお約束だ!
 蒼天航路の曹操らしさが出てきたぞ。
 一方的にやりこめるのではなく、中心人物を自分の副官にする。
 若いけど見事な人心把握術だ。

 そして、権威をかさにきる男を打ちのめすのが、お約束パート2だ。
 宦官・蹇碩(けんせき)の叔父が交通ルールを無視しようとする。
 曹操は違反を許さないし、権力にも屈しない。
 五彩棒による22打擲(ちょうちゃく)だ。

「死んでしまいました」

「ならばよし!」


 良くねーよ!
 だが、曹操が「ならばよし!」と言ったからには、よしとすべきなのだ。
 「だがそれがいい!!」「なんだか知らんが とにかくよし!」と合わせて漫画界の三大「よし!」です。

「ならばよし! で一巻の終わりじゃ」
 街にも「ならばよし!」のウワサが広まっているらしい。
 洛陽の流行語大賞ですね。
 ちなみに、この街のウワサはアニメのオリジナルだ。


張奐

 さらに、曹操は宦官に対抗するため、過去の事件を洗いなおす。
 宦官に利用された老猛将・張奐を探しだし、証言を得る。
 そして、張奐もゲットだぜ!
 曹操は史上もっとも人材収集が大好きだった人物とも言われている。

 大物ゲットでうれしい曹操は、次回 宦官と対決する!


 蒼天航路 (1) (講談社漫画文庫)  蒼天航路 (2) (講談社漫画文庫)
 今回の話は蒼天航路(文庫版)1巻「その十六 帝」から2巻「その二十三 桃仙院」までの話でした。


◆ 蒼天雑学 その3
・ 登場人物
・曹操(その3)
 人物評で有名な許劭(きょしょう)は曹操を次のように評価した。
「君は治世にあっては能臣、乱世にあっては姦雄だ」
 曹操はこれを聞き哄笑した。(三国志 武帝紀 注『異同雑語』)
 ただし、後漢書の許劭伝では「君は清平の姦賊、乱世の英雄だ」となっている。
 蒼天航路では、二つの異説をミックスし、橋玄の言葉としている。

 二十歳のとき、孝廉(後述)に推挙されて郎(各部署の属官)となった。のちに洛陽北部尉に任命される。
 郎で少し経験をつんでから、洛陽北部尉になったのだろう。洛陽北部尉での仕事ぶりは注の『曹瞞伝』に書かれている。
 けっこう長いので要約する。
「五色の棒を作らせ、禁令に違反する者がいると、すべて棒で殴り殺した。宦官・蹇碩(けんせき)の叔父が禁止となっている夜間通行を行ったので、即座に殺した。」

 五色というのは五行(木火土金水)にもとづいた色(青赤黄白黒)のことだろう。
 態度にあわせて色を変えたのだろうか?
 それとも弱点属性(?)を狙って色を変えたのだろうか?
「こやつは木属性だから、赤棒をもてい!」
 撲殺しているんだけど、なんか楽しそうだ。

・橋玄(きょうげん)
 字を公祖という。
 厳正公明で才略があり、人物の鑑識にすぐれていた。(三国志 武帝紀注の『続漢書』)
 若いころの曹操を評価した数少ない人。
 曹操は橋玄のことをかなり感謝していたらしく、曹操の孫の代まで橋玄を祭っている。

 なお、三国志演義だと、橋玄は美人姉妹で有名な大喬・小喬の父だ。
 ちょっと年齢差があるのでフィクションだろうと言われている。(橋玄は曹操の父ぐらいに年上で、大喬たちは娘ぐらいに年下)
 ちなみに昔は大橋・小橋と書いていたのだが、時がたつうちに木へんを落としてしまったらしい。

・ 宦官について (その2)
 宦官が精神(宗教)的に嫌われている理由は、儒教の宗教的部分がおおきく関わっている。
 さっくり言うと、儒教のキモは『祖霊崇拝』だ。
 ご先祖様をまつって、その霊をなぐさめる。自分もいずれ死ぬので、後継者としての子供をちゃんと作る。

