蛮勇的生徒会長 やつの名は烈!!!!
蛮勇的生徒会長 主な登場人物作:蛍
・烈海王
私立後楽園地下高校に三年の春転校してきた生徒。いきなり生徒会長になる。まじめで堅物、我が道を行く男。彼の周りには問題行動を起こす奴らが集まる。
・ナンパ男の克巳君
実家がサーカスで遊び好き。100m10秒台の逃げ足を誇る。烈会長とはそりがあわない。「いっぺん思い知らせてくれる!!」
・留学生のタクタロフ君
電車のレールにトロッコを乗せて通学。自国の文化を絶対視しておりどこにでもでしゃばってくる。「格闘技後進国の分際で!!」
・生徒会副会長の刃牙君
へらずぐちが得意な副会長。会長に協力などという気はさらさら無く自分は会長と同格だと思っている。「思い上がるな!!会長のほうが遥か上だ!!」
・妖しい勧誘天内君
おかしな宗教に入っており、「素敵なネッカチーフですねお嬢さん」「お荷物は僕がお持ちしましょう」「学園生活に愛は必要欠くべからざるものです」校門に立って勧誘する。いっぺん勇次郎にボコボコにされる。「それは会長の仕事だ!!」
・徳川校長先生
学校の重大事項を、その場の思いつきで独断で決める。「私に一言断れ!!」
・愚地教務主任
指導がアバウト。授業も大雑把。「だからこんな馬鹿どもが育つのだ!!」
・斗羽先生
授業がいい加減。一分で終わる。「自分が勉強しろ!!」
・鎬先生
保健の先生。自ら開発した打震療法を行う。「未熟者!!打震とはこう打つ!!」
・勇次郎
学園の番長。学校は私服着用なのに学ラン姿。性格最悪。学園の風紀を乱す。ことあるごとに烈生徒会長と衝突する。「無礼者ッ!!」
・私立後楽園地下高校
校則は「武器(バタフライナイフ)の所持以外は全てを認める」というオープンな高校。東京ドームの地下にある。生徒は、顔にペイントしたピエロ背中に刺青した暴走族、昼間から酒飲んでるやくざ、トイレで薬打ってるジャンキーなどすさまじい面々である。
・県立功夫高校
烈が転校する前にいたド田舎の高校。烈は校内球技大会で打岩の部優勝を飾っている。
エピソード:00 生徒会長烈誕生!!作:蛍
「いやあ、生徒会の選挙のことで、夜遅くなっちまったなあ」
桜も膨らんだ夜道を一人の学生が歩いている。下校にしては遅すぎるが無理もない。彼は生徒会長に立候補したため、いろいろと仲間と準備していたのだ。
「でもやっぱり、会長は克巳か刃牙で決まりだな」
現在、会長に有力視されているのがこの二人なのだ。
「まあ、ダメもとでやってみるか」
そうつぶやいた学生の前に、一人の男が立ち塞がった。
「だっ!誰だっ!」
男は疾風のごとき速さで学生に近づき、その肩へと駆け上がった。
「…転蓮華」
鈍くボキボキと擬音がふさわしい、夢に出そうな嫌な音がした。
「キャーッ、克巳君、昨日の『ウッチャンナンチャンの怒涛のチャレンジャー』見たわよ!」
「あたしもーッ!二十歳で壜斬りできたら百万円達成すごいわよね−ッ!」
黄色い歓声を上げる女子に囲まれて、ニヤついているのは克巳君だ。
実家がなんとサーカスで、空中ブランコの花形ということもあり女子の人気は高い。
「あたし今度の選挙、絶対克巳君に入れるわ!」
「刃牙君の人気も高いけど、会長はやっぱり克巳君よね−ッ!」
「そういえば聞いた?他の組の会長立候補者が、下校中に首の骨を折られて入院だって。怖いわよね−ッ」
「うちの高校って、どんな理由でも演説会の時に欠席すると立候補外されるから悲惨よね−ッ」
「校長の方針だって。生徒会長は一番強いやつがなるべきだって生徒会長は日常全てが闘いなんだから、負けた言い訳なんかありえないって」
「でも、どうせ克巳君がなるんだし−ッ、別にいいじゃん」
「そうよね−ッ」
衰えることを知らない黄色い声を、廊下の影から耳をそばだてている者がいた。
「…サーカスか、こいつは使えるな…」
