今週の『真・餓狼伝』感想(1〜10)

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2013年2月14日(11号)
第一話 / 日本人

 餓狼伝! それは戦わずにはいられない心に餓狼を住まわせる漢(おとこ)たちの伝記である。
 原作も漫画もしばらく連載が止まっていてヤキモキしているんですが、ついに復活だ。
 と、思ったら『真・餓狼伝』ですよ。

 夢枕獏先生による初の書き下ろしコミック原作を『空手婆娑羅伝 銀二』の野部優美先生が描く!
 もうひとつの餓狼伝が始まろうとしている。
 今週からのチャンピオンは厚さはおなじだが、熱さがちがう!


 大正三年(1914年)ブラジル・ベレン市から物語は始まる。
 ガスタオン・グレイシーは息子のカルロスをつれてある男に会っていた。
 男とは、二千試合闘って一度も負けたことがない前田光世(コンデ・コマ)である。

 胸板、腕周り、首が異様に太い。
 洋服がピッチピチで今にもクロス・アウッ(脱衣)してしまいそうだ。
 だが、鼻筋は意外と通っており耳もつぶれていない。
 二千試合闘い、受けたダメージがほとんど無いと言うのだろうか?

 前田はハッケン・シュミットやフランク・ゴッチとも闘ったらしい。
 ゴッチとは例の前田光世方式で闘った。(バキ3巻 22話
 喧嘩と試合の中間にあるような遭遇戦での闘いだ。

 前田の脳裏に当時の情景が浮かぶ。
 どちらも必死の形相で闘っている。
 時に流血もしていた。やはり打撃を受けずに勝つとはいかないようだ。
 そして二人ともグランドでの攻防を思いだしている。
 立って闘い、寝て闘う。殴り、絞める。なンでもありの総合格闘だ。

『シュミット ゴッチ どちらも当時世界最強と言われていたレスラーである』
『残念ながら闘いの詳細を記した文献は残されていない』


 前田光世は世界をまわり、さまざまな相手と戦った。
 イギリスでは前田光世の柔術に感銘を受けたコナン・ドイルシャーロック・ホームズバリツという日本の格闘技を使わせたという俗説すらある。
 ただバリツは、Edward William Barton-Wrightが日本で学んだ柔術をベースにあみだした護身術Bartitsuのことであるという説が本当かもしれない。(参考:サイコドクターぶらり旅 - ステッキによる自己防御法みたび
 もはや、民明書房の世界ですね。
 とりあえずミルキィホームズ4話(AA)を見れば、バリツの恐ろしさがよくワカると思います。

 話をもどす。
 前田たちの近くで騒動が起きた。
 ガルシアという巨漢がギャンブルの取り立てにあい、逆に返り討ちにしているのだ。
 まるでボブ・サップのような巨体をもつガルシアはナイフをもつ数人をあっという間に倒す。
 そのフォームからするとボクシングの経験者だろうか。

 カルロス少年にガルシアの投げたグラスが当たりそうだ。
 飛んできたグラスを受けとめたのは前田だった。
 前田はグラスの割れていないほうをキャッチしている。
 偶然だろうか?
 それとも見切ったのか?

 なおも暴走するガルシアを、前田は一本背負いで投げ飛ばした。
 このイッパツでガルシアはKOされる。
 まさに一本の投げだ。

 柔道で投げ飛ばされると一本になるのは、勝負ありになるダメージを負うと判定されるためである。
 今のガルシアは完全にのびていて、女子供でもトドメをさせる状態だ。
 文句つけようのない一本ですね。

 だが、前田が取り立て人を介抱しているうちにガルシアが復活する。
 まるで猛牛のようなタックルだ。
 前田はタックルを受けとめ、フロントチョークに移行する。

「ギブアップ?」

 ギリギリとガルシアの首を絞める。
 だが、ガルシアは負けを認めない。
 怪力で前田を振りほどく。前田のシャツが破れた。

 が、前田は力に対抗せず背後をとって裸締めをする。
 きっちりキマった裸締めは脱出不可能だ。勝利か?
 ところがガルシアはジャンプして背中から落ちる行動にでた。
 コイツ、裸締めの対応を知っていやがる!

 前田は裸締めにこだわらず、体を入れ替えて落下した。
 地面についてみると、前田がマウントポジションを取っている。
 なんという試合巧者だ。
 瞬時に裸締めの脱出方法をとったガルシアもすごい。
 だが、そのさらに先を読んだ前田はもっとスゴいぞ。
 どれだけの戦闘経験があればこういう動きができるのだろう。

 ふたたび前田がギブアップかと問うた。
 あきらめないガルシアに対して拳を撃ちこむ。
 反撃してきたガルシアの左腕を取り、腕ひしぎ十字固めだ。
 これまたキマってしまえば脱出不能の技である。

「ギブアップ?」

 これで5回目の確認だった。
 さすがにガルシアも「No」と即答できない。
 おそらく彼の靭帯はバイオリンの弦のようにピンと伸びきり、あと数g体重をかけるだけで切れてしまう。
 このとき、ガルシアはフォークが落ちているコトに気がつく。
 自由なほうの腕でフォークをつかんだ。

 戦闘中も穏やかだった前田の表情が激変する。
 黒目がすぼまり、血管が浮きでた。
 ヤる気だ。怒りとか殺意とかでなく、ただ全力で折るという気迫を感じる。
 一気に折った。開放性の骨折だ。
 ガルシアのヒジが完全に破壊された。

 紳士的に何度もギブアップを確認しつつ、折るときはためらわずに折る。
 これがコンデ・コマ前田光世か。
 余裕ある戦いぶりなど、まさに百戦錬磨の男であった。
 カルロス少年に、今の技はなんなのだと質問される。

「柔道」
「柔術だよ」


 当時は柔道よりも柔術のほうが世界的に通りがよかったという説がある。(木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか
 理由はともかく、前田光世がこの少年カルロス・グレイシーに柔術を教えたのは歴史上の事実だ。

 前田光世は上半身ハダカになっている。
 彼の左わき腹にはエグられたような傷跡があった。
 二千試合無敗の前田がもっとも強いと感じた男につけられた傷跡だ。

 明治37年(1904年)東京で、前田はその男に出会う。
 講道館から帰る途中の前田を呼び止めた男、その名は――――

「丹波文吉」

「立会いが所望」


 路上での不適な挑戦だった。
 餓狼伝の主人公である丹波文七の先祖だろうか?
 見た目は優男風だが、講道館にケンカを売るのだから馬鹿か腕自慢にちがいない。
 ちなみに丹波文七は馬鹿と腕自慢の両方をクリアしているぞ!