 儒教の影響は日本にもあるので、日本人にもわかりやすい宗教観だ。
 お墓で手をあわせて祈るのは儒教的行為です。
 仏教だと魂は輪廻転生して生まれ変わるものだ(最終目的は輪廻から外れる解脱)。
 本場インドの仏教だと遺体はガンジス川に流しちゃうし。
 私のお墓の前で泣いても、そこに私はいません状態だ。
 儒教的にカスタマイズされた仏教だからこそ、お墓に手を合わせる。

 去勢された宦官は子供を残せない。血はそこで絶えるのだ。
 養子をもらったとしても、ご先祖様を供養できない。
 ご先祖様だって供養されても「おめぇ誰よ」となってしまう。
 祖霊崇拝を熱心にしている人から見れば、宦官と言うのは道から外れた外道・異端者といった感じかもしれない。

 養子をもらった宦官と言うのは曹騰以外にもいるハズだ。
 しかし、曹操の父以外で宦官の養子になった男子の記述は三国志で見つからない。(娘の養子はいる)
 また、曹操の父がどこからもらわれてきた子供なのかについて、正史は沈黙する。(世語と曹瞞伝には記述がある)
 宦官の子というのは、歴史にのこせないほど、おぞましい存在なのだろうか?

 意外かも知れないが、曹操は仲間の死を非常にいたむ人だ。
 『鮑信の遺体を賞金を出して求めたが得られなかった。人々はそこで鮑信の姿に似せて木を刻(ほ)り、それを祭って哭礼を行った。』(武帝紀
 曹操は『典韋の死を聞くと、彼のために涙を流し、彼の遺体を盗みとってくる者を募り、自身告別式に臨んで泣き』(典韋伝
 まつるべき先祖をもてない曹操は、せめて仲間とのつながりで安らぎを得たかったのかもしれない。

 のちの時代、陸遜(蒼天航路にも最後のほうに出てくる)の孫・陸機は、宮中に秘蔵されていた曹操の遺言状を見つける。
 そこには「残された歌妓たちはみな銅雀台(どうじゃくだい)に住まわせ、朝夕供え物をし、月に二回は妓楽(ぎがく)をさせよ、折々には台の上から自分の墓を望め」などと書かれていたらしい。
 曹操は、合流すべき先祖がいないので、死後に不安を感じていたのかもしれない。
 キリスト教徒や仏教徒なら、確実に地獄へ落ちると宣告されているような不安の中で、曹操は死をむかえたのだろうか。

・参考
 本:井波律子「酒池肉林」、三田村泰助「宦官」、加地伸行「儒教とは何か」、高島俊男「三国志きらめく群像」、金文京「中国の歴史04 三国志の世界
 Wikipedia:白馬寺宦官祖霊信仰
(更新2009/4/22)

2009年4月28日(火)
第四話 炎の宴

 熹平四年(西暦175年)、曹操(そうそう)二十一歳(満19〜20歳)。
 『党錮の禁』が不正であるという証拠をあつめ、承認である張奐(ちょうかん)も押さえた。
 曹操は、ついに皇帝へ上奏(皇帝に意見書を提出すること)する決意をかためる。
 と、祖父の曹騰(そうとう)に話してビビらせるのだった。

曹操と曹騰

 『党錮の禁』は宦官と官僚(士大夫・知識人)の勢力争いだ。
 第一次『党錮の禁』のとき(166年)は、曹騰も現役だったかもしれない。
 つまり、身に覚えのある曹騰は孫がやるとしていることの危険さを理解して心配している。
 また、裏から手を回してやらねばならんか?

