「タブーに触れる」
  作:蛍



ここは『グラップラー刃牙』の掲示板。毎日たくさんのファンがここを訪れていく。
あなたもその一人だ。
そんなあなたの前に、いきなり男が立ちふさがった。
誰か?
その半面は、見えるところだけでも、無惨な傷に覆われており、包帯が幾重にも巻かれている。中年ながらも、がっしりした体つきだ。
!・・・この人は確か・・・。
刃牙に出てきた居合いの使い手。拓真館の黒川さんにそっくりだ!
「違います。私は黒◯です」
なんと!この方は黒川さんのモデルとなった、振◯館の黒◯鉄山さんだ!
武術界を代表する人物の登場に驚くあなた。
「あなたが掲示板に書き込む前に、どうしてもお伝えしたいことがあります」
黒◯さんはそう言うと、振り向いて後ろに向かって呼びかけた。
「・・・みなさん・・・」
その声に誘われて、十数人の人々あなたの前に姿を現した。全員が目を背けたくなるような怪我を負っており、そしてまた、武道でもやっていたのか、全員がたくましい体つきをしていた。しかしその目は死魚のごとく濁っており、あなたには想像もできぬくらいの不幸に見舞われたことを物語っていた。
・・・この人たちも!
あなたはすぐに気づいた。この方たちも皆、実在する格闘家のみなさん、プロレスのエル・◯ガンテ、ボクシングの辰◯丈一郎、ムエタイのチャモアペット・◯ョーチャモアン、空手の田中◯彦、ブラジリアン柔術のヴァリッジ・◯ズマイウ、アマレスのアレクサンドル・◯レリン、柔道の山下泰◯・・・などなど、刃牙に出てくる格闘家のモデルとなった方たちだ!
いったい何が起こっているのか!
黒◯さんはあなたにうなづくと、おもむろに語り始めた。
「ここに集まった人たちは皆・・・私を含めて・・・
板垣恵介の犠牲者たちなのです」
「なんっだってェェ!!」
あなたは驚きのあまり叫び声をあげた。
「今日まで板垣恵介が築き上げてきた、国民的とまで言われる漫画家としての権威、地位、巨額の財・・・そしてあの人気絶頂の漫画『グラップラー刃牙』までもが・・・私たちのような実在格闘家の犠牲の上に完成されたものです」
淡々と語る黒◯さん。しかし、その声の裏にはぬぐい去れない思いがあふれていた。
あなたはもう声も出ない。
「板垣は我々格闘だけが取り柄だった無力な実在格闘家を漫画に登場させ・・・
およそ人間(ヒト)として許されるべきではないブチのめされ方を繰り返しては・・・
巧妙に名前を操作し、己が起こした悪行の全てを闇に葬ってきたのです」
ここで黒◯さんは話しを止め、鉛を吐き出すかのような口調でこう続けた。
「今日ここに来られた者たちはまだ幸福です。
ここにいる何倍もの人たちがこれを言うことを強く望みながらベッドで歯ぎしりを余儀なくされています・・・」
その言葉に全員の目から光るものが流れた。





そんな彼らの前に一人の男がスックと現れた。
何気なくその男の顔を見たあなたは、途端に凍り付いた。
「・・・板垣先生」
あなたのつぶやきに、実在格闘家のみなさんが目を剥く。
そんな彼らを塵芥のように眺め、板垣先生は話し始めた。
「残念ながら・・・君たちにはわかってもらえなかったようだね・・・
君たちは秋田書店の功労者なのだよ。
君たちの犠牲により『グラップラー刃牙』は飛躍的ブレイクを遂げた。数多くの読者を楽しませることもできた。それは君たちが読者を楽しませたことでもあるワケだ。
一部の格闘マニアにしか知られていなかった君たちの名前が、『刃牙』に登場することでかなりの知名度を持つものとなったのだ。
なのに君たちは私に感謝しようとしない!!
私を裁こうというのならヨロシイッ!!堂々と受けて立とうじゃないか!!」
「!!」
あまりと言えばあまりのお言葉に、実在格闘家のみなさんは憤怒の表情で板垣先生に飛びかかった。