 江戸時代からの武術は古いとされ、廃れつつあった時代だ。
 それでも闘いたい男たちは存在している。

『明治は格闘技のワンダーランドである。全ての試合がなんでもありの総合格闘技だった。(夢枕)』

 作者コメントにもあるように、真・餓狼伝は真のなんでもの世界だ。
 江戸時代では刀を使った勝負になるだろう。
 だが、廃刀令後の明治なら闘争は素手になるって寸法だ。
 なんでもアリの武術が激突する夢の世界が待っている。
 これが真の餓狼伝か。

 前田光世を主人公にした『東天の獅子』(AA)という夢枕作品がある。
 今のところ4巻まででているのだが、序章が楽しくて本編に入れず4巻でやっと序章が終わり少年時代の主人公が登場するありさまだ。
 いつもどおりの夢枕作品らしい展開で逆に安心しちゃう。

 そして、原作の『餓狼伝』は前田光世の死に関する謎が重要な鍵かもしれないという展開だ。
 つまり『東天の獅子』(の本編)と『餓狼伝』は、前田光世を通じてつながっている。
 『真・餓狼伝』は、『東天の獅子』と『餓狼伝』の間にあるスキマを埋めることになるかもしれない。

 『東天の獅子』の冒頭はカルロスの弟エリオ・グレイシーと柔道家・木村政彦の試合ではじまっている。
 そして、ラストは木村政彦と力道山の試合で終わる予定らしい。
 『真・餓狼伝』の冒頭もこれに似た展開だ。
 『東天の獅子』との関連性が感じられる。

 餓狼伝の丹波文七は背に刃物の傷跡があり、腹にも刺し傷があった。
 この傷の由来が謎となって、話をひきつける。
 なぜか板垣版の丹波には傷がないんですけど。
 傷のエピソードが外伝で語られるから、扱いにくかったのかも。

 『真・餓狼伝』も傷跡のエピソードがある。
 『餓狼伝』の血を受け継いでいる証拠だろう。
 丹波文吉はどのような戦いかたをするのか?
 そして、どこに向かうのか?
 子孫の文七みたいに放浪癖がありそうで油断ならない。


2013年2月21日(12号)
第二話 / 講道館か

 明治37年(1904年)、講道館の真鍋慎二郎初段は立ち合いを挑まれた。
 相手は丹波文吉である。
 武道家にとって路上で勝負を挑まれるのは日常なのか。真鍋に動揺は無い。

 ちなみに餓狼伝世界では、こういう闇討ち的行為が日常だ。
 丹波文七もよく路上で勝負を挑んだり、挑まれたりしていた。
 明治の真・餓狼伝世界でも闇討ちの伝統が守られているな。
 身を守り、人生をまっとうするのが武ならば、路上で喧嘩を売られたときが武の本質に迫る時なのだ。

 まだまだ荒っぽい時代である。
 柔道・講道館も喧嘩を売ったり売られたりするのも、わりと日常なのだろう。
 真鍋は下駄を脱ぎ、道衣を捨てて丹波に襲いかかる。
 先手必勝か?
 喧嘩なれしているっぽい。

 丹波も素早く履物を脱ぎ迎撃体勢を整える。
 だが、腕はだらりとさげたままで無防備だ。
 真鍋は丹波の襟にスキを見つける。
 奥襟をとった!

 いきなり奥襟かよ。
 もうちょっと慎重に組んでもイイんじゃね?
 と、思ったらコレは丹波のワナだった
 奥襟をつかむ左手の手首とヒジを極めて、真鍋を前に崩す。
 相撲漫画『バチバチ』でおなじみの小手投げだ。

 肩関節やヒジ関節が極められ脱出不能である。
 いや、グラップラー刃牙時代の加藤は脱出していたな。(グラップラー刃牙2巻 9話)
 とにかく、逃げるのが難しい技だ。
 真鍋は倒される。関節はとられたままだ。

 丹波はなんの躊躇も容赦も無く関節を絞りあげた。
 折れた音がひびく。つづいて悲鳴があがる。
 ギブアップの確認も無く、折った!
 まさに武士時代の精神性だ。
 丹波文吉、恐るべし。

 町のウワサによれば、丹波は真鍋につづき田嶋定五郎初段も倒したらしい。
 甥が講道館に通っていると言う事情通のご隠居は、講道館に恨みがある人間の犯行と予想している。
 講道館の嘉納治五郎は22歳の時に嘉納流柔術"講道館"をおこした。
 嘉納は東京大学を卒業し、東京高等師範学校(現在の筑波大学)の校長をつとめるエリート中のエリートでもある。

 その優れた頭脳から生みだされた講道館・柔道は警視庁武術試合で圧倒的な強さを見せて日の出の勢いだ。
 講道館に圧迫されて、他の柔術は門下生を失っているという。
 なので、柔術の人間から恨みを買っているのではないだろうか? と言うのがご隠居の意見だ。

 実際のところ、講道館はそこまで圧倒的な勢いではなかったし、事情もちがう。
 その辺の事情はいずれ作中でもあきらかになってくると思われる。
 先に知りたい人は『東天の獅子』(AA)を読んでおくといいだろう。
 実情と、世間のウワサが必ずしも一致しないってことですね。

 どちらにしても、講道館の看板に泥をぬる行為が行われている。
 ここに丹波文吉の闇討ちを受けてたつと宣言する男があらわれた。
 鹿児島(かごんま)の雄、有馬為助二段である。
 米俵を三つ(48貫≒約180kg)かかえて怪力をアピールだ。

 で、さっそく丹波が勝負しにきた。
 丹波は講道館の実力を確かめるために勝負している。
 闇討ちなのは、講道館の腹黒詐欺師・嘉納治五郎を信用していないからだ。

「嘉納先生の侮辱だけは」
「聞き捨てなりもはんッ」


 師への侮辱は許さない。
 有馬の怒りは当然だろう。
 それだけ嘉納は慕われているのだ。

 あと、嘉納は本当に人格者のハズである。
 丹波が嘉納を詐欺師と断じた原因は一体なんだろう。
 有馬を挑発しているだけ、とも思えない。

 もう、勝負は避けられない状況だ。
 有馬は猛然と突っかかる。
 丹波は自分の右襟を、自ら緩めた。

 胸元を見せてセクシーアピールか?
 いや、あえてつかみやすいようにして、ワナを張ったのだろう。
 だが、有馬は誘いにのらず奥襟と袖をとって払腰風に投げる。
 ワナを張った丹波が、逆にスキを作ってしまったようだ。

 倒れた丹波に、有馬がまたがる。
 馬乗り、マウントポジションだ。
 この状態から有馬が殴りに行く。

 丹波は拳をかわし、有馬の服をつかむ。
 そこから巴投っぽく有馬を転がす。
 形勢逆転、今度は丹波が上だ。

 丹波は素早く有馬の右腕を取っていた。
 腕緘だ。
 そして、またもや折る!
 丹波文七、まったく容赦しない。

 講道館では緊急会議が開かれていた。
 集まったのは嘉納治五郎を筆頭に、四天王やそれに次ぐ者たちだ。

 天狗投げの横山作次郎六段
 空気投げの三船久蔵三段
 一番弟子の富田常次郎六段


 いずれも伝説となりうる猛者ばかりだ。
 ちょっと噛ませ犬属性っぽい疑いがある人もいますけど。
 講道館四天王たちは、丹波をどうするのか?