 曹操は若さゆえの恐れ知らずで、果敢に攻めていく。
 これが天命を問う行為なのだろう。

 だが、皇帝の周辺には宦官たちがいる。
 ふつうに上奏しても皇帝が読む前に破棄されるかもしれない。
 確実に読んでもらい判断してもらうには、どうすればいいのか?
 曹操にはさらなる計略があった。


亶公(ぜんこう)

 曹操が宦官をジャマに思うように、宦官たちも曹操をジャマだと思っている。
 というわけで、宦官たちが先にしかけた。
 皇帝のおじである亶公(ぜんこう)を、そそのかし曹操に挑戦させる気だ。
 白ッ! 顔、白ッ! なんという美白度ですか。

 なお、この亶公は漫画だと先代皇帝・桓帝の弟となっている。
 いまの皇帝は、桓帝のいとこの子なので、まあ「おじ」という表現は妥当だろう。
 この亶公が歴史上の誰にあたるのか、ちょっとわかりませんでした。
 オリジナルキャラクターだろうか?


おおあばれ曹操

 曹操をからかいに来たつもりだが、曹操はそんなに甘くない。
 たちまち、亶公の護衛をブチのめして大暴れだ。
 説教しながら打ちまくる。
 音からさっするに、曹操殿 打ちすぎでは……

 もちろん宦官のワナにはまる曹操ではない。
 これを機に亶公とお近づきになり、上奏の手段を得るのだった。
 ちなみに亶公のことは五回打っています。
 ならば、よし!

皇帝・劉宏

 そして、この人が現・皇帝の劉宏だ。
 白ッ! 顔、白ッ!
 皇族は白い決まりでもあるんですか!?
 というか、本名をだすケースは珍しいですね。
 普通は霊帝という称号で呼ぶほうが一般的だ。漫画でもそうだし。
 と言うワケで、以後は霊帝と呼ばせていただきます。


象おどる曹操おどる曹操
水晶張奐(ちょうかん)曹操と張奐

 亶公と組んだ曹操は踊りを披露して、霊帝の関心を買う。
 装飾に水晶を使っているのは、水晶への思いを忘れないためだ。
 水晶のような犠牲者を出さないためにも、政治を正す!

 まあ、それはともかくマッチョですね。
 半裸のせいで蛮族っぽい荒々しさが出ている。
 象と合わせて南蛮的な感じだ。三国志演義の南蛮的な意味で。

 ちなみに漫画だと、曹操は女装している。→
 アニメ版の曹操はずいぶん筋肉がついているので女装は似合わないという判断だろうか?
 ニオイたつ男のフェロモンで、女官たちも気絶させるぜ〜 超気絶させるぜ〜

 曹操は張奐(ちょうかん)といっしょに、おどりながらも亶公を護衛している。
 宦官たちの暗殺計画も防いでみせるぜ。
 マッチョだから、自分の身は自分で守る。
  漫画の曹操(女装)

 敵の襲撃もみごとに切り抜ける。
 張奐に矢が刺さっているけど、ならばよし!
 霊帝は芝居じたてだと勝手に思って大喜びだ。
 これで、霊帝の心をわしづかみした。


霊帝曹操

 そして、上奏できるのだが、霊帝はみごとなバカ殿さまだった。
 駄目だこいつ…… 早くなんとかしないと……
 曹操は、ガッカリするのであった。

 曹操の上奏は、宦官に丸めこまれてしまう。
 結果は曹操を昇進させるという名目の厄介払いだ。
 頓丘(とんきゅう)県の令(長官)として、地方に飛ばされる。
 県は現在日本の行政区分で言うと市ぐらいの規模なので、市長を命じられた感じだ。
 給料は千石でそれなりに良い。(県の上である群の責任者=太守は給料が二千石)
 その気になれば、賄賂を取り放題なので実質的にはもっと高給です。
『県令を三年やれば一家が生涯食ってゆくに困らぬだけのたくわえができる』(三国志 きらめく群像

 曹操は、なんとなく王朝の終わりを予感してしまった。
 だが、皇帝は天命をうけて世界を統治している存在だ。
 そうなると、皇帝にダメだしをすることは、天命にダメだしするのと同じ。
 いまは天命を問わず、新しい任地に向かう。

 政治を正すには、もっと政治を知らねばならない。
 そう思っているのか不明だが、曹操は行政に乗りだすのだった。

 今回は、映画レッドクリフの監督ジョン・ウーが声優初挑戦していた。
 叫び声だから、日本語できなくても問題なし!
 なぜか、DVDには収録されないTV版限定らしい。
 版権の問題なんでしょうか?