いよいよ明日に生徒会の選挙が行われる放課後の廊下。烈は壁を削って自分の顔を彫っていた。横には、烈海王に一票を、の文字がある。
生徒会長の立候補者は三人。克巳、刃牙、そして烈。当初は他にも何人かいたが、全員首の骨を折られて入院中。立候補から外された。
烈は勝利を確信していた。選挙の管理を務める愚地先生は十億円のネックレスを渡して買収してある。克巳には必殺の秘策がある。今夜が克巳の最後だ。だが、しかし…。
そのとき、耳をふさぎたくなる壁を削る音。
「そんなに刃牙が不安かい?」
少し離れた所に立つ、学園の番長勇次郎。なぜか赤いシャツに腰には手ぬぐいのバンカラ姿だ。
「中国四千年が刃牙の固定票を恐れている」
この一言で烈の頭に血が上った。
「無礼者ッ!!」
なんという暴言!ましてや、廊下を削るとは!(自分は選挙のためなので問題無いと確信している)
粛清しようとする烈。跳び蹴りで、廊下を斬って逃げ出す勇次郎。
追いかけようとするが、今夜は克巳用の秘策のため、無駄なエネルギーは使えないことを思い出し、烈はあきらめる。いつか思い知らせてやると誓う烈。
右の拳プルプル。
ミズノ大サーカス!!
消えるホワイトタイガー!!
驚異の空中ブランコ!!
ライオンにかじられる座長!!
観客がゾロゾロ入って行くテントの中に、今夜一人の中国人がいたことを特に関心を持つ者はいなかった。
次の日、後楽園地下高校で選挙が行われた。
克巳君は昨日、けがのため立候補から外された。サーカスの事故で意識がまだ戻らないそうだ。
立候補者は言わずと知れた二名。
しかめっ面の烈。
勝利を確信した笑顔の刃牙。
そして結果発表。
なんと!
刃牙 324票 烈 4000票
大番狂わせ!ざわめく生徒たち。怒鳴るアナウンサー。
「これほどの差を誰が予測し得ましょう!!!!」
だが、この結果を見て生徒の一人が叫んだ。
「…全校生徒より多いじゃん」
「なんか関係無いハゲの一団がいるぜ−ッ!」
会場の内にも入りきらず、外にもうごめくハゲの一団。烈への票を入れたのは彼らである。
その通り!!!!烈は票の確保のため、中国から功夫高校の面々を呼び寄せて
いたのだ!その数なんと4000人!!!!
わきあがる大ブーイング!
「馬鹿ヤロウッ!!認めねえぞ−ッ!!」
暴動になりかかった会場に、徳川校長が現れた。天地に突き抜ける一喝!
「だまらっしゃい!刃牙の負けじゃ!」
静まる生徒たちに向かい、話し始める校長。
「行住坐臥闘いと言わねばならぬ会長の立候補者が、インチキされましたから負けましたでは言い訳になるまい
ましてやこの烈は共産主義国の人間、民主主義のルールなど何も知らん。
彼にとってはどんな手段であろうと、票を確保すれば会長だったはずじゃ
ここではそれも認められる!!」
「…認めンなよ…」というツッコミは出てこない。校長の迫力に呑まれているのだ。
「1984年に行われたAさんの中国旅行(実話)。
この旅行でおよそ近代国家とは思えぬ、とてつもない事件が起こっている。
それは切符を買うため、駅の販売所が開くのを待って、ドアの前に一番に並んでいる時に起こった。
なんと!あきらかに後から来て、駅員に話しかけドアの中に入った数人の男たちが、発売所が開いたときには、Aさんの前に立っているではないか!
(実話。どうやらコネで入った現地の人らしい)
文句を言うAさんに対し、駅の職員はこう言った。
『共産主義は一瞬の油断も許されない!!ドアの前に並んでいたという言い訳は私には通用しない!!』(ほぼ実話)」
会場をマグニチュード9の激震が襲った。
崩れ落ちた刃牙がボソボソとつぶやく。
「…通じない…何もかもが…」
「共産主義の常識を、民主主義と同じく考えるからそういうことになる。
成長せん男だ」
高みから覗いていた勇次郎は冷ややかに吐き捨てる。
恐るべし!!赤の大国!!