 そして嘉納治五郎はどう動くのか?
 本当に腹黒詐欺師であればエグい手段で報復しそうだけど……
 次回、嘉納治五郎の正体がワカるのか?


 丹波の言葉が真実かどうかは次回のお楽しみとして、真鍋や有馬の闘いかたがわりと雑だ。
 相手を崩そうとしないで、いきなり投げに入っている。
 しかも、打撃で相手を牽制しようともしていない。

 この時代の柔道は打撃も行っている。
 空手はまだ本土では珍しいのだが、打撃を使用する柔術が多くあった。
 打撃をしないでいきなり組むあたり、柔道が実戦から離れて競技化しつつあるのかも。

 丹波はいまのところ組み技で闘っている。
 なんらかの打撃技を隠し持っているのか?
 いまのところ安定した闇討ちっぷりを発揮している。
 しばらく闇討ちをつづけそうだ。

 とりあえず前田光世と闘うことになるのだろう。
 無敗を誇る前田光世が相手だから、さすがの丹波も折られて悲鳴を上げたりするのだろうか?


2013年2月28日(13号)
第三話 / 嘉納治五郎と前田光世

 明治37年(1904年)、新興柔術として日の出の勢いである講道館柔道に挑む男がいた。
 名を丹波文吉という。
 ちなみに今回は出番なし。
 餓狼伝とは主人公の姿がときどき見えなくなる作品なのだ。

 講道館のトップたちは丹波文吉の対策で集まっていた。
 創始者である嘉納治五郎と、その高弟たちだ。
 みなは嘉納に丹波との対戦許可を求めている。

「横山君」

「君の天狗投げは天下一品です」
「あれを屋外で喰らって立てる人間などまず いないでしょう」

「三船君」
「まだ若いのにその成長ぶりには目を見張ります」

「特に君の"隅落とし"は もはや達人の域です」

「富田君の"巴投げ"は妖術のごとく誰をもとらえるでしょう」


 横山作次郎六段、三船久蔵三段、富田常次郎六段と、嘉納はみなをほめる。
 ちょっと富田六段のほめかたが足りない気もするが……
 あれ、私だけセリフ少なくありませんか? と内心思っているかも。

 なにより、技名にハッタリが効いていない。
 "天狗投げ"や"隅落とし"は、いかにも特殊な技の名前っぽくて、秘伝というか必殺技のニオイがする。
 対して、"巴投げ"だ。高校の授業である柔道でも習うような技ですね。
 右正拳突きと、剛体術ぐらいにインパクトに差がある。

 本来なら、ここに"山嵐"の西郷四郎が座っていてほしかった。
 五尺一寸(約153cm)と小兵ながら、講道館四天王でもっとも技がキレるといわれた男だ。
 体格でおとる西郷が大男を投げ飛ばすのは柔道の理念にあうので、嘉納も大きな期待を寄せいただろう。
 残念ながら西郷は14年前の明治23年に講道館から飛び出してしまい、この当時はいない。
 なお、西郷四郎は今年の大河ドラマ『八重の桜』にも登場する西郷頼母の養子だ。
 そう考えると、西田敏行演じる西郷頼母が敵兵を山嵐でブン投げるシーンとか出てこないかと期待の目で見てしまうのだった。

 いない人を惜しんでもしかたがないので、現在の戦力について考える。
 この場での最強は横山六段だろう。
 なんといっても、この人は体格がデカい。
 そして、天狗投げは「屋外で喰らって」と称されている。
 つまり路上での戦いになれた男なのだ。

 講道館最強の戦士は横山だ。
 体格で勝っているぶん、ガチで戦えば西郷より強いと思う。
 嘉納は最強の切り札である横山を投入するのか?

 と、思ったら嘉納は回想シーンに入りだした。
 でたよ、回想だよ!
 回想はヤバい。
 つい楽しくなって回想中に回想して、さらに回想中に誰かの手記を読むなどの無限脱線がはじまる恐れがある。
 餓狼伝において危険なのは、主人公の放浪と回想なのだ。

 厠(かわや)で大をしていた嘉納は大声で名前をよばれ動転する。
 声の主は前田光世であった。
 よくトイレにいるとわかったな。
 ニオイでワカるのだろうか?

 前田は三日ほど暇(いとま)が欲しいという。
 丹波と闘うためか。
 前田は返事をしない。

「……前田君」
「君は…講道館流が好きなのですか?」
「それとも」
「闘いそのものが好きなのですか?」


 これにも前田は返事をしない。
 つまり、講道館より闘いが好きなのだろう。
 それとも自分でも、どっちが好きなのかワカらないのかもしれない。

 教育者である嘉納は純粋な闘争を戒めているのだろう。
 だから横山たちが戦いの許可を求めている。
 闘いのための闘いは、ただの暴力になりかねない。
 暴力でなく、純粋な技の探求を嘉納は求めているのだろうか?

 前田は、ただの暴力をふるいかねない状態にある。
 下手すると修羅道一直線だ。
 熱心に技をみがけばこそ、使ってみたくなる。
 そんな危うい状態にある若き弟子をどう諭せばいいのだろうか?