 ちなみに、映画レッドクリフの感想も前に書いているので、よろしければどうぞ。
レッドクリフPart1感想
レッドクリフPart2感想


 蒼天航路 (2) (講談社漫画文庫)
 今回は蒼天航路(文庫版)2巻「その二十三 桃仙院」から「その二十九 曹操、東へ」までの話でした。


◆ 蒼天雑学 その4
・ 登場人物
・曹操(その4)
 洛陽北部尉ののち、頓丘の令に昇進する。(武帝紀
 党錮の禁についての上奏文をたてまつったが、霊帝は採用できなかった。(武帝紀 注『魏書』)
 寵臣たちは曹操を憎んだが、つけこむ隙がなかった。そこで彼を称揚し、頓丘の令に推挙した。(武帝紀 注『曹瞞伝』)

・張奐(ちょうかん)
 字を然明という。三国志に伝はなく、後漢書に伝がある。この人でいんだよな?
 曹操の祖父・曹騰が推挙した人間の中に張カンの名前が見える。  主に異民族と戦い、功をあげた。
 建寧二年(169)に第一次党錮の禁をゆるめるよう主張して上疏するが、もちいられなかった。
 その後、第二次党錮の禁が起きる。

・霊帝(その1)
 本名は劉宏(りゅうこう)という。
 かなりの暗君であり、弱ってきた漢朝にトドメの一撃を加えたといってもいい。
 『党錮の禁』解除の上奏をなんどか受けているが、用いなかった。

・孝廉(こうれん)について
 官僚=国家公務員になるための手っ取り早い方法は、孝廉に推挙されることだ。
 孝廉とは、親孝行+清廉潔白な人物のことだ。

 前漢は王莽に乗っとられた。そのとき、学識のある官僚たちはなんの抵抗もできなかったという。
 後漢をおこした光武帝・劉秀は、成績優秀だけど根性の無いエリートよりも、気骨ある正義漢に国家の運営をまかせようと考えた。
 そのための人物評価が孝・廉なのだ。

 郡太守は人物の評判を聞き、管轄地から見所のある若者を推挙することになった。
 人口20万人にたいし1人推挙する。
 だが、人間を評価するのは人間だ。
 賄賂をもらえば、評価も甘くなる。
 時代がたつにつれ、孝廉は地方有力者の子供ばかりが推挙されるようになっていく。

 世間の評判が良くない曹操が二十歳で、推挙されたのは家の財力と関係あるのだろう。
 もっとも、曹操であれば好きなときに社会デビューできたはずだ。
 最年少ともいえる状態で社会に出たのは、政治にたいする大きな意欲を持っていたのかもしれない。

 ちなみに、曹操と同期の孝廉には韓遂の父がいるらしい。(武帝紀)
 韓遂は曹操より10歳ぐらい年上だから、その父となると60歳ぐらいか?
 曹操が、いかに早熟だったのかわかるエピソードだ。

・参考
 本:「三国志 きらめく群像
 WEB:ほぼ訳!後漢書
 Wikipedia:党錮の禁霊帝 (漢)
(更新2009/4/29)

2009年5月5日(火)
第五話 天下の器

 青銅牛灯羽毛の心地な曹操接待美女

 頓丘(とんきゅう)県の令(長官)に就任した曹操(そうそう)を待ちうけるのは、恐るべき接待地獄だった!
 曹操はこの接待を受けてたつ。
 たぶん、過度の接待費を捻出させることで金の流れを活性化させて、尻尾をつかむのが狙いだろう。
 ちなみに、冒頭にでてきた牛型の置物は実在する青銅牛灯をモデルにしている。(参考:青銅牛灯とは

 孫子いわく『始めは処女の如く、後は脱兎の如く』ですね。
 最初は乙女のようにしおらしくして、あとで脱兎の勢いで行動するわけだ。
 にげる兎のごとくってのが、後ろ向きな気がしますが……
 とにかく、兵法書に精通している曹操らしい作戦だ。


 さらし首

 賄賂を受けまくって相手を油断させて、ズバっと斬る。
 最初デレデレして、あとでツンに転じる逆転ツンデレ作戦です。
 乱れた政治を果断に正すのが曹操流だ。
 ものすごくテキトーにさらし首にされる汚職官吏が、ちとかわいそう。
 曹操に言葉責めされているときが、イチバン輝いているんだけど。



劉備わらじを売る劉備豚も売る劉備
婆さん鬼嚢・劉備出陣!

