今週の餓狼伝 BOY(VOL.1 〜 VOL.10)
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2004年1月14日(7号)
Vol.1「出会い」
餓狼伝の原作者・夢枕獏はいう、男の野望は世界征服だと。
今の時代、世界征服はまず不可能だ。
ながい間封印されて時代感覚がおかしくなったピッコロ大魔王ぐらいじゃないと、やろうと思わない。
世界征服をあきらめた少年は、それぞれの世界を征服しようとする。
腕力による征服、格闘の世界での最強。
餓狼伝は、そんな男たちの物語だ。
そして『餓狼伝 BOY』では、餓狼伝の主人公・丹波文七の少年時代がえがかれる。
この日本で最強をめざす少年がいた。名は木戸という。
日本における最強とはッ。
学生で学力一位 → 東大法学部を首席で卒業 → 国家I種をトップ通過 → 財務省へ入省。
そして、官僚ッ!
ブレザーにフチ無しメガネの普通の少年に見えるが、中身(妄想)が濃い。
これで実力がなければ、ひどく哀れだ。
一応、学力は日本征服を夢見るだけあって優秀らしい。
豪華なイスに悪代官っぽく座る己の将来像を明確にイメージしている。
これはイメージ・トレーニングをしているのだろう。
入省一年目からベテランのような風格を出すために今から鍛えているのだ。
おそらく今年の書初めは「天下り」だ。
あるいは「バブル」、 もしくは「野望の王国」に違いない。
新宿歌舞伎町コマ劇場前に列をなす屈強の男たち。
家の押入れにオサマ・ビン・ラディンが隠れ住んでいたような異常事態だった。
どいつもコイツも、危険な獣臭を立ちのぼらせている。
秀才・木戸の分析を待つまでもなく、戦士という人種だとわかる。
(いったい‥‥‥)
(なんの列なんだ‥‥‥!?)
秀才であっても、列の先になにがあるのか気になるらしい。
この様子だと行列のできるラーメン屋とかにも並んでいるに違いない。
意外と庶民派な(未来の)日本の支配者だ。
「殴られ屋でございます」
列の先にいたのは一人の小柄なおっさんだった。
巨大なグローブをはめて、おだやかに微笑んでいる。
殴られ屋というが、顔に打たれたあとが無い。
「受験勉強のウサ晴らし」
「会社でたまったストレスの解消」
「1分で1000円――――」
(受験勉強‥‥って)
(ひっとりもいないじゃん
受験生も―――― 会社員も――――)
おもわず普通の突込みをしてしまう秀才・木戸であった。
天下を取ろうという男がこのていどに、うろたえてどうするッ。
将軍は決して『まさか!』というな。ビザンチン皇帝マリウスの言葉だ。
でも、屈強の男たちを前にしてもマイペースに自問自答している度胸はすごい。
横で見ていると列の割り込みに見えるし、先頭の人のジャマをしているようにも見える。
さすが天下を狙う男だ。度胸はある。
誰も当てることのできない神業だった。
お客の猛攻を“殴られ屋”は軽々とかわしている。
客も只者ではない。うわさを聞いてやってくる「一流選手(ゆうめいどころ)」なのだ。
その攻撃をなんなくかわし、ほんろうする。
しかも、ガードをしていない。
相手の拳はまったく“殴られ屋”に触れていないのだ。
普通、防御というものは、よけ続けられるものではない。
時に腕などでガードし、たまには手を出して相手の動きを牽制しないと、防御しきれない。
その普通じゃないことを、この“殴られ屋”は やりとげる。
「なかには多く払うから“素手でやらせろ”という人までいたが」
「結果は同じ」
素手だと拳の面積が減るのでガードのスキマをぬけやすい。
この人はガードしないので、あまり関係ないんですけど。
拳が小さくなるので目視しにくいとも思うが、一流どころは肩や腰・ヒザなどの動きで予備動作を見切るらしい。
つまり素手の人は多く払い損か?
そんなこんなでボクシング・空手・キック・プロレスラー・ケンカ(ヤクザか?)と、多種多様な受験生や会社員を“殴られ屋”はさばききる。
パンチを見ているだけで流派を見極めるとは、さすが秀才・木戸である。
もちろん、ジャンルによって構えかたやパンチに特徴はあるが、簡単にはわからない。
将来、「権力は暴力だ」といいながら多彩なパンチをうつために、勉強していたのかもしれない。
殴られていないのに“殴られ屋”というのもヘンだが、これでストレス解消になるのかも疑問だ。
しかし、本人も客も周囲も、みな納得している。
木戸は“殴られ屋”に、なぜ攻撃が当たらないのかと質問をぶつける。
「ぜんぜん当たらないワケでもないけど‥‥」
「手は全員が2本だし」
「使う技術はみんな同じだからね」
秀才の頭脳をもってしても、わからないことがあるのだ。
わからないことを、わからないまま放っておかない姿勢には好感が持てる。
しかし、回答を聞いても意味はなかった。
そこは達人の領域だ。知識だけではハエも殺せない。
殴られ屋・ハルヤは待たせていた娘に声をかけて帰っていく。
娘は父の仕事ぶりを見もせずに絵本を読んでいた。
(あの子は知っているんだ)
(お父さんが決して倒されないことを)
木戸は今まで考えたことも無い世界を見た。
私も板垣先生が『かわいい女の子』を描いているのを見てショックを受けた。
今までの価値観が崩れさるような衝撃だ。今なら、となりにボブ・サップが引っ越してきても平然とゴミの出し方を指導できそうなほど動揺してしまう。
木戸は授業も手につかず、夜の街で“殴られ屋”を探す。
道ですれ違った一目ぼれの少女を探すような熱心さで、“殴られ屋”の自宅を聞き出し、彼の家のチャイムを押すのだった。
いきなり本丸に攻めかかるとは、とんでもない男だ。
(なにやってんだよ俺)
「押しちゃったよ」
一応ストーカーまがいな行為をしている自覚はあったらしい。
しかし、ここまで来たのだから、逃げるわけには行かない。
運よく、張矢さんは覚えていてくれ、部屋にあがったらとすすめてくれる。
この二人は歩んできた道は違っても、波長が合うらしい。
お互い、どこかに惹かれていたのだろうか。
部屋の壁三面すべてに使い古されたグローブがかかっていた。
しかもリビングだ。生活の中心で、家族の憩いの場だ。
グローブの皮臭さが充満しているに違いない。
10年間 殴られることで金を稼いできたハルヤの人生の縮図だ。
「え!!!」
「‥‥ッッ負けたって‥‥ッッッ」
「ハルヤさん‥‥‥‥‥‥がですか」
衝撃だったのは、部屋のグローブだけではなかった。
神業とも思えた防御をほこるハルヤが負けたというのだ。
その言葉どおりハルヤの顔はアザだらけで、右目は腫れあがり、唇もところどころ切れている。
「負けたっつーか倒されたワケじゃないんだけど‥‥」
「マジで殴りかえしちゃって‥‥」
「中学生のガキと」
はじめて ひらけた新世界が、足を踏み入れた瞬間に崩壊した。
権力以外のものに、はじめて憧れた存在が、中学生に敗れたというのだ。
木戸にとって、ハルヤは身近な存在ではない。年齢はかなり離れている。
だから、憧れたのかもしれない。
しかし、その憧れをブチ壊したのは、中学生だという。
年齢が非情に近い、身近な存在だといえる。
憧れてはいても、交わることはなかった世界と、身近でなじみのあったはずの世界が近づいているという暗示だろうか。
「「殴られ屋」が殴り返したんだ‥‥‥」
「もうこの商売を続けちゃダメだ」
ハルヤさんは、プロだった。
彼の神業は、技術だけが支えていたのではなく、プロとしての誇りが支えていてのだろう。
その誇りゆえに、一度のルール違反で引退を決意したのだろう。
ショックを抱えたまま、木戸はハルヤの家を出る。
出会いは、そこに待っていた。
「俺ァ タンバってンだけどよ」
「ハルヤさんはいたかい」
(ハルヤさんをヤッたのは)
(コイツだ!!!)
餓狼BOY、中学生の丹波文七であった。
権力で最強をめざす少年と、暴力で最強をめざす少年の歴史的な出会いである。
なんで丹波がここにいるのかというと、ハルヤさんを倒せなかったからだろう。
当てることはできたが、倒せなかった。
その悔しさから丹波はここまで来たのだろう。
しかし、丹波はハルヤさんにどうやって打撃を当てたのだろうか。
ハルヤさんは「手は全員が2本だし」「使う技術はみんな同じだからね」といっていた。
そうなると、丹波はパンチではない、誰も使ってこなかった技術で攻撃したのだろう。
だから、ハルヤさんもつい、カッとなって手を出した、とか?
答えは次週、明らかになるかもしれない。
漫画で最強をめざしている板垣先生が、発行部数で現在最強の少年マガジンに連載開始となった。
きっちり板垣先生と夢枕先生の紹介をしたり、少年チャンピオンで連載中の「バキ」の宣伝までしてくれたりと太っ腹だ。
発行部がチャンピオンの約4倍あるだけに、余裕がある。(参考:日本雑誌協会)
シャアザクは一般ザクを狙わないということだろう(意味不明)。
そう思っていたが、データーをよく見たら、マガジンはジャンプに巻き返されていますね。
それはともかく、今回のアンケートには餓狼伝 BOYへの質問がある。
『(I)キミは、作者の板垣恵介先生を知っていましたか?
(01)単行本を持っているほどのファン。むろん知っていた
(02)「バキ」「餓狼伝」等を読み、よく知っていた
(03)名前だけは聞いたことがある
(04)今回の登場ではじめて知った』
書いた人、感情こめすぎ。
「むろん知っていた」というよけいな一文に、熱い思いがにじんでいる。
というか、なぜ(03)以外は過去形なんだ?
『(K)今後の展開で一番期待するものを選んでください。
(01)秀才・木戸と丹波文七が格闘を通じて友情を深める話
(02)実在の格闘技が登場し、文七と技を競う格闘技もの
(03)不良の抗争等での、ケンカ・ストリート・ファイト
(04)本編の「餓狼伝」のような格闘トーナメント
(05)軍事・政治まで含んだ大スケールの人間闘争もの』
どれもなかなか面白そうだ。
板垣先生自身は「週刊少年『』」で、こんご挑戦したいジャンルを「不良マンガ」と答えている。
(02)と(04)だと本編と同じなので、(01)+(03)な展開になるのではないだろうか。
ちなみに(05)だと、本編に帰れなくなります。
本編の餓狼伝は、04年3月復活予定なのだが、餓狼伝BOYは終わる気あるのか?