「前田君」
「……この治五郎の顔」
「でなくてよい」
「……事を起こす時には」
「自分の弟子…仲間の顔を思い出しなさい」


 仲間だ!
 師でもなく弟子でもなく、仲間か!
 なんか自殺しそうな人を踏みとどまらせるようなセリフだ。
 自分の人生を棒にふりかねない行為をするのを制止するんだから、正しい助言かもしれないが。

 なお、弟子と言っているのは前田が師範をしていたからだ。
 まだ二十代半ばの若さであるが嘉納にすすめられて早稲田大学などで柔道師範をやっている。
 そんな弟子たちを、丹波対策の稽古で倒しまくっていた。
 弟子たちの多くが顔を腫らしている。
 それでも、前田のためにいくらでも稽古につきあうと彼らは言う。

 土佐弁や薩摩弁の声が聞こえる。
 前田光世は東北の弘前出身だ。
 講道館には会津と縁の深い西郷四郎などもいた。
 幕末の動乱で敵味方にわかれて戦ったような連中が同居している。

 もしかしたら、親や祖父母のカタキとなる関係もいたかもしれない。
 それでも、講道館はこれだけの連帯感をもっている。
 嘉納治五郎の指導が優れているから、こういう一体感をもてたのだろうか?
 だとすれば、やはり嘉納は優れた教育者であり人格者だ。

 前田に仲間と言ったのも、効果があると確信しているからだろう。
 上下関係である師や弟子の絆じゃダメだ。
 仲間と言う横のつながりで繋ぎとめる。
 同等に認め合える仲間たちに誇れるような行為をとれ。

 厠にいる嘉納に一礼して、前田は行く。
 仲間の姿を思い出し(回想中に回想だ)明るい表情の前田光世だった。
 だが、戦いに向かうと決めたとたん、表情は鬼へとかわる。
 戦いと出番に餓えた餓狼・丹波文吉との闘いへ向かう。

 嘉納は、丹波文吉を前田光世にまかせるつもりだ。
 丹波の実力をはかりつつ、切り札は取っておく策だろうか?
 連帯感の強い門下生を育てているあたり、嘉納は人格者で腹黒詐欺師じゃなさそうなんだけど。
 腹黒詐欺師ってのは丹波が相手を怒らせるために言った挑発なのだろうか?

 どちらにしても、丹波と前田が出会えば戦いになり、丹波の真意もわかるだろう。
 問題は、ちゃんと丹波が登場してくれるかどうかなんだが……
 これ以上の回想は危険だぞ!


2013年3月7日(14号)
第四話 / 総合格闘技(ミックスドマーシャルアーツ)の源流(ルーツ)

 総合格闘技
 殴り、組み、投げて、極めて、絞める。
 格闘技のさまざまな要素が混ざりあった、"総合"的な格闘技だ。
 現代も進化しつづける総合格闘技のルーツは……

『日本の明治漢(おとこ)の格闘家たちである
 中でもその最前線にいたのは…』

『前田光世である』


 大昔のギリシャではパンクラチオンという総合格闘技もあった。
 だが、現代の総合格闘技は日本の格闘家が大きく関わっている。
 といった説明がそのうちあるかもしれない。
 まだ四話だし、細かい説明はそのうちやるんだろうな。

 なんで明治の格闘家が総合格闘技をやるようになったのかというと、文明開化だからだ。
 それまで藩のお抱えだった武術家は職を失ったので、生きる道を探す必要があった。
 また、海外に旅立った者は、後進国である日本の名誉を守るためにも武術の優位性をアピールする必要がある。
 欧米人ってのは現実主義なので説明よりも、実際に戦って強いのかどうかを見たがった。
 そこで、武術家たちはあらゆる格闘技と闘うことになる。(ライオンの夢―コンデ・コマ=前田光世伝
 という話も、そのうちやるだろう。

 だが、舞台は明治37年(1904年)だ。
 前田光世は、まだ海外に出ていない。
 この頃の日本国内は、食えなくなった武術家たちによる壮絶な生存競争が起きていた。
 ある意味、この武術戦国時代こそが総合格闘技を育てたのかもしれない。

 前田光世と対峙しているのは、講道館柔道の人間を闇討ちしまくっている丹波文吉である。
 丹波は全身を汗でぬらしていた。
 子猪がライオンの声を聞いてビビるように、初めてでも前田のスゴさがワカるのだ。
 ところで、もし真・餓狼伝を板垣先生が作画していたら、長谷川光臣(71)みたいな先生が出てきて解説はじめたんだろうな、と妄想した。

 前田は強い。
 立っているだけで獅子の貫禄がある。
 背景に獅子のオーラが見えてくるほどだ。
 まさに東天の獅子である。

 いっぽう前田のほうは冷静に丹波を観察している。
 感覚の丹波に対して、知性の前田だ。
 講道館は、それまで感覚的に教えられていた柔術の技を理屈で教えられるようにした。
 東大卒の秀才である嘉納だからこその分析だろう。
 その嘉納に教えをうけた前田だけに理屈で分析する習慣が身についているのかも。

(若いな)
(十…七 八歳ってところか)
(あのキズは切創ではなく裂創)
(打撃の心得があるのか)
(線が細いな 力は俺だな)
(速さ主体の闘い方か)


 戦う前から丹波の戦闘力が丸裸にされていく。
 やはり武術家であれば事前の戦力分析は必要だ。
 丹波本来のスタイルは速さを活かした打撃系だろうか。
 となると、捕まえてしまえば前田の勝ちだ。

 打撃技か、関節技か。
 総合格闘技における答えのない問いが、明治のこの時にもあった。
 じりじりと二人は距離を縮める。

 丹波が講道館に挑戦する理由は、親父・丹波久右衛門にあるらしい。
 嘉納治五郎は丹波久右衛門を知っているらしいのだが、門下生に情報を伝えていないようだ。
 人格・知性ともに問題のない(はず)の嘉納治五郎にも葬り去りたい過去があるってコトか。
 これ以上は、口ではなく体で聞け!
 別にエロい意味で言っているワケじゃないが、誤解をまねきそうな言いかただ。

 とにかく、二人が激突する。
 二人とも拳は作らず、突進だ。
 これは打撃ではなく、組みうちの闘いになるのだろうか?
 明治の柔術対決が始まろうとしている。
 次回につづく。


 丹波文吉、若いな!
 明治のころは年齢を数え年であらわす。
 年号なんかとおなじで、一歳からはじまって年が変わると年齢も一つあがる。
 大晦日に生まれた子供は、その日一歳で次の日に年があけると、もう二歳になるのだ。
 だから、現代の年齢とは1〜2歳若い。
 もっとも、現代風に年齢も翻訳していそうだけど。

 丹波久右衛門をめぐる事件は丹波文吉の生まれた明治二十年前後にあったのかもしれない。
 ちょうど講道館が柔術に勝利して名を上げているころだ。
 講道館と言う光の影に、久右衛門の悲劇があったのかもしれない。

 丹波文吉の年齢だと、経験不足で前田光世に勝てそうにない。
 一度負けて修行しなおすコトになるんだろうか?
 あまり悩んでいると前田が海外に出かけちゃって、勝負するの大変になるぞ。
 それとも真・餓狼伝の丹波は海外にまで放浪するようになるんだろうか?
 どちらにしても、悩んで放浪する確率は高いと思う。


2013年3月14日(15号)
第五話 / 背負い

 明治後期は格闘戦国時代である。
 国内では数多の流派が生き残りをかけて争っていた。
 海外では日本人の地位向上のため強いところを見せる必要がある。
 明治の武術家は必死度がちがう!