 そのころ幽州涿(たく)郡涿県(東北のド田舎)に、劉備(りゅうび)という青年がいた。
 夜の劉備は侠(きょう)として活動している。別名を鬼嚢(きのう)という。
 曹操は政治のシステムで世の不条理を正そうとしている。
 劉備は民の側から世の不条理を正そうとするのか。

 市では隣人の商売も手伝う。自分のことだけではなく、隣人も助ける。
 よその村の婆さんだって頼るような男だ。
 そして、劉備はそんな婆さんの存在をすでに知っている。
 盗賊や侠に欠かせない情報網を劉備はすでに持っているようだ。


 張飛張飛張飛

 悪人・孫進を倒すため鬼嚢たちが出陣する。
 だが、ナゾの男が先に孫進を倒していた。
 その恐ろしく強い男は美髯団(びぜんだん)の張飛(ちょうひ)と名乗る。
 馬ごと人間を両断する異常な強さをもつ張飛に、劉備は美髯団に降伏するのだった。


 関羽

 美髯団の頭目は関羽という男だ。
 劉備が悪人を殺しまくって、その先「それで結局どうすりゃいいんだい?」と問う。
 関羽は「侠の心をもって力を集め、世を正す!」と答える。

 関羽は答えているように見えるが、手段を言っているにすぎない。
 蟻の力を集めて象を倒すと言ってみるのはいいけど、実現性が乏しい。
 武勇があっても、知略がないのだ。
 それは関羽も実感しているのだろう。だから、劉備の質問に興味を持った。

 劉備は組織の最終目的を聞いている。
 そういう質問ができるということは、それなりの知識を持っている証拠だ。
 たぶん、美髯団には組織のありようを質問できる人間がいないのだろう。
 世を正すというのは、国家が間違っていると主張している。
 つまり反乱を起こすのと同義だ。

 ならば、劉備はなにを望むのか?
 逆に関羽が問いつめる。
 劉備は自分が楽しむために生きるという。
 では、劉備はなにが楽しみなのか?
 「天下の民の笑顔を見ることだ」

 発言内容は関羽とたいして変わらない。
 だけど、度量の大きさとトンチを感じさせる。
 悪くいえば口先三寸で言い逃れたようなものだ。
 しかし、組織のキャッチフレーズとして民衆受けは格段にいいだろう。


 劉関張の三兄弟が誕生!桃園の夢

 なんかペテン師っぽい言動だが、天下取りってのはペテン師みたいな才も必要だ。
 関羽は自分の心が動いたことを自覚したのだろう。
 人を動かす人的魅力が劉備にはある。
 ちょっとダマされているっぽいけど、関羽は劉備に賭けてみると決めた。

 劉備・関羽・張飛たちは桃園にて義兄弟のちぎりを結ぶ。
 人徳と侠の力をあわせて闘う、劉備軍団の誕生であった。


 蒼天航路 (2) (講談社漫画文庫) 蒼天航路 (18) (講談社漫画文庫 (き1-21))
 今回の話は、蒼天航路(文庫版)2巻「その三十 劉備玄徳」から「その三十四 新しい力」、文庫版18巻「その三百九十一 桃園の夢」からでした。


◆ 蒼天雑学 その5
・ 登場人物
・曹操(その5)
 中平二年(185年)ごろ青州・済南国の相(今の日本でいえば県知事ぐらい)に就任した曹操は汚職役人を八割まで免職にし、衆をまどわす祭祀を厳禁した。(魏書 武帝紀
 蒼天航路ではこのエピソードを10年ぐらい前倒しにしている。
 史実どおり中平二年だと話のテンポ狂うのだ。詳しくは作中時間の10年後に…。あ、それ次回からだ。
 なお、曹操がここで祭祀を禁止したことは、後に意外な縁をむすぶ。

