近況報告7(略して恥ずかしい話)
板垣恵介トークショー(客観的報告)
(99/9/1)
会場に行った者として(4分遅刻しましたが)、8月29日COMITIA主催で行われた「週刊少年チャンピオン」原画展&トークショー報告をします。テープに録ったわけでもなく、うろおぼえな記憶ですができるだけ内容を再現してみます。なお、板垣先生のしゃべりをそのまま載せているわけではありません。しゃべった内容を載せています。その辺ご了承下さい。
マンガ批評雑誌(?)「ぱそ」の編集部を司会にトークショーは始まる。(以下敬称略)
司会:漫画家になられたきっかけは?
板垣:僕は自衛隊に居て、そこでボクシングをやっていました。世界チャンピオンを目指すと言ったものではなかったんですが、ボクシングに打ち込んでいました。ところが、病気にかかり11ヶ月の長い入院生活を送りまして、そこでボクサーの夢を諦めた訳です。
次に自分に何ができるか、自分の優れているところは何か、それを考えているうちに自分には「絵」があるのではないかと思い。サンデーの通信教育(注:この辺うろ覚え)で絵を学び始めたんですよ。
当時もう妻が居まして、妻に毎月一定額の生活費を出せば後は何をしても良い、たとえば一日中絵を描いていても良い、そう言われましてアルバイトをしながら絵を描いていたわけです。
アルバイトは色々やりました。レストランのコック、怪しげなヨガの先生(注:そう聞こえた)、新聞輸送のトラックの運転手、引越サービス、ペリカン便、編集者もやりましたし、そうですね10種(注:確かに10ぐらい職を言われましたが残りの4種は忘れました)、自衛隊をあわせれば11種ぐらいの職を経験したんじゃないかな。
そんなときにダンプ松本の引退試合がありまして、それまでダンプ松本と言うと憎々しげな表情しかしていなかったんですよね。その彼女がすごくかわいい笑顔で笑っているんですよ。これを見たときに、彼女も本当は笑いたかったはずだ美しくなったはずだ、そう思っていたに違いない、と思いまして、それをテーマにマンガを描いてみようと思ったわけです。
格闘技ならいつでも描けるという思いがありましたし、当時はグルメブームでグルメマンガが流行っていた頃でした。食の追求があるのなら次の流行は体の、美の追究のブームになるんじゃないかという読みもあって、流行の先駆けになる意味でも「メイキャッパー」と言う作品の連載を始めたんですね。
それで、その作品を見た秋田書店さんから、同じようなテーマでマンガを描いてくれないかと声がかかりました。僕は格闘技が描きたかったので編集者を説得して、「刃牙」を書き始めたわけです。
最初のうちはなかなか人気が出ずに20本ぐらい連載があるうちの10位ぐらいの(注:15位だったかも)真ん中あたりの人気しかなくて、別の作品に変えようかと言う話もありましたが(注:打ち切りを指しているのか、路線変更を指しているのか、不明)、コミックスの1巻が出てみるとそれがあっという間に売り切れたんですよ。その時は編集部に「ざまー見ろ」って思いましたよ。
司会:ところで「グラップラー刃牙」には実在の人物をモデルにしていると言う話を聞きますが?
板垣:ええ、そうですね。勇次郎以外にはたいていモデルがいます。
司会:えっ、勇次郎にはいないんですか? 彼のモデルを一番聞きたかったんですけど。
板垣:うーん、勇次郎は色々な人からパーツを集めて来ているんですけど……。初期の勇次郎を見てもらえれば分かると思うんですけど、顔のモデルは「マット・デュロン」です。彼の写真を元に輪郭をいじったりしながら恐そうにしていったのが今の勇次郎ですね。
司会:はー、そうなんですか。他にも、たとえば愚地独歩とか……。
板垣:独歩ですか(笑) よく「マス・大山」だと言われるんですよね。でも、独歩って苦境に陥ったり負けたりするじゃないですか、それで極真の人たちから「大山倍達と愚地独歩は別人であると明文化しろ」と脅されたことがありまして(笑)
僕としては作中にマス・大山が出てきたこともあるので、マス・大山と愚地独歩は別人であると言う状況にはしているつもりです(笑)
独歩のモデルは僕の中での理想のマス・大山と空手道拳道会の中村日出夫先生を足したイメージですね。
司会:板垣先生は格闘描写に定評がありますが、その秘訣は?