 そして、夜の路上で丹波文吉と前田光世が激突する。
 路上での野試合だ。
 この実戦性が武術の本質をあらわしている。

『路上の立ち合いは』
『初撃こそ』
『全てである』

 両者、頭突きだ!
 まるで相撲の立ち合いのようにぶつかっていった。
 イキナリ流血しているぞ。
 そして、ふたりとも笑っていた。

 初撃は重要だ。
 ダメージを受けると動きがにぶる。
 動きがにぶったら、さらにダメージを受けるだろう。
 こうしてダメージの差が広がっていって敗北するのだ。

 これがラウンド制の試合だと、ラウンドの合間のインターバルで体力が回復するから逆転の可能性もある。
 実際にダウン寸前まで追いこまれた選手がゴングに救われて、次のラウンドでけっこう回復しているってことも多い。
 だが、ルール無き路上戦闘だと、休憩することができず追いこまれていく。
 最初に大きなダメージを与えたほうが、圧倒的に有利なのだ。

 ところで、最近気がついたのだが、刃牙たちが解説好きなのは休憩のための時間かせぎなのかもしれない。
 意識しているのか無意識なのか知らないが、解説しているスキにヤツラは回復している。
 イッパツ殴っては解説しるというパターンで、不死身のタフネスを演出しているのかも。
 そして、真餓狼伝の連中もやや解説好きの傾向がみえる。
 この闘い、長引きそうだ。

「背負うぜ」

 頭突きの後で、お互いに服をつかんで組み合った。
 この状態で前田が投げを予告する。
 サービスのつもりなのか、幻惑する気なのか?
 くもりのない笑顔を見せているので、どうも本気っぽい。

 予告どおりに、投げるのか?
 と、前田が丹波を勢いよく引きこんだ。
 体勢を崩した丹波のフトコロに飛びこんで、前田が背負い投げだ。
 予告どおりに投げた!

 だが、投げられた丹波はココからがスゴい。
 空中で体をヒネり足から着地した。
 つづけて前田が足払いをかけるが、コレも回転して着地する。

「………驚いたな」
「"猫の三寸返り"ができるんだな」

「…講道館(あんたんトコ)の四天王の一人」
「西郷四郎の…」
「だろ?」

「ああ…」
「四郎さん」
「西郷四郎が得意でな」


 猫が、三寸(約90cm)の位置から落ちても反転して足から着地するように、投げをかわす伝説の技だ。
 つまり丹波に投げは無効ってコトか?
 明治の丹波は天才肌だ。
 四天王の西郷四郎と同レベルなのか!?

 ところで、前田が西郷四郎を「四郎さん」と呼んでいる。
 かなり親しみのこもった呼びかただ。
 ところが前田光世が講道館に入門するのは1897年だ。
 しかし、西郷四郎は1890年に講道館から出て行っている。
 つまり、本来なら二人に接点はない。

 だが、夢枕獏世界の歴史では、講道館をでた西郷四郎が少年時代の前田光世に出会っているのだ。(東天の獅子 第四巻
 前田の「四郎さん」という呼称は、その後も二人が親しく接したことを示唆している。
 いまだ語られていない『東天の獅子』の本編・前田光世編で、二人の交流が詳しく記されるのだろう。

 前田は、西郷四郎から"猫の三寸返り"を直に見せてもらった可能性がある。
 ならば破りかた、対処法も知っているだろう。
 投げが効かないと油断していたら、丹波は文字通り足元をすくわれるぞ。

 解説におる休息は終わった。
 丹波と西郷が、どのような作戦を立てているのかワカらないが、とにかく死闘の再開だ。
 再開と同時に、丹波が突きを放つ。
 打撃は、前田の頬をかすめ皮膚を切って出血した。

 丹波の頬にある裂傷をみて打撃の警戒をしていたハズの前田だが、油断したのか?
 汗を流してしまい、ちょっとピンチっぽいぞ。
 だが、気持ちを切り替えたら丹波の打撃も問題なさそうだ。
 今までの攻防は、どちらに優勢なのか?
 次回、闘いの局面が変わるのか?

 丹波に敗れた講道館門下生と前田は、やっぱりちがう。
 敗れた門下生たちは、いきなり丹波を投げようとしていた。
 対する前田は、頭突き → 崩し → 投げ、と投げる前に下準備をしている。
 丹波に対して油断せずに闘っているのだ。

 そして、丹波も"猫の三寸返り"と打撃を見せた。
 どんどん引き出しの中を見せてくれるのかも。
 先に切り札をきっている丹波がやや不利だろうか。
 今のところ自信たっぷりで闘っているが、丹波は実力の差を思い知らされて凹んでしまいそうな不安がある。
 打撃が通用すると大喜びしていたら、それが死亡フラグって可能性が高い。
 でも、天狗の鼻をヘシ折られるほうが、丹波らしい姿だよな。


2013年3月21日(16号)
第六話 / 当て身

 明治37年(1904年)、新興柔術である嘉納流柔術・講道館が謎の人間に挑戦を受けていた。
 挑戦者の名は丹波文吉だ。
 親父である丹波久右衛門は、講道館にたいし遺恨があるらしい。
 柔術の諸流派を踏み台にして武の天下をとらんとする講道館を阻止しようと言うのだろうか。

 丹波の挑戦を受けているのは講道館の前田光世である。
 二十代の若さであり、勢いのある年代だ。
 体力を削りあう実戦では、技術よりも体力のほうが有利な場合も多い。
 講道館にとって最強に近い手札だといえるだろう。

『「相手を極めるには先ず投げが必要 投げられざれば負けること無し」』

 これが講道館の創設者・嘉納治五郎の考えだ。
 武術にイロイロな流派があるのは、戦いかたにイロイロな方法があるからだろう。
 将棋だって居飛車・振り飛車の二大戦法から、さらに細分化される。

 武術には投げ・打撃・関節の三要素がある。
 これらをどう組み合わせて、どこを重視して戦うのか?
 それぞれに長所・短所があって相性もある。
 正解のないディープな世界だ。

 柔道は、投げて勝ち、投げられなければ負けないという選択をした。
 投げられると落下のダメージはもちろん、不利な状態で寝技に入られて負ける。
 だから、負けるような投げられ方をすると"一本"となって、即負けとなるのだ。