ちょうどその時、静まる会場に現れるボロボロの克巳。昨夜、空中ブランコの最中、目に空気の玉らしきものをぶつけられて、無様に落下したのだ。
さっきまで、集中治療室でうめいていた病人とは思えぬほどの疾走で駆けつけたのだが、時すでに遅し。
克巳は世界の終わりを見たような表情で立ちつくす。
刃牙はまだうなだれたままだ。
勇次郎は御馳走にありついた狼のような笑みを見せる。
烈は彼ら三人を、そして全校生徒を見つめこう言った。
「黄河は水溜りを叱りはしないということわざがあるが、私の考えは違う!!!!」
──今、最後の学園生活が始まる──
(「打岩」の「またどこぞに」に1998年5月19日掲載されたものに大幅に加筆)
エピソード:01 兄弟の絆作:蛍
「どうしたい、チャンピオン」
勇次郎はそうつぶやくと、手にしたゴルフボールを握りつぶした。
周囲にはゴルフ部の部員たちが倒れている。
ゴルフ部部長でマスターズ最年少優勝者の森虎夫は恐怖におののいていた。
この男勇次郎は虎夫が放った打球をいとも簡単に受け止めたのだ。
虎夫のクラブはただの市販品にあらず。特注の物で、スイングに必要な重量はおよそ200キロ。一度OBになった時、ギャラリー八人を貫いたものなのだ。
「とろい球だな。見かけばかりでよ」
ゴルフ部の朝練にいきなり現れた勇次郎は、部員を倒し部長の森虎夫に勝負を挑んだのだ。
その結果は見ての通りで、問題にもされていない。
遊びは終わりだとばかり、虎夫に近づいてゆく勇次郎。後ずさる虎夫。
その時。
「やめるんだ!勇次郎・・・」
叫び声をあげたのは鎬昂昇。あやとり部部長で魔法の指を持つ男。
ただねえ、性格が軟弱でいつも兄紅葉に守られていることを気にしている思春期の十七才。夢はいつの日にか兄を超える男になること。
「逃げちゃダメだ・・・。逃げちゃダメだ・・・」
そうつぶやきながら近づいて行く昂昇。その目に映るのは邪魔されて不機嫌な勇次郎。
生木をへし折るような嫌な音が鳴り響いた。
「会長・・・まだやるんですか?」
張は半べその表情でこう聞いた。
地中に顔を埋める訓練をさせられて、肉体はもう悲鳴を上げている。
「まだまだ」
烈はためらいなく答えた。張の苦悶の叫びなど、心にとどく前にワイヤー並みの神経に絡めとられているに違いない。
烈がこの男張に会ったのがついさっきである。いじめっ子の花田に小突かれていたのを見かけ、花田を瞬殺するや「ありがとう♪」と駆け寄って来る張を「貴様それでも中国拳法家か!?」と張り倒し、それから修行を強要しているのだ。
その修行とは。
「特殊な呼吸法を身につけることにより、常人の数倍の空気を肺にためることができる。地中に頭を突っ込んで丸一日かけて肺の空気だけで生存することができるのだ!」
傍から見ると拷問が行われている。
余談だが作者が調べたところによると、この行を行う時は舌の裏と口内をつないである筋を切り取り、舌が喉の奥にまで届くようにして空気の逆流を防ぎ、同時に仮死状態になり酸素の消費量を減らすという作業が必要だそうである。
ちなみにヨガの呼吸法を、高校のマラソン大会で実践した体験がある。
吸う:とめる:吐くのタイミングを1:4:2で行うやり方で17キロを走った。
疲れないわけではないが、呼吸が乱れず体の苦痛が一定レベルで止められているかのような感覚があった。
ただ、呼吸法はやり方を間違うと危険であり、我流ではやらないことをオススメする。
閑話休題。
「まだ復元さえ起こっておらんではないか!」
これはほとんどいじめと言えるだろう。
それを見かねたわけではないが。
「会長!大変だ!」
ゴルフ部部員の一人が駆けつけて来た。
「勇次郎がまたやらかした!」
「なにッ!」
烈は顔色を変えるや韋駄天のごとく走り出す。
今やゴルフ部の練習場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
昂昇、虎夫をはじめとしてゴルフ部の部員が瀕死の状態である。
満腹お腹いっぱいの表情の勇次郎がその真中にいる。
「オーガ!」
烈会長が現れる。
「貴様ッ!生徒に暴力をふるうとは許さん!」
おまえだってやっているだろう。張はそう思ったが口に出して言うほど愚かではない。