板垣:そうですね。本宮ひろ志さんはアクションシーンは運動神経で描くと言っていますが、まさにその通りだと思います。写真なんかで動きを撮っても一番いいところと言うのは撮れない。これは自分が体を動かすことができないと描けませんよ。
司会:ストーリーはどのように考えているのですか?
板垣:刃牙は準備期間が1年(注:1ヶ月だったか?)ほどしかなかったんですよね。主人公、刃牙のモデルは平直行さんなんですけど、彼はシュートの選手でありながら空手の大会にも出ちゃうんですね。普通プロがよその大会なんて出ないんですよ、負けたらみっともないですし。でも彼はそれをやっちゃう。
そう言う所を持った主人公で行きたいと思いまして。今までの格闘マンガの主人公って、なんか武道というかストイックな感じがするものじゃないですか、刃牙にはそうではなく明るく普通の視点での格闘者でいて欲しかったんですよ。
そんな感じで先のことはあまり考えずに連載を初めました。最初は勇次郎の存在も考えていなかったですし。今でもどう終わらせるかは考えていません(注:ここまで言い切っていなかったかなぁ?)。打ち切りになるまで描き続けるつもりです。
司会:ここで会場の皆さんにも質問をぶつけてもらいましょう。
客:ジャックのモデルは誰ですか?
板垣:ダイナマイト・キットです。
彼の技というのはかけられている方よりかけている方がダメージがでかそうな技をかけるじゃないですか。そう言うイメージから膨らましました。(注:すいません、細部かなり忘れています)
平直行さんが言っていたんですけど、「一流のプロレスというのは一流の格闘技よりもすごい」と。格闘技って技を喰らわないようにするじゃないですか。つまり楽な方へ楽な方へと行くんですよ。逆にプロレスは技を喰らう方に行く。つらい方へつらい方へと行くわけです。その典型が大仁田厚ですね。彼なんて自分から鉄条網に飛び込んでいく(笑) そんなプロレスラー的な強さを凝縮しているんですよ。
客:花山薫と柴千春のモデルは?
板垣:花山のモデルはノンフィクション作家の○○(注:忘れました)の「疵」と言う作品の主人公、花形敬です。戦後の渋谷で愚連隊をしていて身長180cmくらいの大男でした。戦後の当時では180と言うと今で言う190、や200ぐらいの大男ですね。
戦前戦後を通じて素手でのケンカなら最強のヤクザと言われています。彼もなんの格闘技もやらず、学校でラグビーをやっていたぐらいだそうです。
千春については、特にモデルがいません。
よく「オレはやればできるんだ」って人がいるじゃないですか。実際は何もやらなくても、そう言っている。もしそれが本当で、根性だけで42.195Km走って1位を取る。そんな根性キャラがいれば、「オレはやればできるんだ」って人の共感を得られるんじゃないかと思ったんです。
客:アナウンサーにモデルの人はいるのでしょうか?
板垣:アナウンサーはあんまり目立つべき人とは思っていないので、そんなに個性を持たせるつもりはないんですが、あえてモデルを上げるなら古館一郎です。
客:同年代でライバルと思っている人はいますか?
板垣:特にいないですね。もう40過ぎちゃっているので、会う人全てにから良いところを見つけだすなんてこともできなくなっていますし。
尊敬している人は矢沢永吉さんです。彼の著書「成り上がり」を読んで自衛隊でいくら偉くなっても所詮は公務員なんだと思い、何かを成し遂げようと思ったものです(注:この辺の記憶あやふや)。
客:ガイア達のモデルは?
板垣:特定のモデルはいません。
イメージとして空挺部隊のエリートを意識しています。昔も今もそういうレンジャーとしてのエリートはいて、最近も有事の際の優秀な人材を育てていると言う話を聞きます。
客:鎬兄弟のモデルは?
板垣:僕には5歳年上の兄がいます。5歳も年齢が離れていると、なにをやっても勝てないんですよね。その兄に対する思い、また、兄が僕に対してもっているだろう思い、それらを表現したのがあの兄弟です。
客:なんでムエタイの扱いが悪いんですか? 個人的に恨みがあるとか……?