 前田は丹波を投げようとつかみかかる。
 だが、そのタイミングを狙ったかのように、丹波が右拳を突きだした。
 当て身だ!
 前田の左頬が切れた。

 汗が流れている。
 予期せぬ打撃で前田があせっているのだ。
 丹波が追い討ちに打撃を放つ。
 左、右、右!
 フック気味の打撃など、多彩な攻撃だ。
 これはかなり近代的な攻撃ですね。

 しかし、前田は上体を沈めたり、左右に振ったりしてよけている。
 腕にも当たっていない。
 かなりの防御技術だ。
 打撃に不慣れな人間なら腕でガードするだろうけど、ガードしていない。

 ならば、蹴りだ!
 丹波が奇襲的に蹴りをだしてきた。
 下半身を狙う実戦的な蹴りだ。
 中国武術だと実戦では腰より上を蹴らない流派もある。
 上段への蹴りはバランスを崩し倒される危険性があるためだ。
 ある意味、投げの重視に似た考えかたといえる。

 丹波はヒザ関節や釣鐘(金的)を狙った蹴りを放つ。
 全部かわされたあげく、釣鐘狙いは足をつかまれて投げられた。
 さいわい、丹波には"猫の三寸返り"があるので、無事に着地し一本とられずに済んだ。

『本来当て身とは組むために打ち 組んでから突く すなわち柔(やわら)のための技術である』
『しかし丹波文吉が放つ一発一発は』
『相手を沈めるためのものであった』


 江戸時代の柔術は『柔(やわら)』と呼ばれる場合が多い。
 そして、打撃は投げや組み技と合わさった一要素となっている場合が多かった。
 打撃のみで戦う思想は、沖縄で発展した空手(唐手)が本土へ上陸するまで、あまり無かったのだ。

 これだけ打撃を使えると言うことは、丹波文吉は空手の使い手なのだろうか?
 つまり沖縄からの刺客ですかね?
 姓が丹波(京都・兵庫の一部)なのに、沖縄なのか?
 どういう経緯で丹波はこれだけの打撃を学ぶようになったのだろう。

 本来なら、あまり知られていない技である打撃により前田光世はフルボッコになっていたハズだ。
 しかし、見事な防御をしてノーダメージである。
 奇襲が通用せず、丹波にも焦りが……無い!
 なんか余裕というか、楽しんでいる。
 いいのか、そんな気楽で。

 講道館では本来打撃を教えない。
 だが、講道館の先輩がたには打撃を押しててくれる人もいる。
 前田の脳裏にうかんだ人物は四天王・横山作次郎か!?

 そして、前田は丹波の打撃をかわしつつ、投げに行く……
 ――――と見せかけて、掌底で丹波の顔面を張った!
 丹波のアゴの骨が外れる!

 夢枕獏『東天の獅子』(AA)によれば、講道館の門下生で血の気が多い連中はケンカをしては相手のアゴに掌底を食らわせ、アゴを外していたそうだ。
 つまり、この打撃は四天王・横山直伝のケンカ殺法である。

 連載6話目にしてついに丹波がつかまった。
 丹波一族の通過儀礼として"強敵に敗北して復讐を誓う!"が発動しそうだ。
 でも、丹波は打撃に慣れているんだから、打撃へのダメージにも耐性があるよね?
 いや、肝心なところが抜けているのが丹波っぽい。
 アゴ外れて泣きながら逃亡して、東北の花巻まで流れついても私はおどろかないぞ。


2013年3月28日(17号)
第七話 / 人助け

 丹波文吉と前田光世が戦う明治37年(1904年)、その三年前に伏線がある。
 前田光世は横山作次郎に教えを受けていた。
 横山作次郎(六段。のちに八段)は講道館・四天王の一人であり、講道館でもっとも当て身(打撃)に習熟していたと言う。
 通称"鬼横山"である。

 ちなみに講道館柔道で鬼とよばれた人間は四人いた。
 横島作次郎、徳三宝牛島辰熊木村政彦だ。(木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか
 強いだけでなく、ムチャをやらかすからこそ、柔道の鬼なのだ
 前田は強かったけど、温厚な性格だったので鬼じゃ無いんだろうな。

 横山が打撃を得意としていたのは、もともと柔術の天神真楊流を学んでいたからである。
 講道館は新興柔術なので、イロイロな流派の人が入っているのだ。
 でもって、横山はわりと暗黒街の付き合いもある。
 無頼のやからと夜の町でケンカです。
 たぶん、わりと日常的のコトなんだろうな。

 前田光世と横島作次郎は数人の男とケンカをしていた。
 男たちは刃物を出すなど、かなりキケンな状態だ。
 だが、横山は余裕で男たちを倒している。
 昔、世話になった獏山先生が柔を教えつつ骨接ぎをやっているので、患者をつくろうという考えだ。

 なんというマッチポンプ、なんという自作自演だ。
 いや、ちょっと違うか。
 とにかく横山は獏山先生の患者を作るべく、アゴ外しの打撃を使いまくる。

「コツはのぉ」
「腕の振りは小さく素早く」
「上アゴに当てる瞬間」
「掌底の腹を」
「素早く返し」
「アゴを外すんじゃ」


 一般人には使いこなせない情報だ
 明日の終末飲み会で披露してもドン引きされそうだし。
 この技ってやっぱ、実戦で練習しないとダメなんだろうな。
 後輩に試して、アゴを外しまくっていたら嘉納先生に超怒られそうだし。

 なので、ケンカは練習のために必要なのだろう。
 そもそも講道館柔道にアゴ外し掌底打ちは必要ないんじゃないかと言う議論は置いときますが。
 合気道の塩田剛三先生も道場で乱取りが禁止されていたので、ヤクザにケンカ売って練習台にしていたそうだ。(合気道人生
 昔の武術家はムチャすぎる。


 前田光世は横山の教えを忠実に再現した。
 丹波のアゴが見事に外れてしまう。
 痛いのかどうかワカらんが、のた打ちまわっている。
 横山が言うには、相手の戦意をそぐのに最適の技らしい。

 だが、丹波は戦意を失わない。
 自分でアゴをもう一度外して、入れなおした。
 これは痛い。
 だが、この痛みは知っていると言う。

 どうも丹波の流派は単純な打撃系ってワケでもなさそうだ。
 打撃を使いつつ、関節を外したりする。
 複合技を使いこなす流派なのだろうか?

 人間は未経験の攻撃には弱い。
 だが、丹波はコアゴ外し攻撃を知っている。
 打撃に関して言えば、前田より知識が豊富かも。

「人を眠らせたきゃ」

(人中!?)