なお、個人的に望まない展開としては、
「10人以上の美少女が戦いに参加する格闘ラブコメ」だ。
そういうのが好きな人は『バキ特別編 SAGA[性]』(18禁)を存分にお楽しみください。(過去に書いた感想)
とりあえず、あんまりムリして美少女描かんでください。
なんか、血尿だしながら描いていそうで心配です。
2004年1月21日(8号)
Vol.2「再現」
アッパーズ連載の本編と同じく、主役不在で話が進むかと心配したが、主人公・丹波文七はちゃんと出てきた。
出てきていきなり、初対面の木戸少年にまっすぐ「いるんだろ? ハルヤ」と問いかける。
丹波は暴力の至高をめざしているようだが、根は素直なのかもしれない。
大物プロレスラーにだまされて、下僕のように扱われないか、微妙に心配だ。
返事も聞かず、ヤル気の丹波は木戸を押しのけ、家に乗り込もうとする。
傷ついたままの顔を治すよりも、闘いを求めている。
まだ闘い足りないようだ。
それで自宅にまで押しかける。素直すぎるのも問題だ。
「あ‥‥あの‥‥」
「子供が‥‥‥」
「子供いるの?」
「中に?」
この状況を丹波は想像していなかったようだ。
中学生だから、家庭と家族を守って……なんてことは考えたこともないのだろう。
しかも、職業「殴られ屋」なんだから、自分と同類な格闘バカで結婚とか考えたこともないだろうと素直に思っていそうだ。
丹波はなんてこったいと顔を覆って、がっくり帰ることにする。
「やめだ」
「帰るぞ」
丹波は友達にいうような気楽さで木戸に声をかける。
帰るぞと言われるまでもなく、帰る途中だったんだけど。というより、なんで命令口調なの?
俺は、日本の頂点に立つ(予定の)男なんだぞ、命令すんな。
そう木戸が思ったかどうかは知らないが、あわてて丹波についていく。
自動販売機でコーラを買って飲み干す丹波は気をきかせて、木戸にもコーラをおごる。
けっこう、イイやつかもしれない。
コーラのペットボトルを宙に浮かせて、中指一本拳で受けとめる。
中指の第一関節だけでペットボトルを倒さず支えている。絶妙のバランス感覚だ。
続いて、足、甲側の手首、拳、額とリフティングをして行き、左のローキックで木戸へのラストパスを放つ。
見事、コーラは木戸の手の中に「スポ」っと収まった。
これだけ激しく動かせば、ハデに炭酸が噴きだすに違いない。
実は、これも丹波の細かな心遣いなのだ。
炭酸抜きのコーラはエネルギー効率が高く、愛飲しているマラソンランナーもいるというのは、板垣漫画の常識だ。実際、アメリカのランナーにはコーラを飲む人がいるらしい。
もっとも、秀才・木戸はスポーツ選手ではないので、そういう親切はよけいかもしれない。間違いなく、よけいだ。
実際のところ、丹波はなにも考えていなさそうだ。
丹波の見せた格闘術の動きに見惚れて木戸は頬をそめる。
さっきまでハルヤさんにベタ惚れだったのに、もう気が変わったようだ。
というか、華麗な動きをしてくれるなら、誰でもいいのか?
ほとんどファンになりかかっている木戸は、丹波に石を割れるのかと質問する。
「見たいのかい」
「そんなもの」
キンッ
公園の象の像の上で石を砕く!
ビール瓶4本の首をまとめて手刀でハネ飛ばす!
風に強いオイルライターの火を拳圧で吹き消す!
すべてを、あっさりやってのけた丹波文七に木戸は改めて驚愕する。
自分と近い年齢の中学生が、ここまでの技術を持っている。その事実がさらに衝撃を増しているのだろう。
そういう木戸も、その年齢で権力の頂点に立つビジョンを描いている点で、十分驚愕なんだが。
「人間(ひと)をブッ倒すこととは」
「あんまカンケーねぇよ こんなの」
丹波は試し割に価値を感じていないようだ。
動かないものを破壊しても、意味がないということだろう。
でも、これだけ上手くできるということは、練習していたのだろう。
若いながらも、色々と回り道をしているのかもしれない。
たとえば最初にはじめた格闘技は素手のムエタイ・ムエカッチャーだったとか、そういう変な経歴を持っていそうだ。
なお、自然石割にはトリックがあり、「バキ38話」で語られている。
石と台座の間に少し空間をつくり、石を台座にぶつけて割るのだ。
つまり、丹波文七もすごいが、台座となった象の像もすごいのだ。
ところで、未成年の彼らがどこから中身の入ったビールを4本も調達できたのかは、謎だ。
「その技でハルヤさんに手を出させたんですか」
美技に感動しながら木戸は本題を忘れていなかった。
丹波の攻撃力だけではなく、どうやって「殴られ屋」に手を出させたのかが、重要なのだ。
ハルヤさんは、技術で負けたことを恥じていたのではない。自制できなかった自分を恥じていたのだ。
その辺を理解しておけば、最高権力者として愚民の心を鎖でしばるも思いのまま。と、考えているかもしれない。
「ああ‥‥アレか」
「あれはさァ‥‥」
「こうやったのさ」
丹波の髪が逆立ったッ!
背を向けているので顔は見えないが、何かが起きている。
木戸は一瞬だけ戸惑い、そして叫んだ。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「うわああァァ」
思わず拳が出ていた。
丹波の顔面に拳を打ち込んでいた。
これが、ハルヤを引退に追い込んだ丹波の技なのかッ!?
丹波の技の正体は次回のお楽しみだが、少し推測してみる。
思わず殴りたくなってしまうような、ムカツク顔に変化したのだろうか。もちろん、語尾は「にょ」とか「にょろ」とかに変化している。
順当に考えれば、防衛本能で思わず手が出てしまうほどの殺気を放ったのだろう。
しかし、中学生がそこまでの殺気を放てるものだろうか。
十分おっさんに成長した本編の丹波でも放てそうにない。
あるいは、丹波はズボンを一気に下げて、象さんを出したのかもしれない。
うわああァァ、少年誌でそれ出したらマズイよッ。ベチッ。
青年誌でもあまりよくないと思うが、そんなモノ出してしまったら、雑誌を出すことが禁止されかねない。
木戸が止めようとしたのも、うなずける。
あのまま、丹波がノックアウトされて、木戸が主役になったら、どうしよう。
まあ、あまり困らないかもしれないけど。
2004年1月28日(9号)
Vol.3「夢」
事態を背後からあやつり、直接手を下さないのが権力者だ。
その権力者を目指す秀才・木戸が思わず拳を出した。
丹波の顔面 ド真ン中、みごとに鼻に命中する。
一筋鼻血が流れだす。
「ごッ」
「ごめんなさいッッ」
「ごめんなさいッッ」
生まれて初めてふるった暴力だった。
拳に残る打撃のしびれも、殴った鼻の柔らかい感触もすべて初体験だ。
木戸はワケもわからず、ひたすら謝りつづける。
未体験だった「人を殴る」という行為に動揺しているのではない。
彼の頭脳は、丹波を殴った事によって生じる、次の展開を予測していた。
ひたすら謝る両腕をガッと丹波につかまれる。
(きたッ)
(反撃ッッ)
この状況でも木戸は冷静な判断力をみせている。
丹波と自分では、肉体の戦力では話にならないとわかっているのだ。
このときの木戸は、丹波に割られた石やビール瓶を鮮明に思い出していたことだろう。
次に折られるのは木戸の腕か!?
「おちつけッッッ」
「おちつけ‥‥」
「なにもしない」
そういっただけで、丹波は手を出さなかった。
前回見せたように、丹波は誰彼かまわず噛みつくわけではない。子供がいると聞けばケンカを控えるような思慮深い行動もする。
今回は、丹波が木戸に手を出すように仕掛けたので、殴られるのは予定通りなのだろう。
殴った木戸よりも、殴られた丹波のほうが落ちついている。
丹波に両腕をつかまれている木戸はガクガクと全身が震えている。
何もしないといわれても、中学生にして頭のてっぺんまで暴力に漬かりきっている丹波が恐ろしいのだ。
頭ではなく、体が恐怖を感じているのだろう。
なにもしないと言われても、手首を丹波につかまれるかぎり、おちつかないような気がする。
痛くないですよと言われても歯医者に歯をけずられるのは、いい気分ではないのと同じだ。
木戸は初めて人を殴ったらしいが、怪我がなくてよかった。
鼻ではなく骨を殴った場合は拳のほうが骨折する場合が多い。
意外とセンスがあるのかも。
とっさに左で殴っているので、木戸は左利きかもしれない。
とりあえず、木戸はおちついたらしい。二人仲良くベンチに座っている。
木戸は自分の行為が信じられなかった。
二人の戦闘力は、ザクとガンダム並に開いている。
木戸の人生観からすれば、勝てないケンカはしないタイプだろう。
ザクでガンダムに特攻かけるような無謀はしない人間だ。
(まるで剃刀に拳を振りおろすように)
木戸は自分の行為を、刃を上にして置いてあるカミソリに手をぶつけると形容する。
ありきたりでない表現を考える余裕は、あるらしい。
権力による地上最強をめざすだけあって、極限状態でも頭は働くようだ。
これで、危機的状況下でも体が動くようになれば、優秀な戦士になれそうだ。
今後の展開は予想もつかないが、秀才・木戸も自ら闘うことになるかもしれない。
「ハルヤもそうだった」
「前に立ったら―――――」
「いきなり殴りかかってきやがった」
手を出さないはずの"殴られ屋"が先手をとって殴ってしまう。
観客人もとまどっているし、殴ったハルヤさんにとってもショックだろう。
ピンチになって思わず手を出したのなら言い訳もできる。しかし、先に自分から手を出したとなると、"殴られ屋"として問題が残る。
(今ならハッキリ ワカる)
(ハルヤさんが殴った理由(ワケ))
(ハルヤさんは殴られると思ったンじゃない)
(ハルヤさんは――――――)
(殺されると直感(おも)ったんだ)
丹波文七の出す本気の殺意。
生物には防衛本能がある。その防衛本能を中学生の殺意が直撃したのだ。
ハルヤさんが引退を決意し、相手が中学生だと驚嘆したのもうなずける。
中学生の殺気に反応するようでは、"殴られ屋"失格だろう。
ただ、丹波の殺気が、客の「一流選手(ゆうめいどころ)」より強いとは思えない。
丹波は、後に一流選手を相手にちゃんと苦戦している。
今回は、中学生の丹波をみて、ハルヤさんに油断が生じたのだろう。
その心の隙間に丹波の殺気が入り込んだのだ。
ある意味では、相手のスキをつく攻撃だ。
「あン時ゃゲームとは‥‥」
「考えちゃいなかった」
ハルヤさんはゲームのつもりだったが、丹波は実戦のつもりで挑んでいたのだ。
丹波の挑発が成功した原因の一つは、両者の心構えの差だろう。
正々堂々の闘いではないことに、不満がありそうだ。
そして、悪いことをしたと思っているのか、丹波はチョットしんみりした感じの表情になっている。
「あの‥‥」
「あなたの」
「夢ってなんですか」
木戸は思わず そう言っていた。
暴力を極めていって、なにを目指すというのか。
木戸と丹波は、まったく異質の世界に生きている。しかし、ハルヤさんの絶技を見たときから、木戸は暴力の世界に心ひかれているのだろう。
「最強になりたい」
空を見上げながら丹波は言った。
最強をめざす。それは、木戸の夢でもあった。
丹波は暴力で、木戸は権力で、最強をめざす。
別世界の人間であった丹波文七が、木戸の世界と交錯した。
こうして二人の少年が出会った。
今後の二人はどのような道を歩み、最強をめざすのだろうか。
そして、この連載はいつまで続くのだろうか?