板垣:あー、確かにそうですよね。あと、グレイシー柔術についても同じようなことを聞かれます。
このことは一度はっきりさせておきましょう。
刃牙ではよく破壊のシーンがありますね。タイヤをひきちぎったり、車を破壊したり。あれはとてもできそうも無いことをやってのけることによってその選手の強さを引き立てるものなのです。紅葉のひきちぎったタイヤも丈夫なタイヤを参考に描きましたし、斗羽が破壊した車にしても、あれは僕の乗っている車なのですが本当に丈夫なんですよ、それを破壊しちゃう。そこに選手の強さが出てくるんですね。
ここまで話すと分かってくると思いますが、ムエタイは強いんです。グレイシー柔術も強いんです。だから、そんな人たちを一瞬で倒すことによって選手の強さを見せることができるのです。短い紙面で選手の強さを表現しないといけないのですから、どうしても強いムエタイの選手たちと戦わせることになるんですよ。
客:天方のモデルって宝塚の人だと思うのですが? それと、彼生きていますか?
板垣:第一部の最終回に登場した人物は自分の足で立つことのできる人間と言うのが条件だったんですよ。つまり、出てきていない選手は立つことができない。
天内の場合は、スタッフ内でも議論が起きました。作者がこう言っても信じてもらえ無いかもしれませんが、これは僕にも分からないんです。どっちが勝つか決めずに試合を始めることも良くあります。
克己と花山の試合の時もそうでした。ストーリーの展開から克己が勝つべき試合だったのですが、描いているうちに、こいつが負けるなんて考えられないと言う気持ちになり、どっちが勝つか自分でも分からなくなりました。
話を天内に戻しますが、彼のやられ方を覚えていますか?
ひどいやられ方じゃないですか、髪もむしられて。あの姿ではちょっと表に出ることができないんじゃないかと言う結論になって、第一部の最終回に姿を見せなかったんですね。
今後の天内なんですけど。うーん、生きているかもしれないと言う方向性で考えてみます。
えー、天内のモデルですが、ご想像の通り宝塚の人です。
ガールフレンドの高橋留美子さんに資料をいただいて描きました。あ、ガールフレンドと言っても純粋な意味でですよ。僕にはちゃんとした妻がいますから。(と言って会場右のイスに座っている女性を見る。女性の隣には小さな女の子がいるが、板垣氏の娘さんだろうか?)
それで元宝塚の天海祐希の……、あ、本名言っちゃいましたね(笑)
とにかく、彼女の顔が非常に気に入りまして、この顔を元にすると今までに無いキャラクターができるのではないかと思って描きました。
高橋留美子さんに資料を渡してもらったときに、熱心なファンがいるのでくれぐれもカミソリレターには気を付けてと言われましたが、ファンレターは編集部の方でチェックするので怪我をするのは編集の人です(笑)
客:なんで板垣先生はそんなに日に焼けているんですか?
板垣:僕の仕事場にはベランダがありまして、そこで本を読んだり、話を考えたりしているからです。
まあ、日に焼けたいと言う気持ちもあるんですけどね。どの時間帯に外に出れば皮がむけること無くきれいに焼けるかを計算して外に出ています。
客:本当に試合が終わると選手って仲が良くなるんですか?
板垣:もともと試合をする相手と言うのは何の恨みも無いんですよ。本気で憎くて殴るわけじゃない、試合に勝ちたいから殴るわけですね。
そんな中で全力でぶつかると相手のことがなんとなく分かってくるんですよ。上手く説明できないんですけど、こういうことは実際にあります。
客:独歩の握った拳、菩薩拳は本当に有効なんでしょうか?
板垣:僕の良く行く蕎麦屋のご主人が趣味で仏像を作っているんですよ。その人に教えられたのが、仏さんの手の握りと言うのは、人が生まれて初めて形作ると言う手の握りなんですよね。どんなことでも試行錯誤の果てに行き着いた答えと言うのが最初に考えたものだったと言うことがあるじゃないですか、だったら拳も最初に握ったものが最後の答えとなりうるのではないかと思ったわけす。
大山倍達さんの著書に、夜中に目が覚めて今でも拳の握り方がこれでいいのか、本当の握り型があるのではないかと悩むと言うのがありまして、本当にそんなことを考えているのだろうかと思ったのがきっかけです。
それと技術的なことですがパンチというのは必ずしも硬く握りしめる必要はないんですよ。指の付け根のココで殴れば(と言ってぱそ編集長の顎をかすめるジェスチャーをする板垣先生)手首さえ固定していれば十分に相手を倒すことができるんですよね。
そもそもプロボクサーも拳を握りしめてパンチを撃っているわけではないんですよ。上手いボクサーのシャドーボクシングを注意深く見ると拳を握っていないことが分かるはずです。
そう言うわけで、必ずしも拳を固めなくても有効な打撃が打てるんですね。
客:是非とも見て置いた方がいい格闘家はいますか?