・劉備(その1)
 字を玄徳(げんとく)という。身の丈七尺五寸(魏代の長さで180cm)、手を下げると膝にまでとどき、ふり返ると自分の耳を見ることができた。年齢は曹操より六歳若い。(蜀書 先主伝
 この容貌は、絶対ウソだと思うけど正史にのっているので、仕方がない。
 読書はそんなに好きではなく、犬・馬・音楽を好み、衣服を美々しく整えていた。早い話、遊び人です。
 口数は少なく、よく人にへり下り、喜怒を顔にあらわさなかった。好んで天下の豪傑と交わったので、若者たちは争って彼に近づいた。
 

・関羽(その1)
 字を雲長という。もとの字は長生といい、司隷(首都周辺の地域)・河東郡解県の出身だが出奔し、幽州涿(たく)郡涿県にやってきた。(蜀書 関羽伝
 并州と冀州を通過して、遠くにまで来たもんだ。
 関羽は頬ひげが美々しかったので、「髯之絶倫逸戝(髯(ひげ)殿の比類なき傑出ぶり)」などと誉められたことがある。
 「髯の絶倫」って響きが問答無用に強そうだ。

 三国志演義では身の丈九尺(216cm)で、劉備よりひとつ年下に設定されている。
 だが、吉川英治『三国志』と宮城谷昌光『三国志』では、逆に劉備より年上だ。
 蒼天航路の関羽も、劉備より年上に見える気がしますが、どうか?

・張飛(その1)
 字を益徳という。関羽が数歳年長であったので、張飛は彼に兄事した。(蜀書 張飛伝
 劉備と同郷の幽州涿(たく)郡涿県の人である。
 三国志演義では身の丈八尺(192cm)で劉備より七歳年少となっている。
 あと、三国志演義での字は翼徳だ。益と翼は、どちらも"yi"と発音するので、ごっちゃになったらしい。

・侠について
 侠は「男だて」と和訳される。儒教とは一味ちがった価値観だ。
 儒教では祖霊崇拝からはじまり、親への孝、国家(皇帝)への忠へとつながる。(皇帝のことを国家とも言う)

 侠は国家よりも、仲間との約束や美しくある自分を大事にする。
 あまり歴史の表に出てくる概念ではないので、詳しいことはわかりません。勉強不足です。
 まあ、金庸の武侠小説みたいな精神構造をしているのだろう。
 金庸の『書剣恩仇録』で、主人公は史記の刺客列伝に感銘を受けたといっている。
 刺客列伝に出てくる5人のうち4人は死亡し、暗殺に成功するのは専諸ぐらいだし(ただし本人は惨殺される)。

 名誉や財産はもちろん、自分の命よりも使命や信義を重んじる。
 それが「男だて」なのだろう。
 もちろん、私利私欲に走る人間が多いからこそ、少数の烈士が光るのだろうけど。
 侠と盗賊は紙一重、というより区別がつかない。

 なお、劉備三兄弟が行う桃園の誓いは、三国志演義が成立されたころの侠が行っていた儀式が元ネタになっているらしい。
 『書剣恩仇録』でも、劉備たちを意識した入会の儀式がある。
 なかなかカッコイイので、以下に引用します(一部改変)。

「紅花祖師の姓は?」
「紅花祖師は本姓朱なり、蒼生(たみぐさ)を救わんとて下生(げしょう)されたり」

「兄弟衆の敬うは何ぞ?」
「一に桃園に義を結びし劉関張、二に瓦崗寨(がこうさい)の健男児、三に梁山泊の百八将」

「紅花会が救うは、どの四つたりぞ」
「一に仁者義士、二に孝子賢孫、三に節婦貞女、四に苦海の民草」

「紅花会が殺すは、どの四つたりぞ」
「一に満洲の戎夷(えびす)、二に汚職官吏、三に土豪、四に凶徒」

「紅花会の四大戒律は何ぞ!」
「清の朝廷に投降する者は殺す。上に逆らい会に背く者は殺す。友を売る者は殺す。人の妻を淫する者は殺す」

・参考
 本:金庸「書剣恩仇録
 Wikipedia:金庸武侠小説書劍恩仇録史記刺客列伝
(更新2009/5/8)