本編の餓狼伝は、04年3月再開予定とあるが、餓狼伝BOYが3月に終了とはどこにも書いていない。
あえて無理難題を自分に課す「不自然主義」を板垣先生は提唱している。
週刊連載2本と、隔週連載1本を同時連載という不自然主義を実践するつもりなのだろうか。
本作「餓狼伝BOY」はタイトル通り少年の話だ。
しかし、第一話から語られる最強への野望(ゆめ)は少年の夢で終わるとは思えない。
気がついたら、本編の年代を追い越して餓狼伝パラレルワールドという不自然展開になるかもしれない。
あるいは、木戸と丹波文七が格闘を通じて友情を深めて行きつつ最強をめざし、うっかり絆を超えて禁断の愛に目覚めてしまう、とか。
そうなるとタイトルは餓狼伝GAY(ゲイ)。
2004年2月4日(10号)
Vol.4「凶漢(きょうかん)」
最強になりたい。
誰も自分のワガママを止めることのできない存在になりたい。
たとえば、18歳未満お断りのビデオを中学生でありながら堂々とレンタルするような行為!
元店員として言わせてもらうと、それはみっともないだけだ。
とにかく夜の公園で、二人の少年が一つのベンチに座って赤面しながら夢を語っている。
妙な図だ。
これで、そっち方面の反応を狙っているのかもしれないが、最近のマガジンはエロっぽい描写で男性読者を魅惑するほうが王道だろう。「味の助」みたいに。
「笑っちまうだろ」
「言うんじゃなかった‥」
中学生・丹波文七、照れる。
ちょっとスケールが大きすぎる夢だし、総理大臣とか、アメリカ大統領になる事よりも難しいことかもしれない無謀な夢だ。
人に話しても笑われそうだ。
少なくとも、初対面の相手にいえる事ではない。
殴られ屋・ハルヤの時もそうだが、秀才・木戸には人の心を開かせる不思議な才能があるのかもしれない。
この才能を政治に使えば、恐ろしい政治家となるだろう。
木戸の武器は学力だけではないようだ。
(学習とペーパーテストだけの日常を続けてきた)
(そんなオレと)
(おそらくは血と汗に彩られた過去を持つだろう この人と―――)
(同じことを夢見ている)
第一話で語っていたように、木戸の夢も「最強」である。
権力の頂点に立つことが最強と信じ、木戸は木戸の方法で目標に向かっていたのだ。
ただ、肉体派・最強志願者の丹波とは違い、頭脳派・最強志願者の木戸は、二人の意味する「最強」に差があることに気がついていた。
まあ、普通は気がつく。
ある意味、この差に気がつけるかどうかは、丹波への試練だ。
ちゃんと気がついてくれるのかッ?
そして、木戸も勇気を出して告白する。
最強になりたいと。
推定5秒。丹波の脳に情報が届くまで、それだけの時間が必要だった。
「おまえさァ」
丹波が、あきれているッッ。
やっぱり、気がついていないか?
というか、権力の強さについて考えたことはないのか?
やっぱり、頭のほうも普通じゃないのか?
そう思いつつ、ページをめくると………
「ゲロッ」
「ゲロゲロゲロゲロゲロ」
(それは――― )
(それまでには見たこともないような)
(大量の吐瀉物(としゃぶつ)だった)
料理漫画が3つもある雑誌で、あえてゲロ描写。
しかも 見開きだッ。
液体表現のエロティシズムでは「味の助」にも負けていない。
上等な料理にハチミツをかけて味わえッ、と言わんばかりの力の入った嘔吐描写だ。
吐いていたのは白いスーツを着た男だった。
目尻がややタレ気味のとぼけた雰囲気をもっている。
それと同時に、広い肩幅から暴力のニオイが漂っている。
公園の水道で口をすすぎ、大量ゲロを吐いた直後とは思えないようなさわやかな笑顔を男は見せる。
こういう人は、かなりの確立で変態なので関わらないようにしたい。
「静かで‥‥」
「いい夜だな オイ」
話しかけられた。
関わってしまった。
しかも、いきなり自分の感想を押しつける図々しさは、すごく変態っぽい。「オイ」じゃねーよ、オイ。
最強をめざす少年二人は、これまた別な意味で最強そうな男に喰われてしまうのか?
(この人‥‥)
(とてつもなく強い!!!)
いきなり強いと瞬時に見破れるとは、やはり秀才・木戸はタダ者ではない。
というか、丹波は反応していないようだが、なにを思っているのだろう。
ゲロに気を取られすぎているのだろうか。
その時、少年たちの背後で闇が動いた。
わずかに砂を噛む音だけを立てて、光の下に五人の男があらわれる。
誰一人として堅気の者はいないとわかる空気がある。
周囲を見渡す者、手に棒を握りしめている者、ゲロ男をにらみつける者。それぞれがバラバラに行動しているようだが、気がつくとゲロ男を囲んでいた。
リーダー格と思われる唯一スーツを着た男が、唐突に立ち小便をはじめる。
ゲロの次は尿と来た。
この調子だと、次回は大きい方が来るかもしれない。
どんな雑誌に連載しようと貫かれる作風だ。
「兄ちゃん‥‥」
「払ってよ飲み代」
ブルンブルンと 尿をきりながら男が声をかける。
ぼったくりバーから逃げてきた客と、店の取立て係という関係だろうか。
尿が終わるのが合図だったように、棒を持つ男がゲロ男の首筋を強打する。
首は人体の弱点だ。まともに打撃を受ければ後遺症の残るダメージになりかねないし、死ぬこともある。
それを背後からやるのだ。
大きいお友達も、マネしちゃダメだ。
だが、棒で殴った男の手の方がしびれていた。
ゲロ男はふり返る。笑顔だった。
平手が飛ぶ。
パァンと音を立て、棒を持つ男の顔が跳ねる。
顔がのっぺらぼうになっていた。
首が180度回って後頭部が前に来ているのだ。
ドシャアと尻から倒れる。
これも死んでもおかしくないダメージだ。
少年二人が夢を語っていただけの公園が、命を取り合う修羅場と化した。
ゲロ男 vs 尿男軍団のバトルが始まり、丹波・木戸の最強を夢見る少年たちは巻き込まれるのか。
次週はお休みなので、続きは再来週だ。
華麗な防御技術を持っていた殴られ屋・ハルヤを上回った丹波だが、早くもその丹波を上回りそうな男が登場した。
あのゲロにどれだけの戦闘力が秘められているのだろうか。
まったく関係ないかもしれないが。
とりあえず超人的な食事量を取ることのできる胃の持ち主らしい。
よく喰うということは、よく育っていいるということにつながる。
肉体のほうも超人的と考えていいだろう。
白スーツというのは、一般の人はあまり着ない。
そんな訳でゲロ男もヤクザ関係の人かもしれない。
餓狼伝BOYは、とりあえず暴力世界の話になりそうだ。
TVで放送されるような格闘技ではなく、路地裏で繰り広げられるような暴力の世界だ。
その中で木戸はどう関わっていくのだろう。
現時点では、妙に鋭い闘いに対する嗅覚を見せている。
そして、だてに秀才ではないのだろうから、格闘知識をいかして解説王となるのではないだろうか。
板垣作品では格闘描写と同じぐらい、解説描写が熱い。
解説のない板垣漫画など、黄身抜きの卵焼きのようなものだ。
ちなみに、ヒクソン・グレイシーはよけいな脂質を取らないために黄身抜きで卵を食べてました。
次回は、謎のゲロ男が暴力を存分に振るうのだろう。
尿男が、己の出した尿の海に沈む確率はけっこう高いと思う。
そして、かなり確実に、誰かの睾丸が砕けると、私は確信している。
2004年2月18日(12号)
Vol.5「正体」
世界一のゲロ排出量(推定)を誇るゲロ男があらわれた。
五人の敵に囲まれるが、ビンタ一発で首を180度まわしてしまう荒業を披露し一人を屠る。
しかし、それを見ても動じない残り四人もタダ者ではない。
全員そろって童貞(※ 敵を初めて殺すこと)を捨てていそうだ。
というか、救急車をよぼうや。
ゲロ男が容易ならぬ敵と見抜いたボスは手下の三人に声をかける。
三者三様、三本のナイフが取り出された。
刃を折りたためば手の中に隠れるようなサイズだが、確実に皮膚を斬り肉を裂く鋭さを持っている。
不必要に殺さず、確実にダメージを与えるための隠しナイフだろう。
ナイフ出す前に携帯電話出して救急車よぶ選択肢は無いらしい。
「使用(つか)うよ」
言いながらボスも刃物を取り出す。
部隊の長らしく獲物は長めで、匕首(ドス)だった。
コレでさせば、人が死ぬ。
人を殺してしまうと後始末が面倒だ。つまりボスは威嚇だけで、刺すつもりはないのだろう。
自分は直接手を下さず、部下にやらせる。こういう行動こそが、暴力組織で生きる秘訣なのかもしれない。
「ケ‥‥‥ケイサツ‥‥‥‥‥‥‥‥呼ぶ‥‥?」
光り物に慣れていない一般人代表として、秀才・木戸が取り乱す。
ケイサツより救急車を呼ぼう。なるべく早く。
刃物を出したのは恫喝で、相手の戦闘意欲を削るのが目的だろう。
正しい常識人ならビビって当然の状況だ。
だが、ゲロ男は国体出場レベルの変態だった。
ナイフ四本に囲まれたまま平然としている。
「安物のスコッチ3杯で27万‥‥」
「そして刃物」
「もうケイサツは呼べない」
やはり、ぼったくりバーから逃げてきたようだ。
そして、自らの手で相手を倒すつもりらしい。
過剰防衛でも警察を呼ばれる事はないとにらんで、思う存分に暴力を振る気だ。
でも、先に首をネジ曲げちゃっているから、この時点で警察呼ばれたら過剰防衛と殺人未遂になりそうだ。
なんとなく、雰囲気でごまかしているっぽい。
あのゲロは安物スコッチゆえの悪酔いだったのだろうか。
でも、量からすると3杯とは思えない。3本の間違いかもしれない。
さらに刃物が出てくる。
対抗するようにゲロ男がぞろり…と巨大なナイフを取り出す。
何用ナイフかわからないが、山刀のようなデカい刃を存分に見せつける。
「やろうよ」
「チャンバラ」
ゲロ男がマウンドに立つピッチャーのように大きく振りかぶる。
刃の光がボスの顔を照らす。
頭頂からアゴまで一直線、スイカ真っ二つコースだッ!