怪我人の前で構え合う二人。
一触即発の二人の間に割って入った者がいる。
「生徒たちが壊されているそうですね」
保険の鎬紅葉先生だ。昂昇の兄で自信家。医学では世界的権威を持つ先生だ。そんな人がどうして高校の養護教諭をやっているかは誰も知らない。
「今日は生徒の皆さんに人体なるものをレクチャーしてあげましょう」
いきなり解説&治療を始める紅葉先生。自分のペースである。
腰を折られ烈はピリピリしているが、まだ文句を言う気はないようだ。
勇次郎はなぜか人体の知識が豊富で、紅葉の治療も興味深そうに見ている。
「この人体に、およそ60%の水分が含まれている。この体内の水分に巨大な波紋を起こさせる治療法、それがこの打震療法だ!!」
紅葉の治療で少しづつ回復してゆく生徒たち。声無き感嘆が湧き上がった。
それを見ていた加藤清澄君がつぶやく。
「北派に似てやがる…」
ピクッ!!
烈の顔が引きつった。それを見た張は運命が決まったような嫌な予感がした。
自信満々の紅葉に対し、
「貴様らがやる療法は、我々が3000年前に通過した療法だ!!!!」
と怒鳴る烈。
手近にいた昂昇に対し、
「打震とはこう打つ!!」
と言うが早いか、すさまじい打撃を送り込んだ。
「ヘバアッ!!」
全身の毛穴から出血し、血だるまになる昂昇。
「昂昇!!」
紅葉が叫ぶ。
痙攣している昂昇に近づく紅葉。
「安心しろ。後10秒だ」
烈の言葉通り、10秒後昂昇は何事もなかったかのように起きあがる。
その動きが、操り人形が引き上げられるような感じだったのが少し気になるが、紅葉は一安心して駆け寄った。
「昂昇!」
「やかましい!この健康優良野郎!」
いきなり紅葉を蹴り上げる昂昇。以前の軟弱さなど微塵もない。
顔を蹴られて唖然とする紅葉。
「いつもおまえの影ばかり踏んできたけどよぉ、いつまでも続くと思うなよ!」
別人のような声と口調で怒鳴り散らす昂昇。彼がこのような言動を兄にしたのは初めてだ。
だが、突然昂昇は表情を変えるや、その口から別の声が放たれた。
「やめろ!兄さんに何てことを!」
「やかましい!」
昂昇の口から二つの声が出てくる。一つ目の声は初めて聞く声だが
それを止める声は明らかに昂昇の声だ。
「どうしたんだ!?昂昇」
「俺は昂昇じゃねえ!たけしだ!」
紅葉の問いに答える昂昇、いや、たけし。
「兄への劣等感から生まれた別の人格らしい」
冷静に答える烈会長。こんなことはちょくちょくあるのか、落ち着いたものである。紅葉はもう言葉もない。
「そして次はこれだ!」
烈は昂昇の耳を一回転半させた。どのようなメカニズムなのか、昂昇の目や耳から脳内麻薬があふれ出すほど発生した。
突然おとなしくなる昂昇とたけし。嵐の前の静けさを思わせる。
待つほどもなく、ピョコンと起きあがると昂昇は喋り始める。
「ニイサン ボクハ ダイジョウブダヨ(棒読み)」
なぜカタカナで喋るんだ昂昇。心の中で紅葉はそうつぶやいた。
「トテモ イイキブンダ コンナノ ハジメテダ」
「その通り、死ぬまで動き続けられるぞ」
烈会長は太鼓判を押した。もはや治療ではない。
昔フィリピンのモロ族は、列強との戦争の際、心臓に銃弾を受けても敵陣に飛び込んでいって相手の首を叩き斬ったというが、おそらく今の昂昇もそれに近いことができるに違いない。
ちなみにこんなことは、銃弾はフルメタルジャケットのような、堅く鋭い弾丸に限って起こり、人体破壊を目的としたホローポイントのような銃弾ではさすがに動くのは無理だろう。
尖端が堅いフルメタルジャケットは、人体に命中しても貫通してしまうため当たっても一発ではしとめられないこともあるが、尖端が柔らかいホローポイントは、命中時体内で潰れて、貫通しない分そのパワーは内蔵破壊に費やされる。加えて破片が体内に飛び散るため、手術が難しい。
これに気づいた兵士が、弾丸の尖端に十字の切れ込みをいれることにより
一撃で相手を行動不能にすることに成功した。
張が、昂昇と同様の状態のゴルフ部部員(烈がやった)を見て、烈会長に話しかけた。
「会長、ゾンビを作り出すブードゥー教のボコールやってませんでしたか?」
ボコールとは司祭のようなものである。いや、司祭はマンパだったっけ?