板垣:僕が一番驚いた格闘家は中村日出夫先生ですね。
刃牙の連載前に編集部から今なら誰でも取材で会わせてあげられるが、誰に会いたいかと聞かれまして、中村先生とお会いすることができました。ちょうどここ池袋でしたね。
そこで角材を手刀で割るところを見せていただいたんですが、いきなり僕に木を持たせてくるんですよね。皆さん知っているかもしれませんが試し割は持つほうも技術がいるんですよ。それをいきなり僕に持たせようとする。断るとしっかり持っているだけでいいからとおっしゃられて角材を持ったわけです。そしてその角材を手刀で割るんですけど、「割る」なんて物じゃなくて「切る」と言う感じなんですよ。角材が音も無く切れていく。それも切り口が凄くきれいなんですよ、まるで刃物で切ったように。別に目に見えないスピードでもない、ちゃんと目で追えるんですよ。なのに簡単に切っちゃう。
後でその角材を持って帰って折ろうとしたんですけど、ブーツで一生懸命踏んづけてやっと曲がると言った感じでとても折れたりしませんでした。
あの技はぜひとも皆さんに見てもらいたいですね。
客:新日と全日どっちが好きですか?
板垣:今では団体どっちが好きと言うことではなく、選手個人として誰が好き、そういう見方になっています。
客:実際に背中に鬼の形相を持った人を見たことありますか?
板垣:最初、勇次郎の背中には一面に龍の刺青がしてあるという予定でした。龍の四肢がそのまま手足に繋がっている。そしてその闘うさまが、まるで龍が暴れているようだと形容される男としてデザインをしていたんですよ。
ところがある日「ミスター・オリンピア」と言う世界最大のボディービルドの大会のビデオを見ていた時にですね。ある人が背中を向けて筋肉をアピールしていた時に、ほんの一瞬筋肉が人の顔に見えたんですよ。その時に、これだッ、と思いまして、生まれたのが鬼の形相です。
あの筋肉は本当の筋肉の付き方とはかなり違っているので、実際に鬼の背中を持っている人はいません。あれは奇形ゆえの異常な力を持っていると言う意味付けですから。
それでも「ミスター・オリンピア」のビデオを見ると一瞬だけ鬼の形相を見ることができます。そう見えるのは僕だけかもしれませんけどね。
客:板垣先生にとって強さとはどんなものですか?
板垣:「強さ」ですか。う〜〜〜ん。強さ。これは僕の中でまだ答えが出ていないですね。
作品においては…………、いや、作品においても、まだ答えられないです。
ただ、言えることは達人や護身術のように「闘わないこと」や「争いから逃げる」ことが答えでは無いと言うことです。やはり、力のぶつかり合いがあってこそですね。
客:ヒクソン・グレイシーについてどう思われますか?
板垣:彼には僕の長年の夢であった「最強を具現化した男」を見せてもらえるかもしれないと言う期待があります。
彼にはいつまでも勝ちつづけて欲しいと言う思いと、負ける姿がみたいと言う思いがあります。
空手家の○○さんと言う(注:忘れました)僕の好きな格闘家が居るのですが彼に関しても、勝って欲しいと言う気持ちと、彼の折れる姿が見てみたいと言う気持ちが同時に存在していました。
司会:では、この辺で、質問を終わらせていただきます。
ところで今後の展開は?
板垣:第二部では犯罪者を扱っていくつもりです。普通、学ばないような人殺しの技を鍛練しているようなそんな話です。今までの刃牙は試合として闘ってきたじゃないですか。当然、死人もほとんどでない。今度はそこが違う。
闘う場所にしてもこういう人の多い場所(と会場をさす)で闘うことになると思います。もう闘技場はあきましたからね(笑) 同じところばかり描いていてもアシスタントの練習にもならないので、今度は違った場所での闘いをやります。
ひょっとしたら、5対5の闘いをやるかもしれないし、今までとは少し変えていくつもりです。
今度のキャラクターは刑務所、塀の向こうからやってくることだけは言っておきましょう。
司会:ありがとうございました。板垣先生に盛大な拍手を……。
拍手の中、板垣先生退場。
以上、なるべく客観的なトークショー報告でした。
次回は、主観的なトークショーの感想を載せる予定です。
報告 by とら
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