みごとに割れて赤い果肉が飛び出すか。
「ひィ‥‥」
思わずボスも縮こまる。
恥も外聞も刃物も投げすてて、両手で頭をガードする。
事前に立ちションしていてよかった。してなきゃ、きっと漏らしてる。
ドスッ
ナイフはボスの足元、地面に突き刺さる。
思いっきり投げつけたので、刃がほとんど土に隠れるほどに突き刺さっている
「ビクビクすんなァ――――ッ」
ゲロ男うれしそう。
笑顔満面で右の拳を打ちつける。
その一撃は、ボスのまぶたや唇をめくり上げ、体はピンポン玉のように吹っ飛ばす。
低重力化にいるように長い間隔で二度弾み、そのあと体はゴロゴロと無残に地面を転がり止まる。
勝負ありだった。
ボスを倒したというだけではない。
残りの三人も戦意喪失している。
三本集めたヤがまとめて折られたのだ。
手下どもが、狂犬三匹から負け犬三匹へと変化したのをゲロ男は見逃さなかった。
すかさず恐るべき追撃がほとばしる。
「まずいスコッチ飲まされたから口直しするんだ」
「銭(ぜに)出すンだよオラァ」
逆ぼったくりだ――――ッッ!
ただ酒飲むだけではなく、さらにその上を目指す。
恐るべきワガママっぷりだ。
もしかすると、すべて計算の上でタダ酒を飲み、暴力を楽しみ、銭を稼いだのかもしれない。
…………それは無いか。この人、ただの変態っぽいし。
いやぁ〜〜生意気いって スンマセンっスという感じに恐縮しちゃっている下っ端から金を巻き上げたゲロ男は再び丹波&木戸に接近する。
キケンな芳香(ゲロ臭ではなく)を漂わせ、視線をそらしながら歩いてくる。
二人の少年に緊張が走る。なにしろ相手は変態だ。
ゲロ男の視線が再び二人をとらえる。
「静かで‥‥」
「いい夜だな オイ」
い、意味不明だァ――――――ッッ!
さすが変態だ。理解不能の意味不明だ。
というか、もう前回いった台詞を忘れたのだろうか。
外に排出したとはいえ、安物のスコッチはゲロ男の脳に深刻なダメージを与えていたのかもしれない。
「もう帰んな」
「明日早えぞ」
なんか放課後の見回りをしている教師みたいなことをいって、ゲロ男は去っていった。
結局、彼は少年二人に対してナニがしたかったのだろう。
まあ、考えても仕方がないかもしれない。相手、変態だから。
翌日、木戸の学校の朝礼で新任教師が紹介された。
切雨(きりゆう)静と紹介された男こそ、昨夜のゲロ男であった。
丹波ではなく、木戸と切雨が因縁を持った。
権力での最強を目指していた木戸が、暴力に目覚めるきっかけになるかもしれない。
そして、丹波の最大のライバルとして、本編の梶原のように、気がついたら解説役になっている。
しかし、切雨は何者だろうか。
あの戦闘能力と資金の徴収方法は、堅気の人間とは思えない。
というより、リアルに犯罪だ。
暴力教師だろうか?
あ、暴力をふるう教師ではなく、暴力の使い方を教える教師だ(「英語教師」のような使い方)。
エリート学校(?)だけに「暴力」とか「権力」とかの特別授業があるのか?
「暴力」の授業 最初の教えは、豪快なゲロの吐きかた・吐かせかただろう。
2004年2月25日(13号)
Vol.6「脅迫」
秀才・木戸も認める強者、暴力系ゲロ教師・切雨(きりゆう)静が赴任した。
ぼったくりバーでタダ酒を飲み、追手のヤクザをぶちのめし、逆に金をせびり取る。
ゆとり教育にふさわしく、ワクにとらわれない自由な気質の人だ。
大相撲出身の異色教師として校長に紹介されている。
しかし、木戸は彼の正体をしっている。
教師というより、凶士と呼ぶほうがふさわしい、銃刀法違反級の変態である。
攻守共に並外れた戦闘能力をもち、みごとなゲロ吐きっぷりを見せた男だ。
いまや体育館は国内唯一の学園内戦場となった。
一触即ゲロの、同時多発もらいゲロになりかねない限定空間内で切雨静は目を見開き、新任の挨拶をのべる。
『人生に誇りを』
『僕からみなさんへの』
『たった一つの願いです』
そういって切雨はガク‥‥と、しゃがみこむ。
昨晩ヤクザから巻きあげた金で飲んだ酒が今ごろ効いてきたのか。
それとも、Vol.4で受けた頭部へのダメージが今ごろ効いたきたのか。
切雨は、ダメージには鈍そうな感じがする。
『あんまり緊張して』
『立っていられなくなっちゃって』
学生大うけ。
朝のけだるい雰囲気のなか、校長の話が長引けば生徒がバタバタ倒れる朝礼で、生徒から笑いを引き出すとは。
元力士だけあって、立会い阿吽の呼吸を読み取る能力がズバ抜けているのだろう。
ただ暴力のみに特化した男であれば、さほど怖くない。
だが、この切雨は頭脳派でもある。オマケに変態だ。
一人で、丹波と木戸の機能を備えているようなものだ。危険すぎる。
『今の一言を言うために』
『一ヶ月も酒を断ったんだぞ』
(ウソだ‥‥ッッ)
『昨日なんか一日中ドキドキして』
『一歩も外へ出られなかった』
(完全にウソだ!!!)
将来日本の権力を牛耳る予定の秀才・木戸ですら普通に突っ込むしかない、白々しいウソだった。
それでも、読者のかわりに突っ込んでくれてアリガトウ。
全生徒に昨晩のようすを見せて、総がかりで突っ込ませたい気分だ。
でも、うかつに手を突っ込むとゲロ吐いて反撃してきそうだなぁ。
と、切雨が壇上から降り立った。
白スーツに身を包んだ巨大な肉が進む。一直線に木戸をめざしている。
生徒のそばを通っているが、昨晩の酒のニオイは消えているのだろうか。
言ったそばからボロが出そうな大雑把さも、己の暴力に自信があるからかもしれない。
もちろん突っ込まれたら、張り手で応酬するだろう。
体のできていない学生が喰らえば、首が360度回転になって、見かけ上は なんとなく平気かもしれない。
(ボクを憶えている!!!)
ショック、手遅れ。少年は変態に目をつけられていた。
大勢いる生徒の中から確実に獲物を見つけ出す嗅覚を切雨はもっているようだ。
カモにできる店を見つける嗅覚であり、決着をつけやすい公園を見つける嗅覚だ。
まあ普通に考えれば、昨晩の段階で自分が行く学校の制服だと気がついていたから、チェックしていたのだろう。
そして、しゃがみ込んでみたり、大嘘をついてみたりして、他の生徒と反応が違う人間を探していた。
この変態なら、それくらいは考えていそうだ。
「はじめましてッ」
「切雨です‥‥」
木戸がしゃべろうとすると、大音量でさえぎり初対面をアピールする。
メガネかけたぐらいで切雨静という変態性が消えたりしない。
笑顔が怖い教師No.1の切雨が、圧力をかけてくる。
(威嚇しているんだッッッ)
(夕べ見たことは誰にも喋るなと!)
普通なら校舎裏とかに呼びだして威嚇しそうなものだけど、切雨はそんな小さいことはしない男だった。
全校生徒が見守る中での恫喝だ。めちゃめちゃ怪しい。
だが、怪しすぎるので、かえって気がつかないのかもしれない。
推理モノで、最初に疑われる挙動不審の怪しい人間は、たいてい犯人ではない。
もちろん、現実では一番怪しい人間がたいてい犯人なんだが。
もしかすると、切雨は木戸に脅しをかけているだけではなく、すべての人間に脅しをかけているのかもしれない。
己の暴力性と異常性とゲロ臭を周囲に覚えさせ、逆らう気を奪う。
暴力を持って、権力を奪いとる。
目指すは地上最強、その手前で校内最強、学園征服だ。
三日後、校長室のイスに切雨がふんぞり返って座っていても驚かない。
「約束だ」
「誇りを持って下さい」
切雨は指きりをするように小指を出す。
恐るべき圧力に追いつめられ木戸は小指を絡めるしかなかった。
「どすこい」
絡んだ瞬間、木戸の体が一回転した。
それでも木戸は足から着地する。いや、着地させてもらった。
この芸当には、小指で少年一人持ち上げる力が必要だ。その上で、相手を自由にコントロールできる余力がないとできない。
ただ遠くにボールを投げるだけではなく、絶妙のコントロールも同時に備えた、剛速球エースのようなものだ。
相撲でマワシを捕るときは小指から入る。小指は力士の命綱なのだッ!