『ちゃんと――――』
『急所狙わなきゃ』


 そして、復活の丹波文吉が跳躍からの中指一本拳で前田に襲いかかる。
 人中はバキや夢枕獏作品ではおなじみの急所だ。
 鼻と上唇の間にある。
 打てば死ぬ事もあるといわれる急所だが、マトが小さいので難易度が高い。

 アゴを外す攻撃は難易度高いワリに倒せない。
 おなじ高難易度なら人中狙いだな。
 また、明日から使えない知識を得てしまった。

 倒せないと言っていますが、アゴ外された丹波君ののたうちまわりっぷりは素晴らしい。
 これなら近いうちに『いきいきごんぼ』でネタとして使われるかも  使用(つか)われるに、50ゴンボ賭けてもイイぞ!

 丹波の攻撃は人中をとらえるコトができるのか?
 そして、丹波の正体はいったい何者なのか?  今回で7話目だけど、丹波文吉のナゾはほとんど明らかになっていない。
 とりあえず、主人公ポジションは前田光世が完全にうばっている。
 登場人物紹介で、前田光世と横山作次郎がいるのに、丹波が無いのは、どんな試練なんだろう。


2013年4月4日(18号)
第八話 / 殺意

 世界をまわり生涯無敗といわれた前田光世が、もっとも強かった相手として丹波文吉の名をあげた。
 前田と丹波の闘いは明治37年(1904年)に行われている。
 この勝負で前田は丹波を最強の相手と認めたのだろうか?
 それとも、これが記念すべき初対決となるのかも。

 とにかく、闘いだ。
 丹波文吉が戦法を大きく変えた。
 打撃を中心にしているのは先ほどとおなじ展開だ。
 だが、拳の握りかたがちがう。
 中指だけを飛びださせてにぎる中高一本拳だ!

 あたる面積が拳よりも小さいため、鋭い打撃となる。
 おもに人体の柔らかい部分を狙う握りだ。
 これで人中をねらう。

 人中とは鼻と上唇の間にある急所であり、ここを痛打すると死に至ることもあるらしい。
 高橋華王『武道の科学』(AA)によれば、上顎間縫合が人中の正体だ。
 だからといって、人中を打てば頭蓋骨がパカっと割れることも無いのだろうが、頭蓋骨の弱い部分らしい。

 殺しかねない攻撃をしかけながら、丹波に殺意はなかった。
 勝つために、勝負を決するために必要と言うだけで、怒りも憎しみも無いのだろう。
 極めて合理的な殺人技だ。
 戦国時代の武士の心だな。

 掌底、手刀、中高一本拳、平拳、中高一本拳ッ!
 丹波が多彩な攻撃で前田を追いつめる。
 が、前田は攻めてきた丹波の腕をとって投げた。
 しかし、丹波には"猫の三寸返り"がある。(五話
 丹波に投げは通用しない。
 そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。

『素手の人間が一撃で相手の命を奪うことは至難である』

 これは、禁断の投げ=必殺理論だ!
 合気道の塩田剛三は地面を武器として、一発でしとめたそうだ。(板垣恵介の格闘士烈伝

『相手の体重・重力・遠心力を利用して 一撃で殺す技 こいつで――――――』
『お前を』
『討つ!』


 投げたッ!
 低いッ!
 三寸のスキもなく、地面に直接たたきつけるような投げだ。
 さすがの丹波も胴から落ちる。

 さらに引っこ抜いて、投げる。
 丹波は腰を落としてふんばった。
 だが、前田はそのまま崩れるように倒れる。
 丹波が顔から落ちた。
 失敗した投げでよく見る形なのだが、これをダメージ狙いの投げにつかうとはッ!
 講道館の裏技だろうか?

 そして、倒れた丹波の腕をとって、腕十字にうつらんとする。
 投げで倒す宣言はフェイントか!?
 関節を極められたら試合終了ですよ。
 丹波、大ピンチだ。

 と、思ったら体をひねってよせて十字を無効化した。
 上手いッ!
 打撃だけじゃなく、寝技も一流だ。

 そして、寝ている前田の上をとった。
 この状況であれば、打撃を思う存分うちこめる。
 丹波文吉の勝利は近い!?

(感謝するぜ)
(親父…)


 丹波の技術と強さは亡き父から受け継いだものらしい。
 これは長目の回想になりそうな予感がする。
 最初の勝負途中で長期回想なのか?
 次回につづく。


 中高一本拳や人中は、どれだけの人が知っているのだろう?
 小説の夢枕獏作品なら、ここで解説が入ってくるところだ。
 前田の投げは、一本を狙う綺麗な投げからダメージを狙った投げに変化している。
 この変化を、見ればワカると割りきってイイのか難しいところだ。

 やはりバトル作品には解説が必要なのだろう。
 刃牙における本部さんのように解説役が欲しい。
 明治における解説はだれがふさわしいのだろうか。
 まさか、嘉納治五郎にやってもらうワケにもいかないだろうな。
 もっとも、便所でりきんでいるよりはるかにマシなポジションだけど。


2013年4月11日(19号)
第九話 / 父、久右衛門

 次回で話数もフタケタの10話になる。
 というワケで、そろそろ主人公の丹波文七がいかなる人物なのか語ってもらおうか。
 ……ちゃんと丹波が主人公なんですよね?

 時代は明治29年(1896年)にさかのぼる。
 丹波が前田光世と闘っているのが明治37年(1904年)だから8年前だ。
 そうなると丹波は10歳前後という計算になる。
 まさに丹波のルーツがあきらかになる年代ですね。

 福島県の山間部(旧にわき藩)で畑を耕す男がいた。
 頭部はハゲている。
 けっこう年配ですが、昔の人は老けるのが早い。40歳で初老ですからね。(大辞林:初老
 夏目漱石(1867-1916)の『坊つちやん』でも、うらなり君の母を「五十ぐらいな年寄(としより)」と表現している。
 イイ薬もなく、生活環境が厳しいと人体にも負担が大きいのだろう。もちろん、頭髪にも。
 昭和に生まれてよかった。

 畑を耕しているのは丹波久右衛門だ。
 久右衛門を訪ねてきたのは、甥の剣三郎だった。紀州からやってきたらしい。
 こちらは、まだ毛がふさふさしている。
 年齢の差なのか、収入の差による栄養の差なのか?