実在格闘家のみなさんが板垣先生と大乱闘を繰り広げているのを、高みから見下ろしている影が二つ。
範馬勇次郎とストライダムだ。
勇次郎は南アルプスの天然水を飲み干すと、ストライダムに向かって語り始めた。
「格闘漫画ってヤツは突き詰めると必ず実在格闘家のそっくりさんの登場にブチ当たる。
しかし、漫画家の多くはマスコミの知名度と一部の有名どころのみで、そっくりさんを登場させるだけだ。
その点あの板垣恵介ほどカルトな実在格闘家に精通した漫画家はこの世に存在しないということだ。
他と違って扱いとやられ方がボコボコではあるがな・・・」
軽く笑みさえ浮かべる勇次郎だが、ストライダムは腑に落ちぬ事があった。
「ユージロー、だが、なぜ彼らが怪我を負っているのだ?彼らがめちゃくちゃにされたのは漫画の中だけだろう。現実の彼らが怪我を負うのはどういうことだ?」
勇次郎は愚問だなと言いたげにこう答えた。
「思いこみの力だ」
「・・・」
「人がリアルに思いこむことは実現する」
「・・・おい・・・」
「刃牙を読んでいる数多くの読者が、リアルシャドーで彼らをボコボコにしてしまったのだ」
「・・・あの・・・」
「未熟なイメージと言えども、数さえ集まればこのくらいはできる」
「・・・」
ストライダムは何か言おうとするのをあきらめた。たとえ「と学会」会長の山本弘であろうとも、この男に突っ込みを入れることはできないように思われたからだ。
「カントリ〜ロ〜ド」
疲れた目をしたストライダムは、脳裏に故郷を思い浮かべつつ歌を歌い始めた。そう、何かを忘れようとするように。





そうこうするうちに、板垣先生は組み伏せられてしまった。怪我をしていたとはいえ、やはり荒事は本職、不健康な生活の漫画家ではかなうべくもなかった。
日本刀を抜きはなった黒◯さんが板垣先生の前に立つ。
「鉈の重さと!」
「カミソリの切れ味!!!!」
「鉈の重さと!」
「カミソリの切れ味!!!!」
黒◯さんの掛け声に合わせ、合唱する実在格闘家のみなさん。もはやどっかの秘密結社の様相を呈してきた。
黒◯さんは刀を振り上げて、板垣先生の首に今まさに振り下ろそうとした時!
刀の鍔もとに滑り込んできた何者かの上腕が、刃の動きを食い止めた。
!?
誰だ!?
誰だ!?
誰だ!?
黒◯さんと実在格闘家のみなさんの目は、突如として現れた邪魔者に求めて炎のような視線を放った。
その視線をものともせずに飲み込んだ、まるで大海のような一人の男。
傷ついた腕など気にもせずに、全員の殺気を受け止めているのは・・・。
「・・・田中さん」
そう!栗木拓次のモデル田中◯彦先生だ!
田中先生は、実在格闘家のみなさんに向かって首を横に振る。
同朋の思わぬ行動に驚きを隠せぬ黒◯さん。
「・・・どうして」
声を詰まらせながら田中先生に問いただす黒◯さん。
「なぜだッッ!?あなたもわかっているはずだッッ!我々が受けたこの痛みをッッ!
いやッッ!あなたが一番知っているはずだッッ!栗木拓次としてたくさんの読者に受けた屈辱をッッ!!」
そこまで言った時、黒◯さんは気づいた。
実在格闘家のみなさんも気づいた。
田中先生の顔に。
まるで菩薩のごとく。
澄み切ったその顔に。
田中先生は我が子をいたわる母親のごとくこう言った。
「・・・それでも私は武術家です。素人相手に喧嘩はできません」
・・・・・・。
・・・こ・・・。
・・・この人は・・・。
・・・最後まで・・・。
・・・武道家(もののふ)だ・・・。
忘れかけていた闘士としての誇りを思いだし、崩れ落ちる実在格闘家のみなさん。
もらい泣きする板垣先生。
そして田中先生は板垣先生に向かってこう言った。
「私・・・オーガと闘ってもいいです・・・
そのかわり・・・今度は・・・今度こそ・・・私たちを・・・活躍させてください・・・」

 〜破られぬ口約束〜

「・・・帰るぞ。ストライダム」
そのやりとりを聞いていた勇次郎は、ストライダムにそう言い放つと背を向けて歩き始めた。
途中一瞬だけ振り返り、田中先生に視線を当てた。
すぐに正面へと戻した顔は、もとの無表情に戻っていた。

『グラップラー刃牙』の裏には、彼らの犠牲があることを、我々読者は忘れてはいけない。
(おわり)




この作品は8月頃「グラップラー刃牙」に掲載。大幅に加筆されたものです。
この物語はフィクションであり、実在の人物とは何ら関係ありません。



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