という知識はグラップラー刃牙190話(23巻)で語られるのだが、マガジンでは「 新・コータローまかりとおる! 柔道編」にも出たエピソードだと言うほうが通りがいいかもしれない。
えー、今はマガジンSPECIALで連載中ですか。
(喋ったら――――――――――)
(殺される)
今週は余裕ないのか、ストレートな感想を言うしかない木戸であった。
ここまで脅しておいても、切雨さんなら「結婚しようか、オイ」とか言いだしそうで怖いなぁ。
つうか、用が済んだんだから指からめるの止めましょうよ。
そのころ主人公の丹波は両手の小指と薬指の四本のみで懸垂をしていた。
一度の対峙で、切雨の武器を感じ取ったのだろうか。偶然にも同じ武器を鍛えている。
丹波と切雨の二人は、一瞬の交わりでしかなかった。しかし、二人は再び出会うだろう。
二人の小指には運命の赤い糸が結ばれているに違いない。
お互い引き負けないように小指をしているのだ。
次に逢うのは戦場か。
激闘の予感を秘めつつ、次回へ。
って、木戸と丹波はちゃんと連絡取れるのだろうか。
木戸はともかく、丹波は携帯とかもっていなさそうだし、連絡方法がなさそうだ。
のろしを上げたりして、連絡をするのだろうか。
それにしても、木戸のポジションって、お姫さまだよなぁ。
2004年3月3日(14号)
作者取材のためお休みです
先週号には14号に続くと書かれていた。しかし、今週はお休みです。
最近、連載に対してうたぐり深くなっている(「HUNTER×HUNTER」のファンほどではないのだろうが)。
だから、休載のお知らせがないかじっくり確認していただけに、この不意打ちは効きました。
でも、先週の予告ページをじっくり見ると連載陣の中に「餓狼伝BOY」の名が抜けていたので、アオリ文句の誤字かもしれません。
板垣先生の最新刊「バキ」21巻でも不自然主義をうたっていたが、こんなところまで不自然にしなくてもいいのに。
そういえば3月に連載再開予定だった本編の餓狼伝は、アッパーズの次週予告に影もない。
まあ「餓狼伝BOY」の第一話を見た時点で、過剰すぎる情熱が詰め込まれていたので、3月再開はヤバいと感じていた。
原作・夢枕獏の法則で連載中断のまま数年放置という可能性があるかもしれない。
本当なら、今日の感想は「3月3日「女の子の日」は餓狼伝BOYの男汁で台無しになった」としめるつもりだった。
美少女路線も推し進めるマガジン編集部から、なんらかの圧力がかかったのかもしれない。
そう思えば2月10日も休載だった。2月14日「バレンタインデー」という甘ったるい日を国宝級の男ゲロで台無しにするチャンスだったのだが、これも防がれている。
こういうイベントには板垣禁止令が発令しているのだろうか。
そうなると、クリスマスも筋肉祭にとっては鬼門かもしれない。
なんにせよ、講談社には手の長い敵がいるらしい。
次回の餓狼伝BOYは、丹波と切雨の再会になるのだろうか。
ペテン派の大相撲教師・切雨がもう一人の目撃者である丹波を見逃すとは思えない。
きっと木戸を人質にして悪どい手段で丹波をおびき出すのだろう。
「丹波くん、こんなんなっちゃった…」
「きさま、木戸に、木戸になにをしたッッ!」
なんて、昭和のドラマみたいな展開になるかもしれません。
ところで切雨先生はなんの教師なんでしょうか。
体育教師というのは当たり前すぎて面白くない。
意外と英語教師が似合うかも。
翌日の時間割りに、美術・音楽・書道の芸術系選択科目よりも絞り込んだ本気の科目名『大相撲』が極太毛筆で書きこまれていたりして。
2004年3月10日(15号)
Vol.7「怪物」
木戸新一は秀才人間である。
教師系力士・切雨静により女の子にトキメかない体質に改造されてしまった彼は、夜の学校に呼びだされたのだった。
文脈がワケワカランのは仕様です。
(まぶしくない‥‥‥‥‥‥)
(いつもはあんなに輝いて見える彼女が――――――)
(今夜のことを思うと――――――)
クラスメイトの女子をみても、キュンとこない。
別に板垣先生の描く女の子がいつもどおり×だからとか、そういうワケではない。
第一話の女の子は、連載第一回という気迫がみせた一夜の幻だったのだろうか……。
東大にはいって日本を牛耳ろうと考える木戸だが、勉強ばかりしていたわけではなく女子にも興味があったようだ。
メガネをかけているだけあって、好みの方向性に乱視が入っているかもしれないが。
好きな女の子も道端の雑草なみに気にならなくなる今夜の用件は、当然のごとく切雨関係だった。
逢引場所は、校舎の離れにあるトレーニングルームだった。
この状況はエロゲーやエロ漫画やエロ小説など「エロ」を冠する作品では、とても大変な目に合うと相場が決まっている。
木戸の尻は大ピンチだ。相手は一人と思うなかれ。部屋に順番をまつ力士が大量に詰め込まれているかもしれない。
急げ丹波よ、姫が君の助けをまっている。
しかし、勢いで殴られ屋ハルヤ家のチャイムを押してしまうような木戸は、丹波を待つそぶりも見せずにドアを開く。
木戸は木戸なりに、自分が犠牲になることで丹波は逃がそうとか考えているのかもしれない。
(か‥‥怪物‥‥!!!)
ドアの向こうには汗まみれの力士が湯気をたてながらシコを踏んでいた。
もちろん切雨静である。
男相手でも孕ませることができそうな雄の色気を噴出させて、切雨がにらみつけてくる。
マイまわしを締め、汗まみれで木戸を待ち構えていたのだ。
日常生活において、まわしを持ち歩く人はいない。
切雨は昨日からこの状況を予測し、まわしを仕込んできたのだろう。
彼の本気と狂気のほどがうかがえる。
恐るべき変態だ。こうなっては地上最速のチーターでも、逃げることは不可能だ。
「木戸新一」
汗まみれで息を荒げながら、切雨は木戸のフルネーム・住所・家族関係・成績などの個人情報をスラスラ言う。
木戸は完全に包囲されている。
自宅の便所に逃げ込んだとしても、まわり込まれるだろう。
そして、7話にしてついに木戸のフルネームが発覚する。
名前が判明しないまま どこへ行くのか、ちょっとだけ心配だった。
さらにセリフの合間で木戸と丹波が連絡を取りあう仲に発展していたことも判明する。
餓狼伝世界は基本的に苗字かフルネームで呼びあう(例外は涼二と冴子)ので、丹波と木戸は今後も苗字で呼びあうだろう。
別に「初めてのお泊り」をへて互いを名前で呼び合うことは期待しておりません、ハイ。
「新一」
「おめェは少々‥‥」
「勉強に偏りすぎているようだ」
いきなり餓狼伝の法則を無視して、名前で呼びかけるゲロッパー切雨だった。ヤツは本気だ。
触れる前からはやくも木戸を情婦あつかいか。
切雨は40kgの重りのついたバーベルを片手で持ち上げ、木戸に手渡す。
棒だけでも結構重いうえに40kg追加だ。
当然一般人の木戸は支えることができず、足元に落としてしまう。
落ちたバーベルが体にぶつかったり、足に落としたりする可能性もある危険な行為だ。
切雨は本気だ。
木戸が負傷してもかまわないし、そもそも木戸を無事に帰す気すら無いのかも。
まあ、それは前回から予想されていた展開ではある。
秀才木戸にはなんらかの策があるのだろうか?
この程度のことに無策だとしたら、天下取りはあきらめた方が無難だろう。
「おいタオル」
切雨が声をかけると、奥から木戸がトキメいていた(過去形)らしいクラスメイト・伊波さんが出てきた。
木戸と視線をあわせないようにしながら、伊波は切雨にタオルを渡す。
彼女もすでに切雨に身元を調べられ、弱点をサバ折りされているのだろう。
立会いから一気に押し切る押し相撲が切雨のスタイルのようだ。
伊波がちゃんと制服を着たままだったのがせめての救いだろうか。
これが、下着姿だったり、スクール水着とかの趣味的なコスプレだったり、まわし一丁だったら色々と凹む。
「新一」
「転校しろ」
容赦のない要求だ。
というか、転校ですか。想像よりもおだやか、というかセコイ要求だ。
身も心も屈服させてムリヤリいうこと聞かせるものだと思っていた。
コレを聞き入れないと、まわしをしめたストーカーが家の玄関先で毎晩ゲロを吐く、という回りくどい嫌がらせをするのだろうか。
切雨が大物なのか小悪党なのか、切れ者なのか天然なのか、わからなくなってきた。
(いったい)
(どういう人なんだ!?)
秀才・木戸をもってしても理解不能らしい。
わかることといえば、「ド変態」ということぐらいだ。
そして、目の前の変態に気を取られ、はやくも伊波さんはどうでも良くなりはじめている。
ドカッ
その時、室内にあった飛び箱から人が飛びだした。
主人公・丹波文七である。
前回・今回共に最終ページで滑りこみセーフな、ギリギリ主人公だ。
「とんでもねェ センコーだな」
「なんだ‥‥」
「きてたのかい」
突然の奇襲にも動じない切雨だった。
これぞ激闘必至、ふたりは戦うべき状況に置かれている。
だが、木戸の見立てでは丹波より切雨のほうが強いらしい。
その実力差を丹波はどうやって打開するのか。
そもそも飛び箱に潜んでいたのは、奇襲をかけるつもりだったのだろう。
しかし、木戸のピンチに思わず飛び出してしまったようだ。
いきなり、策が失敗している。
次善の策は、木戸をお姫さま抱っこして逃げることか。
うまくすれば切雨は泣いてくやしがるだろう。
ちなみに、伊波さんは置いていく。萌えないし。
今週の内容はとことん不条理だ。
夜に学校のトレーニングルームで、まわしをつけた新任教師がまっていて、バーベルを手渡された。そこには自分が好きだった女の子も一緒にいて、教師に転校しろと言われたら、飛び箱の中から昨日友達になったタンバくんが出てきた。
なんか、精神科医に昨日見た夢の説明をしているような感じだ。
そして、次回も不条理に餓狼中学生 vs 大相撲教師が始まる。
餓狼伝BOY初の本格バトルは喧嘩バトルとして、周囲にある物をいかに武器として使うかが鍵になりそうだ。
地面に落ちている石ひとつにも気を配るのが餓狼伝の路上格闘である。
もっとも餓狼伝らしいファーストバトルが期待できる。
次回、夜の学校で三人プレイ(伊波さん除く)なのかッ!?