2009年4月6日(月)
BSマンガ夜話で蒼天航路

 少し前の話ですが、BSマンガ夜話で蒼天航路をやっていた。
 「ハチワンダイバー」や「のだめ」の時みたいに、本職の詳しい人(歴史作家とか中国史専攻の人)がいたら、より面白かったと思うのだが……
 まあ、肝心の絵の見せ方やキャラの立て方の話はさすがに鋭く、イロイロと勉強になりました。
 蒼天航路を全部見直したくなったなー

 個人的には赤壁の後で孔明の3つの瞳孔が1つになって、以後「普通」の有能な人になったところもつっこんでほしかった。
 あと、天地を喰らえのオチがアレなのは打ち切りだからデスヨ。

 せっかくなので、私なりに歴史面のフォローを入れてみる。

「蒼天航路は中国の歴史書・三国志を題材に」「破格の人といわれた曹操」
 ただ、蒼天航路は三国志演義を正史の面から読み直したという感じだ。
 ちなみに正史だと曹操を「非常之人(並はずれた人物)」「超世之傑(時代を超えた英傑)」と呼んでいる。
 陳寿が個人的にまとめた歴史書が『三国志』であり、死後それが政府に正史として採用される。
 正史とは政府認定の歴史書という意味で正しい歴史ではない。
 ただ、陳寿の所属していた学閥は「誇張しない正しい歴史を書こう派」だったので、正史の中では信用度が高いと言われている。

>「反儒教な曹操」
 曹操宦官の孫だ。宦官が、出自の良くわからない養子をもらい、その子である。
 儒教の考えから行くと、ダメダメなのだ。
 そういう生まれだから、どうしても反儒教な思考がある。
 儒教の祖・孔子の子孫である孔融を殺したのも、世間的な評価ではマイナスだ。

>「なんで董卓のヘソにロウソクを立てたの?」
 正史の注『英雄記』では次のように書かれている。
『董卓の屍は市場にさらされた。董卓は肥満体であったため、そのあぶらが流れ出て地面に染み、草が赤く変色した。董卓の屍を見張っている役人は、日が暮れると大きな灯心をつくり、董卓のへその中においてともしびとした。』
 暗かったからですね。当時は灯りのコストも高かったんですよ。コスト削減のエコロジーです。
 例の派閥の陳寿さんは、こういう面白いエピソードを見ると「ねーよ。Peッ」と言ってカットしちゃうのだ。(想像)

 あと、儒教では死体をきっちり葬らないといけないという思想がある。
 たとえば、曹操の祖父(あるいは父)は銀縷玉衣という立派な埋葬をしてもらっている。
 前に大三国志展で公開されていたのを見ましたが、立派なものでした。(日記6/7

 宦官は切り落とした男性器を壷に入れて いっしょに葬ると言われている。(参考:宦官
 銀縷玉衣の横にチ●ポ壷が展示されていなかったので、祖父ではなく父の墓だろうか。
 ただ、この時代には壷をいっしょに埋葬する風習が無かったのかもしれない。
 それに、曹操の父親って殺されているから、死体が見つからなかったかも知れないんだよな。

 当然、恨まれている人は死体の扱いが悪い。
 董卓の死体にたいする扱いは世間の恨みが深かったことをあらわしている。

>「なんで曹操は皇帝にならないのか?」
 正史の注『魏氏春秋』によると夏侯惇に問われた曹操は次のようにこたえている。
『『〔直接政治にたずさわらなくても〕自分の生き方を示すこと、それも政治なのだ(注:『論語』為政篇)。』もし天命がわしにあるとしても、わしは周の文王となろう。(注:文王は実質的に天下をとっても王にはならなかった)』
 注の部分は簡潔にしました。とりあえず、曹操は簒奪したくなかったらしい。
 陳寿さんは、この部分を採用していませんが。

 世間的には、皇帝になる前に病死した説と、周の文王を目指した説がある。
 私は周の文王を目指した説だと思っているので、当サイトの文章はそういうバイアスがかかっている可能性があります。
 蒼天航路では、曖昧にすることで謎をのこしたのだろうか?