 久右衛門の流派である丹水流は途絶えようとしていた。
 幕府の指南役だったため、新政府の風当たりが強い。
 にわき藩武芸指南役であった久右衛門の父や5人の兄弟は戊辰戦争で死んだ。
 久右衛門に武芸の才なく、本家丹水流は滅びを待つ状態であった。

 久右衛門には息子・文吉がいた。
 自分と同じく才がないと久右衛門は言っていますが……
 才のない人が、才のあるなしを判定できるのだろうか?
 見巧者という可能性もあるが、どこまで本気なんだろう。

「これからの世は"力"ではなく」
「"知"の時代だと私は思っておる」


 これが本心だろうか。
 江戸時代は軍事政権だったせいか、武を重視して知を重視していない。
 学力テストで出世できるようになったのは、遠山の金さん父親あたりからだ。
 幕府が開かれてから100年以上たっている。

 明治は学問が有利になる時代だ。
 『武士の家計簿 』(AA)の猪山一族は学問の大切さに気がつき子供を士官にしている。
 親戚の武士たちは生きるために商売をはじめるのだが、商売やっているのが見られると恥だといって看板も出さず、当然失敗するのだった。
 武士にとって生きづらい時代なのだ。

 文吉は頭もよく勤勉らしい。
 彼ならば学問にはげみ、坂の上の雲にのれるかもしれない。
 ところが、転校してきた華族の縁者が文吉に嫌がらせをしているそうだ。

 そのガキが文吉の後頭部に石を投げつける。
 丹波は振りかえりもしないで石をよけた。
 まるで背中に目がついているようだ。
 才が無い、どころか才があふれまくりだよ。

 そして、振り返った丹波の目がッ!
 狂気の目だッッ!
 これは学問の徒なんかじゃない。
 齢九にして、餓狼の目をしている。
 学問の世でありながら、武を目指しているのだろうか?
 次回、丹波文吉おおいに暴れるの巻、か?


 丹波文吉の家は由緒正しい武芸者の家だった。
 そうなると、平成(昭和か?)の餓狼・丹波文七とは縁遠いのかも。
 文七は空手を習うまでは我流だったっぽい。
 名前が似ているだけの別人か、完全に丹水流が途絶えたかのどちらかだろう。

 久右衛門さんは、隠しているけど武の達人かもしれない。
 これからの世は学問だから、文吉に勉強させているのだろう。
 たしかに世に武士の居場所はほとんど無い。
 刀や槍は戦場で使われず、銃が主体だ。
 そして、武器ではなく兵器を使って戦う時代となる。
 個人の武勇を誇る英雄の時代は終わったのだ。

 だが、人間が己の肉体のみで戦うことの意味は失われない。
 成長した丹波も自分の肉体のみで講道館と言う巨人に戦いを挑んでいるのだろう。
 やっと丹波が主人公っぽくなってきた。

 だが、今のところ父・久右衛門の視点で話が進んでいる。
 文吉の活躍は、これからが本番だ!(たぶん)
 丹波文吉の次回の活躍にご期待ください。
 出番が無いところだけは、丹波文七とそっくりなんだよな。


2013年4月18日(20号)
第十話 / 学士の卵

 将来的にすごく強いと言われる餓狼・丹波文吉のルーツがあきらかになる。
 時は明治29年(1896年)、ぶたいは福島県の山間部(旧にわき藩)であった。
 九歳であってもすでに餓狼だ!

 丹波文吉の父・久右衛門は、教師と話をして驚愕する。
 勉強熱心だと思っていた文吉の学ぶ内容が問題だ。
 「正中線」「鳩尾」「人中」「経絡」などの読み方や意味を質問してくるらしい。
 なんというマニアックな少年だ。

 先生も期待にこたえて医学書を調べて回答したらしい。
 人体の急所は治療につかうツボにもなる。
 映画『レッドクリフ part2』(AA)でも、孫尚香が人中を押して蘇生をはかるシーンがあった。
 医療関係の勉強だと思ったのもムリない……、いや不自然だろ。

 さらに文吉はテコの原理まで理解しているらしい。
 テコの原理を理解していると、関節を取ったり、相手を投げたりするのに有効だ。
 武術は人体の科学の極めることでもある。
 と、いう感じで文吉の学問好きってのは、武術好きでしかなかった。

 でも、武術をきっかけにして勉強すればイイんじゃね?
 馬好きな人が、馬をきっかけに勉強するような感じで。
 武術のほうが数学・歴史など多岐にわたって関わるので優秀になれそうだ。
 ニガテ分野は……、外国語とかかな。
 でも、明治の格闘家はけっこう海外に行くことが多いので外国語が重要だったりする。
 文吉も海外に飛び出すのだろうか?

 今の文吉は海外の話より、華族の縁者が問題だ。
 手勢をひきつれて文吉にケンカをうる。
 文吉はよろこんで買う。
 無双といわれた丹水流の強さを見せてやる!

(いかんぞ文吉ッ)
(丹波の血)
(鬼神の血は…)
(ワシで終わりじゃ―――)


 文吉がムチャやったと聞いて久右衛門は走りだす。
 丹波の血は鬼神の血だとッ!?
 巨凶・範馬の血とどっちが強いんだろう。

 現代の丹波である丹波文七も身のうちに餓狼を飼う男だった。
 すごい強いってほどじゃないけど。
 明治から昭和になるうちに鬼神の血とやらも薄れてしまったのだろうか?

 かけつけた久右衛門が見たのは、倒れる14人以上の少年と、一人立つ文吉の姿だった。
 これが鬼神・丹波の血か!?
 文吉は息も乱していないし、汗もかいていない。
 知識だけでなく体もそうとう鍛えているようだ。

 鬼神・丹波の血を引く文吉が覚醒してしまった。
 そして父・久右衛門も血を引いているハズなのだが、どんなポジションなんだろう。
 覚醒してしまった文吉を久右衛門はどう扱うのか?
 次回、丹波の運命が決まりそうだ。


 明治は、武術で生きていくのが厳しい時代だ。
 久右衛門は文吉に過酷な道を避けてほしいのだろうか。
 親兄弟を戊辰戦争で亡くしている久右衛門は、武術が鉄砲に敗北する姿も見ているハズだ。
 平和な江戸時代ならともかく、銃はもちろん大砲や戦艦が活躍する近代戦で武術の存在に疑問を感じたのかもしれない。

 ただ、個人の強さを証明するための武術には意味がある。
 講道館が世界に柔道をアピールして行くことができたのは、個人の強さに価値があると世界が思っていたからだ。
 明治の日本は急激に近代化するため、イロイロなものを捨てようとしている。
 武術もその一つだった。

 流行遅れといわれながら文吉は武の道を目指すのだろうか?
 そして鬼神の血が丹波一族に流れているのなら、紀州の丹水流とかにキッツい戦士とかいるんだろうな。
 前回登場した剣三郎は、名前から推察すると三男だ。
 少なくとも、まだ二人いる。
 丹波一族は、いったい何人いるんだ!?


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