ところで、アオリ文句で「切雨」に「きりう」とルビが振られている。
もしかして、今ごろ改名ですか?
たしかに、「ゆ」が入りそうに無い漢字なんだよな…。
もう、「きりゆう」で単語登録しちゃったんですけど。
2004年3月17日(16号)
Vol.8「咆哮」
放課後の個人授業(プライベートレッスン)、切雨先生の前ミツ授業がはじまる。
前ミツはキンタマを掴むつもりで取れ! とグラップラー刃牙・三巻18話で解説されている。
甘くキケンな前ミツ授業が少年たちの股間を狙っているッ!
「タンバくん‥‥‥‥て言うんだ」
「カッコよかったなァッ」
「飛び箱からバカーンてさァ」
大相撲教師は、この奇襲にもあわてない。力士だけに動かざること山のごとしだ。
丹波はただ外に出ただけで、切雨に攻撃を仕掛けたのではない。
不意打ちを不発に終わらせた意味は大きい。
切雨の余裕は最大の危機をひとつ乗り切り、勝利を確信したためだろう。
「ただその‥」
「なんていうか‥‥」
「見せ場がくるまでジッと箱の中でしゃがんでた姿を想像するとさァ」
ニタリと切雨がわらった。
隠された非道の本性がそのまま表に出てきたような下劣な笑いだ。
しかし、核心をついている。おそるべきツッコミだ。
日々ツッコミを心がけている私も、コレには負けた。
触れて欲しくないポイントを探り出し、突く。たかり家業を裏でやっていそうな切雨だけに、敵の弱点を探り出すのが得意らしい。
でも、マワシ一丁でかっこつけている人に言われたくない。
「てことは伊波と俺のアレも見ていたワケだ」
切雨のさらなる追撃に伊波は赤面しヘタリこみ、木戸はメガネを光らせ いきどおる。
丹波は無反応だ。伊波には全然まったく興味が無いようだ。
伊波のピンチなど、木戸のピンチに比べれば屁でもないのだろう。
で、変態・切雨は伊波にナニをさせたのだろう。
嫌がる伊波にムリヤリまわしをつけさせ、相撲勝負とシャレこんだのだろうか。
もちろん脅迫用に写真やビデオ撮影したはずだ。
「現役女学生のまわし姿。こりゃァ、マニアのはじっこに高く売れるかもしれないぜ」
(マ、マニア! それも端の方。オマケに『かもしれない』。こんな格好までさせられた上に、めっちゃ安いあつかいッ!)
なんて感じに言葉責め。
丹波は飛び箱の中で、聞き流す。
「シンイチから聞いたぜ」
「大相撲‥‥」
なんと、丹波も「シンイチ」と名前で呼んだッ!
あの晩、二人の間にナニがッッ!?
それとも、切雨が「新一」と名前で呼んだのを聞いて、悔しかったのか。
なんにしても、丹波にとって木戸新一とは特別な存在であるようだ。
それは置いといて、丹波は来る前に切雨静のことを調べていた。
こういうところで木戸が活躍しておかないと、ただの驚き役か、さらわれるお姫さま役にしかなれない。
今のところ、そのふたつの役割は十分に果たしてはいるが、それでいいのか?
次に同じようなことがあれば、木戸には頭脳面での活躍を期待する。
かつて「華ノ花」と呼ばれていた切雨静は、「稽古場でのあからさまなかわいがり(シゴキ)にブチ切れて大関に暴行 休場に追いやる」。
現役時代から暴力系の雄だったようだ。
他の力士が止めに入る間もなく叩きのめしたようなので、強烈な連打を隠し持っているのだろう。
「こいつはよォ‥‥」
「力で俺らの口をふさごうとしている」
餓狼BOY丹波文七は確信していた。
切雨静は目的を達成するのに、暴力を使用する男だと。
そして、この男の暴力に抵抗するには、やはり暴力しかないのだと。
ダン
「いやアァアァッツ」
丹波文七が咆哮(ほえ)た。
彼は若輩ながら、暴力による地上最強を目指している。
頂上はまだ遠い。こんなところで止まるわけにはいかない。
まだ立ち止まるには早すぎる。
「ワカるかいシンイチ」
「こういうときのためだ」
「こういうときのための格闘技なんだ」
格闘技とは理不尽な暴力から身を守るための技術だ。
今までの印象だと、丹波少年は闘いそのものを目的にしていると思っていた。
何かのために闘い強くなるのではなく、闘い強くなるために何かをする、そういうタイプだ。
しかし、自分や愛する人の身を守るために強くなるという、武道家的な精神も持ち合わせていたようだ。
女子供が強者に対抗するための技術が武術だ。
中学生である丹波ではあるが、木戸に向けられた理不尽な暴力を防ぐべく闘志を燃やす。
それはそうと、「シンイチ」と呼びかけすぎ。
木戸の見たところ丹波の勝ち目は薄い。
だが、それでもやる気だ。やる気なんだ!!
この闘志こそ丹波文七の強さなのだ。
そして、木戸が丹波文七に強くひかれるのも、同年代の人間がこれほどの闘志をもっているからなのだろう。
「金玉ァッッ」
板垣漫画では必須の技術である金的攻撃を、丹波がいきなり仕掛けた。
切雨がナニか悪さをする前に、ソコだけは潰しておくという判断か。
しかし、口で宣言しつつ攻撃しているのが、妙な感じだ。
と、思ったら途中で蹴りの軌道を変えて顔面にまわし蹴りを撃ちこむ。
ローキックから軌道を変えてハイキックにするのはよく見かけるが、金的から軌道を変えるのはあまりない。
意表をついた攻撃だ。
だが、金的に対して切雨はさほど動揺していなかったように見える。
切雨は、股間に対しては絶対防御の自信があるのだろうか。
股間の攻撃はすべて受けきる覚悟かッ!?
ハイキックで先制した丹波は機を逃さず拳の連打を叩き込む。
蹴りの間合いから、拳の間合いへ。
安全な距離を取ることもせず、一気に連打で決着を狙う。
バン
機関銃の連打は、大砲の一発で吹っ飛んだ。
切雨の張り手が丹波をなぎはらう。
窓を突き破り、丹波が室外に転がり落ちる。
巨体とは思えない軽い動きで切雨が追う。戦場は野外へとうつった。
いかにスピードがあっても、技術があっても、体格の差は埋められないのだろうか。
力士という超重量級の力の前に、中学生はあまりに非力だ。
「名優だなタンバ」
笑いを消して切雨が丹波にせまる。
切雨がキケンなほど本気になっているようだ。
もう、中学生だと甘く見てはいないようだ。
ここからは、闘いというより殺し合いに発展しかねない。
そして、「名優」とはどういう意味だろう。
丹波が張り手で吹っ飛んだのは演技なのだろうか。
狭い室内で闘えば伊波はいいとしても、木戸が巻き込まれる恐れがある。
だから、野外へ移動したのだろうか。
どちらにしても、切雨の実力はまだ底知れない。
今まで単発の張り手しか出していない。
連打や、組みついてからの技を隠し持っているはずだ。
わまし姿というのが怪しい。
力士のモチ肌はすごいらしい。
切雨は半裸のあの姿を最大限にいかし、サバ折りモチ肌地獄で丹波を責めたてる可能性がある。
木戸の目の前で、丹波を狂わせ醜態を見せつけるのが切雨の狙いに違いない。
それはそうと、今週を見るかぎりでは、やっぱり「切雨」=「きりう」と読むのが正しいようです。
「ゆ」は、どこから来て、どこへ行ってしまったのだろう。
それにしても、調べればわかるような経歴を持つ男をよく教師として雇う気になったものだ。
もしかして、校長も切雨に前ミツをがっちりワシ掴みされていて、逆らえないのだろうか。
2004年3月24日(17号)
Vol.9「死闘」
連載最初の本格的バトルで、連載最初の本格的ピンチだ。
中学生 vs お相撲さんの異色対決に、マガジン読者はついてこれるのかッ!?
ある意味、丹波の体より心配だ。
「なかなかの名優ぶりじゃねェか」
けっきょく意味不明な切雨の誉め言葉だった。
はたかれて吹っ飛んだダメージが、丹波にはちゃんとある。目が白黒反転していて、けっこう深刻だ。
そして、冷や汗をかいている。
板垣漫画において、汗はダメージをあらわす重要な要素だ。
組むより殴れ、血管浮いても汗出すな。コレさえ知っていれば、官僚になって愚民を支配するのも夢ではない。
切雨は友達の前でカッコつけて見せた丹波をほめることでバカにしたのだろうか。
倒れる丹波を見下したまま、木戸と伊波がかけよるのを待つ。
カッコつけて見せたい友達の前でブチのめし、屈辱を味あわせたいのだろうか。
「友達(ダチ)が見てるぜタンバ」
「反撃のタイミング‥‥‥‥‥」
「―――じゃなかったっけ」
言葉による追い討ちだ。
やはり切雨は人をいたぶるのが好きなようだ。
丹波、がんばらないと君の大切な木戸が、大変な目に合うぞッ!
キリ……
汗をかいているが、丹波は歯を喰いしばりハネ起きる。
どんな状況であろうと戦う。それが丹波の選んだ餓狼の道だ。
表情に余裕はないが、逃げる気はまったく無いらしい。
「どりアッ」
(あの貌ッッ)
(ハルヤさんとのゲームを殺し合いにまで引っ張り上げた魔性の表情(かお)!)