ちょっとここらへん記憶があやふや。
ゾンビとは死者が蘇ったものではなく、仮死状態にして死んだように見せた人間を、その後蘇生して意識が混濁した者を人々に見せ、支配階級に対する恐怖を煽るものらしい。
「ゾンビなど我々が2000年前に通過した場所だ!もっと上の境地がある」
もっと上の境地が紅葉に近づいた。
「ニイサン オハナバタケガ ミエルヨ シンダ オバアチャンガ イルヨ」
これまた余談だが、作者の高校の同級生である柔道部のM君は、練習の最中締め技で落ちてしまい、しばらくして意識が戻ったときに、
「死んだ婆ちゃんが川の向こうで手を振っていた」
と、のたもうている。
それは夢幻のような曖昧なものではなく、フワフワしていたが手の生命線まではっきり見えたそうだ。
幸い、婆ちゃんの手の振り方が、
「おいで、おいで」
ではなく、
「あっちいけ。まだ来ちゃいかん」
だったらしく、再び現世に戻って来られたようだ。
めでたしめでたし。
虚ろな目で歩き続ける昂昇が、突然立ち止まる。
体中から汗が出て、超振動と見まごうばかりに痙攣している。
比喩でなしに、その目が金色の光を放つ。
烈会長の顔が険しくなった。
「いかん!みんな離れろ!」
烈会長が叫ぶ。
何がなんだかわからぬまま、昂昇から離れる一同。
昂昇は金色に輝く目でみんな眺めるや、ニヤリと笑う。
見よ、その不敵さ。その自信。巌のごとき風格である。
「…昂昇?」
紅葉が問いかける。
昂昇はゆっくり首を横に振るや答えた。
「我こそはみつお。この世界に光臨した神の化身なり」
「…みつおだと」
「よほど虐待したらしいな」
烈会長が口を挟む。
「ここまでの人格ができるのは珍しい」
「昂昇…」
いよいよ現れた超人格鎬みつお。どうなる昂昇。
「我はこの腐りきった世界を浄化するためにこの地に下りた」
「何か言ってるが…」
「気に入らないからおまえら全員しばく、と言っている」
青い顔の紅葉の問いに、通訳する烈会長。この状況下に冷静なのは烈会長と出番がないまま見物している勇次郎の二人だけである。
「見よ!」
みつおの右手が空中を斬る。五本の指は爪のように曲げられていた。
「次元刀!」
みつおが空中を切り裂いた瞬間、そこに半透明な波のようなものが生まれた。
その波は空を走り、校舎に触れるやいなや、なんと校舎を切断した!
地響きをあげて崩れる校舎。
空気中を高速で動く物体があると、そこに真空が生まれることがある。
この真空がたまたま人の肌に触れると、肌を切り裂き、俗にカマイタチと呼ばれる現象が起こる。
みつおの五指はそれを凌ぐ速さで動くのだ。
そして、その体内で人体では不可能な機能が働く。
このとき真空は生ぜず、代わりに次元の裂け目が生まれる。
この空間断層というべきものに触れた刹那、この世界に存在する物体である限り、いかに堅固であろうとも二つにならない物はない。
まさに刃。
次元の刃。
次元刀。
みつおは歩き出した。もはや世界の破滅は時間の問題である。
生徒たちは我先へと逃げ出す。
あまりのことに立ちつくす紅葉。
「昂昇…」
パシッ!