>「馬車から我が子を投げすてる劉備」
 正史にはない話ですが、漢の高祖・劉邦が我が子を投げすてている。
 蒼天航路の劉備は偉大なご先祖様とおなじコトをやっているのだ。
 このあたりは、趙雲考察で書いたことがあるので参考にしてください。

 儒教的には子より親が大事なので、この行為はあんまり酷くない。
 いや、酷いんだけど。
 誘拐をして身代金を要求するとき、日本では子供をさらうが、中国では爺さんを狙う。
 親のほうが大事だから金払いがいいのだ。(参考:中国の大盗賊

 儒教的に正しくても心情的に許せない人もいる。
 曹操の正室丁夫人だ。
 劉備だけでなく、曹操も我が子・曹昂を見すてることで生き延びた。
 曹昂の死は、蒼天航路の見せ場の一つなので、曹操と劉備が我が子を見すてたという対比についてはふれて欲しかったな。

 ちなみに正史の劉備は、長阪で曹仁の弟・曹純に娘を二人捕らえられている。
 積極的にでは無いかもしれないが、劉備は妻子を捨てて生き延びた。
 そういう覚悟が戦乱の世には必要なのだ。

>「曹操が出てから中国の人口は何人減ったか?」
 西暦146年の全戸数は934万戸であり全口数4756万人余だった。
 三国志の終焉である西暦280年の人口は146.3万戸・767万人(魏:66万戸・443万人、呉:52.3万戸・230万人、蜀:28万戸・94万人)といわれている。(以下参考:三国志の世界物語 中国の歴史中国の歴史
 これでいくと、4000万人ぐらい死んでいる計算になる。
 いくらなんでも、そんに減ってはいないだろう。

 この数字は国家の戸籍調査での結果だ。
 つまり戸籍にのらない人が大量に出たと考えないと、白骨の山がいくつあっても足りない。
 この時代は豪族・名門・名族が貴族化していき、人と土地を私有化していく。
 だから、国家の力は弱まっていくのだ。
 三国志のあと南北朝の動乱がおき、が統一を果たす。
 統一直後の戸数は360万だったが、初代・楊堅の治世末年には900万戸・4600万人になっている。
 三国志の時代も豪族たちをしぼれば2.5倍ぐらいの戸籍を確保できたかもしれない。

 ちなみに三国志の虐殺王は、やっぱり曹操だと思われる。
 父親の仇を討つといって陶謙を攻めたときには、死体で川がつまり、鶏や犬すらいなくなったといわれる。(参考:三国志きらめく群像
 いちおう正史本文や注にパラパラと書いてあるので、それなりの虐殺は行ったようだ。

 番組でもふれられていた蒼天航路のゲルニカ風描写ですが、正史の注『曹瞞伝』には次のように書かれている。
『士卒千余人を殺害し、全員鼻をそぎとり、牛や馬は唇や舌を切りとり、袁紹の軍に誇示した。』
 なんと! まさに、殺害王だ。
 ちなみに『曹瞞伝』は曹操の悪口をメインに書いてある信用性の低い本なので、陳寿さんはツバを吐きすてて採用しないのだった。


・おまけ 三国志の正史に興味をもった方へ
 いきなり正史を読むのはキツい。私は一度それで投げ出した。
 なので、「三国志 きらめく群像」あたりで正史の世界にふれるとイイと思います。
 私よりずっと上手く丁寧に正史について説明もしていますし。
 また、蜀ファンなら『正史 三国志 5』がオススメです。
 蜀書がまるごと入っていて、蜀中心のプチ正史となっているので読みやすい。

(更新2008/9/30、2008/10/1一部修正)

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