切雨のほうは、刺激しなくてもヤル気っぽい。これは純粋に丹波自身が、自分に活を入れているのだろう。
丹波文七の本気バージョンだ。
だが、紳士なハルヤさんを本気にさせた丹波顔も、切雨には通用しない。
通用しないというか、普通に感心されている。
中学生が、ここまでの殺気をまとうことができるのか。そう感心しているような表情だ。
切雨もダテに変態をやっていない。
このレベルの殺気はなれ親しんでいるのだろう。
逆に言うと、切雨はまだ殺意を見せるほどの本気を出していない。
丹波が胴まわし回転蹴り気味にカカトを打ち込む。
捨て身の大技がまともに決まり、切雨の体が傾いたッ。
そのスキを逃さず、丹波が連打を仕掛ける。
(喧嘩じゃない)
(死闘‥‥)
(殺し合い!!!)
すっかりアナウンサー+解説になってしまった木戸が、この闘いを分析する。
対面した相手が「殺される」と感じる本気の殺意をまとった丹波の攻撃だ。
喧嘩というより、殺し合いと感じた木戸は正しい。
しかし、喧嘩も殺し合いも相手がいないと成立しない。
子供が本気で打ちかかってきても、大人には遊びにしかならない場合もある。
切雨は、この闘いをどう感じているのか。
汗は出ていない。
ダメージは無いのか?
「こらアッ」
「誰かね」
懐中電灯の光が差し込む。警備員がやってきたのだ。
今週の11ページ目にある木戸のカットには、背景に光が見えている。これが警備員の懐中電灯だったのだろう。
警備員はただごとではないと感じているのか、すでに警棒を手にしている。
だが、この場の死闘はそんな棒っきれでは止められないし、身も守れない。
それ以上近づくと給料以上の仕事になってしまう。
だが、切雨は教師という定職がわりと気に入っていたようだ。
まわしの中からメガネを取りだし、装備する。
って、そんな所にメガネしまえるのか?
肉とまわしの間に入れていたらしいが、ちょっと腹に力を入れたら壊れるんじゃないのか?
この調子だと、通勤定期とか携帯電話も入っているに違いない。
「ど〜〜〜〜〜〜も スミマセン(はぁと)」
「ついつい体育指導に熱が入っちゃって」
メガネをかけた切雨はマジメぶってるッッ!
ワケわから〜〜〜〜んッッ!
まわししめて夜の学校で体育指導する教師は地球上に存在するのかッ!?
警備員もダマされるな。納得するな。丸めこまれるな!
気がつけ、異常だ。変態だ!
環境が、こいつを変態にしただと。違うね、こいつは生まれつきの力士で変態だ、大量ゲロのニオイがプンプンするぜ。
とは言っても、警備員のおっちゃんにも守るべき家庭があるだろうし、あまり変態には関わりたくないのだろう。
今晩のことは酒を飲んで忘れるに限ります。
だって「夜の学校にまわしを締めた先生がいて、体育指導してた」なんて言っても誰も信じちゃくれねェさ。
(効いてない!?)
(あれほどの攻撃をされて――― ふつうに話している)
木戸は異常なメガネの取り出しかたや、変体臭ただようダマしのテクニックよりも、ノーダメージの切雨に驚愕していた。
ふつうの人は、まわししめて会話なんてしないことも忘れている。
鍛えられた筋肉と、衝撃を吸収する脂肪を鎧にした切雨の体は、軽量である丹波の攻撃ではビクともしなかったようだ。
さきほどの戦いは、丹波にとっては死闘であっても、切雨にとっては遊びだったのだ。
丹波は張り手一発で吹っ飛び、切雨は丹波のラッシュを物ともしなかった。
ふたりの実力差は大人と子供――――――、横綱と幕下なみに開いている。
なお、十両以上でないと稽古場で白まわしをつけられないので(幕下は黒まわし)、切雨の白まわしは元前頭のプライドでしょうか。
先生と呼ぶより、関取と呼んだほうが喜びそうだ。
「待ち人来たる」
「間に合ったなタンバ」
「とりあえず今日の課外授業は以上だ」
「帰っていいぜ2人とも」
メガネをかけた切雨はちょっぴり紳士的だ。
つり銭が少なくても笑って張り手するていどで済ませそうなぐらい紳士的だ。普段なら、それをきっかけに多額の賠償金を請求します。
切雨のセリフだと丹波が警備員の巡回を計算に入れて闘いを中断させたように聞こえる。
それは、私の知りうる丹波文七という人間らしからぬ行為だ。
本当に、丹波はこれを狙っていたのだろうか。
変態の言うことだし、信用できない。
なにはともあれ、切雨は伊波を連れて、去っていく。
はだしで、まわしを締めたまま。
この格好で町を歩く。間違いなく変態だ。最悪の変態だ。マグロでいえば大トロ級の変態だ。口中で脂がとけて、しもふり脂肪の甘みが口いっぱいに広がるような変態だ。
そして、木戸は伊波さんをお持ち帰りされて、かなりガックシ。
丹波のおかげで、自分の尻が無事だった事実をもう少し喜ぼう。
「シン‥イチ‥‥」
「オ‥‥オレはさァ‥‥ッッ」
丹波が震えだした。全身を直下型に大きく震わせ、汗も出ている。
なにが、丹波に起きたのか。
戦いは終わった。恐怖は去ったはずだ。それとも、なにかが丹波の心にわだかまっているのか。
続きはッ、えっ、3週間後デスカ?
…………………………来週と再来週、このページは餓狼な駄ネタです。
今回も切雨は、変態っぷり・ペテン師っぷりを余すことなく発揮した。
切雨の本質はサディスティックな露出狂だろう。
そこから推察すると、伊波さんにした行為も想像できる。
切雨は伊波を裸にひんむいた上で、なにもしなかったのだ。
「あ、俺ゼルダやってるから、その辺に座ってて。でも、服は着るな。まわしは着けてもいい。ただし黒な」
そして、放置。
女として無視される。精神的な屈辱プレイに涙する伊波と、なんか雰囲気悪くて出るに出れない丹波だった。
今回お持ち帰りされたのも、木戸を悔しがらせるというためだけだろう。
でも、それだと丹波がなぜ震えるのかがわからない。
彼は切雨のまわしの中身を見たのだろうか。
ソコには足三本と見まごうばかりのモノが隠されていたのか。
むしろ、先が二股の異型体なのか。
思い切って、実は切雨は女教師でしたとか。相撲協会にはナイショだ。
静ちゃんだけに、お風呂大好き。伊波と向かう先は銭湯だ。
2004年3月31日(18号)
作者取材のため休載です
作者の板垣先生は大相撲の真髄を知るため朝青龍の優勝祝勝会に行っているのでしょうか。
朝青龍が、横綱としての品格を板垣先生の体に教え込んでいるのだろう。
餓狼伝・本編には119話から、朝青龍がモデルと思われる人物が登場している。
そして、変態大相撲教師・切雨静を投入するなど、作中で相撲を持ち上げているのか落としているのか判別しづらい。
こんな状態の板垣先生を、大相撲協会がどう判断しているのかも、想像を絶する。
まあ、元横綱の曙よりは大相撲の強さをアピールしていると思うが。
平均的マガジン読者層というものを私は知らない。
だが、大相撲最強といわれて素直に納得する読者層なのだろうか。
地球の地層における「隕石が落下した影響で地球外物質が堆積した層」なみに薄いのではないかと心配だ。
主人公が見せた最初の攻撃が、「金玉ァッッ」と叫びながらのフェイントだったことをなんの違和感もなく受け入れてくれたのだろうか。
格闘漫画は「はじめの一歩」しか知らないという純粋培養の新人マガジン読者がいたとしよう。
張り手で首が180度まわったり、「金玉ァッッ」とか言う格闘(?)漫画を読んでしまう。
その読者の精神は均衡を保てるのだろうか。力士だ。ご丁寧にまわしまで締めている。
しかも、――ここ、けっこう重要―― 作者はそれを大真面目に描いている。
作品世界における当然の前提として、力士は強い。だから切雨が力士と告げるだけで、それ以上説明はいらない。
ハイエナが実は優秀なハンターだと描くにはエピソードが必要だが、虎やライオンの強さを証明するエピソードはあまり必要ないのだ。
あとは闘いを描くだけだ。
力士はどう闘うか? 当然、まわしを着用する。これ以上、力士らしい姿があろうか?
路上だろうと、電車の中だろうと、遊園地だろうと、トイレだろうと、電話ボックスの中だろうと、まわしなのだ。
シコだって踏んじゃう。電話ボックスの中でも、当然踏む。力士なのだ、シコを踏む生物なんだ。死肉あさりなどしないのだ。
そんな訳で新規読者がついてこれるのか、非情に心配だ。
まあ、ハイエナが優秀なハンターであるという常識が世間に広まるのも、そう遠く無いでしょう。
習うより、慣れろだ。
慣れてしまえば、習慣性がついて、止められなくなります。
板垣先生をメジャーに押し上げた「グラップラー刃牙」(現在は「バキ」と改名し週刊チャンピオンで連載中)という作品がある。
この作品に、花山薫という素手にこだわる喧嘩ヤクザが登場する。
この花山が服を破りすてると、背中には多数斬りつけられたあとのある刺青が出てくる。コレを見て周囲の人間は「なんだァ――――ッ、あのイレズミはァッ」と騒然となる。
銃と刀がぶつかり合う本物の闘争、そこに身を置くヤクザの凄みを見せる名場面だ。
しかし、ここで作中誰もツッコまないのだが、花山はなぜかフンドシをはいているのだ。
普段は白スーツを着て、洋酒を愛飲する男だ。
なのに、なぜか、下着だけは「フンドシ」だ。
意味がわからん。理解不能だ。頭を抱える。
確かに、イレズミはすごい。
でも、一人ぐらいは「なんでフンドシなんだ?」と突っ込んでもいいだろう。
クロマティ高校なら必ずオチに使う部分だ。
しかし、板垣漫画では流す。
まるで空気のごとく自然にフンドシを着こなす。
これで結婚式に出てもまったく問題ない。むしろ歓迎される。
慣れてしまえば、なんてことは無い。
板垣先生は、餓狼伝の丹波文七の下着は「ボクサーパンツ」か「ふんどし」と考えている。
インタビュアーに「フンドシはちょっと…」といわれ、その線は消えたようだが、慣れてしまった者としては、「そこはフンドシだろ!」と思うのだ。
丹波文七という男がいれば、選択肢はフンドシ以外にありえない。嫌がってもムリヤリ履かせる。
ただ、中学生・丹波にはフンドシは早いかもしれない。中身を完成させてから履きなさい。
慣れてしまえば、こんなものだ。
パンツだけではつまらんぞ。
今後も、体育倉庫で新任教師と夜の出稽古な展開がめじろ押しなのは確実だ。
それは赤松健のマンガにおけるサービスシーンのようなものだ。なくては許されないのだ。
今後もエキセントリックな力士が次々と追加されることだろう。
力士とは限らないが、体重100kg未満お断りな漢(おとこ)たちがやってくることだろう。
想像を絶する肉がやってくるはずだ。
2004年4月7日(19号)
作者取材のため休載です
メガネ萌えな貴方にささげる餓狼伝BOY。
年上のメガネ教師(切雨静)と、年下のメガネ生徒(木戸新一)の豪華ラインナップだ。
ちなみに切雨先生は、どちらを選んでも結局ついてきます。
もう、逃げられないッ!