その頬を何かが叩いた。
「馬鹿野郎ッ!何ボケッとしてやがる!」
愚地先生のビンタに我に返る紅葉。
「超人格だか何だか知らねいが教師ならしっかりしやがれ!」
そうだ!昂昇を助けないと!紅葉は腹を据えた。もとの昂昇に戻すのだ。
「愚地先生、お願いします!」
「おうよ!」
後楽園地下高校の稀代の使い手である二人の同意攻撃!
「六波返し!」
次元刀をかわして近づいた愚地先生の打撃で、頭の縫合が外されるみつお。
「今だ!」
「はいッ!」
紅葉はなんと、みつおの脳味噌をマッサージし始めた!
「驚いたかね」
解説する紅葉。
「人体を完全に熟知するなら、皮膚を傷つけず脳味噌をマッサージするなど造作もない」
真似してはいけません。
そのまま数分が過ぎた。
昂昇の目が黒に戻った。
昂昇はビクンと身を震わすと、言葉を発する。
「兄さん…」
「昂昇…」
みつおは精神のどこかに追いやられたらしい。
抱き合う二人愚地先生の目にも涙が見える。
おめでとう鎬兄弟!居場所がなくなり突っ立ったままの烈と勇次郎。
兄にありがとう。
みつおにさようなら。
すべての虐待された子供たちに。
おめでとう。
(おわり)
「打岩」の「また、どこぞに…」に1998年5月25日に掲載されたものに加筆。
エピソード:03 真の芸術とは作:蛍
「次の方、どうぞ」
「15番原洞幌平(仮)歌います」
原洞幌平(仮)さんの歌を聞きながら烈は吐き捨てた。
「未熟者めが!」
「会長、そう怒らないで」
こう言って烈会長を抑えたのは副会長の刃牙だ。
実は今度、学園の芸術祭で、「おのろけ姫」(日本映画史を塗り替えた名作)という劇を行うことになり、そのそのオーディションをしているのだ。
会長の烈は監督で、現在厳しい目で主役を選んでいる。
だが、どいつもこいつも大根ばかりである。
「貴様らが歌う歌など、我々が2000年前に通過した場所だ!」
「次の方どうぞ」
「16番ガイア、歌います」
ガイアは鼓膜破りの歌声を出した。ガラスが割れ、生徒会の委員が耳から血を流しながら気絶する。
「使えるな。こいつは」
両耳を押さえていた刃牙の横で、烈会長はつぶやく。鼓膜破りを知っていた刃牙はともかく、直に聞いていた烈会長はどうして平気なのかは誰にもわからない。
「よし合格だ」
会長の言葉にガイアは喜ぶ。
本気ですか会長、と刃牙は口に出さずに聞いた。この会長にくちごたえして無事に済んだやつは、まずいない。
「待ってください!」
そこに駆け込んできたのは天内君だ。
「主役は歌だけでなく、ルックスやダンスも見ていただかないと。この人はふさわしくありません」
「愚か者め!大地の神ガイアに逆らうと、どうなるか教えてやろう」
「顔が変です。やはり主役は私がふさわしい。あなたは役不足です」
「天内さん、役不足というのは、実力のある役者がつまらない役を与えられるという事であって、あなたが言いたいのは役者不足というのが正しいのではないかと…」
「刃牙!アンドロメダからやってきた悪魔の生き残りのようなことを言ってるんじゃない!よし!そこまで言うなら見せてもらおう。天内」
「まかせて下さい。これでも私は女装して米国歌劇団にいたのですから」
「米国歌劇団!?」
刃牙は驚いた。米国歌劇団といえばアメリカでも有数の劇団だが、その裏で特殊部隊・米国華撃団という、大統領のボディーガードやテロ対策を任せられている秘密部隊である。
「は〜し〜れ〜 こ〜そくの〜 べいこ〜くかげきだん〜
う〜な〜れ〜 しょ〜げきの〜 べいこ〜くかげきだん〜」
版権ものの歌を歌う天内。一歩間違うと裁判沙汰である。
「悪くないな」
烈会長は満足した。「よし、君たち二人で二次審査を行う」
にらみ合うガイアと天内の間の空間がぐにゃりと歪んだ。
「二次審査は演技だ。ここで演技を見せてもらう。演技の内容はこうだ。
ジャンプして舞台に登場し、この愚地先生を相手役としてセリフを読んでもらう」
場所を後楽園地下高校の体育館、八角形のステージに移して、烈会長
いや、烈監督がガイアと天内に指示を出している。
舞台上では手伝いの刃牙と愚地先生が待機中だ。会場には噂を聞きつけた見物客が結構多く見られる。
「まずはガイアから」
ガイアはほくそ笑んだ。
「ジャンプなど私がその気になれば、すべての世界記録を塗り替えることも可能なのですよ」
すでに勘違いしている。
ものすごいジャンプで飛び込んだガイアは、愚地先生に向き直った。
「……」
突然、ガイアは踊り始めた。そんなの台本にない。
怪訝な顔の烈会長が、それが踊りではなく何かをよける動きだと気づい
たのはしばらくしてからだった。
「何をやっている?」
それでも烈会長にはわからないようだ。刃牙はもう気づいた。
「しまった!観客の意識を感じ取ってしまい、気になって演技ができない!」
「馬鹿ものッ!」
烈会長によりガイアは場外に叩きとばされた。
「16番失格」
刃牙が冷静にノートに書き込む。
「次、天内さん」
「やはり私が適役ですね」
天内はそうつぶやくと、美しいノーモーションジャンプで舞台に飛び込んだ。
その優雅さに観客がどよめく。こいつは期待できそうだ。
「観客が何を欲しているか、事前に察知して満たしてあげる。これは愛なくしてはできません」
天内は自信満々の顔で、脳裏にセリフを思い浮かべた。
エピソード:03 真の芸術とは作:蛍
向かい合う天内と愚地先生。天内はすでに役に入りきっている。
天内がセリフを言おうとしたその瞬間!
ガシッッ!
いきなり愚地先生の前蹴り(しかも足先蹴り)が決まった!
どよめく観客。烈会長と刃牙には愚地先生に行動の意味がわからない。
地面に倒れて呻いている天内に、愚地先生は話し始める。
「俺ァよォ天内、西部劇が大好きでなぁ。特にジョン・ウェインがやる派手なぶん殴りあいがよぉ」
「馬鹿教師が!誰が西部劇と言った!」
烈会長は怒っているが、観客は大喜びである。しかもダメ押しに
「堅いこと言うな!すっこんどれ!」
と、独歩ちゃんファンの徳川校長が言ったのだからたまらない。ものすごい盛り上がりになった。
立ちあがった天内は、しばらく茫然自失の顔つきであったが、やがて
ものすごい剣幕でこう叫び始める。
「認めて下さい!これは芸術じゃありません!」
静まる観客。
「これ以上何を見たいのですかッッッッ!吉本新喜劇のように芸人同士を死ぬまでドツキあわせた(してません)あのお約束のギャグを再現させたいのですかッッッッ!」
観客に呼びかける天内。彼はこんな劇は不満のようだ。
そのとき、天内の背後から近づいた人影がいきなり容赦ない一撃を食らわせた!
「この軟弱者がッッッッ!」
そう怒鳴るのは、ハリセンを持ったお笑い研究会会長の猪狩!
「吉本が芸術じゃねえだと!俺たちはそんな甘ったれた事許されねェんだよ」
ハリセンで再度天内を叩く。天内は気絶して大地に伏している。
「天内さん。不合格」
市役所の窓口のように素っ気なく言うと、刃牙がノートに不と書き込む。
「俺が主役だッッッ!」
こう宣言する猪狩の頭に、高い天井から何かが落ちてきた。
ドリフの定番である金ダライを持った、お笑い研究会顧問の斗羽先生だ!
首の骨折れるんじゃないかと思えるほどの衝撃でも、猪狩は派手で滑稽なアクションでうけをとることを忘れない。
なぜなら、それが芸人だからだ。
「シャイ!シャイ!シャイ!シャイ!」
うける観客。
「至福の時だ…」
長くは続かなかった。
「誰がお笑いをやると言った!」
烈会長により場外に叩きとばされる猪狩。ついでに愚地先生と斗羽先生の体も放物線を描く。
怒髪天を突いている烈会長。これで全員が不合格である。
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