マガジンの次号予告を見るかぎり、丹波は切雨におびえているようだ。
やはり、丹波少年は体格差に苦しむらしい。
あと切雨の変態性にも。
流派・大相撲という点をぬきにしても、切雨とは組みつきたくないだろう。
サバ折とか、あびせ倒しとか、小股すくいとか、三所攻めとか、ずぶねりとか、大相撲には怖そうな技が多い。(参考:goo大相撲)
それを切雨静という逸材が使うのだ。象だって裸足で逃げだす。まあ、たいがいの象は裸足ですが。
このまま切雨が勝利する未来は変わる。それも劇的に変わる。
まず学園大相撲化計画が発動されるだろう。
給食はもちろん、ちゃんこだ。
男子の制服はまわしになる。上は着ていてもいい。下はまわしだけだ。下が肝心なのだ。
女子もスカートなどもってのほか、当然まわしだ。
少年少女が集団まわしで登下校する姿は圧巻だろう。
学園や地域が活性化され不況も改善される。
通勤途中のサラリーマンが見たら失禁する。俺ならする。
体育祭も大相撲風に変わる。
アメ食い競争は、ちゃんこ食い競争に変わり、煮えたぎるちゃんこに生徒が顔をつっこむ事になる。
借り物競争は、後援者にご馳走してもらうタニマチ競争へと変わるだろう。
切雨の最終的な目的は、日本大相撲化にあるかもしれない。
うっかり、モンゴル勢に支配されてしまうというオチがつくかもしれないが。
ごく微少に脱線したので、話をもどす。
現時点で丹波BOYの勝ち目は薄い。
そうなると特訓だろう。木戸といっしょに山にこもるのか?
もしくは、木戸は切雨のなぐさみものとなり、丹波のための時間を稼ぎ、その間に丹波は山にこもる。
山からおりたとき、丹波は立派な力士になっていた。
いや、力士はちょっと。
力士になるかどうかはともかく、丹波が特訓を始める可能性は高い。
作中時間の丹波文七はどちらかというと小柄だが、大人になった丹波はいい体格をしている。つまり成長するのだ。
特訓をへて、スマートな丹波がマッチョに変身するかもしれない。
いきなり「おっさん」レベルにまで成長しちゃったら、ちょっと笑ってしまうが。
とちらにしても、伊波さん(♀)の話をいつまでも引っ張る展開だけはカンベンして欲しい。
他の漫画に対抗して、萌え路線を狙う必要はないので。
エッチを目指そうとして、エロの道に入り、グロにたどりつくのがオチです。
2004年4月14日(20号)
Vol.10「告白」
なんかァ、アレなタイトルだな。「告白」ですよ、お嬢さん。「酷吐く」じゃなよな。
なお「酷吐く」とは切雨の瀧ゲロのことだ。
「俺は弱いかって尋(き)いてンだッッ」
震えていた丹波が、木戸につかみかかりながら質問する。
汗を流し、震えながら必死の問いかけだ。
なんか、断崖絶壁での真犯人告白タイムのようだ。
組み合いもつれて、恋人(木戸)と一緒に落ちます。
「まさか」
「弱いワケ‥‥‥」
「ないじゃない」
迫力に負けて木戸はそう答える。
いや、迫力に負けたわけじゃないんだろうけど、この状況で「弱い」といえる人は、そういない。
言ったら、マジ切れされるか、マジ泣きされそうだ。どっちも嫌だよ。
こういう質問をしたということは、丹波は自信を無くしているのだろう。
今までの丹波は、どちらかというと自信たっぷりだった。
殴られ屋ハルヤを引退に追い込み、ヤクザのケンカも恐れず、切雨に正面から挑む。
中学生でありながら、大人と張合っていた。
しかし、超弩級の力士相手に技が通用せずに自信を失ったのだろう。
漫画版の丹波はあまり悩まない性格だが、原作小説の丹波はよく悩む。
時に主人公が悩みすぎて、さっぱり話が進まない。
若き日の少年丹波も悩める性格のようだ。
木戸になぐさめてもらって、丹波は気をよくしたらしい。
ちょっと落ち着いて、木戸をある場所へと誘う。
(ボクはチョッピリ―――――)
(ワクワクした)
君たちはどこへ行く!?
具体的な場所のことではない。今後の人生についてだ。
今週のタイトルは「告白」だッ! まさかッッ!?
向かった先は、電車の高架下にある丹波の修行場だった。
少年のロマン・秘密基地だ。
プレハブらしき元工場に、サンドバックやバーベルなど格闘づくしな物ばかりが置かれている。
本棚に「板垣恵介の激闘達人烈伝」を潜ませているのが、ちょっとお茶目さん。
この手の道具はかなり高価だ。
これだけの物をよくそろえたものだ。
土地と建物は親戚の物だそうだ。バーベルなんかも格闘好きな親戚がプレゼントしたのかもしれない。
ひょっとしたら、格闘大好き一族なのかもしれない。
個人的には、丹波に親戚がいるという事実が衝撃だったりする。
どうも、丹波文七には戦乱の生んだ孤児のようなイメージがあって親兄弟や親戚がいるとは思えない。
「この間プロレスに乱入したクマさん、おたくの文七くんじゃないですか?(餓狼伝1巻より)」と聞いても、「うちには、文七なんて子はおらんッ」と返すような親しか想像できない。
そっか、普通に親戚がいるんだ。
初めて見るサンドバックや変な道具に触れて、木戸は大喜びだ。
やっぱり木戸もあらぶる魂を持つ男の子だった。
ちなみに、切雨先生に連れて行かれた伊波さんのことは、すでに忘れているようだ。
「スゴイよタンバくん」
「ボクと同い歳で」
「こんな人がいるなんて信じられないよ」
木戸が興奮して顔を上気させている。
なんか、萌えキャラだなぁ。
こりゃあ、伊波さんのピンチも平然と無視した丹波だって、思わず出てしまうってものさ。
「オマエになにかあったら俺が守る」
丹波がいきなり告白した。
いや、愛の告白じゃないんだろうけど。
そのセリフは男同士で言うものか?
「うれしいよタンバくん」
あ、あの告白(わざ)を受けやがったッ!
この勝負、青年誌であるヤングマガジン・アッパーズへ持ち越す気かッ。
「君のようにホントウに強い人が」
「僕の味方になってくれるなんて」
「でも」
「ボクが切雨をやっつけるから」
シンイチ姫が拳を握る。
自分は守られるだけの姫であるより、共に闘う姫で在りたいようだ。
「切雨なんで足元にも及ばない地位に登りつめる」
「ボクが切雨を葬るんだッッ」
そして、木戸新一が野望の王国宣言だ。
4話で木戸も最強になりたいと言っている。
そのときは、ゲロ男が乱入してきたので、最強の質が丹波の目指しているものとは違うと説明できなかった。
いま、ここでやっと説明ができたようだ。
「なんか‥‥」
「俺の方が安心しちゃったな‥‥」
「ガンバレよ」
互いに互いを認め、応援しあい、頼りにしあう。
なんか、すごいLove Loveモードに入っているんですが、大丈夫か。
こいつら若き餓狼というより、胸がドキドキするトキメキ夢見てる ティーンエイジャーだ。
きっかけもなく出会いもないまま、恋人になっていた刃牙と梢江よりも自然な出会いだった。
ブレーキの壊れた戦車のように肉体関係に突入し、戦場を埋め尽くす白骨死体さながらに部屋一面を使用済みティッシュで埋め尽くした刃牙と梢江よりも、Love度高い。
ごく自然に出会い、ごく自然に決着!
男同士という一点をのぞけば完璧だ。
いいのか、完璧で?
そして木戸は帰る。
切雨という強敵があらわれたが、丹波という心強い 恋人 味方を得た。
これで、明日をおそれる必要はない。
木戸は満ち足りた表情で岐路に着くのだった。
木戸が帰ったあと、丹波は鏡に映る自分に向かい、問うていた。
丹波文七は強いのかと?
鏡の中の自分は、木戸のように励ましてくれなかった。
「ケンカしたことなんかないじゃん‥‥‥‥」
「そんなオマエが強い‥‥?」
「ウソついてんじゃねェッッッ」
弱い自分がうつる鏡にバーベルを投げつけ、丹波が吼えた。
ケンカをしたことがないと丹波は言った。
実はトレーニングしかした事がなくて、本等のケンカは未経験だった、のか。
連載開始から、今まで度胸をすえていたように見えたのは演技だったというのか。
だとすれば、丹波は恐るべき名優だ。
前回、切雨の言っていた「名優」とは、この意味だったのだろうか。
素人の木戸はダマせても、数多の修羅場をくぐりぬけてきた切雨をダマすことはできなかった。
丹波は裸の自分を見られたような気分だっただろう。
木戸に、自分は強いかと聞いてみても意味はない。
自分が本等に強いのかは、自分が一番よく知っているからだ。
丹波に必要だったのは、ひとり特訓することではなく実戦経験だったようだ。
殴られ屋ハルヤとの戦いは、あくまでゲームの延長線上に過ぎなかった。
一皮むけるために、丹波はケンカを売りに行くのだろうか。
なお、原作では丹波は16歳のとき斉藤先輩と出会い、餓狼の道へ進む決定的な事件がおきる。
それに相当するエピソードが展開されるかもしれない。
それ以上に、丹波が薔薇の道へ進む致命的な事件がおきそうだ。
水着少女を投入してハジけはじめた「フタツキ!」の西条真二に対抗して、ふんどし少年でハジけるか!
いや、餓狼伝BOYは、メガネまわし教師ですでに爆(は)ぜていたな。
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